紅 -kurenai- 武神の住む地   作:ヨツバ

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かき氷とBAR

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熱い日差しの中で真九郎と大和は全力疾走をしていた。彼らが全力疾走しているのはオッサンを追っているからだ。

オッサンを追っているのは何も変な意味は絶対に無い。ただ彼らはオッサンが営むかき氷を買いたいだけなのだ。

そんな理由も無いのに汗水垂らしながらオッサンなんて追いたくはない。

 

「な、何でかき氷屋がお客を待ってくれないんだ!?」

「そ、それはここが川神だからだよ紅くん!!」

「そんな理由なの直江くん!?」

 

川神市が異質ならかき氷屋も異質なのだろうか。そんなのは認めたくないし、営業なんてできないだろうと心の中でツッコム。

 

「待ちなかき氷屋!!」

「全然待ってくれないよ直江くん!?」

「まあ、待てと言われて待つ奴はいないよね」

「それがおかしいよ!!」

 

口ではなく足を動かしたいが、こんな不条理なかき氷屋を追いかけていると文句しか言えない。

だけど何とか追いついて買わなければならない。これは沙也加と紫のためだ。

実は今日の真九郎は大和、沙也加、紫、リンと散歩に出かけていた。その途中で件のかき氷屋が彼らの横を全力で過ぎ去ったのだ。

同じく全力疾走しているかき氷屋は川神で今話題のかき氷屋だ。なかなか捕まえられないが、もし追いつけば最高のかき氷を食べさせてくれるのだ。

 

「かき氷だよおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!」

「何で追いつかないと買わせてくれないんだ!!」

 

もう都市伝説の噂になる一歩手前のくらだと思う。逃げるかき氷屋に追いつけば最高のかき氷を食わしてくれる。どこかで似たような話があったような気がする。

 

「美味しい氷だよおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!」

「追いつくのにあとちょっと!!」

「待ってくれかき氷屋さん!!」

「フン、追いついてみな。追いついたら、最高のかき氷だ」

「聞こえてるなら止まってくださいよ!?」

「さあ、かかってこぉい」

 

勝負ではなく営業をしてほしいものだ。何でこんなかき氷屋が今話題なのだろうか。

形態電話が鳴り、出てみるとリンからである。電話の内容は「まだかき氷屋は捕まえられないのか?」とのこと。

今まさに全力疾走で追いかけているところである。なのでもう少し待ってほしい。

 

「あと5分で追いつきますから」

『そうか早くしろ。紫様はメロン味のかき氷がご所望だ。沙也加殿はブルーハワイ味だそうだ』

『頑張れ真九郎、大和』

『が、頑張ってください紅さん、直江さん』

 

リンからの催促と紫と沙也加の応援で2人は脚に力を込めて更に限界突破で疾走してやっと追いつくのであった。

 

「や、やっと追いついた」

「い、息が…最近身体が鈍っていた影響か。姉さんと京からもらった筋トレをこなさないと」

「おう、よく追いついたな、坊主共。さあ好きなかき氷を、欲望のままに口にしろ」

(…なんだそのセリフは)

 

接客業にはあるまじきセリフであった。

 

「あ、追いついたんですね大和さん、紅さん」

「おおよくやったぞ真九郎に大和!!」

 

紫と沙也加、リンが後から追いついてくる。

 

「おう、お嬢ちゃんたちは坊主共の連れか。さあ、かき氷は何がいい? 欲望のままにぶちまけろ」

「ぶ、ぶちまけるって…まさか変な意味じゃないですよね!?」

「どうした?」

「いえいえ、何でもありません。私はブルーハワイで」

「紫はメロン味だ」

「私はレモン味を貰おう」

「リンさんも食べるんですか?」

「当たり前だ。お前たちも早く選ぶと良い」

 

奢ってくれそうな感じで話すが実際に払うのは真九郎か大和である。だが気にしたら負けなので彼らも自分たちが好きなかき氷を注文したのであった。

 

「はい紫、沙也加ちゃんどうぞ」

「ありがとう真九郎!!」

「ありがとうございます紅さん」

「じゃあな、お嬢ちゃんたち、坊主共」

 

かき氷屋のオッサンはまたも疾走し、彼らの前から素早く、クールに去っていった。

 

(クールかな?)

