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拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が裏闘技場に響く。その衝撃を生み出したのはレイニィ・ヴァレンタインと川神百代である。
彼女たちの戦いが始まってから十数分だが、その戦いは観客たちを大いに盛り上がらせていた。百代自身も普通だったらこの戦いを楽しんでいたかもしれないが、今回ばかりは楽しんでいられなかった。
その理由は心のざわめきだ。大和たちが犯人グループを追って姿を消してから心のざわめきが治まらない。
こうも不安を駆られるのはこれが初めてである。今までここまで焦燥しそうになるくらいの不安なんて初めてで、普段だったらこんな戦いは楽しいの一言なのはずなのに。
「…くそ」
「どうしたモモヨ。お前の力がこんなものか?」
レイニィは今戦っている百代が何故か弱いと感じた。正確には弱いというよりは力を発揮していないように思える。
これではレイニィの培ってきた全力を武神である百代に見せられない。こんなものでは今までの実験の成果が台無しだ。
「どうしたモモヨ。もっと本気を出せ!!」
彼女の拳がストレートに百代にヒットし、リング端まで殴り飛ばされる。
「チッ…これでも本気で戦っている!!」
「どこがだ!?」
お互いに拳の連打だが、どんどんと百代が圧されていく。
「本当にさっきから私の戦いに心あらずだな。これではつまらんぞ!!」
レイニィは足に気を溜める。
「喰らえ。エクスプロージョンショット!!」
百代の腹部に蹴りを入れて、そのまま気を爆発させる。その気の爆発に百代は内臓に大ダメージを受けた。
口の中に血の味が広がる。すぐに瞬間回復で回復するが圧倒的に勝負の流れが完全にレイニィだ。
やはり勝負の流れとはあるもので、その流れに乗った者こそ勝負をより有利にできるのだ。
流れに乗っているのがレイニィ。乗っていないのが百代だ。
「このままで納得のいかないまま私の勝ちになりそうだな」
「なんだと?」
「もう勝ちが見えてきた」
「言ってくれるな」
強気で返事をする百代だが、それでも心のざわめきは消えない。とても嫌な予感がするのだ。
その予感はどんどんと百代の心をすり減らしていく。そのおかげでうまく気を練れないし、力も発揮できない。
だからこそ百代はこの戦いを続けば負けると頭で理解してしまった。このままで負ける。
「この…!!」
「ハアアアアアア!!」
「く、くそ!?」
「これで決めてやろう」
レイニィの拳に濃密な気が収束されていく。その気の量は間違いなく百代を倒す。
「マグナム…」
ついに決着がつくかと思った矢先、裏闘技場で異変が起こる。
裏闘技場内で大量の煙幕が充満したのだ。いきなりの異変に裏闘技場内は大パニック。
「何だこれは…これもモモヨの技か!?」
「いや、違うけど」
この大量の煙幕は百代と関係ない。寧ろ百代だって説明を聞きたいくらいだ。
百代はすぐさま巨人の方を見ると徹底のサインが見えた。この裏闘技場に入る事前にいくつかのサインを全員で決めたのだ。
そのうちの1つが撤退のサインである。ならばもうここに長居は無用だ。
でも1つだけ心残りがあるとしたら初めて決着をつけられなかったということだろう。それでもまずは仲間の安否が知りたい。
「じゃあな!!」
金網リングを破壊して百代は煙の中に消えていく。
「モモヨ!!」
レイニィ・ヴァレンタインは百代との決着をつけられなかった。でもそれで良かったのかもしれない。
あんな百代を倒したところで意味は無い。倒したところで『最強』の称号は手に入らないし、レイニィは納得しないのだろう。
レイニィの望む勝利は本気の百代を倒してこそ得られる。
