紅 -kurenai- 武神の住む地   作:ヨツバ

55 / 107
しょうもない勘違い

136

 

 

おはよう。

この言葉は朝の挨拶として使われる素晴らしい言葉だ。この挨拶を使えば基本的に誰もが挨拶を返してくれる。

真九郎は銀子に「おはよう」と言ったのだが無視された。次に夕乃に「おはよう」と挨拶したら目が笑っていない笑顔で「おはようございます」と返された。

朝からいきなりの衝撃に真九郎は色んな意味で目が覚めた。朝は清々しく良い始まりだと思いたいが今日はそうでは無いらしい。朝から心臓に悪い始まりであった。

 

「あの…」

 

銀子は無視して食卓の椅子に座り。夕乃は笑顔なのだが威圧感を真九郎のみに向けている。しかも両隣に座られては肩身が狭すぎる。朝飯も味が分からない。

 

「えと、俺って何かしました?」

「…ふん」

「あ、すいません椎名さん。醤油とってください」

「どうぞ」

 

無視される。これには言葉が出ない。

それに他にもクリスや由紀江にはチラチラと頬を赤くされながら何故か見られていた。この視線は分からないが特に首筋とか見ている気がする。

まるで何か見つけようとしている視線である。首筋に何かあるわけではないのだが、つい気になって手でなぞってしまう。

 

(そういえば絶奈さんに無理矢理ゆびでぐりぐりされたな。おかげで痕はついたな)

 

魚沼のBARで絶奈が急に指で首をグリグリと押してきたのだ。やってきた意味なんて分からず彼女の気まぐれかと思っている。だが真九郎はそのおかげで勘違いをさせられる羽目になるのだ。

ちなみに絶奈は確信犯で、興味本位と嫌がらせで付けた痕である。その痕がクリスと由紀江に見つかると更に顔を赤くしていた。

 

「くああ」

 

あくびが出てしまう。これも絶奈に夜遅くまでつき合わされた為に寝不足で目に隈が出来てしまっている。それすらも勘違いの材料にされてしまうのだから人間の脳は面白い物だ。

 

「首に痣…寝不足」

「やっぱ紅先輩、昨日はホテルで…あの方と」

「どうしたのクリスさん、由紀江ちゃん?」

「あわわ、何でもないです。はい!!」

『いやあ昨日はどうだったんだプレイボーイ?』

「はい?」

「あわわわわ松風駄目です!!」

「真九郎殿…まさかの肉食男子だったんだな」

「何の話?」

 

本当に何の話か分からない。そして彼女たちの会話から銀子と夕乃の威圧感が増した。数々の修羅場を体験してきたのに怖すぎる。

状況説明を求むために大和と忠勝に視線を送るが目を背けられた。裏切られた気分である。

 

(悪いが俺は何も知らねえんだが)

(勘違いなんだけど誰も信じてくれないからゴメン紅くん。このまま誤解の生贄になってくれ)

 

友達とはこれ如何に。

 

「真九郎さん。今週の休みは久しぶりに稽古をしましょうか。うんとキツイのを。でもその前に大事な話をしましょうね」

「は、はい…」

「真九郎さんの交友関係は一度確認しましょう。そして改善しないといけません」

「えと、あの…」

「特に女性関係はうんと見直しましょう」

 

パキリと箸を砕いた。折ったのではなく砕いたという表現を真九郎に思わせたところ容赦の無さを感じさせられる。

 

「ぎ、銀子…」

 

幼馴染に助けを求めようと思って怖くても横を向くが冷たい目で見られた。

 

「あんた最低だし」

「え、ちょ」

「安心してください。真九郎さんを誑かす悪い女は私が成敗しますので」

 

笑顔で怖いをことを言うものだ。これにはサッパリ分からない麗子も蚊帳の外。最初から蚊帳の外ではあるが。

そしてこの状況は登校中も続く。まず岳人と出会ったところから再開。真九郎は普通に挨拶したのだがラリアットを挨拶として返された。

これには抗議をしなければと岳人を見るが謎の威圧感で口が閉じた。

 

「この紅がああああ。昨日はお楽しみってやつかあああああ!?」

「昨日って…そんな良い夜じゃなかったよ」

「自慢か、余裕の表れか、その首の痣は何だ!!」

「痣って、この痕のことかな。これはいきなり…」

「いきなり付けられたのか!?」

 

