190
川神市で騒ぎが起こればだいたいの市民の耳に入る。それは真九郎たちも同じで何かと思って向かえば出迎えるはずであった者たちがいたのだ。
そして予想外の人物もいる。まさかのまさか。彼は確か幽閉されていたはずだ。
「碓氷くんに…湖兎さん!?」
「おお、碓氷ではないか!!」
「真九郎様に紫様!!」
「……」
彼等が再開するのは数か月ぶりだ。いろいろ話したいことはあるだろう。
「元気だったか碓氷」
「はい。紫様もご健在ですね」
紫と碓氷が並ぶと完全に分からない。瓜二つすぎる。そして可愛い。
どこかで井上準が2人の気配を察知したのはまた今度。
「そこにいるのはもしや」
「はい。湖兎です」
「湖兎さん…」
「久しぶりっすね」
湖兎は碓氷の為に朱雀神を混乱に招き、その問題を紫たちを守るために解決した真九郎。いろいろあったが今はもう過去のこと。
二人は苦笑いをするしかなかった。
「出られたんですね」
「まだ仮釈放みたいなもんすよ。でももう間違えない…坊ちゃんは絶対に守ってみせる」
「それだけの覚悟があれば大丈夫ですよ」
湖兎は変わってはいない。ただ過激だったのがおとなしくなったか、見る視点を変えたくらいだろう。
彼はもう間違えない。湖兎は碓氷を守っていくだろう。
「湖兎は私を守ってくれる。なら私も湖兎の力になります」
「私だって真九郎の手伝いをしてみせるぞ!!」
真九郎と湖兎は少女と少年を守り、紫と碓氷は憧れであり、大切な人の力になろうとする。とても良い関係だろう。
「久しぶりのところ悪いが良いかのう?」
「あ、もしかして不死川様ですか?」
「うむ。此方は不死川心じゃ。遠くからよくおいでなさったのう朱雀神殿」
「私は朱雀神碓氷です。こちらは護衛の湖兎。パーティーの招待ありがとうございます」
「しかし…何があったのじゃ。九鬼がぞろぞろ集まってきたぞ」
「そこは俺が説明しよう」
現場にいた大和が説明してくれる。
状況は簡単だ。ヘルモーズという謎の武装兵団が襲って来たのだ。何故襲ってきたのかは分からない。
武神である百代を狙ったわけではなかった。ならば考えられるとしたら碓氷か湖兎を狙ったのかもしれない。
「ふむ…なるほど」
「な、なんと…迎えに行く前に襲われていたとは」
心は額に手を当ててふらりと倒れそうになる。なので真九郎はすぐに支える。
朱雀神家は不死川家が誘った手前、川神に来た時点で襲われたとは顔に泥を放たれた気分である。
「申し訳ない朱雀神殿…」
「いえ、お互い名家ですから何かしらの者に襲われる仕方ありません」
襲われるのが仕方ないというのはどうも納得できないが本当に仕方ないのだ。財力や権力を持つ者は何故か敵が多い。
多いというよりも敵が何かしら利用しようと狙ってくるのが正しい。妬み等が理由ではなく、何かしら『利用』できるから狙ってくるのだ。
「それに湖兎や川神様たちが守ってくれましたので」
「そうだったんですね。川神先輩に直江くんたちありがとう」
真九郎も御礼を言う。真九郎としても碓氷たちを守ってくれて安心したのだ。
「碓氷ちゃんたちってやっぱり名家なんだ。不死川の名前が出てきたからな」
「うん。碓氷くんは京都の名家なんだよ」
しかも京都でもトップの名家。
「やっぱりね。それにしても紫ちゃんと碓氷ちゃんって瓜二つだね」
「ん?」
「どうかしましたか?」
紫と碓氷が並ぶともう分からない。
「やっぱソックリだわ」
「うん。瓜二つ」
一子と京が2人を囲んで見る。紫はいつも通り、碓氷はちょっと照れる。
「うーん可愛いなあ。きっと2人は将来美少女になるぞ!!」
「姉さんに同意だな」
大和と百代が将来美少女宣言をする。確かに紫なら絶対に美少女になるだろう。だが碓氷はならない。何故なら理由がある。
「碓氷君は美少女にならないと思う…」
「え、真九郎。それはないんじゃないか?」
「そーよそーよ。碓氷ちゃんがかわいそうじゃない」
一子と大和がブーブー言ってくる。これだけ可愛いのに将来美少女宣言を否定してきたのだ。なら彼らがブーブー言うのは仕方がない。
でも本当に理由があるから仕方ないのだ。
「いや、だって碓氷くんは女の子じゃなくて…男の子だし」
「「「「え?」」」」
大和たちが全員呆けた顔になった。
「え、女の子…え、男?」
「うちの坊ちゃんがどうしたっすか?」
そういえば湖兎は碓氷のことをずっと「坊ちゃん」と言っていたことを大和は思い出す。
「え、嘘…」
「おお、まさかのショタ?」
「マジか!?」
全員が碓氷に視線を移す。そして視線を受けた碓氷は恥ずかしいのか照れてしまう。
「えと、その…家のしきたりで幼い時は女性の姿で厄を祓うのです」
「へー…そんなしきたりがあるんだ」
「どこからどう見ても女の子にしか見えないのに」
「マジで男の子なんだ」
「えと、じゃあ碓氷ちゃんじゃなくて碓氷くん…で良いのかな?」
「それは…直江様のお好きな方で」
ニコリと笑顔になる。何処からどう見ても男の子じゃなくて女の子にしか見えない。
つい大和はドキリとしてしまう。
「大和と碓氷くん…ショタ。禁断の関係」