「さて、ここじゃ熱いし、何処かの日陰で食べようか」

 

大和の提案に賛成し、近くにある公園に足を勧めた。日陰のベンチに座ってかき氷を食べる。

 

「ん~冷たくて美味しい!!」

「だね紫ちゃん」

「真九郎のも食べさせてくれないか?」

「良いよ。はい紫」

「あーん」

「はい、あーん」

 

パクリと可愛く食べる紫。これを見て可愛いと思ったのはここにいる全員の共通である。

 

「ほれ、沙也加も食べろ」

 

今度は紫から沙也加へとかき氷が運ばれる。

 

「あーん」

「あーん…うん冷たくて美味しいね紫ちゃん」

「うむ!!」

 

紫は本当に可愛い女の子だ。足をプラプラしながらかき氷を食べる。こんな光景が彼女にとってまた1つの思い出だ。

リンもいつも難しい顔をしているが紫が楽しい顔をしていると少しだけ微笑む。

 

「はくはくはく」

「あ、紫ちゃん。かき氷を急いで食べると頭がキーンってしちゃうよ」

「うう、頭がキーンってする」

「ありゃりゃ遅かったか」

 

笑顔が絶えない一時である。こんな幸せを紫にはずっと続いてほしいものだ。

かき氷を食べていればあるあるで舌がシロップで変色する。そうすれば見せ合いっこである。

 

「紫ちゃんの舌が緑色だね」

「沙也加は青でリンは黄色だな。真九郎と大和はどうだ?」

 

真九郎はグレープのシロップを選んだので舌が濃く紫色で、大和はイチゴ味を選んだので赤だ。

 

「ふむ。なんだか面白いな」

「ところで紅さん質問をいいですか?」

「なんだい沙也加ちゃん?」

「斬島さんについてなんですけど」

「切彦ちゃん?」

 

切彦について質問とは何だろうか。そう思ったがすぐに察することができた。沙也加は剣聖の娘だ。ならば『剣士の敵』である斬島切彦について少なからず知っているかもしれない。

だから友達である真九郎について質問したいのかもしれない。

 

「実はですね…お父さんからある事を言われてまして、斬島切彦さんって方には注意しろなんて言われてたんですよ」

 

真九郎の予想は的中した。気になるのはしかたないだろう。なにせ剣士たちにとって最大の敵なのだから。

 

「それは斬島切彦さんって方が『剣士の敵』って呼ばれてるからなんです。私は斬島さんの名前を聞いて内心驚きましたよ」

「なるほどね」

「お姉ちゃんからも聞いてみましたが恐らく斬島さんは確かに斬島切彦だと言いました。なので友達の紅さんにも聞いてみようかと」

「うーん…」

 

応えていいかどうか悩む。『剣士の敵』と聞いているならある程度は『斬島切彦』について知っているだろう。

ならば深いところまでは言わずに必要最低限のところだけでいいだろう。彼女の口ぶりからはおそらく剣聖は『剣士の敵』という部分だけ教えて『裏十三家』については言ってないのだろう。

 

「確かに切彦ちゃんは『剣士の敵』って呼ばれてるよ」

「やっぱり…でも大人しい人でお父さんが注意するような雰囲気じゃない気がするんだけどなあ」

「まあ確かにね。ただ彼女はオンオフがハッキリしている子なんだよ」

「ああ、なるほど。例えるなら仕事とプライベートは別ってやつですか」

「そうだね。その例えは的を得ているかも」

 

沙也加の例えはまさしく的を得ている。

 

「まあ、沙也加ちゃんのお父さんが注意しろって言ってるなら、あまり切彦ちゃんに根掘り葉掘り聞かない方が良いかもね。でも普通に接する分なら大丈夫だから」

 

切彦に危害を加えなければただの可愛い女の子。楽しく会話もするし、笑顔もするし、照れたりもする。普通の女の子と変わらないのだ。

 

