妹がいましたが、またさらに妹が増えました。   作:御堂 明久

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ほとんど2日遅れですがあけおめです、御堂です!
30日辺りからノリで書きました新年ネタ。もう年明けた時なんかはとにかくテンションが上がってまして、見返してみると「何だこの文⋯⋯」って思うくらいに内容が荒ぶってました。それいつもと変わんないですわ。
そんな訳でちょっと雑な仕上がりですが、その辺りは脳内補完なり何なりして下さい(丸投げ)。では、どうぞー!




新年明けましておめでとうございます!

 

 

 

 

 

俺こと楠祐介は、毎度お馴染みのあらすじ空間にて椅子に腰掛け、ただひたすらにダラダラしていた。

太陽らしきモノはどこにも見当たらないにも関わらず、暖かな光が空間内に降り注ぐ。仮にも今は12月下旬だと言うのに、それをまったく感じさせない温もりに呑まれ、微睡みに身を任せてしまいそうになる。

 

 

「⋯⋯あー⋯⋯」

「⋯⋯クスノキくん、最近更新無かったからってダラけ過ぎじゃない?」

 

 

俺の対面に座っていた少女⋯⋯ボクっ娘大魔王こと柊伊織が、手にした文庫本に栞を挟みながら呆れた表情でそんなことを言ってくる。が、こればかりはどうしようもない。

 

 

「半年休んでりゃあ色々(たる)んでくるのは仕方ない⋯⋯大目に見てくれ、母さん」

「誰が母さんなのさ」

「ママ」

「呼び方の問題じゃないよ!」

 

 

あと、年頃の女の子をお母さん扱いとかデリカシー無いよ! と頬を膨らませてくる柊だが、それにいちいちマトモに取り合う気力すら湧いてこない。人間、長い休暇を与えられるとここまで堕落するんだなあ⋯⋯。

 

 

「まったく⋯⋯とにかく、そんな状態じゃ物語が更新されてもロクな映像撮れないし、そろそろシャキッとしてよね」

「えぇー」

「えー、じゃないよっ」

「もう良いだろ⋯⋯お前も一緒にダラけようぜ⋯⋯? で、お前がダラけてる様子を二万文字くらい描写して更新は終わりにしよう」

「誰が得するのさそんなの!?」

 

 

いや、世の中には美少女がただただダラけているだけの姿を見たいという人も少なからずいる。熟考するまでもなくニッチなジャンルであると分かるが、その層は必ず存在する。

⋯⋯まぁ、そんなことをコイツに言ってもしょうがないし、本当にそれだけってのも色々問題があるから、やらないけども。

 

 

「ほーらー、クスノキくんっ」

「分かった、分かったから袖を引っ張るな⋯⋯」

「分かったって言いながら全然足に力入ってないじゃん!? 重いよクスノキくん、自分の足で歩いてよ!」

「年頃の男の子に重いだなんてデリカシーに欠けていますわよ」

「急なキャラ変止めてくれる!? ほら、いい加減に⋯⋯!」

「あと5分寝かせて⋯⋯」

「5ヶ月以上寝てたでしょ!?」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

風が冷たい。

季節は冬となり、外の風景は夏に比べると幾分か色褪せているような気がする。いよいよ寒さに耐え難くなって一度身震いするも、時刻は既に午後の6時半になろうとしている。容赦無く吹きすさぶ冷風はその勢いを衰えさせるどころか強まるばかりだ。冬将軍様のスパルタっぷりに小一時間ほど抗議したい気持ちを抑えつけるように、俺はマフラーを少しキツめに巻き直した。

 

 

「⋯⋯なーんでこんなクソ寒い中、外出しないといけないんですかねぇ⋯⋯」

「外出って言っても、伊織さんの家まででしょ? 歩いていける距離なんだし、文句言わないのー」

「暑いよりかはマシです。頑張って下さい、お兄ちゃん」

 

 

俺が持っていた大きめのバッグを肩に掛け直し、地面を踏みしめつつ愚痴を漏らすと、俺を挟むように歩いていた二人の妹がそう返してきた。そんな二人も揃って白い息を吐いている。一応、寒いことは寒いようだ。

二人の様子に微笑ましいものを覚え、ちょっとした軽口が出てくる。

 

 

「詩音、飛鳥。寒いようなら俺が人肌で温めてやろうか」

「結構です!」

「お願いします!」

 

 

どちらがどちらの答えかは言うまでもない。

で、そんな俺たちの目的地についての話になるのだが⋯⋯。

 

 

「柊ン家で新年のカウントダウンパーティーねぇ⋯⋯アイツ、本当こういうの好きだよな」

「飛鳥は楽しそうだと思うなー。年明けも皆で過ごせるんだし、お兄ちゃんも嬉しいでしょ?」

「嬉しくない、とまでは言わないが⋯⋯泊まりになるっつってたしなあ⋯⋯」

「カウントダウンということは0時まで待機ですからね。それに、柊さんの性格だと初日の出も見に行こうと言い出すのは間違いないと思います」

「ちゃんと寝られるかなあ⋯⋯」

 

 

そう、今日は12月31日。大晦日である。

少し前に(アイツ)の提案で、大晦日は柊の家に皆で集まろうということになったのだが⋯⋯色々落ち着かないし、簡単に男を家に泊めようとしないで欲しいんですけど。まぁ、もう着替えとか諸々の荷物は持ってきちまったんだが⋯⋯と、そこで詩音がくいくいと俺の袖を引いてきた(かわいい)。

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん。そういえば私、柊さんの家は外観しか見たことがないのですが⋯⋯随分立派な家でしたよね?」

「ん、まぁ、そうだな」

 

 

柊が住む家は、家と言うよりは屋敷と言った方がしっくりくる外観をしている。以前詩音は温泉旅行の際に柊家の前まで来たことがあるが、中に入ったことは無いらしい。傍目からは妙に相性良く見える二人だが、意外だ。

そんなことを詩音に言ってみると。

 

 

「いや、実は前々から誘われてはいたのですが⋯⋯。一人であの柊さんの家を訪ねるとか、その、身の危険を感じるじゃないですか」

 

 

相性は良くても信頼関係の方ははまだまだらしい。でもその判断は英断だと言わざるを得ないね! だって柊だもん!

