206
三鷹統治は何が起こったか理解するまで20秒は時間を要した。
分かったというのは、あの未熟そうな真九郎が最強の黒騎士を殴り飛ばしたことだ。そんな馬鹿なことがあるのだろうか。
絶対的な勝利を確信していたのにこうも裏切られたのは初めてである。絶対に破られない鉄壁シェルターがただのトンカチで砕かれたような気分だ。
「う、嘘だ。あの黒騎士が!?」
「三鷹統治いいいいあああ!!」
「そ、総理!?」
気が付いたら総理が全速力で三鷹統治の間合いに入っており硬く熱い拳が彼の顔面に叩きこまれた。
「ぶおうらあああああああああああ!!」
「ごっぱあああああああ!?」
三鷹統治は顔面を殴られ、勢いよく吹き飛んだ。ごろごろと転がり、鼻からはぼたぼたと鼻血が垂れている。
有言実行。総理は三鷹統治に拳を届かせると宣言したのが完全に実行されたのだ。良い拳が入り、感触としては鼻が折れただろう。
実際に折れており、三鷹統治は鼻を抑えている。鼻血はいきおいよくぼたぼた滝のように流れている。
「くそ、くそ、くそ!?」
「三鷹ぁ、てめえは間違えた。言葉じゃあ足りねえぜ」
「くそくそくそ、何でだ。私は間違っていない!!」
「お前は間違っているぞ!!」
紫がピシャリと三鷹統治の言葉を否定する。
「お前は悪い奴だ。そんなのは7歳の私でも分かるぞ。人は悪い奴と良い奴がいる。その二択でお前は悪い奴だ!!」
「ガキのくせに大人世界に口を出すな!!」
「悪い良いに子供も大人も関係無い。悪い人は悪いことをして、良い人は良いことをする。当たり前で単純なことだ!!」
紫は幼いながら的を得た事、もしくは当たり前な真実を言うのだ。大人になると当たり前のことを正面切って言えなくなる。
言えなくなると言うよりも、当たり前のことが分からなくなるのだ。だからこそ子供の純粋な心はここぞと言う時に強い。
「ほれみろ三鷹。こんな幼い子の方がよくわかってるじゃねえか!!はっきりもう一度言う。お前が間違ってるんだよ。自分自身の言葉をよおく考えろや!!」
総理と紫からの論破。論破かどうか分からないが何故か三鷹統治は言い返せない。強きに言い出せないのは黒騎士が殴り飛ばされて絶対的優位がなくなったからである。
こんなことは有りないことだった。絶対に総理を仕留めることができてその後窯を狙おうとしていた。その流れは確実だと思っていた。だがそれができなくなってしまった。
完全に流れが変化したのだ。
「く、黒騎士ぃぃぃ!!」
三鷹統治はオズマリア・ラハが吹き飛んだ方向に向かって叫ぶ。
さっさと立ち上がれ。自分のために戦え。どうにかして奴らを殺せ。という気持ちをドロドロと込めて吠えたのだ。
「…無事だ」
倒れていたオズマリア・ラハがゆっくりと立ち上がる。
「嘘だろ。あれで立ち上がるか…」
ボタボタと真九郎の身体から血が滴り落ちる。三鷹統治の鼻血なんて比較できない。
確かに真九郎の全力の拳を叩きこんだはずでまともに入った。どんな人間でもそう簡単に立ち上がるはずができないのにオズマリア・ラハは立ち上がった。やはり別格ということなのだろうか。
「見事な一撃だ。ここまで肉体にダメージを受けるとはな…内臓器官負傷に肋骨が何本か折れた」
ダメージは確かなようだが表情には出していない。
「黒騎士まだ戦えるか!?」
「負傷したが戦える」
「なら必ず殺せぇ!!」
そう言って三鷹統治は逃げ出す。もうこの場にはいられない。早く逃げて次の策を考えないと全てが終わってしまうのだ。
「待ちやがれ三鷹!!」
総理が追いかけようとしたがオズマリア・ラハが殺気を飛ばして総理を牽制する。
「ぐお!?」
「もう駄目なんじゃないか?」
「仕事はまだ終わっていない。まだやるさ」
「まあ、向こうの奴はもう駄目そうだしな」
真九郎はもう立てそうにない。オズマリア・ラハの剣を避けることはできず受けてしまった。深く斬られてなく、致命傷ではないが出血はしている。
時間が経てば経つほど真九郎は死に近づく。早く次の作戦を急いで考えないといけない。
「…それにしてもよく我が剣を予想し、最低限避けたな」
