133
悪宇商会には最高顧問に星噛絶奈という女性がいる。彼女は真九郎にとって因縁の相手だ。
彼女は裏十三家の一角である『星噛』。去年のクリスマスにて真九郎はキリングフロアという場所で彼女と死闘をした。結果としてはお互いに満身創痍で引き分けであったが、また違う未来なら真九郎は絶奈に勝っていたかもしれない。
最も真九郎自身としてはあのまま戦っていたら打倒できたとは思えなかったという後ろ向きな気持ちであったが。
そんな因縁の相手である絶奈は今彼の目の前にいる。しかもまさかの川神市内にいるというのだから謎の再開なものだ。
真九郎が川神に来てからは再会ばかりである。これはもう次にまた再開する人物が来ても驚かない。だが、ありえないことだが、もし歪空魅空が川神にいたら本気で驚くと思う。
一瞬、物語の内容が逸れたが本題は目の前にいる絶奈である。彼女は前に出会った時のように酔っ払っている。
先ほどまでチンピラにナイフを突き立てられていたので助けたが必要は無かったと思う。彼女がナイフ如きでは殺せないし、そもそも傷1つすらつかないだろう。
「お久しぶりです絶奈さん」
「ええ。歪空との一件以来よね」
「何でここにいるんですか…?」
ため息を吐きながら絶奈が川神にいる理由を問いただす。
「私がここにいる理由?」
「ああ。何で川神にいるんですか…」
「紅くん!!」
ここで大和たちが口を挟む。
「彼女とは知り合いなのか?」
「おい紅。こんな美人と知り合いってどういうことだ!! ただでさえ崩月先輩とかと仲が良い癖に更にこんな美少女までだと!?」
岳人が通常運転で真九郎に男の醜い嫉妬で突っかかる。襟を掴んでガクガクと揺らすのは止めてもらいたい。百代と岳人が「紹介しろ」なんて言い出すが彼らのためにも紹介なんて絶対にできない。
「仕事の関係だよ」
「私は星噛絶奈。彼氏募集中、よろしくね」
「彼氏募集中だと!?なら俺様が立候補するぜ!!」
「私もな!!」
岳人と百代が絶奈の「彼氏募集」宣告に反応して我先にと手を挙げてくるが止めてもらいたい。
絶奈と付き合う人が誰になるかなんてどうでもいいし、彼女の恋愛に突っかかるつもりはない。しかし知り合いが、しかもクラスメイトで表世界の岳人たちが絶奈と付き合うとならば止めなくてはならない。
流石に知り合いが悪宇商会の最高顧問と付き合うなんて話になったら真九郎も無視はできない。
(…それでも愛があるなら。いや、彼女にあるのだろうか)
どうでもいいことを考えてしまったので頭を振るう。
「お姉さん。星噛さんって言うんですね。どうですか、これから私と一緒に」
「あ、モモ先輩手出すの早いなおい。俺様だって…どうですか俺様の鍛え上げられた肉体は?」
真九郎が頭を悩まさせている間に2人は絶奈に近づいて口説いていた。悪宇商会は仕事以外で一般人は殺さないので平気だと思いたいが個人となると分からない。
「酒を飲ませてくれるなら付き合ってもいいわよ」
「マジか!? あーでも酒はなあ」
「これ以上は飲ませるわけにはいかない。だから私と一緒に川神水を飲もう。川神水はノンアルコールだしな」
「ノンアルコールじゃあ酔えないのだけど」
何故か普通に会話しているのを見て安心するが心臓がドキドキしてしまう。なにせクラスメイトが裏社会の大物と会話しているのだから。
彼らが彼女の正体を知らないのだからただの酔っ払いと思って接しているのだ。
「なあ紅くん。彼女さっき『星噛』って」
「直江くんが考えているので正解だよ」
「…っ!?」
『星噛』は裏十三家の一角だ。大和はその説明を真九郎から聞いている。だから恐ろしさと強さは重々に理解しているつもりだ。
だが真実を知っているのは真九郎と大和のみ。
「あなたがあの武神の川神百代?」
「お、美少女にまで知られているとは流石私だ」
「あなたがねえ」
