妹がいましたが、またさらに妹が増えました。   作:御堂 明久

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どうも、結局春休みの課題の提出が間に合わなかった御堂です!
お待たせしました!クリスマス会編ラストとなります第5話!長かった······現実の僕は既に花粉に苦しんでいるというのに······。
実はこれを書いている最中に執筆機能が増えたようでして、それを試していたら前半の地の文が一段落下がるという奇怪な現象が起きてしまいました!いやまぁ、本来の機能なのですが。
後々修正するにしても、まずは更新を優先させて頂きました······。

えー、能書きが長くなりましたが。本編どうぞ!



兄と義妹とクラスメイトのクリスマス会(のお手伝い)5

 〜 楠家のクリスマス・一年前 〜

 

 

 現在は12月25日の午前零時、メリークリスマスである。

 ······俺自身は、クリスマスに対して大して何かしらの感情を抱いている訳でもないのだが、毎年、この時期になると俺にはやることがあるのである。

 俺は戦装束が如く身にまとった紅色の服の袖を引っ張りつつ、俺たちの母親––––––––楠千歳(ちとせ)に問うた。

 

 

「······よし。お袋、どう?似合ってる?」

「似合ってるけどぉ·····私ねぇ、飛鳥にプレゼントを渡してあげるのは良いことだと思うけどぉ、別にサンタのコスプレをする必要は無いと思うのぉ」

「······まぁ、気分だよ気分。ほら、飛鳥が万が一起きちまった時、これなら俺だってバレないだろ?」

「確かにあの子は鈍いからぁ······祐介だと見抜けなかったら、泥棒よりサンタさんだという可能性の方に思い至ると思うわぁ」

 

 

 ······無論『やること』とは、我が愛する天使妹(テンシスター)、飛鳥へクリスマスプレゼントを渡すことである。俺が世界の真実(サンタの正体)に気付いてしまって以降、飛鳥へのプレゼントは俺が用意することになっている。来年から飛鳥のプレゼントは俺に用意させてくれない?と俺が申し出た際の親父の寂し気な笑顔は忘れられない。ゴメンね、でも俺は子供らしさより飛鳥の方が大事なのん。

 

 

 「まぁ、飛鳥はまだサンタの存在を信じてるんだ。真実に気付くまで······俺が、飛鳥のサンタになるよ」

「キメ顔してるところ悪いけど······祐介、飛鳥の欲しがってるプレゼント知ってるのぉ?」

「······そういえば知らねぇな。確かアイツ、毎年サンタへプレゼントをお願いする用の手紙書いてたよな?そこに欲しいプレゼントが書いてあるだろ」

「当日までプレゼント内容を把握していないサンタっていうのも斬新よねぇ······」

 

 

 お袋の呆れる様な視線を振り払いつつ飛鳥の寝ている部屋に忍び込み(これは彼女にプレゼントを渡す為に必要な行為であり、変態とみなされることはない。そう、そこに邪念など無いハァハァハァ)、そのまま枕元に置いてあった一通の手紙を手に取り退出する。なになに······?

 

 

 《サンタさん、お仕事ご苦労様です。サンタさんが何歳になられたのかは存じ上げませんが、多分物凄いおじいさんなのでしょう。飛鳥は14歳になりました。(中略)飛鳥は使った瞬間に料理が上手になる、魔法の調理器具が欲しいです》

 

 

 飛鳥さん。大変申し上げ難いのですが、サンタさんは魔法使いではないのです。あと、やっぱり料理の腕のこと気にしてたのか······。

 しかし、凡人中の凡人たる俺には魔法の調理器具など用意出来るハズもない。妹の願いを完全に叶えることが出来ないことによる罪悪感から胸が張り裂けそうになるが、せめて魔法が掛かっていなくとも、飛鳥専用の調理器具をプレゼントしてやろう。

 

 

「という訳でお袋。ちょっと調理器具を作って来る」

「ちょっと何言ってるのか分かんないわぁ。無駄に颯爽と出掛けようとせずに、ちゃんと行き先教えなさぁい?」

「いや、『飛鳥ちゃんのためならボクも手伝うよ!何でも言ってくれて構わないからね!』って言ってくれた奴がいて······ソイツの家に」

 