避けたという言葉が当てはまるかどうか分からないがオズマリア・ラハにとって切断できると確信していたのが外れたのだ。
彼女は確実に真九郎を真っ二つに切断したと確信していた。だが彼は斬られてはいるが切断されず生きている。それがおかしいのだ。
どうやって真九郎はオズマリア・ラハの剣を命からがら避けたのか。
オズマリア・ラハは真九郎から湖兎を見る。
「確かお前は朱雀神の護衛だったな。私が剣を振るう時に剣筋を叫んでいた」
真九郎が生き残ったのは理由はただ運が良かっただけでもない。ちゃんと作戦を練っていたのだ。
この作戦に関しては即席でできたのものだが、生存率は高まる作戦であり、拳が黒騎士に届く作戦なのだ。
作戦とは特に難しいものではない。実は湖兎も碓氷と同じく『心を読む力』を持っているのだ。
湖兎はオズマリア・ラハが剣を振るうタイミングや剣筋、斬る方向。全てを読んで真九郎に伝えた。あとは真九郎がタイミングに合わせて避けるだけだ。
最もタイミングが分かっても真九郎の未熟さにより結局完全に避けることはできなかった。でも生きていて、拳を届かせたというのは大金星すぎる。
あの黒騎士オズマリア・ラハを殴り飛ばしたなんて裏世界では表彰ものだ。
「…お前も朱雀神に連なる者か。そこまで予想は出来なかったな」
流石の黒騎士でも心を読まれるのは対処できない。無心で戦うこともできるだろうが、ここぞという決め手を読まれるとキツイものだ。
「だが、そういう奴がいるなら、そういう対処をしよう。心を読めても我が剣を完全に対処できるか?」
「チッ…面倒な事を考えてるな」
心が読めば無敵と言われても、そうでもない。心を読めても相手を倒せるかと言われれば倒せないこともある。
湖兎はそういう経験がある。圧倒的優位だというのに無理矢理突破してきて拳を届かせた男を知っている。
オズマリア・ラハならおそらく湖兎の間合いに瞬時に入り込み、心を読んでも彼女の剣なら読んでも対処できない斬撃を繰り出す。
心を読んで、どんな攻撃が来ると分かっても相手の攻撃速度に身体が対処できなければ意味が無い。
真九郎はなんとか彼女の斬撃に身体がギリギリ対処できたと言っていい。だからこそ切断されずに済んだ。
「…もう心を読むのは通じないな」
寧ろ厄介な湖兎を先に狙ってくるだろう。真九郎は生きているとはいえ、出血でまともに動けない。リンはまだ動けるが邪魔してきても対処できる。
「まずはそこに朱雀神の護衛を斬る」
「さ、させない…」
真九郎は無理矢理立ち上がる。もう彼の足元は血溜まりができており、顔も少し青くなっている。
「し、真九郎!? 駄目だ。それ以上動いたら死んでしまう!?」
「そ、そうじゃ真九郎くん。そんな血だらけで動いたら駄目じゃ!?」
紫と心は真九郎を止めようとする。そんな出血量で動いたら寿命を縮めているようなものだ。
「だ、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なものか。血をそんなに出してたら大丈夫じゃないだろ!?」
紫の言葉は正論である。血溜まりを作れるほどの出血量は危険だ。
紫も心も真九郎の姿を見てパニックになりそうだ。紫に関しては去年に起きた事件を思い出してしまう。
それは真九郎が紫を拳銃から庇った時のことだ。あの時は真九郎に拳銃の弾丸が何発も撃たれた。
その時ばかりは紫は真九郎が死んでしまうかと思ったほどだ。
「すぐに病院だ真九郎!?」
「真九郎くん真九郎くん!?」
「紫様、心様落ち着いてください!!」
碓氷だってパニックになりそうだがどうにか2人を落ち着かせようとする。でも気持ちは分かるものだ。もし湖兎も同じ状況だったら碓氷も大パニックだろう。
心を読んでも分かる。彼女たちはもう真九郎のことしか考えていない。だからこそ今は自分だけでも冷静にいようとする。
「では行くぞ」
オズマリア・ラハは負傷した身体を確認しながら真九郎たちをどうやって切断するか考え、決定した。
そして動こうとした時、空から誰かが降ってきた。その人物とは真九郎たちが良く知る人物であった。