 

 

「で、柊の家の話に戻る訳だが。別にアイツの家自体は特別高額って訳じゃないぞ?」

「えっ?」

「確かに今でこそ豪邸にしか見えないが、元々アイツの家は少し大きい一軒家程度の大きさだったんだ」

 

 

そう、『元々』は。

 

 

「ただ、昔柊の奴がリフォーム作業にハマったことがあってな。土地とか材料の問題とかについては知らんが、三日くらいであんな感じになってた」

「あー⋯⋯飛鳥も初めて見た時は、伊織さんのお家が取り壊されちゃったかのかと思ったなあ⋯⋯」

「⋯⋯やっぱりあの人、人間を辞めているんじゃ⋯⋯」

 

 

何を今更。俺の記憶では中学の頃は今よりマトモだったような気もするが、もしかしたらあの頃から既に俺の感覚は狂い始めていたのかもしれない。

そんな感じで三人で他愛ない会話をしながら歩を進め、バス停の隣を通り過ぎようとした所で、俺たちと同じく服を着込み防寒具を纏った、見覚えのある二人がバスから降りてくるのが見えた。

 

 

「八雲、バ笠原」

「⋯⋯あ、楠くん」

「なあ、今しれっとオレが馬鹿扱いされなかったか?」

 

 

気のせいだ。

 

 

「⋯⋯こんにちは。楠くん、飛鳥ちゃん、詩音ちゃん。⋯⋯今日も寒いね」

「最高気温が一桁なんてのはこの時期になるとザラだしな。⋯⋯ミトン、似合ってるな」

「⋯⋯えへへ。ありがと」

 

「ぶ、ぶえぇっくしょいっ!」

「わあああっ!笠原さん、急に大きなくしゃみをするのはやめて下さい!」

「だって寒くてよぉ⋯⋯」

「⋯⋯笠原さん、そのコートの下って何着てます?」

「ランニングシャツ×1」

「やっぱりバ笠原さんじゃないですか!?」

 

 

同年代の少女たちと比べて身体の一部の発育の著しさに定評のある八雲千秋と、思考能力の欠如っぷりに定評のある笠原信二。先ほどまでのメンバーにこの二人が加わったことで一気に騒がしくなった。俺が把握している限りでは、これで主催者側を除く年越しパーティとやらの参加メンバーが全員揃ったことになる。⋯⋯まぁ、いつものメンバーだな。

 

 

「⋯⋯夕ご飯は伊織ちゃんの家が出してくれるって言ってたけど⋯⋯私、テーブルマナーとかよく知らない⋯⋯」

「多分、八雲が考えてるような格式高い食事じゃないと思うけどな⋯⋯。アイツの性格からすると」

「お? どういうことだ? 祐介」

「⋯⋯着いてからのお楽しみってことで」

 

 

そしてまたしばらく雑談混じりの移動が続き。

 

 

「⋯⋯着いたな」

「着いたね」

「着きましたね」

 

 

柊家に到着。

以前見た時よりまた更にその外観を変化させているようにも見えるが、こんなのを毎度気にしていてはヤツとは付き合っていられない。俺が先陣を切り、無言でインターフォンを鳴らした。ぴんぽーん。

すぐにすっかり聞き慣れた家主の声が聞こえてきた。

 

 

『はーい! クスノキくん?』

「あぁ。嫌々ながらに来てやったぞ」

『いちいちボクの心を抉ってくるのやめて! 大晦日もボクに会えて嬉しいでしょー?』

「⋯⋯あ、悪い、Yahooニュース見てた。何だって?」

『何でこのタイミングで!? っと、外寒いよね。今開けるから待っててー』

「了解」

 

 

通話が切れると共に妙に俺から距離をとって背後に立っていた詩音たちに首を向ける。

 

 

「今開けるってよ。⋯⋯何で皆そんな遠くにいんの?」

「いえ、柊さんならここら辺りで何かしらの罠を起動させてくるんじゃないかなー、と⋯⋯」

「インターフォン押したらパイが飛んできたりとかなー」

「待て! お前らは俺を盾にしようとしたのか!?」

「「「⋯⋯てへっ」」」

 

 

てへっ、じゃねぇ。

俺が頬を引き攣らせていると、ガチャッという音と共に家の扉が開き、その隙間からひょこっと部屋着姿の柊が顔を出してきた。何故か親指を立ててグッドサインを送ってきた。何なの。

 

 

「いらっしゃい皆! 着替えは忘れずに持ってきたかい? ささ、入って入ってー」

「「「ほっ⋯⋯」」」

「お前ら今ホッとしただろ。罠が無くて良かったって思っただろ」

 

 

俺のそんな問い掛けを華麗にスルーしつつ、ゾロゾロと流れるように柊家の中に入っていく一同。これから先、本当に何かしらの罠などに俺がかかったりしたら、必ず一人は道連れにしてやろうと心に決めた。

俺が最後に家の中に入り、扉を閉めた。そのままとりあえずはリビングに案内するということで、全員で廊下を歩き始めた。またか⋯⋯。

 

 

「さーて、まずは何するー?」

「何も考えていなかったのか⋯⋯」

「にゃ、にゃはは⋯⋯ぶっちゃけ、ボクとしては年越しの時は皆と過ごしたいなーと思ってただけだから⋯⋯」

「じゃあ、とりあえず夕飯にしませんか?」

 

 

そう提案したのは飛鳥だ。どうやら、さっきから隣で腹の虫を全力で鳴らしている笠原に配慮したらしい。ずっと地鳴りみたいな音がコイツから聞こえてくるなーとは思っていた。コイツは腹の虫まで筋肉質なのかもしれない。

 

 

「あー、そうだね。材料は用意してあるし、すぐに作っちゃうよ」

「⋯⋯あ、伊織ちゃんが作るの?」

「もちろんっ。最高の年越しそばを振る舞わせてもらうよ!」

「「「年越しそば」」」

 

 

やはりか。コイツは本当のパーティーなどで出されるような無駄に豪勢な料理よりはそういう⋯⋯誤解を恐れずに言うのならば、庶民的な料理を好む。俺の言葉や年越しということで薄々勘づいていたのだろう、詩音たちも大して驚いた様子は無い。

そんなこんなでリビングに着いた。昔も来たことはあるが相変わらず中々に広く、全体的には暖色が基調となっており、こざっぱりとしたリビングだ。フローリングの床にはクリーム色の暖かそうなカーペットが敷かれていた。柊は俺たちに適当に腰を下ろすよう勧め、自分は白黒のチェック柄のエプロンを身につけキッチンへと―――。

 

 

「お前一人で人数分作るのか」

「らくしょーだね。何? もしかしてボクのことが心配だったりするー?」

「うるせえ。⋯⋯お前に一方的な施しを受けると、いつ埒外の見返りを要求されるか分からんからな。俺も手伝う」

「えっ。あ、その⋯⋯ありがと」

「ん」

 

 

自分から焚きつけるような発言をしたクセに何故か戸惑ったような表情になる柊に続くように俺もキッチンへと入る。高校に入学してからは主に俺の家が溜まり場になっていたため、ここに入るのは割と久し振りな気がする。俺が過去の感覚を取り戻すようにキッチンを見回していると、柊が妙に頬を緩ませているのが目に入った。

 

 

「⋯⋯何。どしたん」

「い、いやー。何ていうか、高校生になって男女二人で共同作業とか、なんか気恥ずかしくならない? 何かこう、極端に言うと若年夫婦みたいな⋯⋯」

「なるほど、つまり私とお兄ちゃんは最早夫婦のような関係性という訳ですね。納得です」

「詩音ちゃん!? いつの間に!」

 

