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揉め事処理屋の仕事が入り込んできた。これまた人探しである。依頼者は大和田伊予。
彼女は確か由紀江の友人だ。同年代の友人で由紀江が特に大事にしている仲である。仲介者はまさに件の由紀江だ。
島津寮にいる時に由紀江から揉め事処理屋の仕事を相談した友人がいると聞いて足を運んだのだ。
「こ、こんにちは紅先輩。よろしくお願いします」
「こんにちは大和田さん。緊張しなくてもいいよ」
どうやら緊張しているようだ。だが緊張している相手なんて仕事をしている中でいくらでも会っている。だから相手の緊張を解く方法は知っているものだ。
真九郎は伊予の緊張を解かせるように接していく。そうすれば彼女も次第に緊張がほぐれていくのであった。
(わあ紅先輩って模擬戦とかで凄く活躍してたけど…やっぱ凄い優しいや)
真九郎はその実力と性格のギャップがあるので実は川神学園から人気急上昇。特に女子から。
女子の頼みなら基本的になんでも引き受けてくれるし、紳士的で優しいのが起因する。おかげで夕乃は大変である。そのような性格した原因でもあるくせに。
「で、頼みって何かな?」
「実は家出した友人を探してほしいんです」
「家出した友人?」
「はい。何でも家族と喧嘩して家を出たみたいなんです。最初は友達の家に泊まっての繰り返しをしてたみたいなんだけどいつの間にか誰の家にも泊まっていないみたいで行方不明になっちゃったんです」
「成程。その子の写真とかある?」
「はいあります」
「ありがとう。その依頼を引き受けるよ」
「ありがとうございます!!」
行方不明者を探す依頼を請け負うがまさかあんな凄惨事件に関わってしまうとはまだ分からなかった。
216
金曜集会にて。
大和は百代たちにあることを話そうとする。それはちょうど義経たちや燕に真九郎たちが川神学園に訪れる前の出来事。
「なあみんな。前に俺らで売春組織を潰したのを覚えているか?」
「ああ、あの時のことか。覚えているぞ大和。それがどうしたんだ?」
「その売春組織がまた川神で現れたらしいんだ」
「うえ、マジ?」
「あれだけ叩き潰したのによくまた立ち上げたものだな。だがまた悪の組織が立ち上がったというのなら正義の鉄槌を下す」
前に潰した売春組織ではなく別の者たちが立ち上げた売春組織かもしれない。だがよく今の川神で立ち上げたものだと思うものだ。
何故なら今の川神は九鬼家が川神市クリーン化のおかげで『よくないもの』は徹底的に占められているのだ。
実際のところ九鬼家のおかげで川神に潜んでいた悪事が暴かれたりした。そのおかげで起きるはずだった事件はなくなったし、ある若者たちは悪に染まることはなかった。
「その売春組織はよっぽどの馬鹿なのか怖い者知らずなのかもしれないね」
京の言葉に全員が同意する。その売春組織はそのうち九鬼に潰されると思う。だが風間ファミリーは正義感のある人間が多い。
クリスはまた自分たちで潰すべきだと言う。もし自分たちの不始末だったら自分たちで後始末をすべきではないかというのが彼女の考えだ。
実は逃がした奴がいて再度組織を立ち上げたのならば自分たちの負い目だろうとのことでもある。そこまで考えなくても良いだろうがクリスの性格上仕方ない。
これには一子や翔一、由紀江も納得して賛成はしている。卓也や大和に京は九鬼に任せる方が良いと思っている。岳人と百代はどちらでも構わない。
「髭センセーはこのことを知ってるのか?」
「知っている。どうやら自分でも調べるらしいよ」
「宇佐美先生はまた手伝ってくれとか言ってないのか?」
「言ってない。前に拳銃を持ってた奴がいたから、あまり危ない橋を渡らせるのは気が引けると思ってるんじゃないかな」
「何を言う。こういう敵を相手するからには危険が無いなんてことはないだろう」
ドイツ軍人を親に持つクリスは一般人と覚悟が違うのだろう。確かにあの時は拳銃を出された時は少し驚いたが大丈夫だという気持ちもあった。
それは百代の存在が大きかったことがあったからだろう。更に今の百代は自分を見つめ直していて、より強くなっている。
「まあ潰すならさっさと潰した方が良いだろ。一応髭センセーに聞いてみて、許可が取れたら手伝うでいいんじゃねえか?」
翔一の言葉に全員が同意した。何だかんだで自分たちが倒した敵が残っているという負い目を感じているのだ。風間ファミリーは正義感のある人間たちなのである。
