096
もう1つの視点に移す。崩月家族が観光するチームだ。
夕乃、冥理、散鶴、クリス、岳人、卓也、翔一のチーム。夕乃と散鶴は真九郎に居て欲しいと思っていたが環の保護者になってしまったならば仕方ない。
しかし、環が暴走して厄介な事という名の酔っ払い事件を起こすわけにもいかない。最も彼女は事件を起こしたことはないが。
(もう、もう。環さんのおかげで真九郎さんと離れ離れになっちゃったじゃないですか。しかも村上さんと紫ちゃんが一緒だなんて!!)
「あらあら夕乃。真九郎くんが一緒じゃないからってガッカリしないの」
「お、お母さん!?」
母親の冥理に考えを読まれてドッキリしてしまう。流石は母親と言うべきか、娘の考えが手に取るように分かるらしい。
「寮に帰ったら真九郎くんと一緒にお風呂に入りなさい」
「ちょ、お母さん!!」
「あら入らないの? ならお母さんは一緒に入ろうかな。散鶴も一緒に入る?」
「うん。散鶴も入る!!」
「止めてくださいお母さん!!」
「良いじゃない。じゃあ今夜はどうする?私は真九郎くんの部屋で寝ようかしら?」
「だから、もう!!」
もう夕乃は冥理に翻弄されっぱなしである。
そんな中で彼女たちの会話を聞いて嫉妬全開の者がいた。筋骨隆々の男の岳人だ。何故嫉妬しているかというのは真九郎に対してである。
美人の夕乃たちの会話を聞くと、なんて青春で羨ましく、けしからんことだろうか。そのおかげで真九郎は岳人から理不尽な醜い嫉妬を送られているのだ。
「くっそぉ、何故だ。俺様の方がガタイが良いのに」
「ガタイの問題じゃないと思うよガクト」
「ガタイなら真九郎はけっこう鍛えてたぞ」
「そうなのキャップ?」
「おう、大和と源さんと真九郎で一緒に風呂入った時に見た」
今の発言は京に妄想の材料になりそうだなっと卓也は思ったがすぐさま彼方に置いて来た。
「華奢な身体なのに鍛えてた。つーか水上体育祭の時に見なかったのか?」
「今思えば、そうだったね」
「俺様は野郎の身体に興味はねえ!!」
「ガクトは本当にガクトだね」
「俺様は俺様だぜ?」
「そういうことじゃないよ」
岳人は岳人である。
「それにしても崩月先輩に好かれてる紅が羨ましすぎるぜ。しかもあんな美人な人妻も一緒だなんて!!」
「住み込みで修業してたって言ってたし、まるでギャルゲーみたいな設定だね!!」
「俺様も崩月先輩の家に住み込みで修業でもするか?」
「そんな不純な動機は止めようよ…」
ガッツはある岳人だが不純な動機で崩月家に住み込み修業をしたら耐えられるはずもない。そもそも川神ファミリー中で崩月流の修業に耐えられる覚悟を持つ者はいないだろう。
百代に関しては例外だが、それでも真面目に修業するとは思えない。川神院での修行だってサボっているのだから。
「なあ崩月先輩殿。聞きたいことがあるのだが良いだろうか?」
「何ですかクリスさん?」
「紅殿でだ。彼はどんな人柄なのかなって。学園や寮でも関わって知っているが昔の紅殿は知らないからな」
「そうですね。とっても優しい強い男性です」
「ああ、それは分かります」
「昔の真九郎くんだと…まず表情の無い子だったわね。いえ、心が欠けた少年だったわ」
心が欠けた少年。まるで信じられない言葉だ。クリスたちが知る真九郎は心が欠けていたなんて微塵も感じられない。
よくよく思ったとして何処か浮世離れしている雰囲気がある。それは揉め事処理屋をしているからかもしれない。だが真実は彼の生きざまだろう。
「心が欠けていたって何でまた?」
「詳しくは本人の為に言えないけど、真九郎くんはウチに来る時は家族がいなかったの」
「え、それって!?」
「事故で家族を失っていたのよ」
まさかの重い話が出てきてしまい、聞いていいのかと思ってしまうが冥理は普通に話す。重い話だけども彼女も真九郎のために話していいことと駄目な線引きはしている。
だから真九郎の心のキズを開かせないように話すのは彼女にとって、家族として当たり前であった。