「京そこでストップだ。それ以上はいけない」
妄想に入りそうな京をすぐさま止める。流石に碓氷を京の妄想の肥やしにさせるわけにはいかない。
「そんなしきたりがあるんだー」
「名家にはしきたりを大切にするからのう。不死川家にもしきたりはあるぞ」
「どんな?」
「山猿に教えるはずなかろうが」
不死川家にも古いしきたりがあるらしいが大和には教えてはくれなかった。
「いろいろあったがここからは此方たちが案内しよう。ついてきてまいれ」
「じゃあ直江くんたち。俺らはこれで」
「あれ。どこか行くの?」
「うん。これでも心さんの護衛をしていてね。心さんのお客様たちの迎えも兼ねているんだ」
「なるほどなー」
「で、これから碓氷くんたちを心さんの家が用意した別荘まで送るんだ」
不死川家のパーティーは今日開催されるわけではない。遠くから来ている名家もいるのだから川神に来てそうそう開催されるわけではない。
「しかし早く到着しましたのう朱雀神殿。パーティーは二日後だと言うのに」
「いえ、せっかくなので川神を観光も兼ねているのですよ」
「なるほどのう。確かに川神は観光地としても有名じゃからな」
川神市は確かに有名な観光地だが京都には負ける。流石に武人の地でも京都には敵わない。これは川神に住む者全員が頷く。
「私は京都に行きたいなー」
「姉さんは行こうと思えば行けるでしょ」
武神の彼女なら京都に行こうと思えば物理的にいつでも行けるのは間違いないだろう。
「ふむ、観光か。よければ案内しようか。それに昼時だし昼飯にしようかと思ったんだ。一緒にどうかな?」
大和が良い提案をする。それに心が反対するが紫が乗り気だったので心は折れるしかなかった。
「昼食ですか…確かにお昼時ですね」
「そっすね。川神で美味しいもの食べたいっす」
ニカニカと笑う湖兎。それにつられて笑顔になる碓氷。
気のせいかもしれないが碓氷は前に会った時よりも明るくなった気がするし強かになった気もする。
紫が成長するように碓氷も成長するのは当たり前だ。子供の成長は早いものである。これはとても微笑ましい。
「では行くぞ真九郎、リン!!」
大和が先導するはずなのに何故か紫が先導する。それは無意識に単純に前に出たかっただけである。
191
ヒュームとクラウディオはビルの屋上で周辺を確認していた。百代たちを襲ったと言うヘルモーズがいないか探しているのだ。
せっかく最近は余計な者が少なくなってきたというのに白昼堂々と武装者が現れると問題だ。これは九鬼家従者部隊としてどうにかせねばならない。
「ヘルモーズと言えば最近、活躍してきた傭兵団ですね」
「ああ。ならば雇った奴がいるはずだ。そいつを捕まえないといけないぞ」
傭兵団ならばその傭兵を雇った大元がいる。そいつを潰せば万事解決だ。
「しかし狙いは武神ではなく…まさかの朱雀神とはな」
「ええ。正直あの西四門家の一角である朱雀神が川神に来ていたとは。相手が朱雀神となればこちらも余計な手出しはできませんね」
「ああ、だから安心しろ。こっちからは余計なことはしないから姿を現せ」
ヒュームが背後に気を放つと男性がユラリと現れる。
「そう言ってくれるとありがたい。こちらも九鬼財閥とは事を荒立てたくはない」
(こいつは…強いな)
「これはこれは朱雀神の護衛のものですか」
「我らは当主後継者を守るために川神に来ただけだ。この町で問題を起こすつもりはない」
朱雀神家はただ不死川家のパーティーに呼ばれただけ。何も問題は起こさない。だが問題が向こうから来たのだ。
「こちらは脅威が迫れば撃退するだけだ」
「こちらも川神で何か起きれば処理するだけだ」
「ならば互いに気をつけよう」
その言葉を最後に男性は消える。
「彼は相当強いですね…間違いなく裏に通じる者」
「ああ。奴はきっと裏から西四門家を守る者だろう」
先ほど話していた男性は間違いなく西四門家を裏から守る護衛。その実力は壁越えだ。
だが武術家ではないので強さはまた別枠だ。だがヒュームにクラウディオはそういう人物たちと何度も戦っている。
「負ける気はしないな」
「油断すると痛い目に合いますよ」
「油断はしていない。それと気になるのがもう1つ。百代が言っていた強い気を発していた奴らだ」
ヒュームやクラウディオ自身も謎の濃い気と殺気を察知していた。間違いなく壁越えの者が2人だ。
特にそのうちの1人はヒュームや鉄心が相手をしないと勝負に勝てないだろう。
「百代でも厳しいだろうな。世界には有りない奴らなんていくらでもいるからな」
「何者か気になりますね」
「そいつらも雇われた者たちか。もしくは首謀者か」
今この川神にまた裏の有りえない者が来ている。誰もが思うことだが川神は飽きない市だろう。
もっとも今回ばかりは「飽きない」なんて言葉ではなくて「危険」ばかりだ。
読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。
今回は紫と碓氷が瓜二つと実は男の子のくだりを書きたくて執筆した物語でした。
これで今回の章で前編は終了です。
次は中編ですね。