良い人たちであるが、川神で育ったので特殊な人たちでもある。だからこそ売春組織を潰すなんて考えが思いつくのだろう。最も川神に住む大半が特殊な人間が多いものだが。
「でも気をつけよう」
これが風間ファミリーが忘れることが出来ない深い闇の事件の始まりである。
「ところで更に最近妙な薬があるのも知ってる?」
その薬はユートピアと言うらしい。
217
ユートピア。合法ドラッグであり、重度の鬱病患者にしか処方されない薬だ。
処方すると精神的に安定する。だが過剰に摂取すると気分が揚がり、自信過剰になって何でも出来るような感覚に陥る。更に過剰に摂取すると生命の危機にも陥るだろう。
この薬は川神に広まる前に九鬼によって処分されたはずなのだ。だと言うのに何故か川神で少しずつだが浸透している。
「これはおかしいですね」
「やっぱりそう思うか若」
「はい。ユートピアが広まるなんて絶対にあり得ないことなんですよ。あの薬は完全に処分されたはずなんですから」
「だよなあ…ありえねえんだよ。板垣の奴らがやってるとは思わねえし」
冬馬と準はユートピアに関してよく知っている。何故なら自分の病院で作られた薬なのだから。しかしその危険性によって処分が決まったのだ。
だから在庫なんてものはない。製造方法はあるが誰にも知られないように保管してある。まさか情報が漏えいでもしたのだろうか。
「もしくは最初の頃に出回ってた物を誰かが回収して粗悪品でも作ったのでしょうか?」
「おいおい若。それはけっこうヤバイぞ」
合法ドラックとはいえサンプルを手に入れ、似たような薬を作るなんて危険すぎるだろう。もはや犯罪だ。
「…これは僕たちの後始末ですかね」
「…かもな。俺らは九鬼のおかげで平穏を取り戻せた」
「はい。ならばこの後始末に関しては僕らで決着をつけるべきです。僕らの遺した闇は自分自身で処分しましょう」
「それ危険だと思うぜ若。大丈夫なのかよ」
「分かってます。でも自分たちの後始末は自分でするものでしょう」
「だな。俺は若についてくぜ」
「ありがとう準」
冬馬と準は絶対に切れない絆がある。彼らが仲違いすることは絶対にないだろう。
「ボクも忘れちゃ嫌だよー!!」
「ユキ」
「ボクは絶対に2人を守ってみせるよ!!」
「ありがとうユキ」
小雪もまた2人の絆に入る1人だ。彼女は2人のためなら何でもするだろう。
「久しぶりに板垣家に連絡してみますか」
彼等もまた忘れることの出来ない深い闇の事件に関わる始まりを選んでしまった。自分たちの遺した闇だったとはいえ、その闇はもっと深い闇が繋がっているというのに。
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川神市には生きの良い臓器を持つ人間が多い。流石は武士の心を持つ人間たちが多いものだ。
私はあまり武術には興味が無いが川神にいるだけでつい感化されて武術を習ってみようと思ってしまうほどだ。それだけ川神が特別なのだろう。
もし、武神の臓器を手に入れたら『あの臓器』と同等の価値があるんじゃなかろうか。まあ手に入れるのは難しいだろうがな。
九鬼の連中が面倒だが慎重に動けば良い臓器は手に入る。だからこそ売春組織とドラック販売組織を秘密裡に立ち上げた。この2つが良い隠れ蓑になるし、良い臓器を手に入れるルートにもなった。
最初はあまり期待していなかったが良い臓器を持つ人間を紹介してくれるからこそ助かる。だが引き際は肝心だ。九鬼家がこの2つを潰しにかかったらすぐにでも切ろう。
川神で臓器が少しでも手に入ったのは儲けものだからな。私の本当の目的は川神裏オークションで臓器を出展し、名を広めることなのだから。
そういえばもう1つの隠れ蓑も良い感じだ。そこはよく取引が行われるのに一番良い。川神的にも合っているし、九鬼も見つけたとしてもすぐ排除するか分からないしな。
なんせ青空闘技場の延長線上のような場所だ。決闘に関しては川神も寛容的で九鬼でさえ、川神に染まっている。だから川神で行われる決闘、死闘は個人の責任。九鬼はそこまで警戒しないだろう。
あの場所は私が雇った戦闘屋に任せている。彼は元オーナーだから上手く経営しているものだ。
だからこそ裏格闘技場は良いものだ。
読んでくれてありがとうございました。
今回の話でいくつかの視点で物語が進むのが確定しました。そしてそのうちどっかで合流していきます。
最終章では真九朗郎や大和たちがそれぞれの事件に関わり、ある1つの闇に関わってしまいます。