 

 正直、今まではアクセサリーなどを所望していたので何とか俺でも対処出来ていたのだが、調理器具ともなるとそうはいかない。なら店で購入すれば良いのではという話なのだが––––––––市販の物よりも、アイツが作る物の方が格段に品質が良いと断言出来るのだ、遠慮無く頼らせて貰おう。······勿論、アイツに全てやらせる訳じゃないが。

 

 

「あぁ、伊織ちゃんのことねぇ。仲が良くて結構だわぁ。でも、こんな夜遅くに迷惑じゃなぁい?」

 

 

 それは心配無い。アイツ······柊は零時以降も飛鳥のプレゼントの用意に付き合ってくれると言っていた。というか深夜のお出掛けとかワクワクするから、むしろ夜遅くに呼び出してくれと懇願された。······それにまぁ、渡したいモノもあるし。

 俺がそれを説明すると。

 

 

 「なるほどねぇ。じゃ、夜道に気を付けて行って来なさぁい。一応護身用にコレも貸すわぁ」

 「スタンガン······なのかコレ?やたらゴツいけど」

「裏社会の知り合いから貰ったものなんだけど、安全装置を外すと致死レベルの「聞きたくない聞きたくない!お袋、今すぐその人たちと関わるのは止めるべきだ!」

 

 

 俺の必死の説得を、お袋は「冗談よぉ」と朗らかに笑いながら受け流す。本当だろうな······?

 俺は長年共に暮らしてきたにも関わらず、未だにペースが掴めない母親に溜め息を一つ吐き。

 

 

「······じゃ、行ってくる」

「はぁい。行ってらっしゃ〜い」

 

 

 ––––––––友人へのクリスマスプレゼントを懐に放り込み、俺は夜の街へ繰り出した––––––––。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「去年のクリスマスは平和だったなぁ······」

「······楠くん、現実逃避しないで⁉︎あぁ······っ、また来たよ!さっきよりも大きい······!」

「クソッタレ!何でこんなことになってんだ!俺たちが今参加してんのは鬼ごっこだろ⁉︎」

 

 

 俺は何度目になるか、八雲を庇いつつ、前方から飛来して来た大小様々な大きさの雪玉を手にした鉄棒のような物で弾き、砕き、時には躱しながら絶叫していた。

 一体何故こんな状況に陥っているのか。事はほんの数分前まで遡る。

 

 

 ~ 数分前 ~

 

 

 俺は来栖小学校クリスマス会のメインイベント、『対抗鬼ごっこwithサンタクロース』における逃走者(サンタ)役として柊たち四人と共にいつの間に降り積もっていたのか、真っ白な雪に覆われた校庭の隅にある遊具の影に身を潜めていた。······いや待て。

 

 

 「なぁ、鬼ごっこなのに逃走役が四人で固まってるのっておかしくないか?下手したら一網打尽にされるじゃん」

「えぇー······だってクスノキくんがボクたちのこと、守ってくれるって言ってたしっ♪」

「ですです。離れたら守って貰えないじゃないですか」

「······楠くん、頼りにしてるよ」

 

 

 お、おぅ······まさかそこまで本気に受け取られているとは思わなかった。大口を叩いておいてなんだが、そもそも鬼ごっこは鬼と戦うゲームではなく、鬼から逃げるゲームだ。守るといっても何をすれば良いのやら······。

 と、俺が頬をひくつかせていると。

 

 

 「······ねぇ、そろそろ五分経ったんじゃない?」

 「あ?だったら放送の一つでも流れると思うが······もう少し余裕があるんじゃないか?」

 

 

 確かに体育館を出てから結構経った気もするが······と訝しげに思いながらも俺が柊に言葉を返していると、八雲が。

 

 

 「······どうだろ。そういうところ、この学校は結構適当だから······もう始まってるかも······」

 「え、それって······」

 

 

 ここの卒業生たる八雲の実感の篭った言葉に、詩音が屋外の冷たい風に晒されているにも関わらず冷や汗をつー、と流す。······ここにいる全員が嫌な予感を覚え始めたその時。

 彼女は、現れた。

 

 

 「みーつけ······たぁッ!」

「「「「あっぶなぁッ⁉︎」」」」

 