「真九朗君が崩月の門を叩いたのは『強く』なるためじゃなくて『生きる』ためだったわ。小さい真九郎くんが表情のない顔で生きるためと答えた時は…大丈夫かしらと思ったわ」
小さな子供が武術を習うにあたって生きる為だけに習うなんて今の世では異常だ。だが小さい頃の真九郎を異常にしてしまったのは『あの事件』のせいである。
『あの事件』は彼にとって深い闇だから気軽に話せない。その事は伝えないで話していく冥理。
「真九郎くんは生きるために修業を頑張ったわ。そのおかげで確かに強くなったと思う。でも心の方はいつまでたっても欠けたままだったわ」
崩月家でも流石にいつまでも心の欠けた彼を無視なんてできなかった。特に冥理はそんな彼をいつも心配していたのだ。血は繋がらなくても彼女は彼のことを家族と認め、息子のように思っている。
だからこそ、心の欠けた真九郎をどうにかしたくて優しい声をかけ続けたのだ。
「心の傷は簡単には治らないわよね。でも私は…私たちはずっと優しく接したわ。そして散鶴が生まれた年にやっと真九郎くんに笑顔が戻ったわ」
その時ときたら散鶴が生まれた嬉しさも会い合わさってとても心が熱くなったほどである。やっと笑顔になったあの子。それは子供にとって笑顔はしないなんて幸せではない。
「今もどこか心に波があると思うけど昔に比べれば強くなったと思う」
今でも心配するのはやはり冥理が真九郎の母だから。親にとって子はいつまでたっても心配なのだ。だから夕乃も早く真九郎と結ばれてほしいとも思っている。
「クリスさんたちは真九郎くんたちのお友達かな?」
「おうそうだぜ!!」
翔一が即答してくれる。それを皮切りにクリスも笑顔で答え、岳人もニカッと笑顔で答える。信頼する人以外あまり良い顔をしない卓也も流石に空気を読む。
それに卓也は真九郎の馴れ馴れしさが無いので、それは人付き合いの苦手な彼にとっては嫌いではない。
「ありがとう。交換留学中は夕乃や真九郎たちをよろしくね。もちろん村上さんも」
「ああ、任せてください!!」
風間ファミリーは個性的な面々が多く、無茶ばかりするが悪い人間はいない。そんな善人ばかりのグループに出会えたことは真九郎たちにとって良いことだろう。
097
夕乃チームは川神市の様々なスポット観光しながら真九郎チームへと合流する。川神市は広いので全てのスポットは回り切れない。なのでピックアップしたスポットを回り切ったのだ。
観光が多い場所だと1日では回り切れなくて大変だ。でも環や冥理たちは連休を使って川神にきているのだからまた明日にでも観光の続きをすれば良い。
もう時間帯は夕方で島津寮に戻る。帰る道すがら真九郎は環に今日何が食べたいかを聞く。リクエストされたメニューはみんなで食べることができる焼肉であった。
こんなに大勢いるのなら焼肉は最適だろう。それに食材を用意し、焼くだけだから簡単である。
「なら肉や野菜とか買わないとな」
「焼肉かあ良いな」
「勝手に決めちゃったけど良いかな直江くん?」
「構わないよ。それに焼肉ならみんな賛成だ。な、みんな」
大和は翔一やクリスたちに確認を取ると笑顔でみんな賛成してくれた。食欲盛りの彼らにとって焼き肉は大好物だ。
特に肉が大好きな岳人は子供のように嬉しく思っている。翔一に関しては心が少年なので心から好物だと言い張って笑顔である。
「じゃあ俺らは寮に帰って準備をしよう」
「ならこっちは食材の買い出しをしてくるよ」
買い出し開始。
大和たちは島津寮に戻って焼肉の準備を。真九郎たちは食材を買いに。
大人数で食べ盛りが多いので食材はたくさん買わないとすぐに切れるだろう。
「お肉がいっぱいだな真九郎」
「野菜もちゃんと食べないとダメだからな紫」
「ピーマンも最近は食べられるように努力はしているのだ」
「じゃあピーマンも買おうか」
「うう…がんばる」
買い物かごには赤い塊だけじゃなくて瑞々しい緑もたくさんだ。これだけあれば十分だろう。
「ねーねー真九郎くん。このお酒買って!!」
「少年よ。このワインなんて悪魔の血のように紅い。飲みたいと思わないか?」
「はいはい2人とも買いませんよ」
「真九郎よこのお菓子は駄目かな?」
「ち、散鶴も」