シロリと絶奈が百代を見る。人事部の副部長であるルーシー・メイから武神の百代を見てきてほしいと言われたのだ。本人自身もスカウトに行くと言っていたがスカウトする前にいくつか情報を欲しいとのことだ。
「武術。戦いが好きなのかしら?」
「大好きだ!!」
満面な笑顔で肯定。その言葉を聞いてニコリとする絶奈が懐から名刺を出して百代に渡そうとする。
「私ってばもう仕事をしているんだけど…興味があったらここに連絡してね」
「モモ先輩がスカウトか!? 俺様はどうかな?」
「…肉体改造すれば使えるかも」
「え、肉体改造?」
「絶奈さん!!」
名刺を百代が受け取る前に真九郎が奪い取る。そのままクシャリと握りつぶす。
そんな行動をすれば百代たちは呆けるのは当たり前である。だがこれも彼女たちのためである。
「ねえ紅くん邪魔しないでくれないかしら?」
「彼女たちを引き込まないでください」
「これはただのスカウトよ」
「何も知らない彼女たちを引き込まないでほしいと言ってるんです」
「ちゃんと企業説明はするわよ。ルーシーが」
「スカウト自体を止めてください」
「それを聞く権利は無いわ。こっちは仕事なんだし」
ピっと新たな名刺を出して百代へと投げるが真九郎に握り潰される。何度も繰り返すが全て握り潰した。
これには絶奈もため息。こうも名刺を渡すのが邪魔されるのは気に食わないものだ。こちとら仕事のスカウトなんだから邪魔される権利はないはずだ。
もう営業妨害だと言いたい。いや、言うべきである。
「営業妨害よ」
「それを言われると痛いです」
「素直ね」
「だから良いBARを紹介します」
「…良いでしょう」
名刺を懐にしまう。今回のスカウト偶然にすぎないし、本番はルーシーが手を回すので引いたのだ。だが邪魔されたことはムカついたので紹介されたBARで飲みまくろうと思うのであった。
真九郎のサイフに大ダメージが確定した瞬間であった。それでも彼女から百代たちを遠ざければ十分な消費だろう。
明日からは節約生活の始まり。いつもの生活に戻るだけなのであるが。
「ちょっと待て紅!!お前このまま夜の街にその美少女を持ち帰る気か!?」
「し、真九郎殿…意外にプレイボーイなのだな」
「あの、紅先輩とその女性とは知り合いとのことですが…もしかして深い関係があったりとか?」
由紀江が顔を真っ赤にしながら訪ねてくる。彼女は思春期に盛んな想像をしているようだ。残念ながら彼女が妄想するような関係ではないのだが。
だけどここで絶奈が余計なことを言うので話がややこしくなる。
「あら紅くん。私とは濃厚で熱い夜を過ごした仲じゃない」
「なっーー、てめえ紅お前っっっ羨ま怪しからん。美少女と熱い夜を過ごしただあ!?」
ここで誤解が発生。
「確かに濃厚すぎる夜を味わったけど…良い夜じゃなかったよ」
「最高で素敵だったわよ紅くん」
「あんたは最低だったけどな」
真九郎と絶奈がキリングフロアでの夜を思い出しているが岳人の勘違いは止まらない。しかもクリスや由紀江たちも勘違いを始める。
「あが…なあ!?」
「う、うそ。あの真面目な紅くんが…」
「…意外だね」
真九郎の株が誤解によって微妙な変化をきざしている。はっきり言って岳人たちが思うようなことは一切なかった。
あったのはお互いのプライドのぶつかり合い。血が流れ、肉と骨が潰れた死闘。だが言葉が足らないので勘違いされているのだ。
絶奈は確信犯で真九郎は馬鹿みたいに気付いていない。だから真九郎は後日川神学園で変な誤解が流れるのに大変だろうに。
「てめえはその抜群のスタイルの星噛さんを良い様にぃ!?」
「お互いに激しい攻めでもう身体は満身創痍だったわね」
「うがあああああああ羨ましいいいいい!?」
岳人が血涙を流しそうだが、何故こんなにも絶叫しているのかをまだ気づかない真九郎。
言葉が足らないが実際のところ本当の事を言っているから性質が悪い。性質が悪いのは勘違いしている岳人たちなのだが。