「分かりました。今度会ったら女子トークでも振ってみます!!」

「グイグイ行くね沙也加ちゃん」

「だが気を付けることだ沙也加殿」

「リンさん?」

「剣士としての忠告だ。だがあやつは紫様のご友人だ。『剣士の敵』だが悪いように思わないでくれ」

「はい!!」

「なあ紅くん。今度は俺から質問いいか?」

「何かな直江くん?」

「今じゃなくてもいい。今度時間がある時に聞きたいことがあるんだ」

「…何かな?」

「紅くんは『裏十三家』についてどれだけ知ってる?」

 

ここからあの事件への物語は動き出す。

 

 

101

 

 

今夜の予定だが真九郎は環と闇絵の観光を回る。裏向きは彼女たちが面倒ごとを起こさない保護者である。

と言っても今日の観光は夜である。川神でも人気のBARに行きたいとの事だ。その人気のBARとは魚沼を経営している所だ。

魚沼が経営しているBARは新規のお客はもちろん常連が好んで通う店である。出されるお酒は全て最高の一杯だ。

何故魚沼のBARに行きたいと言うと川神のパンフレットを見た環と闇絵のお願いである。真九郎にとって予想できるものだ。

 

「お酒が飲みたーい!!」

「はいはい。でも魚沼さんの店で騒ぐのは駄目ですよ」

「分かってるって」

「ああ、騒がなさいさ」

「闇絵さんは良いとして、環さんですよ」

「…なんか真九郎くんは私のこと問題児だと見てない?」

「それはいつもの行動と言動を省みてください」

 

彼女は問題児と認定しているが頼りがいのある良い女性でもある。何だかんだで迷惑はかけられているが助けられてもいる。

だから真九郎は環の我儘を聞くし、面倒を見ている。真九郎は環のことを嫌いじゃない、寧ろ好きだ。でもそれは第三者から見れば母性というか父性なんじゃないかと思われるかもしれない。

全くもって手のかかる子とはこういうものなのかもしれない。環には言えないが。

 

「そろそろ着きますよ」

「お、到着」

 

3人は静かに入店する。魚沼のBARにを見て環と闇絵は「ほお」と感嘆する。店内のインテリア、雰囲気、香る酒。

どれも素晴らしいもので、これなら2人はきっと満足するだろう。

 

「お、真九郎じゃないか」

「おや、紅くん。それに新しいお客さんかな」

「お疲れさまです弁慶さん、魚沼さん」

 

弁慶は魚沼のBARでバイトをしている。どうやら彼女にとって天職のようで、前にバイトを始めてから続けているのだ。

魚沼も弁慶の仕事ぶりは認めており、従業員として助かっている。寧ろバイトじゃなくて正規に雇いたいくらいだと思っている。

 

「弁慶ちゃんか。綺麗で可愛いな」

「マスターよ。お勧めを頼む」

「あ、私も」

「任された。弁慶は紅くんを任せたよ」

「はい。真九郎は何が良い?」

「ミルクで」

 

魚沼は完成された動きでカクテルを作り始める。その動きはスマートですぐさま2人の前にカクテルが出される。そして真九郎の前にはポンっとミルクが置かれる。

環は豪快に飲み、闇絵は優雅に飲む。感想は「美味しい」の一言だ。真九郎はまだ酒は飲めないが、飲むとしたらこんなBARで飲みたいものだ。

彼はミルクを口に含んだ。そして弁慶がこちらをニコニコと見ていた。

 

「どうしたの弁慶さん?」

「いや、ミルクだけど真九郎は静かに飲むんだなーって」

「普通だと思うけど」

「いや、真九郎は雰囲気あるなって」

「雰囲気?」

「そうそう。飲み慣れてるんじゃなくてBARの雰囲気に慣れてるみたい」

「うーん」

 

慣れているというのは確かにそうかもしれない。彼は揉め事処理屋の仕事をしている中で情報収集でBARにいくことはある。

紅香から紹介されたBARなどはいくつかある。そこに何回も行き来していれば慣れるのは当たり前だろう。しかし弁慶はよく気付くものだなと考える。

 

(ふむ、確かに紅くんは慣れているな。しかしその慣れは流石、揉め事処理屋というところだろう)

 

魚沼はこれでも物騒なことに関わりある。映画やドラマみたいだが実際にBARに情報を聞きにくるのだ。だから彼は真九郎の慣れについてすぐに理解できた。

 

