〈暴食〉のアル   作:ゆうと00

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第72話

「うおっ! いきなりかよっ!」

 

 目の前の光景に、ギャラリーの誰かが思わず叫んだ。彼らの目には、ヴィナの持つ杖の先端から噴き出す炎が、動物も植物もそれ以外の区別も無く全てを燃やし尽くさんと暴れ狂う光景が映っていた。燦々と太陽が照らす広場にも負けない煌々とした炎の光は、それを見る者の目が焼けるのではと錯覚するほどである。

 そしてそんな炎にルークが呑み込まれていったのを、ギャラリーの誰もが目撃していた。揺らめく炎の隙間に目を凝らしても彼の影は見えず、ギャラリーの大半(そのほとんどは女子だ)は口を押さえて顔を真っ青にしているし、普段は軽口の1つでも叩きそうな男子生徒達も顔を引き攣らせて息を呑んでいる。

 そんな中、その変化に真っ先に気づいたのは、その炎を生み出したヴィナ本人だった。

 

「――――!」

 

 踊るように暴れ回る炎のリズムがほんの少し狂ったのをほとんど勘で感じ取ったヴィナは、杖の先端から噴き出していた炎の火種を断ち切って、後ろに下がりながら上半身を仰け反らせた。

 すると彼女の逸らした胸ギリギリを、炎から突然飛び出した人間の腕が通り過ぎていった。その腕は拳を固く握りしめており、もし彼女が上半身を反らしていなかったら顔などに当たっていただろう。

 大きく数歩後退ったヴィナが杖を横に振ると、あれだけ暴れていた炎が幻のように一瞬で掻き消え、途端に広場が静まり返った。それを目の当たりにした生徒達は一瞬で情景が変わったことに、ザンガはあれだけ大規模な炎を完璧に操る彼女の技量に驚きの表情を浮かべた。

 そして炎が消えたことで姿を現したルークに、その場にいたほぼ全員が再び驚いた。

 あれほどの勢いで炎に呑み込まれたはずの彼の体は、ほとんど火傷を負っていなかった。制服も所々に煤が付いているだけで焼け焦げた跡は無く、その肌も若干赤みがかっているように見えるのみである。

 

「はぁ、はぁ――。何とか、ヴィナさんを、その場から、動かすことは、できたか……」

 

 大きく肩を上下させるほどに息を荒げるルークの姿に、試合を観戦している生徒達が彼が何をしたのかそれぞれ想像を巡らせ始めた。

 おそらく彼がやったのは、分厚い空気の層で身を守る《エア・シールド》だ。しかし単純に空気を圧縮するだけでは、濃度の高くなった酸素によって却って炎を大きくしてしまいかねない。なので彼は魔術で酸素を選り分けることで自身の周りの酸素濃度を極端に低くし、代わりに可燃性の低い気体(例えば窒素など)を《エア・シールド》に用いたと推測される。

 しかしその場にいる誰もが、その考えに辿り着くことはできなかった。

 その結論に達するより前に試合が次の展開を迎え、ギャラリー全員がそれに目を奪われたからである。

 

「ふっ――!」

 

 炎が消えて仕切り直しとなった瞬間、ふわりと浮き上がったルークの体が、まるで矢のような勢いでヴィナへと突っ込んでいった。宙に投げ出されて不安定な姿勢となったのは一瞬だけで、彼はすぐに体勢を立て直してヴィナに肉迫すると、その脚を彼女の頭を目掛けて振り抜いた。

 しかしヴィナはすんでのところで身を屈めてその蹴りを回避すると、自身の頭上を通り過ぎようとするルークに向かって右脚を振り上げた。しかし彼女の脚はルークの体から拳1つ分離れた所で食い止められ、彼の体にダメージを与えることは無かった。ルークが現在発動している《ジェット・ストリーム》は高速移動を目的とした魔術だが、その副産物として彼の体を纏う風が触れるものを弾き飛ばす盾の役割を果たしている。

 

 互いに攻撃が不発となった形だが、ルークは一旦地面に降り立つと間髪入れず再びヴィナへと跳び掛かった。地面が抉れて掘り返されるほどの勢いに乗せて、今度は彼女の腹辺りを狙って拳を前に突き出した。彼の拳を纏う風が、触れるものを粉砕する矛として彼女に襲い掛かる。