「…っ」
「おい大和どーした?」
「いや、何でもないよ姉さん」
(何でも無くはないな。何か知ってるな大和のやつ)
これでも百代は仲間に頼られる姉さんである。ならば舎弟の機微くらい分かるものだ。そして彼が何かを隠していることも。
「ほら早く行きますよ絶奈さん!!」
「エスコートしてね紅くん」
真九郎が絶奈の手を握りしめてその場を離れようとした時、チンピラの男が奇声を上げながら立ち上がった。
「るらああああああああああ。なめてんじゃねえぞ糞が!!」
隠し持っていたナイフを思いっ切り投げつける。その先には絶奈の頭部であった。いきなりの場面であったため、全員の反応が遅れた。
しかし気にならないのが絶奈であり、真九郎が手で弾こうとしたが止められた。そしてナイフはそのまま絶奈の頭部に直撃したのであった。
これには全員が息を飲んだが当の本人は無傷であった。彼女は落ちたナイフを拾う。
「私ってばこれでも頑丈なのよ」
そのままナイフを自らの胸に突き刺した。
「な、何をーー!?」
「って、え!?」
ナイフの刃が折れていた。
「ナイフを投げつけられたのはムカつくけど…今は紅くんがお酒を奢ってくれるっているから気分はいいわ。じゃあね」
折れたナイフがチンピラの頬を通りすぎた。その場に残った者たちは呆然としたのは当然である。
134
真九郎と絶奈が現場から離れた後、大和たちは依頼の事後処理を片づけていた。といってもチンピラを警察に突き出すくらいのものですぐに終わる。
酔っ払い退治の依頼は完遂された。だが真九郎と絶奈の関係のせいで何ともウヤムヤが残った結果となってしまったのだ。
「チキショウ紅の奴め、あんな美少女を持ち帰りとか何て奴だ!!」
「でも、彼女はただ者じゃないよね」
今だに岳人は勘違いで男の嫉妬をまき散らしていた。クリスと由紀江に関しては妄想で顔を真っ赤にしている。やはり思春期というべきか、性に対して興味があるお年頃である。
「そんな関係じゃないと思うけど」
「なんだ大和は紅を擁護すんのか。ありゃあどう見ても持ち帰りだぞ。そして首筋にキスマークつけて学園に登校して俺様に見せつけるんだ…」
「いや、流石にそれは」
「ちっきしょおおおお!!」
泣き崩れる岳人をこれ以上見ても悲しいだけだ。仕方ないので親友の卓也に全て任せた。これには「え、僕が!?」なんて突っ込んでいたが何だかんだで任されるのであった。
この2人の友人関係は京も様々な意味で期待している。彼女的には岳人が攻めで卓也受けらしい。どうでもいい話であるが閑話休題。
トボトボあるく風間ファミリーだが後ろの方にいる大和は絶奈に関して考えていた。彼女こそが裏十三家の『星噛』だ。
裏世界の巨大企業である『悪宇商会』にも関わっているというのだ。その一族である1人が今夜見た絶奈。ただの酔っ払いにしか見えなかったが自分の胸に自分からナイフを突き刺して無傷であった。それだけで一般人ではない。
真九郎から星噛のサイボーグ化のことは聞いている。彼女見るに普通の人間にしか見えなかった。しかし実際は改造された身体なのかもしれない。
「おい大和」
「なに姉さん」
「お前なにか隠してないか?」
「ーーっ、何を?」
武神なのか、それとも姉貴分としての勘なのか分からないがこういう時だけ鋭いものだ。普段なら誤魔化せるものだが今回のように『深い何か』だと気付かれるものだ。
話すかどうか考えたが結局はいずれバレるものだし、関わってしまったのだからもう遅い。
「あの女性は確かに紅くんの知り合いだよ。しかも深い関わりのある」
「まさか岳人の言うとおりか?」
「そこは知らない。沙也加ちゃん奪還時に悪宇商会ってところの奴と戦ったよね」
「あいつか…そうだが」
「彼女も悪宇商会に所属している人だ」
「ほう…じゃあ裏の人間か」