(この慣れはBARなどのそういう店を何度も通っているな)

 

いずれ彼も魚沼のところに情報を聞きにくるのかもしれない。そう思うと魚沼は誰にも気付かれない微笑をしてしまった。

 

「マスター。次はワインを頼む」

「私はまたカクテル」

「分かりました」

 

次のお酒を出す魚沼。マスターとしてお酒を美味しく飲んでくれるのはとても嬉しい。闇絵も環もお酒の飲み方を分かっている。

こういう分かってるお客はなかなかいない。だからこそ嬉しいものだ。

 

「ねえ真九郎。もう傷の方は良いの?」

「傷…ああ、もう大丈夫だよ」

「そっか。それにしても傷の治りが早いんだね」

「まあ頑丈だし」

「え、何の話~?」

「環さんには関係ないですよ」

「男と女の秘密は根掘り葉掘り聞くものじゃないぞ環」

「えーその言い方何かヤラシイ闇絵さん」

「ストップです2人とも」

 

環の下ネタが入りそうだったので先制して止める。でも真九郎の頑張りは後に意味を成さないだろう。

そんな時に新たな客が入店する。その客はこの店には似合わない者だ。何処からどう見ても未成年だからである。BARに未成年がくるのは間違いだ。

魚沼は口を開こうとしたが、その前に真九郎の口が開いた。

 

「あれ、切彦ちゃん?」

「どうもです」

「おや、知り合いかね?」

「はい。友達です」

 

真九郎たちの知り合いなら入店するのに不思議なことはない。だが彼らの口ぶりだと魚沼のBARで待ち合わせをしている感じではない。

切彦は自らの意志でこの店に訪れたようだ。そうすると何故、未成年の彼女は来たかだ。

 

「どうしたのかね。ここは未成年お断りだよ」

 

切彦は魚沼の言葉を無視しながらカウンターに座る。そして彼だけにある写真を見せた。

 

「この人を知ってますか?」

 

魚沼は写真を見る。グラスを拭きながら彼女について理解してしまった。

彼女は表の人間じゃなく、裏の人間だと理解してしまったのだ。その写真に写る人は知っている。何せ魚沼のBARに最近来たからだ。

 

「コーヒーありますか?」

 

魚沼は無言でコーヒーを淹れて出す。それと同時に切彦は魚沼にチップを出す。

 

「知っている」

 

その写真に写る男は魚沼にとって警戒した相手だ。少し会話をしただけで裏の人間だと分かったからだ。魚沼は職業柄様々な人間を見ているので、どんな人間かは分かる。

だからこそ写真に写る男は危険と判断したのだ。そして切彦が裏の人間について聞いてきたということは彼女もまた裏に通ずる人間なのだ。

 

(こんな子が裏世界の人間だとは…世の中はどうなっているのだか)

 

黙っている魚沼に対して切彦は更にチップを出す。

 

「チップは先ほどので十分だよ」

「そうですか」

「この男だがこの店に来たよ。おそらくだがまだ川神にいると思う。つい先日に来たばかりだからな」

「そうですか。ありがとうございます」

 

切彦はコーヒーをチビチビと飲んでから店を出て行った。

 

「…なんだったのあの子?」

「関わらない方が良いと思うよ弁慶さん」

「え、そうなの?」

「少年の言う通りだ少女よ。経験者の言葉には素直に従うのが吉だ」

「凄い気になるんだけど」

 

闇絵のアドバイスは無難に聞いた方が良いと真九郎は弁慶に呟く。弁慶はよく分かっていないが取りあえず深追いはしなことだけは頭に響いたのであった。

 

(切彦ちゃん…)

 

彼女が魚沼に見せた写真はきっと今回のターゲットなのだろう。ミルクを口にしたが味が分からなかった。

 




読んでくれてありがとうございました。
感想などあれば気軽にくださいね。

さて、日常シーンはまだある予定です。
沙也加ルートですがまた『裏』が入り込んできてます。これは紅勢がいるから仕方ないね!!

さて、大和はついに真九郎に対話をする約束をしました。
これも「あの事件」への入り口&裏世界についての入口です!!

「あの事件」に関して気になるかもしれませんがもう作中にちょっと出てます。

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