 

 突如上空から落ちて来て、雪煙と爆音を上げながら地面に着地した小さな人影。その正体は––––––––。

 

 

「ふっふっふ、みつけたよサンタさん!そしてつかまえさせてもらうよ!かくごー!」

「ユウカちゃんか!一体どんな動きをしたら体育館いた君が上空から落ちて来るのかは一旦置いといて、君がここにいるってことは······もうゲームは始まってるっぽいな」

 「もっちろん!二人とも!よういはできてる⁉︎」

『『とーぜんだぜ!』』

「うぇっ⁉︎クスノキくん、ボクたちいつの間にか囲まれてるみたいだよ⁉︎これ、マズいんじゃない⁉︎」

 

 

 ユウカちゃんが突然虚空に話し掛け始めたと思った途端、どこからともなく現れたユウカちゃんが所属するネコさんチームの残り二人。気配消すの上手過ぎだろ(ぜつ)でも習得してんのか······仕方ない。

 

 

(柊、悪いが詩音を連れて逃げてくれないか。ここで二手に別れるぞ)

(守ってくれるって(埋め合わせはする。お前の言う事を何でも一つ聞いてやっても良いぞ、勿論常識の範囲内に限るg)任せて!詩音ちゃんはボクが守るよ!)

(······お、おぅ。詩音にも伝えといてくれな)

 

 

 お互いの言葉(思念?)を遮りながらテレパシーで会話する俺と柊。ねぇ、何か俺の方は凄い大事なところで遮られちゃった気がするんですけど。お願いっつっても本当、常識の範囲内でお願いしますよ?

 ······というか俺、最近はすっかり柊の不思議能力を利用する側に立っちゃってるな······。詩音も言っていたが、やはり慣れというのは恐ろしい。

 

 

(よし、じゃあ八雲は俺に付いて来てくれ)

(······うわっ、何これテレパシー?······楠くん、いつの間にこんな異能手に入れてたの······?)

(これは柊の力を俺を通してお前に流してるだけだ。最近手に入れたスキルなんだがな)

(······楠くんも大概人間辞めてるよね······)

 

 

 ゲーム内では戦闘に参加していないパーティメンバーまでもが経験値を得ることなど当たり前のことだ。戦ってもいないのに経験の値を得るとはどういうことなのかだとか、そういうことは気にしてはいけない。恐らく、柊たちが日々無駄なスキルを身につけていく内に、俺にも柊たちの経験値的なモノが流れて来ているのだろう。決して俺がおかしい訳ではない。

 さて、そろそろユウカちゃんたちが飛び掛かって来そうなのでさっさと行動に移すとしよう。

 

 

「よし、散開!」

「「「とうっ!」」」

「ふたてに分かれた······ハルトくんとヒロシくんはあっちに行って!ユウカはあっち!」

『『わかった!』』

 

 

 俺の合図で俺と八雲、柊と詩音の二組に分かれてユウカちゃんたちの包囲網を脱出する。しかしユウカちゃんも流石と言うべきか大して動揺した様子を見せず他の二人に柊たちを追跡するよう指示し、ユウカちゃん本人は俺と八雲の二人を追跡し始めた。

 

 

「サンタさん、待てーっ!······えいやぁっ!」

「ひぃっ!何だ今の!俺の頭上を何かが物凄い速度で掠めてったんだが⁉︎」

「······雪玉、だねっ。はぁっ、本人は、私たちの走る速度を、っ、少しでも緩めようと、してるだけなんだろうけど······っ」

 

 

 体力が乏しい八雲が息を切らしながらそう言うが、俺の頭上を通り過ぎた後に命中した大木にめり込んでいるアレを雪玉を認識するのは(いささ)か厳しいものがある。白い砲弾にしか見えないアレが俺たちに命中した時、当たり所が悪ければ止まるのは俺たちの足ではなく心臓の鼓動であろう。

 少なくともあの雪玉をどうにかしなければおちおち背を向けて逃げることも出来ない。応戦する必要がある······俺は懐に手を突っ込み。

 

 

「ええい舐めるなよ!見ろ、コレが俺が妹たちを守る為に手に入れた武器!『形容しがたいバールに近いもの』!」

「······微妙に変えてあるのが逆に悪質······」

 