 

いつの間にか俺と柊の間に割り込むように、詩音がキッチンに立っていた。どこから取り出したのか薄ピンク色のエプロンも身につけており、完全に臨戦(調理)体勢だ。

 

 

「⋯⋯ふっ。お兄ちゃんの妻を名乗りたければ、私を倒してから行くことですね、柊さん!」

「な、なにぃ!?」

「キッチンで遊ぶな」

「「あうっ」」

 

 

突然芝居がかった様子で火花を散らし始めた二人の頭に軽く手刀を落とし注意する。何がしたいんだコイツらは。

この後、八雲たちも手伝いを申し出てきたが、これ以上増えてもキッチンが圧迫されてしまうのと、約一名劇物生成の恐れがあるのとで辞退してもらった。年越しそばは俺と柊、そして詩音の三人で調理することとなる。

 

 

「それで、材料は?」

「こちらに蕎麦(そば)粉を用意しております」

「「そこからぁ!?」」

 

 

流石にビビった。えらい気合いが入っている様子だったので、それなりに本格的なものを作る気なのかしらん、とは思っていたが、まさかそこまでとは。

 

 

「流石に私も、そんな段階から蕎麦を作ったことはないですね⋯⋯」

「俺もだ。手伝いを申し出たはいいが、序盤は柊に頼り切りになりそうだな⋯⋯」

「そう? ボクもここから作ったことはないんだけど」

「「何故蕎麦粉を用意した!」」

 

 

そば切り包丁やそば鉢を取り出しながらそんなことを言う柊に揃って声を上げる俺と詩音。どうしろってんだ。最悪、全員で汁に浸かった蕎麦粉を食べることになるぞ。

俺がそんな不安を口にすると、柊がフフーン!と言わんばかりの素敵な笑みを浮かべながら言ってきた。

 

 

「いいかいクスノキくん、詩音ちゃん。失敗は成功の元なんだぜ?」

「失敗するってか! この場では失敗するけど次に活かそうって言いたいのかお前は! お前ふざけんなよ、俺たちの本番は今夜だけなんだよ!」

「冗談冗談! レシピはちゃんと用意してあるし、このメンバーならそうそう失敗はしないでしょ、多分!」

 

 

言葉の最後に不安になるような単語付けるのやめて⋯⋯。

 

 

「まぁ、材料まで揃っているんですし使わないと損ですよね⋯⋯柊さん、レシピ見せて下さい」

「やだウチの妹ってば前向き。⋯⋯俺にも見せて」

 

 

釈然としないものを感じながらも一応レシピに目を通す。所要時間が結構長めになるようだが、まぁ、その辺は柊がいれば何とでもなるだろう。その気になれば時戻しでもクロックアップでもやってくれるはずだ。信頼してる。

そんな訳で不安要素だらけだが、調理開始。

 

 

「あ、天ぷらも並行して揚げるから」

「ハードだなぁオイ!」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「⋯⋯一発目より二発目、二発目よりも三発目が先に命中する。⋯⋯これが大晦日限定格ゲーテクニック、『あけおめコンボ』」

 

「ネーミングセンスがアレだとか何で大晦日限定なのかとか色々言いたいことはあるが、すげぇな千秋! これでオレの六連敗だ!」

 

「笠原さんのメンタルも中々凄いですね⋯⋯」

 

「⋯⋯以前楠くんの心を格ゲーでへし折っちゃったことがあるから⋯⋯手加減はしてるよ?」

 

「確かに両手人差し指だけしか使わなかったり、HPを五分の一の状態から始めてくれたりはしてますけど⋯⋯それでも勝てないって、やっぱり千秋さんゲーム上手いですね」

 

「オレも妹ちゃんも負けっぱなしだからなー」

 

「⋯⋯ふふん(誇らしげ)。⋯⋯でも、そろそろ対戦系は止めにしようか? なんか最近、伊織ちゃんがシューティングゲームを作ったって言っててね⋯⋯協力プレイも可能だし、難易度高めでやりごたえ抜群ってことだし⋯⋯やらない?」

 

「いいですね! ⋯⋯でも、その後はまた対戦です」

 

「だな。勝ち逃げはさせねぇぜ!」

 

「⋯⋯う、うん⋯⋯」

 

(⋯⋯わざと負けて納得してくれるような人たちじゃないからなあ⋯⋯頑張ろう)

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「げ、また千切れた。さっきの打ち粉を引き伸ばすのもそうだが、蕎麦を切るのってこんなに難しかったのか⋯⋯」

「いつもより多く切っておりますー♪(トトトトン)」

「慣れるの早ぇよ。本当にお前も初めてなのか⋯⋯?」

「これが才能か⋯⋯」

「うぜぇ」

 

 

調理開始からしばらくして。俺は初めての蕎麦作り体験に大いに苦戦しながらも、柊のアシストのおかげもあってか何とかそれっぽいものを作るのに成功していた。

 

 

「天ぷらももうすぐ揚がりますよー」

「おお、サンキュー詩音」

 

 

俺たちとは別に作業を進めていた詩音の声に反応して横を見ると、海老天とかき揚げを完成させ、ついでに刻んだネギをこちらに見せてくる彼女の姿が目に入った。流石はウチの自慢の義妹、手際が良い。

 

 

「っと。これでこっちも蕎麦は終わりか?」

「いや、まだ茹でてないでしょ」

 

 

危ねぇ。

ま、まぁ、天ぷらも揚げたてのまま汁にぶち込んでも熱すぎるかもだし、丁度良いだろう。良いってことにして。早々に鍋の中の湯を沸騰させ、蕎麦を投入。適度にほぐしながらさい箸を使って泳がせていく。

 

 

「随分不格好な蕎麦になっちまったな⋯⋯」

「ボクはほとんどミスしなかったけどね」

 

 

柊のドヤ顔がムカつく。

 

 

「大晦日だからってまさかここまで気合いを入れてくるとは思っていませんでしたよ⋯⋯」

「にゃはー、せっかくの大晦日だしね。いつもは出来ないようなことを、年納めってことでやってみたくなったのさ」

「その一つがお兄ちゃんとの共同作業と」

「それは想定外だったよ!? ホントに!」

 

 

横で柊と詩音が何か小声混じりで話しているが、もうすぐでいい感じに茹で上がりそうな蕎麦に意識が向き、話の内容までは頭に入ってこなかった。というか、火使ってる時に横でちょこまか動かないでくれます?

