168
百代の目の前にはルーシー・メイがいる。
「これは川神百代さん。連絡ありがとうございます」
百代は意を決して悪宇商会と連絡を取ってルーシー・メイを呼んだのだ。読んだ理由は簡単で悪宇商会のスカウトに関しての答えだ。
「いやあ、本来ならお洒落なカフェとか会議室でお話しをしたいですが我々はお客様に合わせますので」
山の中でのスカウトとは珍しいが、様々なスカウトとはそういうものだ。ルーシー・メイは人材確保のためなら多くの場所に赴く。
「では早速お返事を聞きましょうか。川神百代さん、どうでしょうか。悪宇商会に入りますか?」
ニコリと笑いながら百代からの返事を待つ。その答えを百代は堂々と言い切る。
「お誘いは嬉しいが…私は悪宇商会には入らない」
「…それは?」
笑顔のままルーシー・メイは断られた理由を聞く。
「悪宇商会からの提案はとても魅力的だ。…だが私は仲間との未来を選ぶ」
「仲間との未来とは?」
「私が悪宇商会に入ったとしてジジイやワン子。大和たちに迷惑をかけるからな」
百代が悪宇商会に入ったら仲間に迷惑をかける。もし入ったとしても自己責任だが、百代を大切に思う家族や仲間たちが黙ってはいない。
仲間たちのことだ。無理をしてでも百代を戻そうと躍起になるだろう。百代が未来を思い浮かべたとして悪宇商会に入ったとする。ならば仲間たちが百代のために来るのが見えたのだ。
風間ファミリーの絆はとても大きい。仲間のためなら無茶をするような者たちなのだ。だから優しき仲間のために迷惑をかけたくない。
「…そんなことでスカウトを蹴ると?」
「そんなことだと?」
「そんなことですよ。人生の分かれ道をそんなことで決めるとは…子供すぎませんか?」
ルーシー・メイは百代の判断を子供すぎると言う。彼女にとって百代のスカウトの蹴り方はまるで紅真九郎を思い出す。
「…私の人生は私が決める。どんな理由であろうとも私は後悔しないようにするだけだ」
人生なんて後悔だらけ。だけど全てが後悔と言うわけでは無い。自身の選択肢は自分で結局決める。どんな理由があってもそれは自分だけのものだ。
「仲間に迷惑をかけないようにすることもできますよ」
「無理だな。私の仲間はとても絆深いのさ」
「…その絆が自分を追い込んでいることは?」
「なんだと?」
「仲間は良いものかもしれません。ですが時には足かせにもなりますよ。ならば断ち切るのも未来への一歩ですよ」
「そんなことはない」
風間ファミリーとの絆を断ち切れと言われて百代はイラつきながらも即否定する。
百代は風間ファミリーを断ち切るなんて考えられない。それぞれの未来に向かって突き進むならばいつかは風間ファミリーも解散するだろう。しかし解散するだけで消えることはない。
いくら年が過ぎようが仲間なんおは変わらない。過去に約束したリュウゼツランの約束もある。その約束を果たすために仲間の絆を断ち切らない。
「お前が私たちの仲間の絆に触れるな」
「…失礼しました」
ルーシー・メイは百代の目を見ると彼女の目には完全に覚悟を決めたようなものだ。これはもう何を言っても無駄だというのが分かる。
彼女は多くの、様々な人間を見てきたのだから分かるのだ。話の通じる人間と通じない人間が。目の前にいる百代はもう話が通じない。彼女の意志はもう決定しているので、どう言いつくろっても聞かないだろう。
ならば粘るのは時間の無駄だと理解する。こういう人間はなにを話しても無駄なのだから。
「残念です。貴女が入ってくれれば悪宇商会はとても助かるのですが…」
「こちらも誘いはありがとうございました。ですが私の意志は変わりません」
「…分かりました。悪宇商会はいつでもお待ちしております」
無駄だと分かりながらルーシー・メイは最後に言葉を発する。そして普通に山を下るのであった。
「よく悩み、そして決めたな百代」
「揚羽さん」
「お疲れさまです川神さん」
「夕乃ちゃんまで!!」
百代の悪宇商会とのスカウトが終わったのを見計らって2人が表す。彼女たちはどうやら心配して見ていたようだ。
最も2人は百代がどうのような結果を選ぼうが何も言わない。
「夕乃ちゃんと揚羽さんの言葉が私の心を決めさせてくれたんです」
百代にとって大切なのは戦いよりも家族や仲間だったということだ。
夕乃がしたのは切っ掛けにすぎない。最終的に決めたのは百代である。今回のことが百代の心を少しだけ成長させたのであった・
まだまだ百代は未熟だが、これからも成長する。彼女は止まっていた成長の壁をまた1つ壊したのであった。
169
山下りのルーシー・メイ。
「はあ…スカウトは失敗ですか」
良い人材をスカウトできなかったのは残念だが、いつまでも引きずってはいられない。世界には多くの人材が存在するのだ。
