小才子アルフ~悪魔のようなあいつの一生~   作:菊池信輝

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第十話です。
今回からツィンマーマンのぼん改造計画がスタートです。
アルフは出世した後のことや今のことも考えるようになった様子。
このまま青春ドラマのノリでやるのも悪くもないかも?



第十話 親友と往く道

 応接室から戻ってくると、夕食時間はもう半分以上過ぎていた。

 「大変なことを押しつけられたみたいだね、アルフレット」

 「お貴族様の世界も楽じゃないってか」

 「…大変の一言ですませられるような問題なら、よかったんだけどな」

 心配してやってきたブルーノとホルストに殺気の籠った笑顔を向けて怯えさせると──特に後者。このくらいの復讐は許されるだろう──俺は中断させられた夕食を再開すべく冷えた食事と向き合った。今はとても、誰かと会話を楽しもうという気分じゃない。

 「何だ?ライオンでも仕留めてこいって言われたのか?」

 「猟園で猛獣を追い立てるか犬のしつけを任される方が楽かもしれないな」

 意地悪な笑顔を浮かべているのであろう。あからさまに楽しそうなホルストの声に顔を上げることもせず、俺は呆れ果てた声を出した。演技じゃない。心底俺は呆れ、鍛えた精神力と理性でも完全には押さえつけられないほどに怒っていた。

 「僕らで力になれることがあるなら、言ってくれないか。お歴々のことや宮中のことなら、君よりは僕の方が詳しいはずだ」

 伝聞と経験から黙々とスープを口に運ぶ俺の心中を察したのだろう。ブルーノが長身を折るようにしてほんのわずかの優越感も含まない心配顔を俺の横顔に向けてきた。

 「…ああ、ありがとう、ブルーノ」

 純粋に友人の力になろうとするブルーノの茶色の瞳は真摯さに溢れていて、横っ面に怒声付きで拳を叩きこんで追い払ってやろうという衝動を一撃で粉砕するのみならず、悪手を理性で退けた頭脳に人脈整備計画の修正案を閃かせる威力を持っていた。

 上級貴族にコネを作るのは確かに出世の大きな力となるが、同格の下級貴族や平民の人脈は与えられた任務を果たし地位を維持するためには必要不可欠。戦場でも宮廷でも、最前線で任務に当たるのは下級貴族や平民が大半だ。マールバッハ家の再興、家宰様の出世にも、父上やヘスラー、ガイルといった平民、下級貴族の従者が泥に汚れる仕事血に汚れる仕事で大きな貢献をした。有能な平民・下級貴族の部下の存在は場合によっては上級貴族の引き立てや庇護以上の威力を発揮する。窮地に陥った時には特にそうだ。

 苛立ちが消え冷静さが戻ってくると、生返事でも礼を口にした効果も手伝ってか、馬鹿殿様たちのあまりの無責任さへの呆れと怒りで鈍っていた頭脳がは急速にいつもの回転を取り戻していった。

 男爵の頼み事は俺一人でやれとは言われていない。信頼のおける助手を二、三人連れて行くくらいの裁量は許されるだろう。ブルーノはお坊ちゃまだが、言うだけあって貴族や宮廷については俺よりずっと詳しい。遠慮なく頼らせてもらおう。ついでにホルストもはしっこさでは俺を上回る。親友だった時代に聞いた話では戦闘機乗り志望らしいが、機動部隊の司令官としても十分務まるだろう。こいつを親友に引き戻しておくことは将来のために大きなプラスになる。この数週間敵意を向けられたことなど忘れていいくらい大きなプラスに。

 表情を和らげ、大きな息を一つ吐いて怒りの残滓を分解すると、俺は食事を中断して二人に向き直った。声のトーンを優等生を演じる時の声に変え、心底困っているという顔で二人に頼み込む。、

 「ありがとう、ブルーノそれにホルストも。正直困っていたところだ。君たちが助けてくれるなら心強い。いや、はっきり言おう、俺がご下命を果たすには君たちの助けが必要だ。頼む、ブルーノ、ホルスト、助けてくれないか」

 芝居のようだが芝居じゃない。打算はあるが大げさに、芝居がかって頼っただけだ。

 だったが、効果は抜群だった。

 「いいとも、アルフ。君からそこまで頼られたのは初めてだな」

 「あ、ああ…いいぜ」

 「ありがとう。これでご依頼も無事果たすことができる。男爵閣下もお喜びになる」

 育ちの良さそうな笑顔を向けて肩を叩いてきたブルーノとばつが悪そうに了承したホルストは以前よりずっとくだけた様子になっていた。

 『まっすぐなのも悪くないな』

 そして、俺も驚きと同時に半分以上本気の安心感と今までにない大きな感謝を感じていた。上級貴族にコネを作ることが最優先であることは変わらないが、こういう連中と仲良くなっておくのもそれと同じくらいの比重で力を入れていくべきかもしれない。利用するだけの形ばかり、上辺だけの親友でない本当の友を得ることは役に立つだけでなく、楽しそうだ。

 「ここでは人の目もある。部屋で話そう」

 おそらくはあの悪魔とゆかいなしもべたちが何かしているのだろうが、今はどうでもよかった。

 俺は少年らしい感情を振り払うこともせず二人を特別室に案内し、今しがた聞かされたばかりの呆れ果てた依頼を打ち明けた。

 