 

 八雲が何か言っているが何のことか分からない。

 俺は懐から取り出した大工工具のバールに似たビジュアルの形容しがたい何かを軽く素振りし。

 

 

「さぁ来いユウカちゃん!雪玉なんざこのバールに近いもので根こそぎ打ち砕いてやるぜ!」

「言ったね!······たぁーっ!」

 

 

 ユウカちゃんが投擲した雪玉のサイズ、目測で半径約3メートル。受ければ骨が砕け大怪我は免れない。

 

 

「よし!八雲よけろーっ!」

「バールを取り出した意味!」

 

 

 凄まじい速度で迫って来た巨大な雪玉を横っ飛びで躱す俺と八雲。いやいや無理無理、あんなモンをこんな棒で弾けとか頭おかしいわ。逃げるが勝ちって言うし、これも立派な作戦だよね!

 自己弁護をしながら未だ衰えない勢いでユウカちゃんが投擲してくる無数の雪玉を小さい物はバール(仮)で弾き、大きい物は死に物狂いで回避しながら逃走を続ける俺と八雲。

 

 

「校舎内だ!校舎の中に逃げるぞ八雲!あの子を単純な足の速さで撒くのは不可能だ、校舎の中の教室なり何なりに隠れるぞ!」

「······りょ、了解っ!」

 

 

 そして、しばらく雪玉との格闘を繰り広げた俺たちはそのまま、校舎内へと逃げ込んだのだった––––––––。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ひ、ひひひ柊さんっ!やっぱり校舎内に逃げ込んだのは失敗だったのではないでしょうか⁉︎そこら中トラップだらけですよきゃああああ––––っ!」

「し、詩音ちゃーん!」

 

 

 ボクこと柊伊織はクスノキくんたちと分かれた後、詩音ちゃんと共に校舎内に逃げ込んでいた。

 様々な教室に逃げ込んだり机やロッカーの影に隠れたりひて、一応ボクたちを追って来ていた二人の男の子たちを撒くことには成功したんだけど······。

 

 

「ひぅっ!ひ、柊さん、手を離さないで下さい!」

「分かってるよっ!くぅぅぅ、また落とし穴⁉︎罠の定番とはいえ数が多すぎるよ!数分の間に10回くらい床がパカパカ開いてるじゃんか!」

 

 

 そう、予想外に罠の数が多かったってワケ。

 廊下を歩けば落とし穴、教室に入ればチョークの強襲、ロッカーの中に隠れれば何故か扉が歪み出られなくなる。

 幸いにもそのほとんどが個人対応だったため、ボクや詩音ちゃんがそれらに引っ掛かる度にどちらか片方が助け出すという方法で対処が出来ていたんだけど······(ロッカーの場合は二人で入り込んでいたので扉を内側から全力で蹴破った。脱出するまで長い間密着してたから何か妙な気持ちになったことはヒミツ)。

 

 

「んしょ······っ!······ふぅ、流石にここまで多いと疲れるよ······」

「あ、ありがとうございます······というか、ここまで数々の罠に引っ掛かっているのに、鬼がまったく来ないのが逆に不気味ですよね······」

 

 

 ボクは詩音ちゃんを落とし穴から引っ張り上げた後、息を一つ吐いて床に座り込んだ。······しかし、本当に詩音ちゃんの言う通りだよね······多分これらの罠はちーちゃんの妹さんの千春ちゃんが仕掛けたモノなのだろうけど、ボクらがどれだけ罠に掛かろうとも千春ちゃんたちが来る様子が無いのだ。

 

 

「あそこに監視カメラっぽいのもある訳だし、引っ掛かってるのは知られてるハズなんだろうけどねー」

「えっ⁉︎か、監視カメラがあるんですか⁉︎」

「ほら、そこ天井の角。······あと、さっき隠れてた教室の黒板消しクリーナーの陰にあったり、理科室の人体模型の目に埋め込まれてたりしてたよ。凝ってるよね······」

 

 

 そう、詩音ちゃんは気付かなかったみたいだけど、この校内には無数のカメラが仕掛けられている。つまりボクたちは監視されているのだ。しかしそれでもこの罠を仕掛けたと思われる千春ちゃん及び、そのチームメイトが来る様子は無い。