「百代参上!!」
武神である川神百代。そして九鬼家従者部隊のヒュームとクラウディオたちが応援に来てくれたのだ。
これにはつい安心してしまい、意識が飛びそうになるが耐えた。まだ意識を飛ばすわけにはいかない。
「これは…凄い状況だな」
「真九郎様の応急手当は私が致します」
瞬時にクラウディオは真九郎の元に駆け付け応急手当をする。止血し、クラウディオ自慢の操糸術で傷口を塞いでいく。
「あの黒騎士相手によくぞここまで戦いましたね。後は我々にお任せください」
「ふん。裏世界戦闘屋の別格である黒騎士に曹一族の切り札か」
ヒュームは最初から気を全開に放出する。それは百代も同じで最初から全力だ。
「顔は見なかったけどまた会ったな」
「ほう…武神か。まさかこの状況で登場するとはな」
史文恭は目をギラリと百代やヒュームに目を向ける。もう彼女たちの身体の動きを観察しているのだ。
「再会したら私と戦ってくれるんだろ?」
「そうだな。でもお前だけど戦ってる時間もないんでね」
「そう言わないで私と戦ってくれないか?」
挑発気味に百代は史文恭に声をかけていく。それは自分が戦いたいためにではない、真九郎たちを救うためだ。
心のどこかに戦いたい欲求がないわけではない。でも今度は自分勝手ではなく助けるために戦う。
状況が状況だけに戦闘狂としての自分は自重する。真九郎が死にかけているし、紫たちはパニック状態。そんな中で自分のやることは分かっている。
「…武神に世界最強の男か」
オズマリア・ラハはすぐさま戦闘シュミレーションを頭の中で再度考える。
まさかの援軍で百代とヒュームにクラウディオまで来るとは予想外であったのだ。
瞬時の計算し、予想する。武神である百代は簡単に倒せる。クラウディオとヒュームは厄介だが負けることは無い。だがそれは全快の場合だ。
今は負傷しているので彼等全員が襲い掛かってきたら黒騎士でも危険だ。意外にも真九郎の拳が効いていたのだ。
「…あの黒い騎士の姉ちゃんはヤバイな」
「分かるか百代」
「嫌でも分かりますよ。負傷しているとはいえアイツはヤバイ」
百代は相手が強いからテンションを上げる自分は卒業している。正確に相手を見抜き、状況判断をする。
戦いを楽しむ自分とそうでない時の自分を分けることが出来るようになっているのだ。これも夕乃と揚羽の修業の賜物だろう。
そして早速出会った強者がいきなり裏世界の別格なのだから百代だって戦いを楽しむことなんか嫌でも頭から飛ばす。
感じ取ったのはもはや自分にとって脅威でしかないのだから。
(じじいよりもヒュームさんよりも揚羽さんよりも…夕乃ちゃんとも違う。圧倒的な殺意に脅威)
自分よりも恐らく上の存在に身震いしていまう。やはり世界は広すぎる。こんな相手がいるのだから。
今の自分は確かに強いと確信していたが黒騎士を見たことでまだ自分は頂点ではないことを知らされる。
「戦いの楽しみたいとか言っている相手ではないからな百代」
「分かってます。そんな気持ちで戦えば首が切断されそうです」
「されそうではなく、されるだ」
ヒュームも百代も今までにない気迫でオズマリア・ラハと史文恭を見る。これこそ試合ではなく死闘だ。
この状況にクラウディオも加わろうとするが真九郎に止められる。
「クラウディオさん。紫と碓氷くん、心さんを…安全な場所までお願いします」
彼女たちをここに居させてはならない。早く安全な場所に連れて行かなければならないのだ。
今の真九郎にはできない。ならば信頼できる従者部隊のクラウディオにしかできないのだ。
「お願いします。紫たちをお願いします」
「…分かりました」
クラウディオは了承する。確かに彼女たちはここには居てならない。
「総理も此方へ」
「いや、俺は最後まで見届けるぜ。だから最優先はそちらのお嬢さんたちだ」
「分かりました」
クラウディオは紫たちを抱えてこの場から離脱する。
「ま、待ってくれ。真九郎も!!」
「そ、そうじゃ!!」
「湖兎!!」