「ここでは決着はつけられないか…ならば近いうちに決着の場を!!」
レイニィもこの裏闘技場にはもう用は無いと判断して、彼女もまた消えるのであった。
257
モクモクと裏闘技場から煙が大量に噴き出している。その様子を外のビルの上から見る2人の女性。
その女性たちは先ほどまで裏闘技場内にいたが目に見えている煙の異変を切っ掛けに外に出てきたのだ。
「誰がやったんだか」
「どうせ紅香の犬よ」
「…よく分かったな」
「何となくよ。確信なんてないけどね」
星噛絶奈はするべきことを終えたから裏闘技場から出てきて、斬島切彦も仕事を終えたから出てきた。
もう裏闘技場には用は無い。後はどうなろうがどうでもいいのだ。
「そういえばあそこに顔見知りがいたけど…別の仕事中か?」
「そうじゃない? でも、私が追う奴らに雇われてるなんて面倒だわ…誰かどうにかしてくれないかしら。まったく悪宇商会同士でぶつかっても得にはならないわ」
「こういう時もあるんだろ」
「そういえば紅くんがいたわね。彼も毎回なんでか関わりがあるのよね。何でかしら?」
「知らねえよ」
何故か真九郎と関わってしまう。もう運命なんだか呪いなんだか。
こればかりはどうにもできない。だって意図しなくても真九郎と出会ってしまうのだから。
「この分だとオークションでも紅くんと接触しそう」
「オークション…ああ、川神裏オークションか」
「なに。貴女も裏オークションに用でもあるの?」
「いや、無いけど…」
「そう。貴女も私の邪魔しないでよね」
「しねーよ」
絶奈の邪魔して殺されたくもない。絶奈の強さは切彦だって知っていたし、もし戦えばどちらかが必ず死ぬだろう。
最も切彦としては絶奈と戦う気はさらさら無いが。だけど並行世界なんてものがあったとしたら切彦はキリングフロアで絶奈の邪魔をした世界線がある。
とってもどうでもいいことだけど。
「邪魔しないならいいわ。私もそろそろ裏オークションに乗り込む準備もしないといけないからね」
「その裏オークションどこでやるんだ?」
「川神市にある超高級ホテルビルで。そのビルは表の大企業の社長や会長が活用しているし、更に裏に名高い者たちも利用している…まあ情報漏洩の無い場所に適している場所ね」
その高級ホテルビルの内側で起きたことは外に絶対に漏洩することはない。大物たちにとってはよく利用している場所だ。
そこなら裏オークションを行っても何も問題は無い。
「それはもう超大物たちが来るんじゃないかしら。表も裏もね」
258
宇佐美巨人を先頭に百代は裏闘技場内を走り切っていた。
よく分からないけど裏闘技場内で煙が大量に充満したおかげで大パニック。でもそのおかげで脱出できたのだ。
「さっさと逃げるぞ。もうここには用はねえ!!」
「おい髭。みんなはどうした!?」
「連絡は来ている。みんな脱出しているから俺らも脱出して合流すっぞ」
「みんなは無事なんだな!?」
「メールだけじゃ分からないが、文面的には無事そうなんだがな。でも不安はある。だからさっさと合流するんだよ」
噂をしていればなんとやらで曲がり角にて大和たちと合流。彼らの顔を見た瞬間に百代の心のざわめきが消えた。
「無事だったか!!」
「い、一応無事」
どこか大和たちの顔色が悪い。でもその理由を聞くのはまず裏闘技場を脱出してからである。
「そういや紅くんと葵くんたちは?」
「奴らは別の出口から脱出するらしい。つーか今脱出したメールが来た。俺らも脱出して合流だ。合流場所はこの川神でも一番安全な場所だ」
「ウチね!!」
「ああ」
川神院は武術の総本山であり、川神市で一番安全な場所だ。裏世界の者でもそうそうに手を出せる場所ではないのだ。
だから川神院まで逃げ切ればこちらの勝ちだ。
勝ち。勝利。この裏闘技場で大和たちは本当に勝ったのだろうか。