 しかし彼の動きを読んでいたヴィナは、右手に杖を握り締めた状態でその場にしゃがみ込み、左手を地面に付けながら小さく呪文を唱えた。

 そして再び彼女が立ち上がったそのとき、まるで左手で引っ張り上げるようにして地面から岩の壁が現れ、彼女に差し迫ろうとしていたルークの前に立ちはだかった。ルークは一瞬目を大きく見開くも勢いは止まらず、そのまま彼の拳は岩の壁を粉砕した。

 そして岩の壁を突き破って視界が良好になった彼の目に映ったのは、真っ赤な炎だった。

 

「――――!」

 

 ルークは自身の体を動かすのに使っていた風を全て前方へと移動し、その炎をガードすることに集中した。目に見えない空気の壁が炎の行く道を阻み、それに押されるようにして彼の体はその勢いを失って地面へと下り立った。

 岩の壁に続いて炎の壁によって視界を遮られたルークだが、目の前の炎が途切れたことで彼が次に目にしたのは、体勢を低くしながらこちらへと駆け寄るヴィナの姿だった。黒曜石のように大きな黒い目をギロリと睨ませながら、彼女はルークの胸を目掛けて右腕を突き出した。

 その手に握られているのは、細身のナイフだった。

 

「さすがっ――!」

 

 咄嗟にルークの口から飛び出したのは、恨み節でも罵倒でもなく、魔術師にも拘わらずナイフのような近距離用の武器を隠し持っていたことへの賞賛だった。そして杖を持っていない左手がほとんど反射的に動き、ナイフを持っている彼女の手を下から叩き上げたことで、彼の胸を突き刺そうとしていたナイフの刃が上に逸れた。

 それと同時に、ルークはヴィナの腹部に右脚を叩き込んだ。彼女の体は大きく後ろへ吹っ飛んでいったが、彼女を蹴り飛ばした張本人であるルーク自身はほとんど手応えを感じていなかった。おそらく蹴りの瞬間に彼女自らが後ろに跳んだことで衝撃を逃がしたためであり、よってダメージはほとんど無いに違いない。

 だがそんな事情を知るはずもないギャラリー達は、ルークがヴィナにきつい一撃を与えたと思い込んで大きなどよめきが起こった。女子達はキャーキャー言いながら彼を応援し、普段はルークを嫌っている男子もこのときばかりは彼の応援に回って「ヴィナを倒せ」と叫んでいる。

 しかしスタート時とほとんど変わらぬ距離を保ってヴィナと向かい合うルークは、ギャラリーの見た目に反してそれほど余裕があるわけではなかった。むしろ体力や残りの魔力を考慮すれば、彼の方が不利な状況と言っても良い。

 

 炎に対して風系統の魔術というのは、かなり微妙な関係性にある。小さな炎ならば強い風を当てれば掻き消すこともできるが、大きな炎に下手に風を当てると、風に含まれる酸素によって炎をより大きくしてしまう。そうなるのを防ぐために、ルークは魔術によって操る空気中の酸素濃度を低くする必要があった。

 “空気中の酸素を操る”という繊細な操作を必要とするため、通常よりも魔力の消費は大きい。しかも酸素濃度の低い空気を体に纏うということは、その間ほとんど呼吸がままならないことを意味する。ただでさえ体を激しく動かしているというのに、それによる体力の消耗は無視できないほど大きなものだった。

 正面で対峙するヴィナに、ルークは目を凝らして観察する。

 普段よりも若干呼吸が大きいものの、まだまだ疲れているという範疇には入っていない。感情の読み取れない無表情も相変わらずで、こちらを見る目には余裕の色が見て取れる。

 

 ルークはこの感覚に、非常に憶えがあった。

 彼女の今の目は、例の盗難騒動でルークが戦ったときのオルファによく似ていた。

 

「くっ――!」

 

 ルークは思わず顔をしかめて奥歯を噛みしめるが、小さく呼吸を整えて膨れ上がりそうになった気を落ち着かせた。ここで焦ってヴィナに突っ込んだら彼女の思う壺だ。

 それにルークは、既に次の一手を指していた。

 狙いは、ヴィナの足元。

 距離を取って仕切り直しとなったからか、ヴィナはその場を動かずにこちらの様子をつぶさに観察している様子だ。しかしルークも、伊達に魔術師相手の戦闘訓練をやってきたわけではない。このように向かい合った状態で相手に勘づかれないように魔術の構築を行う技術に関しては、ルークはヴィナよりも上である自信があったし、事実その通りだった。

 そして最後の仕上げとして、ルークは右手に持つ杖の先端をほんの少しだけ振った。

 

 ごごごごご――ぼこぉっ!

