期末試験までいよいよ時間が無くなってきたので今回は短めの夏祭り編をお送り致します。現実の僕の友人に、勉強を教えてくれる万能ボクっ娘クラスメイトはいないのです。無念。
さてさて、順当に三次元に絶望しつつ。······どうぞ!
ドーン、と。
空から大きな音が響き、鼓膜を揺さぶった。
光の筋が虚空に放たれたと思えば、それは間も無く大輪の花を宵の空に咲かせる。
綺麗だ。あぁ、とても綺麗なのだ。
だが、今の俺には、そんな美しいとも言える打ち上げ花火の音がほとんど耳に入って来ない。
目の前の少女は今まで見せたことのない––––––見ていると不思議な切なさを覚えるような表情で。
「ね、クスノキくん」
「··················」
「ボクね––––––キミのことが好きなんだ」
◆ ◆ ◆
場所は俺こと楠祐介が通う高校。
その高校の放課後の教室にて柊伊織がとある提案をし、八雲千秋と笠原信二がそれに同意を示した。すなわち、
「夏祭りに行こう」
「賛成だ、行こうぜ祐介」
「······行こっか、楠くん」
「おい待て、何故三人揃って俺の方に視線を向ける。何故俺が絶対に行くのを渋るだろうとでも言いたげな顔する」
「じゃあ渋らないの?」
「なつまつりなんていきたくなーい」
「「「渋るんじゃんっ!(じゃねぇか!)」」」
これまた三人揃って声を上げる。おいおい、もうそろそろ俺のことを理解してくれても良いんじゃないか?人混みとか苦手だし、この四人でどこかに出掛けて何かトラブルが起きなかった時なんて無いじゃん。そんなパーティーで冒険とか行きたくないじゃん。
––––––夏祭り。
言わずと知れたプールや海に並ぶ夏の定番イベントであり、一般的には屋台を回ったり打ち上げられる花火やらを見て楽しんだりするイベントである。定番と言うだけあって人も沢山集まり、一度連れとはぐれたらそのまま2度と会えなくなるなんてことも十分あり得るレベルの密度。インドア派の俺からしたら出来るだけ敬遠しておきたいイベントである。
前から柊が「クスノキくんも行くよね?来るよね?一緒だよね?絶対行こうね?」みたいな話をしていたような気がするが、それら全てをぬるっとスルーしてきていたような気もする。
だが、俺もまた成長しているのだ。いつまでも行きたくない、やりたくないなどと駄々をこね続けることはない。
「まぁ待て落ち着けお前ら。ここで一つ俺から提案がある。譲歩ってやつだ」
「「「?」」」
「俺が夏祭りに行かない代わりに、俺が丹精込めて徹夜で製作した、この『段ボール製ゆうすけ人形』をお前らが持って行くというのは······」
「却下だよ却下!譲歩にすらなってないよっ!」
「しかもこの人形作りが雑すぎんだろ!接合部分がガムテープだし、既に剥がれかけてんぞ⁉︎」
「······徹夜だなんて絶対嘘······!」
思いの外非難轟々で心が痛い。
「チッ、グダグダうるせーな。待ってろ、すぐに修理してやるから。誰かガムテープ持ってない?」
「「「違う、そうじゃない!」」」
俺のせっかくの譲歩案は無慈悲に却下され、楠祐介渾身の作品であるゆうすけ人形は笠原の馬鹿力によって粉末状にされた。どうやったら段ボールが粉末状になるんだよ。
俺がゆうすけ人形の遺骨(粉々)をかき集めて涙を流していると、八雲が苦笑しながら言ってきた。
「······ね、やっぱり楠くんは行きたくないの、かな?······その、楠くんと一緒に夏祭り行ったことって無いから······」
「······八雲はズルいな。そんなこと言われたら無下に出来ないに決まってんじゃねぇか」
「え、何かボクへの対応と違い過ぎない?」
「フッ、そうだぜ祐介。こういう時には目一杯楽しんでおかなきゃ損だ。青春しようぜ!」
「やかましい······黙れ······」
「え、何かオレへの対応辛辣過ぎない?」
大切な友人の一人である八雲にここまで言われると少し考え込んでしまう。でも、家に引き篭もって悠々自適インドアライフを送りたいというのも事実だし······うーん。
そう俺が悩んでいると。
「······勉強会」
「············(ピクッ)」