 「ツィンマーマン男爵のご令息か…大伯父上がこぼしていたね。男爵に相談を受けて何度か家庭教師を貸したけど、貸すたびに怪我をして帰ってきたと」

 「あのぶたやろ…うぐっ」

 「男爵閣下はそのご令息が幼年学校に出てくる気にさせろ、とさ」

 盗聴を警戒したのかホルストの口を押さえたブルーノ──顔見知りなのか、名前を聞いた時の顔はやれやれという表情だった──に俺はもう一度繰り返した。 

 「期限は?」

 「なるべく早く。とは言ってたが明日にも何とかしてほしいみたいだったな、あの様子じゃ」

 執事の表情を思い出しながらの俺の言葉にブルーノはなるほどといった表情で頷いた。

 新聞室や図書室に保管されている新聞や父上やアルノルト、ブルーノの実家からの手紙、ヘスラー、ガイル経由で送られてくる家宰様からの通信にはここのところ、猛威を振るう『黒薔薇の勅令』に噛み砕かれた家の情報が毎回必ず書かれている。

 それらによると爵位返上を迫られた家、剥奪された家は二十家以上に及ぶ。爵位や序列を下げられた家、謹慎を命じられた家はもっと多い。有名どころだとヒルデスハイム伯爵が嫡男の酒乱、百万マルクに及ぶ酒場への代金未払い、多額の借財を理由に爵位を黄金拍車の騎士に降格、領地没収を宣告された。この件は筆頭貴族のブラウンシュバイク公が負債を肩代わりしたため処分は撤回されたが、嫡男は廃嫡を免れなかった。

 他にもノームブルク子爵は三男が黄金拍車の騎士の家の出の侍女に手を出したあげく妻にするのを拒否したかどで、ゾンネベルク子爵は次男が数年前に起こした交通事故で大帝の騎士の妻──おそらくセバスティアン・フォン・ミューゼルの妻クラリベルだろう──を死なせた際息子を十分処罰しなかったとして謹慎処分になった。いずれも次代は爵位を下げられる可能性が高いと噂されている。

 軽い方ではシャフハウゼン子爵が代官の不正を放置していたことを咎められ、領地に帰り所領経営に力を入れるように命じられた──もっとも、この処分はうるさい役人連中から逃れて結婚生活を送らせてやるために表向き処分したのだとも言われている。先年結婚した子爵夫人の実家が年の離れたはとこの戦功を理由にいきなり黄金拍車の騎士の身分と威儀を整えるための支度金を与えられていることからも可能性は高いだろう──。

 不良貴族が処分される一方で優れた領主や行政官である貴族に対しては領地の加増や昇爵といった恩寵があった。

 辺境の貴族だったクラインゲルト子爵は長年善政を敷いたことを賞賛されて爵位を伯爵に進められ、嫡男のアーベントもアレクサンデル大公付きの近衛兵に取り立てられた。ダンク男爵、ハーフェン男爵も同じような理由で子爵に昇爵し、それぞれ惑星単位の所領を加増され開発資金の下賜を受けた。

 さらに皇族出身のバルトバッフェル男爵は伯爵の称号を与えられ、旧マリーンドルフ領の管理を委ねられた。

 帝国騎士階級でも真鍮の拍車の騎士の下に『従騎士』の階位が新設され、経済的貢献をした地主、企業家層や戦功のあった士官などに与えられることになった。

 『中佐になればフォン持ち確定』といわれるほどの乱発は父上のような新進の帝国騎士をも唖然とさせたが、大貴族たちの恐慌ぶりは父上の比ではなかった。新たに叙任された従騎士の何割かは『遍歴騎士』として領邦を巡り、見聞を広め見識を身につけるよう命じられた。また別の何割かは行儀見習いとして皇帝陛下のお墨付きを持って大貴族の家に仕官した。いずれも皇帝陛下直属のスパイであることは言うまでもない。

 おそらくはあの悪魔が皇帝陛下の耳元に吹き込んでいるのであろう、典雅さのオブラートに包まれた改革の嵐に、大貴族たちは『革命に直面したかのように』恐怖した。

 ライバルは増える、潰したはずの旧敵は復活してくる、平民はどんどんフォン持ちになる、お目付役はやってくる、出来の悪い身内を持つ貴族にとっては気が気じゃない状況である。

 特にツィンマーマン男爵のような爵位の低い貴族にとっては重大事だ。三階級も下げられたら真鍮の拍車の騎士、従騎士を除けば貴族として最低の身分になってしまう。降格と特権の剥奪はとてつもない恐怖だろう。

 だがその動揺は俺たちにとっては出世の足掛かりだ。

 「時間はかかるかもしれないけれど、まずはオイゲン公子のデータを当たってみよう」

 「馬鹿息子は親父の俺がぶっとばすから他人は口出すなって頭下げりゃ、カリカリきてる連中も待つ気になるだろうな」

 「日付を昨日に巻き戻して、ツィンマーマン男爵が校長先生に頭を下げるってことだね。序列が上の大伯父上からそれとなく忠告してもらえば、男爵もそのくらいの我慢はしてくれるだろう。幸い明日は休日だ。連絡を取ってみよう」

 野望と安心感から芽生えたささやかな同情心を糧に、その夜俺たちはかなり遅い時間までオイゲン公子を幼年学校に出てこさせる計画、正確にはその準備計画を練りあげた。




ゾンネベルク子爵の話、これは後でテストに出まーーす(笑)

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