 

 

「······なるほどねー」

「あの、柊さん。もしかしてこれって······」

「やっぱり詩音ちゃんもそう思う?······多分、これらの罠は()()()()()()()()()()ってことなんだろうねー」

「お兄ちゃんか八雲さん、またはそのどちら共を標的にした罠ってことですか?」

 

 

 だと思う。ボクの予想だと、そろそろクスノキくんたちもユウカちゃんを撒く為に校舎内に逃げ込んでくる頃だと思われる。多分彼らが罠に掛かったその瞬間、千春ちゃん及びそのチームメイトたちが彼等を捕縛······いや、目的が捕まえるだけなら同じ逃走者であるボクたちも標的にならない理由が無い。つまり、彼らを捕まえること以外に他の目的が······?

 と、ボクが手を顎に当てて考えていると。

 

 

「はははは!見つけましたよサンタさん!」

「うわビックリした。えっと、キミは確かウサギさんチームの······」

「シュウヤくん······」

 

 

 突如ボクたちを追う鬼の一人、ウサギさんチームのリーダーである倉間(くらま)シュウヤくんがボクたちの目の前に現れた。だけど······。

 

 

「ぜぇ······ふ、ふははは······この『雑学王』の類稀なる知識量があれば、貴女たちがここに来ること、など······はぁ、容易に予測出来ることなのですゴホッ!」

「キミの体力の限界は予測出来なかったの?」

「知識量と予測能力は全く別物だと思うのですが······」

 

 

 一人で廊下に仁王立ちするシュウヤくんは既に満身創痍。最初から(体力的に)クライマックス状態だった。

 

 

「まったく。ほらシュウヤくん、汗かいてるからタオルあげる。あと飲み物は何が良い?ジュース?」

「ええい、今僕と貴女たちは敵対関係にあるのですよ!敵からの施しは受けません!······すみません、やっぱりオレンジジュース貰えますか」

 

 

 素直な子は嫌いじゃない。

 ボクは無造作に前方に腕を伸ばし、そのまま亜空間からオレンジジュースの缶を引っ張り出して「え⁉︎今どこからジュース出したんですか⁉︎」シュウヤくんに放る。まぁ、一応捕まらないように手渡しは避けておこうっと。

 

 

「ごくごく······ぷはっ、よし復活しました!さぁ覚悟して下さいサンタさん、捕まえさせて頂きます!あっ、ジュース、ありがとうございました」

「にゃはー、ちゃんとお礼を言える子は好きだよー」

「す、すすすす好きですと⁉︎サンタさんのクセに子供を(たぶら)かそうとは!セクハラ!破廉恥サンタ!」

「な、なんだとぅ⁉︎」

 

 

 怒涛の勢いでショタコンの変態さん扱いされ驚愕する。くっ、無駄に語彙力が豊富なおかげでナイフのように鋭い罵倒がつぎつぎ飛んで来る······!

 ······実はボクは意外と年下からの罵倒に対する耐性が薄い。少し傷付いたよ······へへ······。

 

 

「······くすん」

「何イジけてるんですか柊さん、早く逃げますよ!」

「気遣いの言葉の一つでも掛けてくれたら良いのに······詩音ちゃんはクスノキくんと飛鳥ちゃん以外には少し冷たいね······」

 

 

 ちょっと涙目になって床に座り込んでいたボクの手を引っ張って無理矢理立ち上がらせ、この場からの逃走を図ろうとする詩音ちゃん。酷い!ボクってばこんなに傷付いてるんだよ⁉︎クスノキくんなら気を遣って良い子良い子の一つでも······してくれるハズないね、うん。それどころか軽くおちょくってくるかもしれない。兄妹揃って酷いや!

 ······ま、まぁ、クスノキくんも冷酷ってワケでもないんだけどね!きっとツンデレってヤツだよね!デレが来る頻度が異様に低いけどね!