また次があると思えば良い。世界には川神百代以上の人材はいるのだから。
「項羽の方もスカウトしたかったんですが…そちらは紅さんが一緒にいますからスカウトできなさそうなんですよねえ」
せっかく準備していたテストも切彦の応援も白紙になった。だがスカウト失敗とはそういうもの。過去に前例がなかったわけではない。
「仕方ありませんね…今回はこういう失敗だったと言うしかありません」
ピピピピピっと電話が鳴る。
「はい、もしもし。悪宇商会のルーシー・メイです。はいはい、人材ですね。用意いたします」
次なる仕事もある彼女は多忙である。
170
次なる模擬戦の情報が放送された。まさかの川神市内の山で合戦という。これは本当に戦国時代の合戦ではないだろうか。
ここまで模擬戦を本格的な合戦にできるのはまさに川神学園ならではだろう。正直ここまでやるとは思わなかったと真九郎も銀子も驚いた。
「凄いね川神学園は…」
「模擬戦をするのに山まで行くのね」
「村上さんの言う通りで山に行くのはちょっとね…あと5回戦も残ってるし」
銀子は模擬戦には参加していないが京は参加しているので山まで登るのは面倒と思っている。この思いは京だけではなくて他の者も思っているだろう。
元気一杯の翔一や一子はそう思っていないが。真九郎も面倒と思っているが特に気にはしない。仕事でどんなところも行くので山くらい気にはしないのだ。
「真九郎くん!!」
「真九郎~」
「あ、義経さんに弁慶さん」
義経はトテトテと弁慶はゆらゆらと近づいていく。そして第一声は「裏切り者」であった。
「ええー…」
真九郎は何故か様々な陣営から「裏切り者」と言われる。こればかりは人気者であった弊害だろう。
彼は覇王軍に入る前はどこのチームからも引っ張りだこだったのだ。特に源氏軍と九鬼軍からは相当スカウトされたものだ。
「真九郎くんが源氏軍に入ってくれなかったのは残念だけど…戦う時は手加減しないよ!!」
「うん。俺も手加減しないよ。お互い頑張ろう」
「ねえ真九郎。今からでも源氏軍に入らない? 軍の移動は許されてるんだよ」
「え、そうなの?」
「こら。俺様の陣営から真九郎を引き抜くな」
弁慶が真九郎を引き抜こうとした時に覇王である項羽が登場。
「あ、項羽先輩」
「おっとぉ大将のお出ましだ」
「弁慶よ。お前は可愛い後輩だが真九郎はやらんぞ」
「ちぇー」
「項羽さんこんにちは」
「おお、真九郎に直江!!」
項羽は改心した。今、彼女がやっているのは部下の見回り。部下を大切に思うおうと少しずつ絆を深めようとしようと頑張っているのだ。
それでちょうど真九郎たちの所に来たというところだ。まさか真九郎が引き抜かれそうになっているのを見てちょっと焦ったのは言わない。
「直江のアドバイス通り部下たちの見回りをするというのも悪くないな」
「みんなは?」
「良い感じだ。次なる模擬戦も活躍すると活き込んでいたぞ。俺も部下たちのために答えてやりたい」
「できますよ項羽さんなら」
「ああ!!」
項羽の様子を見る義経たち。彼女たちが思ったのは「項羽は変わった。良い方向に」だ。これは誰もが思っていることだろう。
マープルや他の者たちだってそう思っている。この変化は真九郎と大和の賜物だ。マープルは真九郎と大和の評価を大幅に上げるしかなかった。
「はいはい。ここでおじさんが登場ですよっと」
宇佐美巨人の登場。どうやら抽選券について説明のようだ。
抽選券とやらは沖縄旅行である。なんでも今回の模擬戦のスポンサーが出してくれたものである。これはお互いの広告のために出されたものだ。
ここも川神学園の凄さを感じさせられる。学園にある程度スポンサーがつくのはおかしくないが、多くのスポンサーがついているのは驚きだ。
何度も思うが川神学園はとんでもない。流石が日本でも有数の有名な学園だろう。星領学園では太刀打ちできそうになさそうだ。何の勝負かは分からないが。
「抽選券かあ」
「ほう…沖縄旅行か。なあ真九ろー」
「銀子は行く?」
「行かない。抽選券がもし当たったら誰かに売るわ」
「そっか。俺はどうしようかな…」
「そもそも当たると思ってるの?」
「うっ…それは」
真九郎は運が良いかと思えばどうだろう。今までの人生の中で運が良くて何か当たったことがあっただろうか。何故か一度も無かった気がする。
「う~ん…当たらなそう」
真九郎は運が無さそうである。全てが不幸せというものはない。よくよく思えば紅香に出会えたこと、崩月の家族に出会えたことなどが彼にとって幸せの絶頂の1つかもしれない。
ここまで大きい運を使ったというのなら次の大きい運までこなさそうだ。去年でさえ怒涛で濃すぎる1年だったのだ。生きていること自体で幸運を使っているかもしれない。
(…生きているってだけで運は使ってるかもな)