ここで百代が目を鋭くして口元をニヤリとしたのを大和は見逃さなかった。これはまた何か余計なことを考えているなと思いながら心の中でため息を吐く。
「紅からも裏に通じていると匂っていたが、どうやらどっぷりと浸かっているらしいな」
「そうだね。でも紅くんは良い人間だ」
「それは肯定する。紅からは悪人と感じられないしな。だって夕乃ちゃんや紫ちゃんと接する時はとても悪人には見えない」
彼が悪人ではないことは確かである。悪人なら銀子が攫われた時に怒らないし、夕乃を助け出しもしない。紫を守ろうとも思わないはずだ。
「しっかしあの美少女がねえ。他にあるのか?」
「裏十三家の一角」
「裏十三家って何だ?」
「裏世界にいる者なら知らない者はいないと言われている特別な一族たちらしい。その一族たちごとに特別な異能を持っているみたいだ」
「ほほう。これはまた異能とか面白いじゃないか」
「面白いって…裏世界なんて関わるものじゃないからね姉さん」
「分かっているよ」
ここで釘を刺したが通じているかは分からない。警告のつもり言ったが後悔してしまう。
「これはみんなにも伝えとく。まさか本当に裏十三家の人と出会うなんて思わなかったからな。次出会ったとしても警戒してもらわないといけないからさ」
今回はまさかの出会いであったが今回のように出会い、もし戦いになってしまったらマズイ。今回の依頼で酔っ払い退治であったのでもしクリスたちが戦っていたら考えたくも無い。
『鉄腕』との一件で悪宇商会の力は分かっている。ならば裏十三家の一角である星噛ならば『鉄腕』より上の可能性は高い。
実際に大和が考えているのが正解で『鉄腕』よりも絶奈の方が強い。最高顧問としてトップに立つので力も知識は十分。
(戦ってみたいな)
「流石に戦うなんて思わないでよ」
「わ、分かってる」
ついに話すことを決めた大和。依頼を終えた後は風間ファミリーは金曜集会に集まる秘密基地に集まるのであった。
135
魚沼のBAR。
カランコロンとドアを開けると鈴の音が鳴る。川神学園に留学中にまさかBARに来るなんて思っても無かったが様々な厄介な事や縁によって真九郎は学生の身でありながらBARへと足を運ぶ。
「いらっしゃい」
「いらっしゃませ」
店内より2人の声が聞こえてくる。1人まもちろんこのBARのマスターである魚沼であり、もう1人がバイトを続けている弁慶である。
彼女はここのバイトが気に入ったのか面倒くさがリのくせに続けているのだ。もちろん悪いことでは無いので誰も文句は言わない。言わないが、学生なのだから夜のバイトはやりすぎないように注意はされている。
バイトをやっていて学生の本文である学業に支障をきたしたら本末転倒である。
「お疲れ弁慶さん」
「およ、真九郎じゃないかって、その女の人誰?」
当たり前だが真九郎の後ろにいる絶奈に気付く弁慶。親しい男友達が知らない女性と一緒にいたら気になるのは当然である。しかも妙に距離感が近い気がする。
「この人は…まあ仕事で知り合った人だよ」
彼女こそがクローン誘拐事件の時に派遣されてきた悪宇商会の最高顧問ですとは言えなかった。
仕事の知り合いなんて関係では現せない間柄なのだがここでは伏せておく。余計なことを言ってややこしくしてはならない。最も言葉足らずのせいでややこしくなっているのだから本末転倒。
「仕事の知り合いね。確かに私と紅くんの関係はそう現せなくもないわね。でももっと他に的確な言葉は無いわけ?」
「的確なって何ですか?」
「あの夜での出来事は簡単には説明できないでしょ」
「…忘れられないけど、思い出したくも無いですね」
2人だけの過去話を聞いていると様々なことを想像してしまう。彼らの会話で岳人や由紀江は男と女の関係を妄想した。
弁慶もまた同じような事を思ってしまったのだ。彼らの言葉足らずのせいで勘違いさせているのだが。
(まさか大人な関係?)