 

 

「ほい完成。とっとと汁にぶち込んで天ぷら乗せて持ってこうぜ」

「言い方がぞんざい過ぎて達成感なーい⋯⋯」

「お姉ちゃんたち、さっきから凄い盛り上がってますね? どんなゲームをやっているんでしょう」

「あー、あれはボクが作ったシューティングゲームだねー。声とか音響も全部ボクが担当したんだよ! 凄いでしょー」

「確かに凄いが⋯⋯何だろう、初めて見たハズのゲームなのに何故か既視感がある」

 

 

それどころかあのゲームをプレイしたかのような感覚もある。チートコマンドやら何やらの存在も⋯⋯いや、あまり詮索するのはよそう。嫌な予感しかしない。

俺は脳に投影される謎の記憶を振り払うように頭を数回振ると、お盆に年越しそばと箸を乗せ、詩音と分担して運ぶ。柊には飲み物の調達を頼んだ。そのままリビングの中央に置かれたテーブルにそばを並べ、コントローラーを握って白熱した闘いを繰り広げている様子の八雲たちに声を掛けた。

 

 

「おう、年越しそば出来たぞ」

「おおっ! 待ち詫びたぜ!」

「⋯⋯わぁ」

「美味しそうですね!」

 

 

思い思いの感想を述べる三人。ちなみに、彼女たちの背後にある薄型テレビには、敵にやられてしまったのだろうか、ボロボロになって倒れ伏す彼女たちのキャラクターの姿が映し出されていた。い、良い所で声掛けちゃってゴメンね⋯⋯?

 

 

「暖かいお茶も持ってきたよー。じゃあ、食べようかっ」

「「「はーい」」」

 

 

柊の言葉に従い、各々が席に着く。ちなみにこの時に八雲はテレビ画面に映し出された惨状に気付き、この世の終わりのような表情をしていた。いや、ゴメンて⋯⋯。

 

 

「それじゃクスノキくん、挨拶よろしくー」

「はい皆様手を合わせていただきます」

「「「いただきまーす!」」」

「あっさりー」

 

 

ただの食事の挨拶に何を期待していたんだ。

何故か不服そうな柊に呆れつつ箸を取り、もうもうと湯気を噴き出している器の中のそばを啜る。うん、これは⋯⋯。

 

 

「うめぇ」

「⋯⋯すっごい美味しいね、これ。⋯⋯何か隠し味とか使ったりしたの?」

「特別なことはしていないつもりでしたが⋯⋯。いや、蕎麦粉から作ったんですから特別と言えば特別なような気も」

 

 

麺のコシもしっかりしているし、出汁もやたらと美味い。海老の天ぷらにも手をつけてみると、衣のサクっとした歯応えと海老の弾力のある食感が実にマッチしていた。要はこれもまた美味い。語彙力が微妙に低下するくらいには美味い。

俺を始めとした全員が年越しそばの予想以上の出来栄えに驚いていると、柊が。

 

 

「ふっふっふ⋯⋯美味しいのは当たり前だよ。だって、ボクたち三人が心を込めて一生懸命作った料理なんだからね! 愛情は空腹にも勝る最高のスパイスってことさ!」

「飛鳥も、いつも料理は一生懸命作ってるつもりなんですけどね⋯⋯」

「おい柊、飛鳥をいじめるのは止めろ!」

「ご、ごめん! ていうかこれ、ボクが悪いのかな!?」

 

 

柊の突然の不意打ちを受け、飛鳥が急速に荒んだオーラをまとい出した。ウチの妹に何の恨みがあるんですか! 彼女だって頑張ってるんですよ! 作り出す料理はこの世のものとは思えないけれど、頑張ってるんですよ!

 

 

「まあ、愛情が最高のスパイスとかいう柊の妙に恥ずかしい台詞はともかく」

「は、恥ずかしくないですー! 普通ですー!」

「これからどうすんの? 後は風呂入って0時になったら軽く騒いで寝るだけだろ?」

「祐介、もう少し言い方考えようぜ⋯⋯」

 

 

笠原に哀れむような表情でそう窘められた。なぜ。

 

 

「⋯⋯けど、確かにまだ0時までは時間はあるし⋯⋯手持ち無沙汰だね」

「意外ですね? てっきり八雲さんならゲームをして時間を潰そうとか言い出すのではと思ってましたが」

「⋯⋯もう、この家にあるのは全部クリアしたから」

「あの、パッと見でも10本以上ソフトがあるように見えるのですが⋯⋯?」

 

 

甘い。八雲は以前俺とゲームクリアまでのタイムを競っていた際に、ゲームの処理能力を上回る速度で操作を行ってエラーを誘発させたことがあるほどの化け物なのだ。なぜ神は稀代の美少女にそんな人外じみたゲームの腕を与えたのか、疑問は尽きない。

 

 

「んー、どうします? 伊織さん」

「ふっふー、任せて飛鳥ちゃん。こんなこともあろうかと、色々用意しておいたのさ!」

 

 

柊はそう言うと着ていた部屋着のポケットからツイスターゲームのシートやカルタ、双六などを取り出した。物理法則については最早誰も気にしていない様子なので、俺も追及しないことにした。

0時まではこれらで遊ぼうと言いたいのだろう。

 

 

「おお、メチャクチャ揃ってんな!」

「流石は伊織さんですね!」

「へへー。それでー、ボクのオススメはこれカナ?」

 

 

飛鳥と笠原の言葉に気を良くした柊は、そのまま1つの機器を取り出してきた。DVDプレイヤーを分厚くしたような大きな機械と操作パネルのような端末、そしてマイク。これは⋯⋯。

 

 

「カラオケセット、か?」

「そうだよー。いやさ、今って紅白歌合戦とかやってる訳だし、ボクたちも年越しのその瞬間まで歌い尽くしてやろうぜー、ってね!」

「⋯⋯近所迷惑じゃない?」

「この日のために家中に防音対策を施したから大丈夫だよ! 計算では家の中で花火を打ち上げても音は漏れないね」

「屋根は弾け飛ぶだろうがな⋯⋯」

「相変わらず抜かりないですね⋯⋯」

 

 

柊の用意周到さに頬を引き攣らせるが、飛鳥たちアクティブ勢は既にかなり乗り気のように見える。比較的俺と趣味嗜好の合う詩音と八雲にどう思う? という風に視線を向けてみると、二人ともこくりと小さく頷いた。異存は無いらしい。

 

 

「で、で、どうかな? クスノキくんっ」

「え、何で俺に聞くのん? ⋯⋯まあ、良いんじゃないすかね」

「じゃあ決まりだねっ。カラオケで一番いい点数取った人が誰かに何でも命令を1つ聞かせることが出来るってことで! この機種、採点厳しくて60点とかザラだから気合い入れてねー」

「「面白いじゃないか!」」

「「「待て、それは聞いていないぞ(ませんが、ないよ)!?」」」

 

 

アウトドアコンビが不敵な笑みと共に放った言葉に続くように、我等インドア三銃士の悲痛な叫びが響く。もうそういうのはいつぞやかの王様ゲームで懲りてんだよ! 普通に歌うだけで良いじゃん! 絶対俺が酷い目に遭う予感しかしないんですけど!