真九郎は生きているという幸運を二度も頭の中で思い返す。生きているとはこうも素晴らしいのか。何故か悟りそうだ。
「おい真くー」
「引くだけ無駄かな」
「引くだけならタダなんだから貴方のなけなし運に頼ってみたら?」
「そうするよ。もし当たったら俺は沖縄に行ってみたいなあ」
真九郎は仕事で様々なところに赴くが旅行では言った事は無い。たまには学生らしく遊んでみたいものだ。
旅行と言えば去年、京都に銀子と行ったことを思い出す。京都という西の魔境なのか西の都なのか。京都の出会いもまた格別で恐ろしかったものだ。
「碓氷くんは元気かな…」
「おい真九郎ぉ!!」
「あ、はい何ですか項羽さん」
「無視するなあ!!」
「えと、ごめんなさい」
無視したつもりはない。ただ銀子との会話をしていたので気付かなかっただけである。
「ったく…俺は今お前の姉なんだからな」
「は?」
ここで銀子が冷たい目で見てくる。ここは早めに誤解を解かねばならないだろう。
「あんた…」
「まずは話を聞いてくれ」
171
模擬戦当日。第六試合目。覇王軍VS武蔵小杉軍。
覇王軍の人数は100人を超える。第五試合目での試合を見て戻ってきてくれた者たちもいる。今回は清楚ではなくて項羽が出ての戦いとなる。
山の中での戦いは川神学園のグラウンドでの戦いではない。本格的な戦略も必要だ。そこは軍師である大和が念入りに念入りに考えてきた。
項羽と真九郎チームとクリスチームである特攻軍。毛利と京の弓兵軍。大和とクッキーの後方援護軍。大まかに3つの組分けとなる。
「今回の模擬戦では俺は出る。お前たち再度俺の我儘につきあわせてすまない。だがもう一度俺に力を貸してほしい」
今の項羽の佇まいはまさに大将だ。模擬戦前半戦と比べればまるで別人である。
「またお前たちと戦えることを嬉しく思う」
相手がどんな者たちであろうとも油断はしない。合戦開始の合図が山に鳴り響く。
「行くぞ覇王隊。俺に続け!!」
「「「はい!!」」」
「ついて来てくれ真九郎」
「もちろんです」
覇王隊の出撃。
「はああああああああ!!」
項羽は向かってくる敵を薙ぎ払う。
「お前たち。俺の食べ残しを頼む!!」
散らばった敵軍を覇王隊のみんなが追撃して確実に倒していく。項羽が大きな一撃を繰り出し、覇王隊が残りを潰す。
単純だが効果的な攻撃だ。項羽の力あってこその戦法である。
「確実に倒すために複数でかかれ。負傷した者はすぐに後退するのだ!!」
「はい!!」
「任せてください!!」
「うおおおおおおお!!」
覇王隊の士気も高くなっていく。
「真九郎無事か!!」
「大丈夫ですよ」
「ふっ、愚問だったな」
項羽の後ろには真九郎がおり、確実に彼女の背中を守っている。おかげで項羽は安心して前方に集中できるのだ。
特に練習してもいないのに2人のコンビネーションは正確であった。最も真九郎が項羽に合わしている。
「いいぞ真九郎!!」
「護衛は何度も経験がありますから」
「よし。お前たち、深追いはするな!!」
深追いはするな。自分にも言いかせるように覇王隊へと言葉を飛ばす。すると奥から大きな気を感じる。
「この気は…黛由紀江だな」
「どうしますか覇王様?」
「…いや、あえて退こう。ここで戦う必要はない」
既に本隊の方からは武蔵小杉軍の本隊を迎え撃って迎撃した連絡はきている。ここまで戦果を残せば判定勝ちになる。
ならば無理に戦って隊を負傷させることはないのだ。戦い方は何も敵軍を全滅させるのが勝ちではないのだ。
「まだ戦いは終わっていない。最後まで気を抜くな!!」
覇王軍VS武蔵小杉軍の試合は見事に覇王軍の勝利となった。
「見事ですね覇王軍」
「にょわ~」
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抽選券の当日。真九郎は沖縄への旅行券がまさかのまさかで当たった。
「当たった…」
「おい真九郎。抽選は当たったか!!」
「当たりました」
「よっし。沖縄旅行が楽しみだ。もちろん俺様も当たったぞ!!」
真九郎沖縄に行く。
読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。
今回で百代は悪宇商会の誘惑を断ち切りました。
彼女にとって戦いは好きですが・・・やはりそれよりも大切なのは仲間ですね。
真九郎が悪宇商会を断ち切ったのは紫のおかげ。
でも百代の場合は風間ファミリーだったということです。真九郎の時の場合みたいにテストはありませんが百代も少しは考えることを覚えました。
そして項羽側も順調に模擬戦の後半戦に行きます。ほとんど原作通りになるかもなので物語は加速すると思います。
でもその前に夕乃と項羽の姉合戦かなあ?
次は沖縄