嫉妬の剣幕に一歩下がってしまう。何で岳人はこんなにも突っかかってくるかが分からない。分からないの真九郎の鈍感さと誤解のことに気付いていないからである。

真九郎は真面目なのにこういうのは駄目なのである。気付いたころには手遅れなのでいつも後悔だ。

 

「まあ、唐突に付けられたよ」

「そんな痣が付くほどに吸われ…キスされ…」

「は?」

 

よく聞こえなかったのでもう一度言ってほしいが言ってくれなかった。何でも言うだけ虚しくなるらしい。

そして合流した一子もクリスたちと同じく頬を紅くしていた。今日は女性は顔を赤くする日でもあるのだろうか。

 

「ちきしょう。女を紹介しろ!!」

「いや、俺は女性を紹介できるほど交友関係は広くないし」

「嘘つけ!!」

「タップタップ島津くん!?」

 

首を絞められる真九郎であった。

そして次は学園に到着したらしたで誤解は既に浸透していた。

学園に登校してまず心に出会って半泣きしそうな顔で迫られた。

 

「し、ししししし真九郎くん。き、昨日は…昨日はああああ」

「え、どうしたの心さん!?」

 

がっしりと制服を掴まれる。何で力強く掴まれて半泣きされているのか分からない。そして横を通り過ぎる冬馬に準、小雪からは順に「次は僕も誘ってくださいね」、「お盛んだね」、「プレイボーイ!!」と言われた。

 

「うう…真九郎くんがどこぞの知れぬ女に汚されてしまった」

「いや、何の話ですか?」

 

次に源氏組。義経たちに挨拶したら義経が顔を赤くしながらアワアワしだした。だから何で女性に会う度に顔を赤くするのだろうか。

 

「し、真九郎くん。あの…どんな人と付き合っても真九郎くんは真九郎くんだから」

「え、何それ」

「同志。女に溺れすぎるなよ」

「与一くんまで…どういうこと弁慶さん?」

「それ本気で言ってる?」

「本気で分からないんだけど…」

 

そして次に横から脇腹に目掛けて紋白が突っ込んできた。予想外のことだったので脇腹を強打で蹲る。

今日は何だが訳が分からない。これは早めにこの状況を理解しないといけない気がする。これでもは清楚の依頼どころではないのだ。

 

「真九郎よ。九鬼に就職するのだ!!」

「今日は一段と突発的だね紋白ちゃん…」

 

脇腹に突っ込まれてスカウトとは急すぎる。何が紋白をこんな謎の行動的にさせたのだろうか。

 

「真九郎が他の企業に取られると聞いてである。そんなことは駄目だ。真九郎は九鬼財閥に就職するのだぞ!!」

「え、それってどこから聞いた話…」

「おい。紋様の誘いは蹴って他の企業に就職とは良い度胸だ。それなりの理由はあるのだな?」

「ヒュームさんまで…あの顔が近いです」

 

口にはしなかったが喉元まで「怖いです」とまで言いそうだった。今のこの状況は分からないので一番話の分かる大和にもう一度詳しく聞くべきだろうとその場をそそくさと逃げるしか無かった。

 

「すいません。また後で話をしますので失礼します!!」

「あ、待て真九郎。就職するなら九鬼財閥だぞ!!」

「私は真九郎くんを信じてるからな!!」

 

紋白と義経が何か言っている。申し訳ないが今は無視して大和の元に走るしかなかった。

 

「ヒュームは悪乗りがし過ぎですよ」

「む、クラウディオか」

「全く…真九郎様の昨日の出来事は勘違いだと言うのに」

「まあな。まさか川神に『孤人要塞』が来ているのだからな」

「今、九鬼では警戒レベルが上がっていますよ。ヒュームはこのまま紋様をお願いします。私はこのまま警戒を続けます」

「ああ。頼むぞ」

 

 

137

 

 

屋上にて。

 

「ねえ直江くん。何か知ってるなら教えて」

「いいよ」

 

すんなりと返事をしてくれた大和。それなら朝からさっさと教えて欲しかったが、彼もまた空気的に口を挟めなかったので責めてはいけない。

 