 

 

「まぁまぁ、勝てば良いんだから。トップバッターは誰にするー?」

「く、くそ⋯⋯。コイツの言うことなんぞ真に受けず、もっと詳細を聞いておくべきだったか⋯⋯!」

「⋯⋯こうなったら仕方ないね。⋯⋯後から歌うのは少し恥ずかしいし、最初は私が歌うよ」

 

 

俺が契約書をよく見ずにサインをした挙句に詐欺に遭ったような気持ちになっていると、横に座っていた八雲が苦笑しつつ立ち上がり、柊からマイクを受け取った。何やかんやそれなりに乗り気ではあるようだ。

⋯⋯そういやこのメンバーでカラオケに言ったことって無いな。八雲もそうだが、他のメンバーの歌声もほぼ未知数と言っても良い。一体どんな歌声を披露してくれるのか。

 

 

「んじゃ、最初はちーちゃんね! この操作パネルで曲を選んでくれる?」

「⋯⋯ん」

 

 

あらかじめ歌う曲は決めていたのか、流れるようにパネルに指を滑らせ、マイクを握る八雲。しばらくすると曲が流れ出した。大人気歌手が歌う有名なJ-POP⋯⋯正直意外だ。てっきりもう少し大人しめの曲をチョイスするかと。

そこでイントロが終わり、八雲が口を開いた。

 

 

「――――♪」

「「「おぉっ」」」

 

 

上手い。

八雲は元々そこまで声量のある方ではないが、透明感のある声が耳に心地良い。歌声もさることながら、微笑を浮かべつつ伸びやかに歌う八雲の姿はさながら平成の歌姫。これはビジュアル点も加算するべきですね⋯⋯。

 

 

「―――あの日のように”好きだよ”って⋯⋯。⋯⋯えっと、はい。ありがとうございました」

「「「ふぅー!(パチパチパチ)」」」

「八雲、メチャクチャ歌上手いな⋯⋯」

「⋯⋯あ、あまり褒めないで⋯⋯」

 

 

歌が終わった後に万雷の拍手を受けたことで照れ臭くなったのか、頬を朱に染めて俯く八雲。うーむ、これは校内にファンクラブが出来ているのも頷ける。

 

 

「得点は89点! この機種でこの曲だと平均は⋯⋯68点くらいみたいだね」

「えぇ⋯⋯辛口すぎない?」

「音程、感情表現共に非常に高いレベルだったって! 流石ちーちゃんだね!」

「まぁ、確かに上手かったけどね?」

 

 

さて、次は。

 

 

「では、次は私⋯⋯と、お姉ちゃんがいきます!」

「姉妹デュエットだね!」

 

 

詩音と飛鳥が同時に席を立ち、何やら妙にカッコいいポーズを取り出した。もうやだ何しても可愛い。

 

 

「お? 二人で歌うのも良いのか?」

「まあ、命令権は二人で1つってことになるけどね」

「合わせるのにも苦労するだろうし、デメリットがメリットに見合ってないように思えるんだが。大丈夫なのか?」

 

 

それとも楽しむだけで勝つ気は無いのか⋯⋯そう二人に問うてみる。

 

 

「ふっ、愚問ですねお兄ちゃん。確かに常人ならば息が合わず、得点が伸びなくなってしまうかもしれません」

「でも、飛鳥たち姉妹なら相性は抜群! 得点は倍々チャンス確定だよ!」

「お、おう⋯⋯」

 

 

大した自信だが⋯⋯。そのまま二人は仲良く並びながら曲を選んでいく。「これなんてどうですか?」「あっ、いいね? これとかも良いんじゃない?」「迷いますね⋯⋯」ああ、俺もあの中で妹たちと仲睦まじく曲選びしたい⋯⋯。別に歌いたい訳でもないけれど、曲選びだけしたい⋯⋯。

そんなこんなで曲が決まったようだ。二人がマイクを手にする。

 

 

「いきますよお姉ちゃん!」

「了解だよ詩音ちゃん!」

「「ドラえ〇んのうた!」」

 

 

どんな経緯でその歌が選ばれたんだ。

 

 

「「あんなこっといいなー、でっきたっらいいなー♪」」

 

 

だがアホ程上手い。さっきの八雲に匹敵するレベルだぞ。

 

 

「アンアンアン、とっても大好き、おにいーちゃんー♪」

「ドラえ⋯⋯えぇっ!? 詩音ちゃん!?」

 

 

上手いと思ってたら突然歌詞改変してるし。 相性抜群とか言ってた割には横の飛鳥さんが困惑してますけど! 詩音さんは物凄く気持ち良さそうに歌ってますけど、デュエットとしてはボロボロですよ!

そして曲が終わり⋯⋯。

 

 

「完璧でしたね!」

「そうかなあ! ⋯⋯伊織さん、点数は?」

「な、79点」

「馬鹿な!?」

「当たり前だよー!」

 

 

いや、あれだけはっちゃけたのとカラオケ機器の異様な辛口採点を加味すればこれでも充分凄いとは思うが⋯⋯。

大トリってのはプレッシャーあるし、そろそろ俺が歌ってみるか⋯⋯? と思ったところ。

 

 

「じゃ、次はボクが歌うよ」

「ああ、この野郎⋯⋯」

「およ? クスノキくん歌いたかったー? へへ、何ならボクとデュエットでも組む?」

「いや、それは遠慮す、る⋯⋯?」

 

 

いや、待てよ?

コイツはさっきデュエットした場合、命令権は二人で1つと言ったな? まず間違いなく、柊が命令権を得た場合は俺に何らかの被害が及ぶのは目に見えている。

つまり俺がコイツとデュエットを組んだ場合、万が一得点でトップを勝ち取っても二人で命令内容を摺り合わせを行うことが出来る、そもそも相方に命令出来るかどうかも未知数な訳で⋯⋯。

 

 

(柊とデュエットを組んだ場合、コイツという最大の障害を未然に潰すことが出来るということか!)

 

 

その考えに辿り着いてからの俺の行動は迅速だった。

 

 

「ああ、最初から俺はお前と歌いたいと思っていたんだ。よろしく頼むぜ、柊」

「ふぇっ!?」

「お兄ちゃん!?」

 

 

柊の手を握りながら精一杯の優しい声で彼女にそう語りかける。企みを悟られるな。今の俺はただ美少女と一緒に歌いたいと願う純朴な少年だ。

 

 

「え、その、そんなストレートに来られると」

「はっはっは、何を照れる必要があるんだ? 俺たちは長年連れ添ってきた、最早相棒同士のような関係じゃないか」

「⋯⋯何か企んでるね?」

 

 

馬鹿な! 二言喋っただけで看破されただと!?