「1個だけだからね」
「あ、ずるーい!!」
「環はさんはいい大人だから我慢してください。今度買ってあげますから」
「今がいいー」
「今度です」
「今日はモモちゃんに負けて落ち込んでるのに」
「だから焼肉にしたでしょ」
今晩の夕飯にはリクエストしたがお酒はリクエストしていないので却下である。大勢の前で環さんの酔っ払いが始まると収拾がつかなくなりそうだからだ。
酔っ払い状態の姿をこれ以上見せるわけにはいかないのだ。もう手遅れかもしれないが迷惑だけはかけられない。
「本当なら真九郎さんと2人っきりが良かったのに」
「あらあら夕乃ったら」
「お母さんが邪魔しなかったら良かったんです!!」
「せっかく遊びにきたのにそれはないわ夕乃。お母さん悲しい…じゃあ散鶴と一緒に今夜は真九郎くんに慰めてもらおうかしら?」
「それがいけない理由です!!」
「馬鹿」
「え、何で俺は馬鹿にされたの銀子?」
「不潔だ紅真九郎」
なぜか銀子とリンから冷たい目で見られる。真九郎の行動や言動からの賜物や彼に関係のある人物から言動によっていつも冷たい目で見られるのだ。
これは今までの真九郎が築き上げた結果によるものだ。女性に好意を寄せられるのは悪くはないが、女性からしてみれば好意を持つ男性があっちこっちにいろんな女性に連れまわされたら困るものだ。
夕乃に関しては真九郎に悪い虫がつかないようにいつも注意している。その度に真九郎に教え込み、身体にも物理的に教え込む時もあるものだ。
「あ、そうだ銀子ちょっといいか?」
「なに?」
「実は相談があるんだけどいいか?」
「揉め事処理屋の依頼かなにか?」
「うん、そうなんだ。実は偉人を調べて欲しい」
「葉桜清楚さんに関してね」
すぐさま理解してくれる。この川神で偉人について調べて欲しいなんて言われたら消去法ですぐに分かるものだが。
「葉桜先輩から依頼されたんだ。自分の正体が知りたいって」
「なるほどね。でもたしか25歳くらいになったら教えてもらえるんでしょ。待てば良いと思うわ」
「自分だけ正体が分からないから知りたいみたいなんだ」
気持ちは分からないでもない。自分のルーツは早く知れるのなら知りたいものだ。それに自分自身のことだというのに何故教えてくれないのか。
教えてくれないなんて何故だ。自分自身のことなのだから知る権利はある。
「分かったわ」
「ありがとう銀子。俺も少しずつ葉桜先輩に関連がありそうなものはいくつか探してる」
「じゃあその調べたものを教えて。そこから更に調べてみるから」
「分かった。寮に戻ったら渡すよ」
「それにしても葉桜先輩の正体か。案外意外な偉人かもね」
「誰だろうな?」
「さあね。でも名前だって案外、正体のカギかも」
「名前…『葉桜清楚』なんて偉人は聞いたこと無いけど」
「そうじゃないわよ。読み方よ」
源義経、武蔵坊弁慶、那須与一。彼女たちは偉人たちの名前をそのままもらっている。ならば葉桜清楚も偉人の名前のはずだ。
彼女だけ名前に意味が無いはずがないかもしれない。もしかしたら名前の読み方を変換してみると意外な偉人が出てくるかもしれないのだ。
「例えば『葉桜清楚』という字の読み方を変えるとか英名にしてみるとか、名前を並び替えるとかね」
「なるほど」
「調べとくわ」
「助かるよ」
島津寮に戻る。
「ただいま戻ったぞ!!」
「おうおかえり!!」
紫が元気に島津寮の扉を開くと元気に翔一が返事を返してくれた。
「もう準備はできてる。あとは肉を焼くだけだぜ!!」
「うん分かった。早速焼こうか」
「それと客が来てるぜ」
「お客?」
「ああ。切島とまゆっちの妹がきてるんだ」
「切彦ちゃんが…と黛さんの妹?」
「ああ来てくれ」
居間に戻ると斬島切彦がいた。そして黛由紀江の妹もいた。何故か百代が彼女たちの間に入って両手に花状態。
「こ、こんにちわ」
「紅のお兄さん」
「こんにちわ」
読んでくれてありがとうございました。
次回からやっと切彦と沙也加ちゃんが加わります!!
登場キャラが多すぎてパンクしそうだ・・・次回からは少しコンパクトにするか。