 

「――――!」

 

 その瞬間、ヴィナの足元の地面が地響きと共に大きく陥没した。まるで彼女の周辺だけが切り離されたように沈み込んでいく現象に、彼女は目を大きく見開いて体勢を大きく崩した。そしてそんな彼女の姿でさえ、大量の砂埃に掻き消されて見えなくなった。

 しかしそこから間髪入れず、今度はその砂埃が大きく風に揺さぶられてその形を変えた。シャリッ、シャリッと砂を金属に擦りつけるような耳障りな音が響き、それに合わせるように砂埃が細かく切り刻まれて散り散りになっていく。

 

「な……!」

「マジかよ……!」

 

 やがて地響きと砂埃が止んだ頃、試合会場のど真ん中に残ったのは、直径で大股数歩ほど、深さは人間数人分にもなろうかという巨大な穴だった。青々とした芝生の中にぽっかりと浮かぶ真っ黒な円に、ギャラリー達は騒ぐのも忘れて口を開けて呆然としていた。

 そしてそんな穴に杖を向けながら、尚も緊張の面持ちでルークがそれを睨みつけていた。

 地盤を空洞化することで地面を陥没させて穴を空ける《シンク・ホール》は、数多くある魔術の中でもかなり特殊なものである。地面に穴を空けるという現象から緑魔術の類かとも思えるが、地盤を空洞化する方法は何通りか存在し、それによって魔術の分類が異なってくる。例えばルークの場合、地中に大量の水を発生させる方法で地盤を削り取っているので“青魔術”に分類される。

 地中という目に見えない箇所に魔術を作用させる《シンク・ホール》は、通常ならば魔術学院の生徒レベルでは使いこなせないほどの高難度だ。そのような魔術が演習の試験で、しかも3年生が発動したという点は、この試合を観戦していた上級生、さらには教師達の表情を強張らせるのには充分すぎるほどの衝撃だった。

 

 そんな魔術を成功させたルークは、それでも緊張を解くことなく杖を穴へと向けながら、ゆっくりとそれに近づいていく。いくら《ウィンディ・シザーズ》で追い討ちを掛けたとはいえ、それでやられるような相手だとは彼も思っていなかった。

 ルークは警戒心を顕わにしながら、そっと穴の底を覗き込んだ。表面に露出している土や岩は全てビシャビシャに濡れそぼっており、底には泥を含んだ水が薄く溜まっている。

 そんな穴の底に、ヴィナの姿は無かった。

 その代わり、人が1人通れるほどの大きさの穴が壁に空いていた。

 

「まさか――」

 

 びしししっ――!

 

 ルークが思わず呟いたその言葉は、突然地面に走った亀裂の音に掻き消された。その亀裂は丁度彼の足元を起点にして、半径大股10歩ほどの範囲にまで蜘蛛の巣のように放射状に広がり、そして亀裂の細かさに比例して地面が湾曲して盛り上がっていく。

 そして、

 

 どごおおおおおぉぉぉぉん――!

 

 下から押されるように湾曲していく地面に耐えきれなくなった亀裂の1箇所から炎が噴き出したその瞬間、まるでジグソーパズルのピースをぶち撒けたかのように地面が何十もの破片となって空へと打ち上がり、そしてそれら全てを呑み込むほどの大爆発が巻き起こった。地面の下から空に向かって噴き上がる炎は、まさしく火山の噴火そのものに見えた。

 

「うわぁっ!」

「ひぃっ!」

「ルークくんっ!」

 

 広場の表面を吹き飛ばすほどの大爆発によって、会場周辺は大きな地震に見舞われた。目の前の大爆発の迫力とも相まって、ギャラリー達が次々とバランスを崩してその場に倒れ込んでいく。“大惨事”と呼んで差し支えない光景に一部の生徒がパニックを起こして叫び声をあげ、爆発が起こる直前までルークがそこにいたのを目撃している女子生徒数人が彼の名を呼んだ。