「まず何で俺はこうもみんなから責められてるというか、好奇な目で見られているというか…」

「昨日さ、紅くんはあの星噛の人と夜の街に消えたよね」

「うん。あれは酒を飲ませに行って帰らせただけだよ。あの人は酒を飲ませないといけないから」

「その行動が岳人とかに勘違いされて広まったみたいなんだ」

「何を勘違いされるんだ?」

 

真九郎はただ絶奈をあの場から離れさせて酒を飲ませて帰らせただけである。しかし岳人はそれを勘違いしたのだ。

 

「持ち帰り…簡単に言うと紅くんがあの彼女とラブホテルに直行したと誤解されてる」

「は?」

「セックスしに行ったと誤解されてる」

「壮絶な勘違いを理解しました…」

 

頭を抱える真九郎。よくよく思い出してみれば勘違いされそうな言い回しもあった気もするし、誤解される証拠もあった気がする。

おそらく絶奈は確信犯であったかもしれないと真九郎は思う。意味の無い行動ももしかしたらこの瞬間のための嫌がらせだと思うと納得してしまう。

 

「一応聞くけど…シたの?」

「してません」

 

自分が絶奈と『そういう関係』になるなんて想像ができない。裏十三家筆頭の歪空の娘である魅空とお見合いをしたことはあるが、それもまた何か恋愛とかそういうのではない。

 

「まあ紅くんの人なりなら誤解だって分かるよ。でも岳人とか誤解してるけど」

「そっかあ。でも誤解が広まるの早くないかな?」

「川神の情報網はハンパないからね」

「これ情報網とか関係無いからね!?」

 

それにしてもこんな誤解を受けているとは困ったものだ。これは早く誤解を解かねばならない。しかしどうやって解くべきだろうか分からない。

ここまで広まっていてはどうしようもない。どうせ信憑性は無いし、全ての人間が信じているわけではないのだ。ならば誤解を絶対に解いておくべき人だけのところへ行かないといけない。

 

(まずは銀子と夕乃さんだな…)

 

いつまでも銀子から絶対零度の目で見られるわけにはいかないし、夕乃からの稽古も回避しないといけない。今日は授業に身につかないと思うが2人からの誤解を解きに行こう。

 

「教えてくれてありがとう直江くん」

「流石にこれは無視できないからね。こっちも誤解だってそれとなく伝えとくよ」

「本当にありがとう…」

 

川神市で縁を繋いだ友人は多くいるが特に川神で信用できるのは大和だろう。彼も危なっかしいところもあるが理性的であるため信用はできるのだ。

だからこそ裏世界のことを少し話せたのもある。これ以上は突っ込んで欲しくないのでもうあまり話したくはないけれど。

 

「あ、直江くんに真九郎くん。ここにいたんだ」

「「葉桜先輩」」

 

屋上で会話をしていたら清楚が来た。彼女は理由無く気分的に屋上に来たのだ。そして真九郎を見るなり、頬を赤くしながら、ちょっと寂しそうな顔をした。

 

「あの…真九郎くん。昨日のこと聞いたんだけど、本当なの?」

「誤解です!!」

 

力強く誤解を解くために清楚の肩に手を置いて言うのであった。その行動にドキドキしてしまう清楚。

傍から見れば告白シーンのように見えるが、実際はどうしようもない誤解を解くシーンである。

 

「そ、そうなんだ。そうだよね、真九郎くんがそんなことをするはずないよね」

 

彼女の口にしたことだと真九郎がヘタレのようにも捉えられるが今は誤解を解く方が先決である。彼女が誤解だと分かってくれれば、あとは彼女から誤解だと浸透されるだろう。

川神学園での清楚の立ち位置は真面目で清楚。そして基本的に模範学生なのだから彼女の口から伝わればすぐに誤解だと信じるはずである。

 

「分かった。噂をしている人がいれば私から誤解だって伝えておくね」

「ありがとうございます」

 

閑話休題。

 

「あの…依頼の方はどうですか?」

「順調です」

「同じく」

 

忘れてはいけないのが清楚の正体を探す依頼だ。何故だか真九郎の誤解のおかげで塗りつぶされた感じがあるが忘れてはいない。

大和たちも独自に清楚の正体を調査しているし、真九郎の方も調べている。

銀子の方も順調のことで予定では今日中には情報を取れるとのことだ。そして夕乃と紫と独自に調べているのだ。

 