オズマリア・ラハは碓氷だけでも逃がしまいと動こうとしたがヒュームと百代、湖兎が阻止したため動けなかった。
「逃がしたか。ならばまずは総理からだな」
「させると思うか?」
「お互いにただでは済まないだろうな」
世界最強の男と言われているヒュームでも黒騎士と戦うのは命がけだ。百代も武神と言われても学園生にすぎない。
無駄な動きをすれば命はない。リンも刀を持ち直し、湖兎は相手の心を読み始める。
新たに仕切り直しで戦いが始まるかと思った瞬間に、彼等の中心に何かが落ちてきた。
その何かとは白い布に包まれた丸い物体で、赤い染みがあった。それを見た瞬間、全員がその物体についてすぐに理解できた。百代に関しては気分が悪くなる。
学園生の彼女が見るものではないからだ。武術家といえこんなモノを見る機会はないはずだ。
「これは…」
その物体の正体は生首だ。誰の生首までは分からない。何故ここに落ちてきたのかも分からない。
「終わりだよ」
声をが聞こえてきた。その声の発生源を見るとまさかの人物がいた。
「き、切彦ちゃん…」
斬島切彦。悪宇商会筆頭の殺し屋。
まさか総理を殺すために先ほどの三鷹統治が依頼をしていたのだろうか。それなら最悪だ。
曹一族の切り札に黒騎士、ギロチン。なんて最悪な組み合わせだろうか。
「ギロチンか。これまた久しいな」
「あの時の決着をつけてやってもいいが今は仕事がある。まあ、もう終わったけどな。そしててめえらの仕事も終わりだ」
切彦はオズマリア・ラハたちの仕事が終わったと言う。その意味がまだ分からない。
「その首を見てみろよ」
「…まさか」
「そのまさかだよ」
史文恭は包まれた布を少しだけ剥がして中身を確認する。
「見事に我らの依頼者の首だな」
「三鷹…」
生首の正体は三鷹統治。オズマリア・ラハに史文恭、ヘルモーズたちの依頼主である。
そんな彼の末路がこんなんになろうとは総理も顔をしかめる。
「依頼主が死んだら仕事は意味が無いぜ。なんせ報酬が無くなるしな」
依頼主が死んだら仕事をこなしたところで報酬は無い。そんなタダ働きはしたくもない。
タダで総理や九鳳院に不死川、更にヒュームや百代たちまで殺すなんて割に合わない以前の問題だ。
ならばオズマリア・ラハたちのするべきことは完全に決定した。
「撤退だな」
「だな。タダで戦う気は無い。曹一族撤退だ」
濃厚な殺気が薄まっていく。
「我々は撤退するが…それでも戦うか?」
「…本当ならば捕縛したいが、構っている暇はない」
「では撤退させてもらおう。正直、締まらない結果になった…またどこかで会うかもな。なあ黒騎士」
「…さあな」
今大事なのは黒騎士や曹一族を倒すことではない。
黒騎士に曹一族は消えていく。ヘルモーズも依頼主が死んだと情報を得て、即撤退していったのであった。
「なあギロチンよ。三鷹を殺すように依頼したのは誰だ?」
「総理のくせに馬鹿か。依頼主を言うわけねーだろ」
当たり前である。仕事をするにあたって依頼主の情報を吐く馬鹿はいない。
「…殺す依頼をされるってことはそこの生首が邪魔だと思ってる奴や殺したいと恨みを持つ者がいるってことだよ総理」
「ぬうう」
人が殺される理由なんて様々だが多くが恨みを持つ者か、自分にとって邪魔になる存在だからだ。三鷹統治は裏で多くのことをやっている。
ならば恨みを持つ者がいてもおかしくないだろう。今までの悪行が自分に返ってきただけだ。因果応報なのだろう。
「き、切彦ちゃん…」
「俺との決着があるんだから死ぬんじゃねえよ」
「ああ、死ぬつもりはないよ…」
「じゃあな」
切彦も消える。
真九郎はここで意識が途切れた。
207
紅真九郎が目覚めて目に最初に映ったのは紫の顔だった。
「…紫?」
「真九郎!!」
真九郎が意識を失ったあとの話をしよう。
真九郎が意識を失ったあと、ヒュームが彼を回収して九鬼が経営する病院に搬送したのだ。彼の現状を運悪く紋白が知ってしまい、すぐさま最高の治療をするように九鬼の経営する病院に連絡して手術が開始された。
彼を治療する医者は今年初めて最高の集中力で執刀したとのちに語る程である。彼の斬られた傷はとても綺麗だったとも語る。逆に斬傷が綺麗すぎて傷口を縫い付ける時が楽だった。