 そんなギャラリー達の叫び声を浴びながら、ザンガがもうもうと黒い煙を吐き出す穴の傍まで慎重な足取りで歩み寄った。穴を覗き込もうとするが、黒い煙に阻まれて確認することができない。試合結果が確定したと判断できない限り試験官といえども手出しは許されず、彼の表情には緊張と焦燥が綯い交ぜになっている。

 やがて自然の風によって黒い煙が流され、徐々に穴の中の様子がうっすらと浮かび上がってきた頃、

 

「…………成程な」

 

 穴の底にいた“2人の姿”に、ザンガは口角を僅かに上げて呟いた。

 その穴は先程ルークが空けたものより高さも深さも倍近くはあり、表面に露出している土や岩は全ての水分が抜き取られたかのようにパサパサに干からびていた。何かの燃えカスが辺りに散乱しており、黒と白の煙があちこちから立ち上っている。

 そんな穴の底で、その2人――ヴィナとルークは、互いの鼻先が触れ合いそうな距離まで接近したまま静止していた。

 全身を土埃や泥で汚すヴィナの右手にはナイフが握られており、その刃がルークの首筋スレスレにまで迫っていた。もし彼女がその刃を首筋に当てて右腕を引けば、たちまちの内にそこから真っ赤な鮮血が噴き出すことだろう。

 全身を煤や灰で汚すルークの右手には電気を纏った杖が握られており、その先端がヴィナの鳩尾(みぞおち)スレスレにまで迫っていた。もし彼がその杖を鳩尾に押し当てて電気の制御を解除すれば、たちまちの内にそこから強烈な電流が彼女の全身を駆け巡るだろう。

 ザンガは2人の様子を確認して小さく頷くと、心持ち顔を上げて大きく息を吸い込んだ。

 

「試合終了! ――両者、引き分け!」

 

 その瞬間、ギャラリー達が大いに騒ぎ立てた。ハイレベルで大迫力の試合を観られたことに興奮する声、ルークが無事だったことに安堵する声、引き分けという何とも消化不良の結果に終わったことを嘆く声、と内容は様々だったが、ルーク達の耳に届く頃には全てがグチャグチャに混ざり合っているせいで耳障りな雑音にしか聞こえなかった。

 そしてルークはその雑音に呆れたように溜息を吐いて、杖に纏った電気を解除してそれを制服の内ポケットにしまい込んだ。それを見てからヴィナも、同じように手に持つナイフを懐にしまう。

 

「ありがとう、ヴィナさん。良い試合だったよ」

「……ん」

 

 にっこりと爽やかな笑顔を浮かべながら何も持っていない右手を差し出すルークに、ヴィナは返事なのかどうか微妙な呟きをしてそれを握った。

 握手したままその手を何回か小さく縦に振ったルークは、その爽やかな笑顔のままで彼女に尋ねた。

 

「ヴィナさん。今日の試合は、どこまで本気だった?」

「……私は、いつだって全力」

「……そう」

 

 それ以上はルークも何も言わなかったので、ヴィナはフッと彼から視線を逸らして穴の入口を見上げた。おそらくギャラリーに混じっていたであろう教師達が、2人を穴から出そうと杖を構えている様子を何となしに眺める。

 

「…………」

 

 そしてルークはそんな彼女を、立っているのもやっとなほどの疲労感と荒々しい呼吸交じりで見つめていた。

 教師達を見上げるヴィナの様子は、どこまでも平然としたものだった。

 

 

 *         *         *

 

 

「おーっ! やっぱり、あの2人は凄いね!」

「う、うん……。本当に凄い……」

 

 未だ興奮冷めやらぬといった感じではしゃぐアルに対し、バニラはその顔を真っ青に染めてアルの体にガッシリとしがみついていた。試合のときに起こった地震によってバランスを崩し、危うく屋根から転がり落ちるところだったのである。

 しかし彼女が顔を青ざめているのは、何も落下に対する恐怖だけではなかった。

 

「で、でもさ、そんな凄い魔術をあんなに連発して……。結果的に怪我無く済んだから良いけど、万が一のことが起こったら……」

 