······何だ
「······飛鳥ちゃんに教えた······成績向上······ご褒美······急に押し倒されてえっちな展開······」
「「最後について詳しく」」
「テメェふざけんなよ柊⁉︎時々思い出したように俺を変態に仕立てあげようとするの止めろ!」
ボクに恩があるでしょ?とでも言いたかったのだろうが、今の発言でチャラにしてくれたって良いと思う。
しかし、コイツをこのまま野放しにしておくと、その内何か取り返しのつかないことをしそうで怖い。······仕方ない。
「この、銅製ゆうすけ人形を······」
「クスノキくん、天丼は要らないよ?」
柊が形だけは笑みを浮かべて言ってくる。しかしその瞳の奥に宿りしは深淵の闇。笑顔などとは程遠い、見る者全てを震え上がらせる恐怖という概念そのものがそこには渦巻いていた。
俺は内心チビりそうになりながら、あたかも初めから了承するつもりでしたよ?という体を装いつつ。
「······分かった、行くよ。今回だけだぞ」
「流石祐介。何やかんやで友達のお願いは聞き入れちゃう生粋のツンデレだぜぶらいかッ⁉︎」
先程の柊の表情をよく見ていなかったと思われる笠原の鳩尾に拳を叩き込みつつ、俺は通学鞄を背負い席を立った。不本意だが、夏祭りに行くと決まった以上詩音と飛鳥を一刻も早く誘いたいしね!愛する妹たちと一緒なら人混みだって俺たちの愛を祝福してくれる天使達に見えるまである。
「んじゃ、今日は帰るわ」
「はいはーい。ね、ちーちゃん。もし良かったらこれから浴衣選びに行かない?」
「······浴衣······うん、ちょっと興味ある、かな。だけど選んだことはないから······色々、教えてくれる?」
「もちろんっ!ボクに任せといて!」
柊と八雲の会話を背に教室を出る。
きっと、また何か厄介事が起こるのだろう。そしてそれに間違いなく巻き込まれることになるのだろう。
––––––それでも、妹たちが。飛鳥と詩音が一緒ならそれらも乗り越えられる······そんな確信が俺にはあった。
◆ ◆ ◆
心が折れてしまいそうだ。
「そ、そうか······詩音は夏祭り行けないのか······」
「すみませんお兄ちゃん······!その日はクラスメイトの方々からお誘いを受けていまして······」
帰宅し、天使たちを夏祭りに誘った瞬間に突き付けられた死刑宣告。足が産まれたての子鹿のようにガクガクと震え出し、動悸は異常な程激しくなり息苦しさを感じる。気のせいか視界も何かが滲んだかのようにぼやけてきた。
「お、お兄ちゃん涙目になっちゃってるよ?落ち着いて、ね?飛鳥は一緒に夏祭りに行くよ?」
飛鳥の女神の如き優しさに涙腺が決壊する。
たまらず彼女の胸元に顔を埋め、情けなくも嗚咽を漏らしてしまう。ひっく。
「ぐすっ······あすかぁ······」
「······何か幼児退行してない?」
「うぅ、罪悪感が物凄いです······かくなる上は今から私が夏祭りまでの間に影分身の術を習得するしか······‼︎」
「出来ないから。詩音ちゃん、そんなこと出来ないから。印を結ぼうとしないの」
「「(ボンッ)あ、出来ました」」
「詩音ちゃんが増えた⁉︎」
頭上で何か詩音が人間の限界を越えた気配がした。
で、それからしばらくして俺が泣き止むと。
「······そういや、詩音が言ってたお誘いって」
「えぇ、私もお兄ちゃんと一緒に行けないというだけで夏祭り自体には行きますよ。向こうで会えれば良いのですが······というか会います。捜します」
「い、いや······無理に探さなくて良いぞ······」
冷静になって考えてみれば、これアレだ、クリスマス会の時の飛鳥と詩音の立場が逆になった感じだわ。あの時は飛鳥が友人たちとの用事でクリスマス会に来れず涙目になったものだが、なんやかんやで友人との約束を優先して貰った。ならば、詩音の友人たちとの時間も俺が無闇に邪魔していいものではないだろう。
「せっかくの友達たちとの夏祭りなんだろ?俺のことなんか気にしてちゃ勿体ないぜ」
「むー······わかりました」