彼の治療は最高の腕により施された。血を流し過ぎていたが輸血により助かる。彼は一命をとりとめたのだ。
その後、病院にて二日間も眠りっぱなしだったのである。
黒騎士に曹一族、ヘルモーズに関しては依頼主である三鷹統治が死んだことで報酬が消えたのですぐさま撤退した。
無駄な戦いということになったが、もう関わりたくないものだ。特に黒騎士オズマリア・ラハ。彼女と戦うなんて命がいくつあっても足りなさすぎる。
今生きている真九郎が奇跡と言ってもい良いだろう。彼女を知る剣士たちは彼に注目するかもしれない。黒騎士と戦ってリンでさえ生き残ったことに誇りに思っている。
曹一族の史文恭に関しては今回が敵だったが悪い奴とは思えなかったと真九郎はふと思った。今度もし出会うことがあれば敵としてではなく、仲間として仕事をしてみたいものだ。
ヘルモーズに関してはまた敵としてぶつかりそうだ。彼等は多くの様々な仕事をこなしているのだから何かしらで仕事上で出会うだろう。
そして彼等の黒幕である三鷹統治。総理と知り合いであり、総理の座を狙おうとした若い野心家。
彼はある依頼主に頼まれた切彦によって殺された。三鷹統治は裏で人に言えないようなことを行っていた。因果応報のよって殺されたと言えばおしまいだが、殺される理由は彼にはあったということだろう。
全ての原因であり、碓氷を誘拐しようとした。紫や心を殺そうとした。自分の野心のためだけに総理を殺そうとした。真九郎は彼に同情も何もない。
だが総理だけは知り合いで、同く日本をよくしようとした政治家であったので思うところあるらしい。三鷹統治も昔は真摯に日本を良くしようと努力する人間だったのだ。政界の闇にでも触れて変わってしまったのだろう。
不死川家のパーティーに関しては最悪の結果だっただろう。しかしあれだけの騒動が起きながらケガ人がいなかった奇跡だ。
この事件で不死川の顔に泥を塗られた気分だが、不死川家のお抱え護衛部隊のおかげで招待した名家たちが助かったという部分もあるのだ。
その分は多くの名家から評価されている。ある意味プラスマイナスゼロなのかもしれない。でもあれだけの事件が起きながらケガ人がいなかったのは本当に良かった。
そして最後に朱雀神碓氷と湖兎についてだ。これに関してはちょうど真九郎が目を覚ましたのだから碓氷が説明する。
「ここは?」
「九鬼の経営する病院です」
「碓氷くん。それと湖兎さんまで」
「真九くん。良かったのじゃ…本当に良かったのじゃ!!」
紫と心が真九郎に抱き付いてくる。彼はケガ人なのを忘れていないだろうか。丁度2人が抱き付いた場所が斬られた傷の位置なのだ。
だけどやせ我慢をする。彼女たちはこんな自分を心配してくれるのだ。ならば彼女たちを安心させよう。その心を読まれたのか碓氷は笑っていた。
「僕たちですが大丈夫です。朱雀神ともなれば狙われることもあるでしょう。それでも僕たちは負けません」
今回に関しては敵が豪華すぎたし、別格すぎた。こんな出来事はそうそうないだろう。
「今回は守っていただきありがとうございました」
「碓氷くんが無事で良かったよ」
「坊ちゃん、俺は~?」
「もちろん湖兎にも感謝してますよ」
「坊ちゃん~」
ニコニコだ。
「俺も湖兎さんには感謝してます。貴方がいなければ俺は黒騎士に拳を届かせることができなかった」
「それは俺も同じっすよ。あんたがいなければ一手を繰り出すのは不可能だったよ」
真九郎がいたからこそ黒騎士に攻撃が届いた。湖兎がいたからこそ黒騎士の行動が読めた。2人がいたからこそ黒騎士と戦えたのだ。
「真九郎はやはり強い。流石は私の婿だ!!」
「うむうむ。真九郎くんは流石じゃ!!」
紫と心の評価はもううなぎ上りである。
「でも九鬼家や川神院が早めに来てくれて助かったよ」
あのままだったら本当に死んでいたかもしれない。それに切彦のおかげでもある。
最も切彦は仕事で来たにすぎないが、それでも助かった。
「碓氷くんたちはこれからどうするの?」