 

 

「あぁっ、汚い!片方のサンタさんに僕を誘惑させてその隙に逃げようだなんて!待てーっ!」

「誘惑なんかしてませんー!ふんっ、キミなんかに捕まるもんかってんだ、やーいやーい!」

「柊さん、大人気(おとなげ)無いですよ······」

 

 

 詩音ちゃんが呆れた様にこちらを見てくるけど、そんなことはどうでも良い。もう彼だけには捕まってやらないんだから······とりあえず今はこの廊下を駆け抜けてシュウヤくんを撒けば「うう〜っ!サンタさんたちをみうしなっちゃった······ゆきだまをもっといっぱいなげれば良かったかなぁ······あれ?」嘘でしょ。

 

 

「ゆ、ユウカちゃん······こんにちはー······」

「サンタさん······みーつけた」

「ま、マズいです!ここは一度戻って······!」

「させませんよ!」

「くっ、挟み撃ちに遭ってしまいました······!」

 

 

 突如としてボクたちの逃走を妨げるかのように現れた、準笠原くん級のポテンシャルの高さを誇るスーパー小学生ユウカちゃん。その姿を見た詩音ちゃんが後に引き換えそうとするも、後ろからは当然シュウヤくんが来ている。

 正に万事休すといった状況。

 

 

「······ふふ、面白くなってきたじゃんか」

「柊さん······不敵な笑みを浮かべているところ悪いのですが、この状況を打破する方法はあるのですか?私は最早シュウヤくんを物理的にねじ伏せて突破することくらいしか方法が浮かばないのですが」

「想像以上に脳筋!小学生相手に暴力を振るうのは流石に駄目だってば!」

 

 

 そもそもな話、鬼であるシュウヤくんに殴りかかろうものなら即タッチされて確保!ということになりかねない。詩音ちゃんってば思いの外アグレッシブ······。

 

 

「仕方ない、二人に触られないように無理矢理突破するしかないね。大丈夫!ボクと詩音ちゃんなら出来るよ!」

「そりゃあ柊さんなら可能でしょうけど······」

「ボクなら詩音ちゃんを守りつつ逃げることだって可能だよっ。とにかく、まずはここを抜けないと!」

「うう······わ、分かりました······」

 

 

 腹を括ったといった詩音ちゃんの様子を見たボクは頰を緩め、彼女と背中合わせの体勢になり、それぞれ対面にいる鬼を見据える。

 ボクの相手はユウカちゃん、詩音ちゃんはシュウヤくんが相手だ。––––やってやんよ!

 

 

「さぁ行くよ詩音ちゃん。––––ボクたちの戦いはこれからだーっ!」

「··················」

 

 

 

 

 

 

 ––––––––後に詩音ちゃんはこう語った。

 柊さんがフラグ発言をしたあの時から既に、あぁ、ここで捕まるんだなぁって思ってました······と。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 俺と八雲が校舎内に逃げ込んでユウカちゃんを撒くのに成功し、音楽室のピアノの陰に二人で腰を下ろして休んでいると突然校内放送が流れ出した。

 

 

東雲(しののめ)ユウカちゃんと倉間(くらま)シュウヤくんがそれぞれ鬼を捕まえました。二人が所属するチームにそれぞれ得点が入ります。鬼は残り二人、皆さん頑張って下さいねー』

 

 

 ふむふむ、つまり柊と詩音が捕まったということか。へー、そうかー。柊が捕まったのかー。

 

 

「······マジで?」

「······伊織ちゃんが捕まるなんて思ってなかったよ······捕まるにしても最後だと思ってた······」

 

 

 同感だ。正直、最強最悪百戦錬磨の大魔王たるアイツならばパルクールじみた三次元走法を駆使して学校中を逃げ回った挙句、最終的には舞空術的な技を使用して鬼の子たちと空中戦を繰り広げるのではないかとすら思っていたくらいなのだから。

 

 

「というか、アイツが捕まるような子たち相手に一応逃げ切れたってのが奇跡に近いな」

「······ユウカちゃんね······校舎の中に入ったおかげで雪玉が飛んで来なかったのが幸いだったよ」

 

 

 まぁ、それでも脅威だったのには違いないのだが。結局、俺が一度引っ掛かった応接室の落とし穴まで彼女を誘導、罠を起動して俺たちに肉薄していた彼女を落とすという高校生としてどうなの?と思うやり方でユウカちゃんの魔の手から逃れたのだし。だが、先程の放送を聞く限りユウカちゃんは既に落とし穴から脱出したようだ。出来るだろうなとは思ってたけど、あそこから一人で抜け出すとかもうね。