 

 

「まあ、良いけどね。⋯⋯ふふ、デュエットかぁ」

「お、お兄ちゃん! 次は私! 次は私とも歌ってくださいよ!? 柊さんだけずるいです!」

「お、おう。分かったから少し落ち着け」

 

 

荒ぶる義妹を宥めながら、柊が持つ操作パネルに目を向ける。流れで決めたは良いが、誰かと歌を歌った経験などほとんどない。一体どういう曲が良いのだろうか。

 

 

「クスノキくん、クスノキくん。これなんてどう?」

「んぁ? ⋯⋯あー、これは知ってるな」

「クスノキくんいつもアニソンばかり聞いてるから、こういうデュエット曲ともなるとかなり種類が限られてくるよねえ」

「悪いな、譲歩しろ」

「何でそんな上から目線なのさ」

 

 

ちょっとした掛け合いをしながら曲を選んでいく。と言っても、基本は柊が曲を選択し、それを俺が歌えるかどうかを判断していくという流れだ。いやー、足でまといですみません。得点下がっちゃうかもな! ハハッ!

 

 

「うん、この曲で良いかな。頑張ろうね、クスノキくんっ」

「ん、ああ。一応頑張る」

「もし得点稼げなくても、気にしなくて良いからっ。⋯⋯二人で楽しく、歌おうね?」

「⋯⋯おう」

 

 

何だお前、急にそんな純粋な瞳で見てくるんじゃないよ。じわじわ罪悪感が湧いてきちゃったじゃんか。

⋯⋯まあ、本気出したとしても高得点が狙える訳でもないし? わざわざ手を抜く必要もないかな⋯⋯。

 

そんな訳で選ばれた曲は『打ち上げ花火』。真冬に歌うような曲ではないような気もするが、TVとかでも頻繁に流れていた分、俺でもそれなりに歌えるということが判明したため選抜された。二番以降は気合いで歌うしかないですね⋯⋯。

 

⋯⋯頑張ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「―――パッと光って咲いたー、 花火を見ていたー、きっとまだ、終わらない夏がー♪」」

「「おおー」」

「すげぇな祐介、伊織! デュエットなのにメチャクチャうめぇぞ!」

「笠原さん、こっち見ながら言うのやめてくださいよ!」

 

 

笠原と飛鳥が騒がしい。

外野の妨害によって気が散りそうになるが、意外と脳が曲を覚えていたようでスラスラと歌詞が口から出てくる。

柊の明るいながらもどこか気品のある歌声が耳に届き、チラと隣に視線を向けてみた。目が合った。慌てて目を逸らし⋯⋯再び目が合う。今度は逸らすまで少し間が空いた。歌うのは止めない。

曲が進むにつれて、何となく気分が高揚していった。そのせいか終盤の記憶が少し曖昧なのだが⋯⋯曲が止まった時、俺と柊の視線は交わったままだったのは覚えている。

 

 

 

 

「「―――フィニッシュ!」」

 

 

曲が終わり、二人揃って勢い良くマイクを降ろす。何か結構マジになって歌ってしまったが、まあ、命令権云々のことは後で考えよう! さあ、得点は⋯⋯!?

 

 

「えっと、お兄ちゃんと伊織さんの得点⋯⋯70点!」

「ひっく! 嘘だろ、機械ぶっ壊れてんじゃねぇのか?」

「んー、クスノキくん二番の歌詞とかちょいちょい間違えてたし、音程もズレてたからね⋯⋯」

「お兄ちゃん、モニターに歌詞映ってたのに何で見なかったの⋯⋯?」

 

 

だってその時は気分が乗っちゃって、ほとんどノリで歌ってたし⋯⋯。やはり勢いだけではどうにもならないこともあるようだ。無念。

 

 

「でも⋯⋯楽しかったね?」

「⋯⋯まぁな」

 

 

柊の苦笑混じりの言葉に仏頂面で頷く。楽しかったのは事実だし、これで俺たちのペアが命令権を得ることは無くなり、柊のぶっ飛んだ命令によって俺の人権が侵害されることもないだろう。だけど何か⋯⋯うーん。

とりあえず、後歌っていないのは笠原だけなのだが。

 

 

「笠原歌う必要ある? どう考えてもコイツが八雲より歌上手いとかないだろ」

「ひでえ! オレにも歌わせてくれよ!」

「無駄な尺使いたくないんだよコッチは。もう歌ってる最中の描写とかしないからね? 得点だけ描写するから」

「オレの扱いが悪すぎねぇか!?」

 

 

常識的に、そしてキャラ的に考えてお前のその筋肉から美声が出てくるとかありえないだろ。描写の無駄だしスキップスキップ。

 

 

 

〜 笠原熱唱中 〜

 

 

 

「―――♪ ⋯⋯っと。終わり! どうだ!?」

「⋯⋯か、カサハラくん、99点!」

「んだとぉ!?」

「ぐす⋯⋯っ。まさか、笠原さんの歌声がこんなに心に響くなん、て⋯⋯ひっく」

「か、カッコ良かったですよ笠原さん! 正直音痴キャラを予想してました、ごめんなさいっ!」

「⋯⋯すごい良い声、だったね」

 

 

死ぬ程上手かった。

何だあの高校生離れした美声。99点て、この機種は辛口採点じゃなかったんですか。『もしかして本職の方ですか? 涙腺にきました』ってカラオケセットさんベタ褒めじゃないすか。でも貴方涙腺は無いよね。今更ながら描写をサボったことが悔やまれる。まさか笠原にこんな才能があったとは。

⋯⋯とにかく、これでこの中の誰にでも命令を下せるという恐ろしい権利は笠原に渡ったことになる。笠原は天然馬鹿ではあるが、基本的に俺の味方だし柊並に思考がぶっ飛んでいるという訳でも無い。安心していいとは思うが「じゃー命令な! 今日から祐介は伊織のことを名前で呼ぶこと! 以上!」は?

 

 

「⋯⋯お、おい、笠原? お前今何て⋯⋯」

「や、お前らって中学から一緒なのに何か素っ気無いだろー? やっぱり、こういう小さな所から変えることで仲ってのは深まっていくと思うんだよな」

「お前みたいにポンポン女子を名前呼び出来るほどの度胸を持ってねぇんだよ、俺は!」

 

 

いや、それでも柊とかに実行不可能なレベルの難題を押しつけられるよりかは楽と考えた方が良いのか⋯⋯? というか、結局俺がターゲットになってんじゃねぇか。俺が悩んでいると。

 

 

「ま、まあまあクスノキくん。命令だから仕方ないね! 頑張ってね!」

「⋯⋯あ。じゃあ伊織も祐介のことは名前呼びで」

「えぇえっ!?」

「す、凄い笠原さん。遠慮とかそういうのが全然無い!仲良くなって欲しいっていう純粋な思いからなんだろうけど⋯⋯」

「⋯⋯まあ、それも笠原くんの美徳と言えば美徳なんだけどね」

 

 

ちょっと待ってくれ。こんなんだったら柊に命令権を与えた方が絶対マシだった。しかもこの命令って永続なの?