確かにこの裏闘技場で売春組織の主要なグループを壊滅させた。これでもう活動することは不可能だ。元々の目的がこの売春組織の壊滅が目的だから達成はされた。
でも売春組織は上に違う組織が繋がっていた。その組織こそ臓器売買組織である。
繋がっていたのなら、売春組織に手を出したらそのまま臓器売買組織を相手にすることになる。大和たちは敵の勢力を完全に把握できていなかった。
そもそも把握できるはずがなかった。まさか裏世界の闇組織が繋がっているなんて予想できるはずもない。
大和たちは裏世界の闇を最悪なまでに体感してしまった。それはもう心を歪ませるほどまでに。
(…俺たちはどこか間違った選択をしたのだろうか)
間違った選択はしていない。だが引き際を間違えたのだ。
そもそも選択すらなかった道を分からずに進んでしまったのかもしれない。
彼らの今回の目的は確かに正義に伴って動いただろう。でも正義の心情すら飲み込む非情で理不尽な悪に叩き潰されたのだ。
こんな気持ちになったというのに大和たちは勝利した気分にはなれない。
『試合に勝って勝負に負けた』という言葉すら合わない。寧ろ『最初から負けていた』というのが合う。
大和たちは最初から負けていたのだ。学園生の力だけでは勝つのは不可能なのだ。
例え、武神とはいえ無傷は不可能である。本気でも暴走状態の百代でも本当の裏組織を壊滅させるのはできない。
それが裏社会の上位5本に入るほどの裏組織なら尚更である。
(ちきしょう…)
今回の臓器売買組織は裏社会上位に食い込む裏組織ではないが、人を殺すのに躊躇いは無い。
なんせ生きている人間から臓器を取り出しているのだから。人を人と思わず、ただの商品としか見ていないのが臓器売買組織のボスだ。
「出口だ。このまま休まずに川神院に突っ切るぞ!!」
大和たちは裏闘技場から脱出した。
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川神院にて。
「これは一体どうしたんじゃ?」
大和たちに冬馬、真九郎たちが深夜に勢いよく川神院に飛び込んで来れば流石に鉄心だって驚く。
そしてその状態を見れば、ただ事で無いことがすぐに分かる。
「学園長…悪い。今回は敵を見誤っちまった」
「親父!?」
巨人の脇腹を見ると血が滲み出ていた。
「いかん、すぐに止血せんと。リーよ!!」
「ハイ、分かってるネ!!」
すぐに応急処置をする。
「髭先生どうして!?」
「なあに…こっちはこっちで色々あったんだよ。人の気付かないところで仕事するってハードボイルドって言うのかねえ」
「馬鹿言ってないで静かにしてろ親父!!」
「はは、大丈夫だ。死ぬほどの重症じゃねえよ」
傷口を見るとナイフか何かで刺されたような傷痕だ。
「誰にやられたんだよ!?」
「あのオーナーだよ。ったく、あいつも繋がっていたようだ」
巨人も巨人で実は戦っていたのだ。その相手は裏闘技場のオーナーである。
あのオーナーは完全に臓器売買組織と繋がっていた。そして売春組織やユートピア売買組織を追う奴らが大和たちと気付いていたのだ。
そして機を見て巨人を刺したのだ。オーナーとしては巨人が大和たちをまとめるリーダーだと思ったからだ。
頭さえ潰せばあとは学園生たちだけ。子供たちなんて簡単につぶせると判断したのだ。
「逃げるときに顔面に拳を叩きこだけどな」
一矢は報いた。ただやられるのが巨人ではない。
「あの野郎…」
忠勝は静かに拳を握る。
「…いろいろと聞きたいことはあるが今は休むことが大事じゃな。もう休むといい。みんな川神院に泊まりなさい」
鉄心としては早く状況を聞きたい。でも今はその時ではないのだろう。
大和たちを見れば聞けるようなものではない。みんなが恐怖、焦燥、怒り、敗北感といったあらゆる負の感情を発しているからだ。