いたく不満そうな表情の詩音。いや、せっかく友達と行くんだからそういう表情しちゃ駄目でしょ······。
「お兄ちゃん、ブーメラン」
「え?」
「ブーメランだよ」
「············?」
よく分からないことをジト目と共に言ってくる飛鳥に、俺は頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。
と、そこで詩音が何やら小声で独り言を呟いていることに気づく。何やら深刻そうな表情だが······。
「私としては柊さんの行動が心配ですよ······あの人なら夏祭りのムードに乗っかってそのままー、とかあり得そうですし······ぶつぶつ」
「夏祭りのムードに乗っかって何だって?」
「ぴぅ⁉︎ お、お兄ちゃん······聞いてたんですか」
「そりゃこんな至近距離ならな。で、何か呟いてたみたいだけど、何か悩みでもあんのか?」
「あ、いえ、悩みという程では······いや、ある意味悩みなのでしょうか······うーんうーん」
今度は何やら難しい表情で呻き声を上げ出した。
ジト目で謎の言葉を発してくる妹と、急に独り言を呟いたり呻いたりする義妹。······ふむ、一体誰の影響でこうなったのか······原因の解明が待たれるところだ。
◆ ◆ ◆
そんなこんなで夏祭り当日。
当日なのだ。
今日、俺たち高校生組は四人で集まり、皆で屋台を回ったり花火を見ようなどと話し合っていたはずなのだ。
なのに––––––。
「······何で俺とお前しかいないわけ?」
「······にゃ、にゃはは······」
何故か集合場所としていた駅前に集まったのは俺と柊の二人だけ。八雲と笠原の姿は影も形も無かったのである。
俺がじろりと柊に視線を向けると、彼女も困ったように笑いながらスマホを取り出し。
「何かついさっき二人からほぼ同時にメールが届いてね?ちょっと用事の消化に追われてるから遅れるって」
「マジかよ······」
「何でもちーちゃんは現代に復活した大魔王を封印するために“聖域”に赴かなければならないとか」
「ゲームの話だろそれ。アイツまた任意セーブが出来ない古いゲームやってんのか」
「何でもカサハラくんは道路で逆立ち走りをしていたら50台のダンプに轢かれて生死の境を彷徨ってるんだとか」
「アイツはどうやって連絡を寄越したんだよ」
要は八雲はゲームのセーブ地点に到達するまで待っててー、と言いたかった訳だ。俺たちが集まる時はある程度個人の自由を優先して良いという暗黙のルールがある為、別に遅れたことは気にしてない。このメンバーでいちいちそんなことを気にしていては、あっという間にストレスで胃潰瘍になってしまう。
······ちなみに、飛鳥は浴衣の着付けに苦戦し、帯によってミイラみたいな風貌になってしまっていた。俺は彼女に先に行ってて欲しいと頼まれたのでここにいる訳だが、飛鳥はまだ浴衣との死闘を続けているのだろう。俺の手伝ってやろうか?という提案に対し、「ひ、一人でやってみたいの!」と意地を張る飛鳥は少し可愛かった。
俺がそんなことを考えていると、柊がパンと手を打ち。
「さーて、二人を待ってる間雑談でもしようぜっ!······あ、いっそのこと、このまま二人で先に行ってみちゃう?ボクはクスノキくんとの夏祭りデートっていうのもやぶさかではないしねー♡」
「おっそうだな。あ、見ろよ柊、鳩がいるぞ」
「ボクへの関心は鳩さん以下なの⁉︎さっきからボクの格好についても感想言ってくれないしー······」
「格好つっても······」
柊は現在涼やかな青を中心とした色合いの布地に大きな白百合の模様が散りばめられた浴衣を着ていた。艶やかな黒髪も今日は纏めており、いつもの破天荒っぷりは鳴りを潜め、大人の雰囲気とでも言うのか······まぁ、そんな雰囲気を醸し出している。
······正直、今日の柊はとても綺麗だと思う。
だがそんなことを口にしてみろ、コイツはカタパルトでも使用してんのかというレベルで急激に調子に乗るに決まって「へーそっかー!やっぱりクスノキくんも綺麗だと思ってくれてたんだね!嬉しいありがとっ!」ウカツ!