ある意味の関係ではあるかもしれないが弁慶が勝手に想像なので仕方なし。
「結局どんな関係?」
真九郎は弁慶の質問には答えられなかった。星噛絶奈との関係はよく分からない。
宿敵ではあるが、歪空の一件では協力者の仲になった。単なる敵と決めつけた夜が過ぎれば今度は強力とは言え、自分の部屋に招く。本当によく分からないものだ。
「ノーコメントで」
「なにそれー」
納得がいかない弁慶だが今はバイト中だ。長話はできない。
「俺はミルクで、絶奈さんにはお酒をお願いします」
「たまにはこういうBARで飲むのも良いわね。ウィスキーある?」
「かしこまりました」
弁慶が手慣れた手つきでミルクとウィスキーを用意して2人の前に出す。
「手慣れているね」
「きちんと働いているからね」
「きちんと働いてもらわなければ困る。ほらサービスだ」
魚沼がサービスでつまみを出してくれた。本日のつまみは様々な種類の美味しいチーズ。
「ありがとうございます」
(ふむ…私の勘が警告している。この女性はマズイと…何事もなく終わってほしいものだ)
長年の経験によって鍛えられた勘は間違いないし、『絶奈』という名前は魚沼は知っていた。もし彼女があの人物ならば大物すぎる。もっとも真九郎と関わりのある『絶奈』といったらやはり彼女しか思いつかない。
「で、何で川神にいるんですか?」
「個人的な仕事」
「仕事か」
「邪魔しないでね」
「邪魔しません」
どんな仕事か分からない。聞いたところでどうすることもできないだろう。真九郎は正義の味方ではないのだから全ての悪を退治するヒーローではないのだ。
ミルクを喉に流し込んで心のウヤムヤも飲み込んだ。
「まあ、紅くんが思うようなものじゃないわ」
「俺が思うようなことじゃない?」
「ええ。今回はある物の回収よ」
「回収…」
ある品の回収仕事。仕事にはこういう仕事もあるものだ。
それは何かと聞こうとしてしまった口を閉じる。関係無い者が口を出していい話ではないからだ。彼の考えを汲み取ったのか絶奈は「賢明よ」と呟く。
「言っても無駄かもしれませんが関係ない人は巻き込まないでくださいね」
「約束はできないわ。でも仕事以外では何もしないことは確かよ」
ウィスキーを水のように口の中へ流し込む絶奈。まさか川神で2人で飲む機会があるとは思わなかったものだ。
絶奈と真九郎が2人で飲んでいる姿を見ていた弁慶だが魚沼から別の仕事を頼まれる。
「あ、はい」
「弁慶ちゃん。彼らはどうやら2人きりの会話をしているようだ。あまり聞き耳を立てないように」
「え、それって…」
「あまり2人の男女の中に入らない方がいいってことさ」
「ちょ、マスターそれって!?」
「はいはい仕事仕事」
魚沼に勘違いされるようにはぐらかせられた弁慶。そんなことを聞かされれば余計に気になるのものだ。だからつい無視して聞き耳を立ててしまう。
もちろん仕事をしながらだ。仕事をおろそかにさせてしまうと魚沼に怒られてしまう。
(どんな会話を?)