(じゃが紅くんだけは違うな)
「川神学園長。この子の保護をお願いします」
「この子は確か…不登校の」
「はい。この子を保護してくれると助かります」
「分かった。…何かあったか教えてくれるかのう」
「はい」
彼なら何が起こったかすぐに聞ける。それに彼は素直な子だから詳細に教えてくれるだろう。
「俺の知ることでしたら全て話します」
真九郎の知っている部分なら話す。流石に大和たちが、冬馬たちが何を見て、何を体験したのかまでは分からない。
だけど彼らを見るに闇を見たのだろう。圧倒的で非情で理不尽な闇であり、悪を。
「実はーー」
今回の裏闘技場での戦果を語ろう。
大和たちは売春組織を壊滅させた。
冬馬たちはユートピアを売買する麻薬取引組織を潰した。
これで川神市に滞る犯罪組織を2つ潰したことになる。これはまさに大きな戦果だ。学園生でありながら、大きな功績だ。
だがこの2つの組織は所詮、大本なる裏組織の末端である。大木の小枝にすぎない。
川神市には大きな癌となるモノが残っているのだ。
まだまだ川神市は安全ではない。真九郎の話を聞いた鉄心はこれからどうするかを考えていくしかない。
そして真九郎の戦果は行方不明の子を見つけ出し、助けることに成功した。彼だけが今回まともに勝ったと言えるかもしれない。
「…そうか。そんなことがあったのじゃな」
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若者たちが大きな試練に立ち向かって挫折を味わった。
大きな試練に立ち向かったことは素晴らしい。でも挫折してしまったのは悲しいことだ。でもしょうがないと思う。
だって試練に立ち向かえば、壁を乗り越えるか挫折するかのどちらかなのだから。
挫折したのならば立ち上がってほしい。それが試練に立ち向かった人であるならば。
挫折してしまい、立ち止まるのは構わない。だって人間は一生突き進むことはできない。時には休む必要があるのだ。
でもずっと立ち止まることは許されない。ずっと立ち止まってしまったら人間はもう成長できない。
「だから頑張ってもらいたいね」
「お父様?」
「やあ旭」
「なにか気分が良さそうねお父様」
「ああ。若者が大きな試練に立ち向かってくれたんだ。でもどうやら大きな壁にぶちあたったらしい。でも彼らならきっと乗り越えてくれると確信があるんだ」
ニコリと満面な笑顔の幽斎。それを微笑みながら見る旭。
「そうなのね。きっとのその彼らも乗り越えたら強く成長するでしょうね」
「ああ。きっとだ」
何をもって確信しているか分からない。でも幽斎は何故か立ち上がって新たな試練を突破してくれと思ってるのだ。
「ところで義経との決闘はどうだい?」
「順調よ。お互いに切磋琢磨して頑張っているわ」
「そうか。ならとても良いことだね。順調に越したことはないよ」
順調に木曽義仲というクローンのデータが取れている。そのデータは全て良いもので、より優れている存在という証となる。
「これなら『みんな』も旭が素晴らしい存在だと納得してくれる。僥倖計画も達成に近づきそうだよ」
「そう。それは良かったわ」
本当に笑顔の旭。自分がどんな未来を辿るかを知っているのに笑顔なのだ。
幽斎が異常なら旭も異常だ。
「裏オークションのプランも準備をしておこう」
読んでくれてありがとうございました。
今回で裏闘技場編は終了です。
スマートな話の展開が続かずにぐったりとした感じの裏闘技場編でした。次はもう少しスマートに話を展開させていきたいです。
それはもう原作の真九郎が熱く深く活躍するみたいな感じで。
まあ、今回は負け戦みたいなもんでしたから…次回からはリベンジ戦になりますね!!
次回もゆっくりとお待ちください。
次回はまた義経ルートに戻るかも