 

 

「デュエットのみならず名前呼び、ですって⋯⋯!? お兄ちゃん、だったら私のことも名前で!」

「いや、お前は最初から名前で呼んでるだろ、詩音」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

あれからまたしばらく全員で歌い続け、命令権の奪い合いが勃発したが⋯⋯大体笠原や八雲が命令権をかっさらっていってしまい、俺に下された命令を撤回することは出来なかった。同じような命令を下された柊にも期待していたのだが⋯⋯何故かずっと心ここにあらずといった様子で、歌の方もボロボロになっていた。何してんだ柊ァ!

 

⋯⋯で、今は年越しカウントダウンの前に入っちゃおう! ということで全員が交代で風呂に入ることになっている。最初は男子二人が風呂に入った後に一度水を抜き(ここ少しつらい)、再度湯を沸かした後に女子勢が入浴を開始するようだ。笠原は既に入浴を終え、今は俺が風呂に入り湯船に体を沈めていた。

 

 

「⋯⋯名前呼びか⋯⋯」

 

 

もしかしたら最近の高校生にとって、異性を名前で呼ぶことなど大したことでもないのかもしれない。中学からの同級生、それに他の友人たちと一緒とはいえ、こうして家に泊まりに行くような関係だ。少しくらい親しげな呼び方をしても不自然ではないのだろうか。

 

 

「⋯⋯い、伊織。⋯⋯ぬあああ! 何かこう、ムズムズする! 面倒臭ぇ、もう一度カラオケ勝負吹っ掛けて命令破棄を狙ってみるか⋯⋯!?」

 

 

湯船の中で悶える男子高校生の図。誰も得しない酷い画だと自分でも思う。

俺がそんな気持ち悪い感じで湯に浸かっていると。

 

 

「ゆ⋯⋯っ。クスノキくん、まだー?」

「い⋯⋯っ。柊か。ああ、もう出るから⋯⋯」

「「⋯⋯⋯⋯」」

 

 

家主としての役割なのか、柊が俺を呼びに来た。備え付けの時計に目を向けると、俺が入浴してから既に20分が経過している。本来の俺ならもう少し浸かっていても良いくらいなのだが、後ろにはまだ女子が四人も控えている。早めに出るに越したことはないだろう。⋯⋯というか。

 

 

「おい『お前』、ちゃんと笠原の命令に従えよ。自分が定めたルールに背くとか恥ずかしくないの?」

「『キミ』が言えたことでもないと思うけどねー」

「「⋯⋯⋯⋯」」

「いお⋯⋯っ!」「ゆう⋯⋯っ!」

 

 

むせた。

勢いづけてお互いの名前を呼ぼうとした俺たちは同時に咳き込む。ただ名前を呼ぶだけなのに、俺たちは何をしているんだ⋯⋯?

 

 

「そ、そういえば柊。今更だけど親御さんはどこにいるんだ? さっきから姿が見当たらないが」

「えっ? あ、あー。あの二人ならデートだよ。何か、お母さんが今年の年越しは友達と過ごしてみたらどう?って。今年は期待してるわよ!って言われたけど⋯⋯何が言いたかったんだろうね?」

「⋯⋯さあ」

 

 

柊母め、俺にはその言葉の意図が分かるぞ。子の性格形成にも親が大きく関わってくるというが、流石は大魔王の親といったところか。

⋯⋯それはともかく。

 

 

「柊、流石にこの命令は無理がある。今までずっと名字に呼び合ってきたのに、それを急に名前呼びに変えろと言われても」

「だ、だよね! そうだよね! 後で笠原くんに頼んで撤回してもらおう! ⋯⋯早めに出てね?」

 

 

あなたがいるから出るに出られないんです。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

それから再び時間が経ち。

全員が入浴を終え、後はもうすぐ訪れる年越しの瞬間を待つのみとなった訳だが⋯⋯。

 

 

「駄目だぞ」

「何でだよ。別に良いだろ、名前呼びなんて大したことない命令なんて破棄しても」

「大したことないんだから遂行も簡単だろ」

「ぐっ⋯⋯」

 

 

俺は柊を名前で呼べ―――その命令を破棄させるための笠原の説得に苦戦していた。何だコイツ、なぜ今夜に限ってこんなに頑固なんだ。

 

 

「⋯⋯笠原、もしかして誰かに入れ知恵されたか?」

「何のことだ祐介。別にオレは実妹ちゃんに『軽めでも良いので、お兄ちゃんと伊織さんの仲を取り持つような命令をよろしくですっ』とか言われてないぞ」

「飛鳥ぁ!?」

「笠原さん! そのことは言わないで下さいって言ったじゃないですか!」

 

 

馬鹿め! 笠原の頭で二つ以上のお願いを完全に記憶出来る訳が無いだろう!

 

 

「も、もう! お兄ちゃんったら往生際が悪いよ! ちょっと名前で呼ぶだけじゃん! 伊織ちゃんって!」

「ちゃん付けとか出来る訳ないでしょうが! こういうのって人に促されると余計恥ずかしいんだよ!」

 

 

俺と飛鳥がそんな言い争いをしている間に。

 

 

「良いですか柊さん。私ですらお兄ちゃんのことは名前で呼んだことは無いのです。名前呼びが嫌だと言うのならば丁度いいですし、まずは『お兄ちゃん』からにしましょう」

「あ、あの、詩音ちゃん? 正直同級生をお兄ちゃんって呼ぶのは名前呼びよりもハードルが高いんじゃ⋯⋯?」

「⋯⋯お兄ちゃん」

「ちーちゃん⋯⋯?」

 

 

柊も柊で周囲からの謎の圧力に晒されているようだった。何してんだあいつら⋯⋯。

 

 

「まあ、そんなこと気にしてても仕方ねーだろ! ほら祐介、もうすぐ0時だ! 2018年が来るぞ!」

「命令を出したお前がそんなこと呼ばわりかよ。⋯⋯ったく、何で年越しってだけでそんなテンションを上げられるのやら⋯⋯」

 

 

途中で秘密を隠し通すのも飽きてきたのだろうか、笠原のそんな言葉に溜め息を吐きながらそう応える。もう、俺たちだけがこんな意識しているのがアホらしくなってきた。どうせその場のノリで下された命令だ、有耶無耶になるのも早いだろう。そう考えると気が楽になった。我ながら単純。

時計を見ると、時刻は0時の五分前。柊たちもそれに気付いたのか、ソワソワした様子で乾杯用に用意したというグラスを並べ始めた。飲み物はシャンメリーを使うらしい。形から入るその姿勢は素晴らしいと思います。

 

 

「ささ、カウントダウン開始だよ! 新年まであと4分27秒、4分26秒⋯⋯!」

「気が早ぇよ。10秒くらいからで良いだろ」

「4分25秒、24秒⋯⋯! ほらほら、お兄ちゃん!」

「だから早いって!」

 

 

段々深夜テンション的な状態に突入してきているのか、柊と飛鳥のはしゃぎっぷりがヤバい。柊なんてさっきまではどことなくしおらしく可愛らしい感じがしていたのに、すっかり元通りだ。あの頃の彼女にもどして。