 2人が試合の最中に繰り出した魔術は、普通の生徒だったら為す術も無くやられてしまうような高度なものばかりだった。そのレベルはもはや生徒の枠を超えて、今すぐ軍や警察に入ったとしても即戦力になれるほどだ。

 だからこそ、バニラは信じられなかった。下手をすれば相手の命を奪いかねないほどの威力を有する魔術を、傍目にはまったく躊躇う様子も無く使える2人の心境が彼女には理解できなかった。まさかこれがヴィナの言う『相手を“殺すつもり”で挑む』ということだろうか、とバニラは胸が締め付けられる心地になり、それを紛らわすように制服の左胸辺りを強く握り締めた。

 と、そのとき、まるでそこだけ大災害に見舞われたかのような惨状と化している会場を眺めながら、満面の笑みでこう言い放った。

 

「いやぁ、それは大丈夫でしょ。――だって2人共、全然“全力”じゃなかったもん」

「えっ――」

 

 アルの言葉が信じられず、バニラは疑問の声をあげて彼女を見遣った。

 

「そ、そうなのっ? あんなに凄い威力だったのに、全然本気じゃなかったなんて――」

「いやいや、別に手を抜いたって意味じゃないよ。あくまで“あの状況での全力”だったっていう意味で、2人にとって“現時点ではこれ以上の戦闘はできない”って意味での全力じゃなかった、ってこと」

 

 アルの言っていることがどうにも理解できず、バニラは眉間に皺を寄せて首をかしげた。

 それを感じ取ったアルは、会場を指差して「だってほら」と説明する。

 

「そもそもスタートの時点で、相手と一定の距離を開けて向かい合ってるって状況でしょ? 普通に考えれば、そんな状態で始まる戦闘なんて存在しないんだよ。そんなのが成立するのなんて“見世物”か“昔の決闘”くらいなもんでしょ」

「あぁ、そういえば……」

 

 それを聞いて、バニラはいつかアルとルークが交わしていた会話を思い出した。今回の試験では不意打ちや騙し討ちが通用しない、と嘆いていた彼女の姿が思い起こされる。『あれっ? 本当にそうだったかな?』とバニラは思ったが、深く考えないことにした。

 

「それに会場のすぐ近くに、何の壁も挟まずにギャラリーがいたでしょ? 流れ弾が当たっても責任は問われないだろうけど、そこにいるってだけでやっぱり気になっちゃうもんだよ」

「……つまりあの2人も、知らない内に威力をセーブしてたってこと?」

「まぁ、本人に訊かないと何とも言えないけど、多分そうなんじゃないかな?」

 

 それを聞いたバニラは、感嘆した様子で息を呑んだ。確かにあの2人なら、アルの言っていることが事実だったとしても頷ける。

 とはいえ、

 

「だとしても、あの2人は怖くなかったのかな? もし自分の魔術で相手が取り返しのつかないことになったら、とか……」

 

 バニラの疑問に、アルは「うーん」と唸り声をあげて、

 

「それについては何ていうか、変な言い方だけど一種の“信頼”じゃないかな?」

「信頼?」

 

 オウム返しに問い掛けるバニラに、アルはこくりと頷いた。

 

「『相手は本物の実力者だから、それくらい強力な魔術で挑まないと倒せない』っていう感じの。あるいは『これくらいの魔術、相手だったら凌いでくるに違いない』とか」

「……相手を倒すのが目的なのに?」

「まぁ、そこら辺はね、所詮は“試合”だから。2人がこの試合に何を求めていたのか、っていう目的の問題だし。別に本物の“殺し合い”ってわけじゃないんだから、そんなに難しく考えなくて良いと思うよ」

「……そうかな」

 

 バニラの呟きに、アルは「そうそう」と笑みを浮かべて頷いた。

 それを受けて、バニラは再び広場の会場へと目を向けた。教師達によって巨大な穴から引っ張り上げられたルークとヴィナの2人は、ルークがにこやかに一方的に何かを話し掛け、ヴィナが平然とそれを無視するという、いわば普段通りの遣り取りが行われていた。少なくとも、つい先程まで壮絶な魔術の応酬を繰り広げていた2人には見えなかった。

 

「……私は、そこまで割り切れないよ」

「…………」

 

 ぽつりと呟かれたバニラの言葉に、アルからの返事は無かった。


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