「今週中には見つかりますよ清楚先輩」

「今週中かあ。早いね。早い方が助かるけど」

「はい。なのでもう少し待っててください」

「うん。2人とも頑張ってね」

「はい」

 

清楚の正体ももうすぐ判明しそうである。

 

 

138

 

 

誤解を解かねばならない。

 

「銀子、話を聞いてほしい」

「誤解の話でしょ」

「…知ってたのなら教えてくれれば良いのに」

「面倒だったの」

 

面倒という言葉で片づけられた。幼馴染なら助けてほしいものである。

銀子の前に夕乃のところで誤解を解きに行った時は本当に大変だった。まず会話までの道のりが大変。

どうにか話を聞いてもらうために夕乃にはいろいろと頑張ったものだ。頑張ったと言っても話を聞いてもらうのに「俺にできることがあれば何でもします」と言ったのでやっとであるが。

結果は今度買い物に行くことになった。夕乃は間違いなくデートのつもりで言ったのだが真九郎は買い物のつもりである。

 

「それにしても悪宇商会の星噛がここに訪れているなんてね」

「気を付けてくれ銀子」

「気を付けるのはあんたよ。それに崩月先輩にもいろいろと言われたでしょ。何も連絡を寄越さないなんて」

「…はい」

 

銀子は誤解のことで機嫌が悪くなっていたのではなく、絶奈が川神に訪れていたことを真っ先に連絡してくれなかったことで機嫌が悪くなっていたのだ。

また、夕乃も誤解のことが解けて、じゃあ女性とは誰のことだったかと聞かれて話すと怒られた。何故、絶奈が来ていたのに連絡をしなかったのか。

真九郎としては力を借りるのは悪くないと思っているが大事な人を巻き込みたくないからというので矛盾しているのだ。銀子も夕乃も力を貸してほしいと言われれば二つ返事で力を貸すと言うだろう。

2人にとっても真九郎は大事な人だ。力を貸さないわけがない。だから真九郎が力を貸してほしいと言った時はとても嬉しいのである。

 

「悪宇商会の最高顧問が川神にいる間は気を付けましょう」

「ああ、そうだな」

 

絶奈が川神にいる。それだけでも彼らにとったら警戒するしかない。

 

「そうだ。話は変わるけど葉桜先輩の正体が分かったわよ」

「本当か。流石銀子だな」

 

1番に信用できる銀子が見つけ出した情報だ。疑う余地なんてない。

さっそく銀子から受け取った資料を見る。そして清楚の正体が分かったのだ。

 

「…………ん」

「どうしたのよ?」

「この偉人って誰?」

「…はあ、馬鹿」

 

真九郎。残念だが正直に言ってしまうと勉学の方は少し足りない。

 

「いや、武将ってのは分かるけど…あまり聞かない。そもそもこの国で活躍した武将はあの時代くらいしか知らない」

「彼女の正体はこれでも有名なんだけどね。まあ歴史の教科書でも触れても少しだからね」

「ふーん」

「でも有名な武将なのは確かよ。最強の天才武将の肩書もあるほどだからね。気になるなら歴史の勉強をしなさい」

「今度、銀子が教えてくれよ」

「気が向けば教えてあげるわ」

 

ついに清楚の正体が分かった。あとは彼女に伝えるだけである。最も信じるかどうかは分からないが、この資料に記載されている偉人が彼女の正体なのだ。

嘘をつかずに話そうと思う真九郎であった。

 

「その前に夕乃さんたちや直江くんたちも調べてるから照らし合わせてみよう」

 




こんにちは。
読んでくれてありがとうございました。

今回はオリジナル回で真九郎と絶奈による勘違いのストーリーでした。
元凶は岳人たちです。(本人たちは悪気はありません。ただの嫉妬です)

こんな回もあっていいかなって感じで書きました。
さて、次回はやっと清楚ルートの話になります。予定では清楚覚醒くらいの話になります。
そして夕乃や絶奈の活躍も考えております!!

清楚の覚醒暴走、夕乃の怒り、絶奈の遊び、百代の油断、な感じかな。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。