そんなこんなで残り3分。

 

 

「もうすぐで今年も終わりですか⋯⋯」

「⋯⋯毎年のことだけど、感慨深いね⋯⋯」

「クリスマスとかはまだ平日って感じがするんだけどな」

 

 

俺、詩音、八雲の三人はいつも通りの調子でそんなことを話していく。というか、俺の隣に座る健康優良児の八雲さんは既に眠そうだ。表情からしてうつらうつらとしているし、風呂上がりに着た部屋着の胸元が緩んで白い双丘が覗いていぶふっ(鼻血)。

 

 

「おおっ!? だ、大丈夫か祐介!」

「心配はいらない。⋯⋯お前はこっちを見るな。この光景は俺だけのものだ⋯⋯」

「な、何のことだ」

「お兄ちゃん⋯⋯?」

「ぺったん⋯⋯もとい詩音さんもこちらは見ない方があっあっ、何で関節極めるんですか詩音さん、まさか気付いて痛ててて!」

 

 

残り1分。

 

 

「飛鳥ちゃんカサハラくん! クラッカー持ってきたよ!」

「流石は伊織さん! 盛大に鳴らしましょう!」

「やっぱりこういうのがあるとテンション上がるな! ほら、祐介たちも!」

「⋯⋯でかくね?」

「この形状、クラッカーというよりバズーカのような印象を受けるのですが⋯⋯」

「⋯⋯重い」

 

 

残り―――。

 

 

「クスノキくんクスノキくんっ、カウントダウン!」

「えぇ、俺がやるの⋯⋯? あー⋯⋯皆様グラスの用意をお願い致します。2018年まで、10、9、8⋯⋯」

「「「ななー! ろくー! ごー! よーん!」」」

 

 

年が、明ける。

 

 

「さーん、にー、いーち⋯⋯ゼロ。明けま「「「明けましておめでとー! はっぴーにゅーいやー!(パパパパン)」」」⋯⋯クラッカーがうるせえ」

 

 

時計が0時を指した途端、アウトドア三人衆は勿論のこと、詩音と八雲も満面の笑みでそう言ってバズーカ⋯⋯ではなくクラッカーを鳴らした。しかも何故か全員が俺の頭上に向かって撃ち放ったため、紙テープやら紙吹雪やらがメチャクチャ俺に降り掛かってくる。お前ら俺に何か恨みでもあるのか。

 

 

「ひゃっはー! めでたいねめでたいね! 今夜は飲み明かそー! シャンメリーだけど」

「わーい! ⋯⋯けへっ! こほっ!」

「お姉ちゃん、少しは落ち着いて飲んで下さい⋯⋯」

「げふごっほ! ごっふぶるるぁ!」

「⋯⋯豪快な咳だね、笠原くん。ほら、深呼吸⋯⋯」

 

 

そしてどんちゃん騒ぎがピークに達する。笠原や飛鳥がシャンメリーを一息で煽ってむせ返り、それを詩音と八雲が介抱する。柊に至ってはアルコールが入っていないにも関わらず、酔っているかのように顔が赤い。雰囲気に酔うってこういうことを言うんだな⋯⋯。

 

 

「えへへー、クッスノッキく〜ん♪」

「うわあ⋯⋯絡み酒かよお前ぇ⋯⋯」

 

 

そんなへべれけ状態の柊が俺の身体へとしなだれかかってきた。鬱陶しい⋯⋯。将来酒が飲める年になってもコイツとは飲みたくねぇな⋯⋯。

 

 

「ほら、とっととあの中に戻って騒いでこい⋯⋯」

「ふふー。ボクねー、今すっごく楽しいよ〜」

「あぁ、そう⋯⋯」

 

 

それは見れば分かる。

 

 

「こうやって皆と一緒に年を越したりするのって初めてなんだよね〜。⋯⋯えへへ、また集まりたい、ね」

「⋯⋯ああ」

 

 

⋯⋯こうして二人で話していると、何とも言い難い気持ちになるのは何故だろうか。中学の頃から仲良くなったのかどうかよく分からんまま付き合ってきて、何の因果か、高校まで一緒になって⋯⋯今ではこうして、彼女の家で共に年越しを迎えている。

 

 

「なあ、柊」

「ん〜?」

「もしこの先俺たちが卒業して、大学とか職場が別々になっても⋯⋯俺たちは、友達でいられると思うか?」

「⋯⋯何で?」

「⋯⋯あ、いや、何でもない。俺も少し雰囲気に酔い始めてんのかもな。はは⋯⋯シャンメリー飲もう」

 

 

何らしくないことを言ってんだ俺は。

こんなこと、こんな酔っ払い(ノンアルコール)に言ったって何にもならないだろうに⋯⋯。

と、そこで俺の肩に頭を乗せたままグラスを傾けていた柊がぽつりと呟いた。

 

 

「友達だよ」

「あん?」

「ボクとクスノキくんは、ずっと友達。⋯⋯そ、それ以上の関係でもボクは別に構わないんだけど⋯⋯縁が切れたりするなんてことは、絶対無いよ」

「⋯⋯そっか」

 

 

柊のそんな言葉に俺もまた、小声でそう返した。すると彼女はおもむろに立ち上がり、気のせいか先程よりも更に赤みが増した顔をこちらに向けて微笑んだ。

 

 

「だから―――今年もよろしくね? ()()()()

「⋯⋯あ!? ちょ、柊!?」

「ふぅー! 今年初パーティーだー! 飛鳥ちゃん飛鳥ちゃん! このまま初日の出見に行こうぜー!」

「あ、いいですねー!」

「⋯⋯まだ日の出までは長いんだけど⋯⋯」

 

 

しれっと衝撃発言を残していった柊はそのまま飛鳥たちの下へと走り去っていく。相変わらず無駄に足速ぇ! 何なのアイツ、もう陸上部に入れよ何で帰宅部なんだよ!

 

 

「⋯⋯ったく⋯⋯」

 

 

アイツはいつになっても俺を翻弄してくれる⋯⋯。

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん! こっちに来てお話しましょう?」

「ん、了解。⋯⋯今行く!」

 

 

もう色々知るか。

俺は詩音の呼びかけに応えて立ち上がり、彼女の下へと歩いていく。

 

 

その際に柊とすれ違い―――。

 

 

 

 

 

 

 

「今年もよろしく。⋯⋯伊織」

 

「んっ。よろしくね」

 

 

 




いかがでしたか?
いや、本来なら1月1日の0時とかに上げたかったんですが、その時に書き上げるのがどうにも出来なくて。⋯⋯前もって書き上げておいて、それを時間指定して投稿すれば良かったんじゃね? とはこれを書き終わってから気付いたことなんです。無念。
ま、まあ、今回はこの辺りで!ありがとうございました! 感想待ってます! そして、今年もよろしくお願いします!

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