「僕たちは京都に戻ります。長居はできませんから」
(ほんとほんと。じゃないと怖い裏の人たちがどう動いてくるかわかんないすからね。つーか護衛してんなら黒騎士との戦いに出てこいってんですよ)
湖兎は心の中で毒を吐く。今も近くで西四門家の裏の護衛がいるだろう。黒騎士たちとの戦いでは最後まで出なかったが、おそらく湖兎や真九郎が殺されたら出ていただろう。
彼等にとって守るのは朱雀神碓氷のみなのだから。その確信あるからこそ、あの事件は湖兎にとって保険はあったのだ。
「せっかく川神まで来て、真九郎様や紫様たちにも出会えたに散々でしたね」
「それに関しては不死川家として此方も申し訳ない」
「いえ、心様は悪くありません」
「そうだ。心は悪くないぞ。悪いのは全部あの男だ」
「…そうだね。紫の言う通りだ」
良い人は良い人。悪い奴は悪い奴なのだ。
「いつ京都に戻るの?」
「明日ですね。本当ならすぐに戻ってこいと言われてますけど…いろいろとありましたからね」
事件の参考人として事情聴取やらなんやらであろう。だが今回の黒幕は政界の存在。
いろいろと面倒なことだろう。きっと総理も大変だろう。
「明日か…じゃあ今日にでも退院して見送りするよ。入院費も馬鹿にならないしね」
入院費に関しては九鬼紋白の計らいで九鬼で負担しているがまだ真九郎は知らない。
「ならせめて最後に明日はゆっくりしてから京都に戻りたいですね」
208
書類の後片付けは大変だ。それに今回は事件が事件だ。政治家の三鷹統治が黒幕でありながら、殺し屋に殺されたというのも問題すぎる。
総理として彼の後始末をするのは大変だ。三鷹統治は最後の最後まで厄介なことをしてくれたものだ。
「ったく…徹夜は避けてえぜ」
「大変ですね総理」
「蘇我か。そう思うなら手伝ってもらいたいもんだぜ」
「もちろん良いですよ。ここで無視して帰ったら印象が悪いですからね」
蘇我大雪。彼もまた政治家の1人だ。
「三鷹もまさかの末路でしたね」
「ああ…」
「このことは全てもみ消せば良いんじゃないですか?」
「んなことを言うんじゃねえよ」
「冗談です」
「冗談でもたちが悪い。巻き込まれた奴らが奴らだ。そう簡単にはいくまい」
蘇我大雪は多くの不始末をもみ消してきた。だから今回ももみ消せば良いと総理に言うが彼はソレを良しとしない。正規のルートで今回の事件を片づけないといけないのだ。
「三鷹は野心家でした。そして裏ではよくない噂も知っています。だからこその末路だと思いませんか?」
「…何が言いたいだ蘇我」
「そういう人間は他にもこの政界にもいます。気を付けてくださいと心配してるんですよ」
「心配してくれるようには感じねえがなあ」
「ははは、これは寂しいですね」
蘇我大雪は言いたいことだけ言って総理の部屋から出ていこうとする。
「なあ蘇我」
「何ですか?」
「おめえ何か知ってたりするか?」
「いえ、何も」
パタンと蘇我大雪は部屋から出ていく。
(…ったく総理め。相変わらず勘が鋭い。しかし残念ながらあの事件での私の情報は完全に抹消した)
蘇我大雪は歪むように笑う。
彼は今回の事件の黒幕ではない。彼は三鷹統治を凶行に走らせるようにそそのかしただけにすぎない。
ただ情報を与えただけなのだ。そして三鷹統治が蘇我大雪のことを吐かない様に口封じをする準備もしていた。
その準備が悪宇商会への依頼。斬島切彦の派遣である。
(彼女はとても良い仕事をしてくれた。流石は悪宇商会の殺し屋筆頭だな)
悪宇商会としては今後とも仲良くしていきたいものである。
(三鷹は失敗したが、私は違う。総理…いずれその座をいただきますよ)
違うもしもの世界線があれば総理と直接戦う未来もあっただろう。だがいずれ戦うことにはなる。
ならばその時まで刃は研ぎ澄ませておく蘇我大雪であった。
読んでくれてありがとうございました。
今回で戦いは終了です。
切彦の役目は三鷹統治の口封じでした。どんな決着になるかと考えたらこういう風になりました。なんとも締まらない。もしくはどうにか着地できたかと思います。