集中して会話を盗み聞く。
「ねえ紅くん。ルーシーから連絡とか来てない?」
「ルーシーさんから?」
「そ、ルーシーったら良い人材をまた探してるのよね。川神は良い人材の集まりみたいだからね。目を付けたみたいよ」
「そうなんですか。でも連絡はきてませんよ」
「じゃあ、そのうちくるわよ」
それは勘弁してもらいたいものだ。連絡が来ても良い人材を教えるなんてできない。
「武神なんて良いわよね?」
「彼女を巻き込まないでくださいよ」
「でも決めるのは紅くんじゃなくて武神よ」
「そうですけど…」
決めるのは自分自身。そう言われると何も言えない。スカウト、裏世界とはいえ、企業の勧誘まで真九郎は止めることはできない。言えるのはなけなし注意だけ。
もし、百代が悪宇商会に勧誘されても決めるのはやはり百代自身。でも真九郎としては川神で出会った知り合いを裏世界に入れたくはない気持ちはある。それが余計な気持ちであってもだ。
(川神先輩の人生だ。決めるのは彼女自身。俺がそうであるように。でもあまり進んでほしくは無い道だ)
ため息を吐きながらミルクを飲む。そして2人揃っておかわりを頼む。
(スカウト。九鬼財閥みたいなことでもしているのか?)
弁慶は盗み聞きをしているが結局分からない。取りあえず勧誘の話っぽいのは分かった。百代が勧誘されているようである。
彼らの仲を考える見るに真九郎も勧誘されているのかもしれない。これには紋白には更に勧誘を頑張ってもらうしかない。このままでは奪われそうだからだ。
それとなく紋白に伝えておいた方がいいだろう。そうしたら彼女もいっそう真九郎の勧誘に力を入れるかもしれない。
(最近の紋白は真九郎のことを良く話すんだよな。しかも専属従者にしたいようなことも言ってるし)
明日からはきっと真九郎は紋白から熱烈な勧誘を受けることになるだろう。
「絶奈さん教えてくれるならでいいんですけど川神裏オークションの情報とかって知ってます?」
「…知ってるわよ。でも何で?」
「紅香さん経由で川神でオークションが開催されるって聞いたんですよ」
「ああ、そういう」
一瞬だが絶奈は気に食わなそうな顔をする。その理由は間違いなく紅香だろう。殺したと思っていた彼女が実は生きていたのだから気に入らない。
「裏オークションを知ってるならいっか。私の仕事が裏オークション関係よ」
「え、そうなんですか」
「ええ。でも開催する側じゃないわよ」
紅香と同じで川神裏オークションに入り込んで何かをするつもりなのだろう。
「紅くんも裏オークションに参加するの?」
「いえ」
「なら話すことは無いわね。関係無いんだし」
「そうですね」
つい聞いたが真九郎には関係無い。なら聞いたところでどうにもならない。
「無意味な質問でした」
「無意味な質問したからあの高いお酒をいただこうかしら?」
「ぐ…止めてください」
今の真九郎のサイフには高いお酒を払える程中身は無い。本気で止めてもらいたい。奢ると言っておきながらなんだが。
「いやータダ酒は良いわね」
少しはテンションが上がってきたのか絶奈は真九郎の背中をバンバンと遠慮なく叩いてくる。過去にいきなり後ろから抱き付かれたことはあるが、テンションが上がると彼女は周囲を巻き込むようだ。
なんとも微妙な仲だ。弁慶は2人の仲がとても良いと勘違いしているが違う。
(なんか距離近くない?)
2人は案外気付いていないが肩が触れ合いそうな距離。弁慶が見ていれば勘違いされるのは仕方なし。
「それにしても川神に来てから再会が多い」
「あら、そうなの紅くん」
「悪宇商会の人たちが特に多いです」
「うちらと縁があるのかもね」
「否定はしません」
「ルーシーがまた勧誘にくるかもね」
「入りません」
まさかの再開の夜は真九郎のサイフに大ダメージを負わせながら静かに更ける。そして明日の川神学園では誤解と勘違いによる噂で大変な目に合うのはまだ彼は知らない。
「ところで泊まる場所無いんだけど?」
「そこまで面倒は見切れません」
グラスが空になる。そして新たなお酒が注がれるのであった。
読んでくれてありがとうございました。
今回は絶奈の会話というのが中心でしたね。
まだ風間ファミリーとは深く関わりません。
でも今回の章ではどんどんと彼女に関わり合っていくつもりです。特に百代など。
そして忘れてはいけないのが清楚ルートです。
組み込むのが難しくなってきましたが次回もゆっくりとお待ちください。
次回はさっそく清楚が覚醒する話か、その前くらいになる予定です。