「······久し振りだな、脳内覗き見(無断)」
「まぁある意味ボクのお家芸みたいなモノだし?これからもどんどんクスノキくんのプライバシーを侵害していく所存だよ」
「嫌な意気込みだな」
ちなみに、俺の装いも夏祭りに相応しく紺色の
『だーめっ。せっかくの夏祭りなんだし、これ着てこうよ!何事も形からだよ?お兄ちゃん』
と、飛鳥に言われたのでコレを着て来たという訳だ。ついでに下駄も履かされたので地味に歩きにくく、その内足首が曲がってはいけない方向に曲がりそうで怖い。
「うふふー♪いやはや、クスノキくんの甚平姿も中々渋くてカッコいいよ?」
「どうも。······個人的には笠原みたいなガタイのいい奴の方が似合う気がするんだがな」
「そう?ボクはそんなことないと思うけど······どちらかと言えば、クスノキくんにはムキムキの偉丈夫キャラは合わないよ」
「いや、別に俺はキャラ作りのために細身保ってる訳じゃありませんからね?」
「ふふ、そうだね。今のはただのボクの好みさ」
そんな感じで適当に雑談を続ける俺と柊。
ちなみに、余談だが。
「······何か、出て行きにくいね」
「そうか?さっさと出て行った方が良いだろ、おーい祐介、いおぐぇぇっ⁉︎」
「もう少しだけ待ってて下さい笠原さんっ。将来お兄ちゃんを貰ってくれる人が出てくるか分からないんですから、こういうところで頑張って貰わないと!······ま、まぁいざという時は飛鳥が面倒を見ますけど······」
(······最近、飛鳥ちゃんの方が楠くんのお姉ちゃんに見えてきたなぁ······)
この辺りから既に飛鳥たちは集合場所に到着し、しばらく俺たちの様子を伺っていたんだとか何とか。何がしたかったんだ。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして飛鳥たちとも合流し、夏祭り会場へ到着した。普段はただの大きめの公園だったそこは、通路に所狭しと並んだ屋台や高張り
「––––––わぁっ。沢山人がいるね、お兄ちゃん」
「あぁ、とんでもない密度だな」
「······楠くん、顔色悪いよ?大丈夫?」
「はっはっは、これぞ夏祭りって感じだな!よっしゃ、花火のタイミングでこれを······」
「待ってカサハラくん。その筒は何?打ち上げ花火?打ち上げ花火なの?あのね、花火の製作は資格がないと」
飛鳥もワクワクした様子でこちらに笑顔を見せてくる。八雲や柊も幾分か気分が高揚しているようだが······笠原の馬鹿は何かもう、興奮の仕方がいきなり法外レベルである。いちいち対応するのも面倒なので全て柊に丸投げしてしまおう。最初にコイツの奇行に反応したのが悪い。
「うし、じゃあ適当に回るか······」
「そうしよっか。お兄ちゃん、途中で抜け出してベンチとかで居眠りタイムに入ったりしないでよ?」
「分かってる分かってる」
「あぅぅ、何で飛鳥の頭撫でるのー?」
「カサハラくん!その筒をボクに寄越しなさい!ちーちゃん、カサハラくんの身体を押さえてて!」
「······笠原くんの身体大きくて無理だよ······」
「ぬぅぅ!例えこの打ち上げ花火が奪われても第二第三の花火が······!(コロッ)」
「花火玉だとぅ⁉︎こんな場所に何てもの持ってきてんのさ⁉︎ええい、とっとと全ての危険物を出しなさい!原子レベルで分解してやる!」
ほぼ同じ場所で展開される天国と地獄。柊が左手に謎の白い光を宿しながら「キミも手伝ってくれないかな⁉︎」と彼女にしては珍しい必死な視線を送ってくるが、それら全てを華麗にスルーする。俺はあくまで夏祭りに来たのであり、人外の馬鹿の世話をしに来た訳ではないので······。
というわけで、散策開始である。
今回こそはまた変なトラブルに巻き込まれませんように······え、何だって?フラグ?
いかがでしたか?
何か展開が雑なような?······後編はもっと高密度で中身のあるお話にします!多分!ちなみに、作内の彼等の年は一度だけサザエさん方式を取らせて頂いております。気まぐれで年取るかもしれません。
今度の更新は大分先になるかもですが、それまで気長にお待ち頂ければ幸いです。
では、今回はこの辺で。ありがとうございました!感想待ってます!