 

 

「まぁ、まだ始まったばかりだしな······あと少し逃げ回ったら適当にどこかのチームに捕まるか」

「······そうだねー······多分そんな手加減しなくても、向こうから私たちのこと捕まえてくれると思うけど」

「それはそうかもだが······正直、俺とお前が同時に千春ちゃんに捕まることだけは避けたいな」

「······どうして?」

 

 

 どうしても何も······あの子、体育館ですれ違った時に物凄い物騒なコト言ってたからな。間違いなく俺と八雲に何かする気に違いない。多分、俺たちを鬼ごっこにかこつけて拘束した上で何かを盛るつもりなのだ。去年のお袋といい千春ちゃんといい、何故俺の周りの人たちは怪しげな薬や道具をそう軽々しく使おうとするのだろうか。

 まぁ、とどのつまり。

 

 

「危険だからだ」

「······ハル、また何かしようとしてるの······?」

 

 

 俺が真顔でそう答えると、八雲が不安そうに眉尻を下げながらそう言ってくる。流石実姉だ、鋭い。俺が無言で苦笑を返すと、八雲もまた無言で溜め息を吐き額に手を当てた。そしてそのまま脱力したように首をかくんと下げ、そのまますぅすぅと寝息を立て始めたいやちょっと待て。

 

 

「いくら何でも急すぎだろう······おい、八雲?本当に寝てるのか?おーい······邪悪な気配ッ!」

「······ちっ」

 

 

 急に眠り出した八雲を起こそうとした刹那、強制的にその行動をキャンセルして横に思いっ切り回避行動を取る。

 そして先程まで俺がいた位置に突き刺さる小さな針。

 

 

「······うわさをすれば、かげ。このことば、おぼえておいた方がいいよ、おにーちゃん」

「千春ちゃん······」

 

 

 ピアノの陰から八雲を背負って(二個のマスクメロンが俺の背中を圧迫したが気にしない。煩悩を捨て去るのだ······!)距離を取り背後を振り返ると、どこから現れたのか一人の黒ローブ姿の少女······八雲千春ちゃんがそこに立っていた。

 

 ············何本もの吹き矢と手錠やロープ、猿轡(さるぐつわ)などの拘束具を携えた姿で。

 

 

「フル装備⁉︎」

「············ぷっ」

「そして無言の吹き矢攻撃!それ先に何か薬塗ってあるでしょ、八雲がいきなり眠ったのもそれのせいか!」

「······きぎょう、ぷっ、ひみつ、ぷっ」

「淡々と吹き矢を連射するのを止めろ!」

 

 

 八雲を沈めた魔の吹き矢を連射してくる千春ちゃんに対し、飛来して来る針を床を転げ回って回避しながら叫ぶ俺。何が怖いって既に千春ちゃんの頭の中から、鬼ごっこのルールに則った『タッチして捕まえる』という方法が完全に失せていることである。鬼ごっこの初動が薬物使用って何なのマッドサイエンティストかよ。

 

 

「······おにーちゃん、そんなにどならいで。こわい」

「どの口が言うんだ!クソッ、こんな凶器が飛び交う部屋にいられるか!俺たちは脱出させてもら身体が雷に打たれたかのように痺れるッ⁉︎」

「······かかった」

 

 

 俺が千春ちゃんの猛攻に音を上げ音楽室からの脱出をチョイス、八雲を背負ったままアイキャンエスケープ······しようとした途端、何か硬いモノを踏み抜いた感触と共に総身を襲うビリビリ感。コンマ数秒で身体のコントロールを失いその場に倒れ伏してしまう。

 

 

「しびれれれいいいい一体何ををををを」

「······けいたいシビレわな、せっちずみ」

「そんな人外専用のトラップを人間相手に躊躇いなく仕掛けるんじゃありません!」

「······おにーちゃん、つっこみのときだけかっせいかする。おわらいげいにんのかがみ」

「おおおおおれは芸人じゃねねねねねね」

「······おにーちゃんにも、ねてもらう。おねーちゃんとのぺあるっく、らっきー、はっぴー」

「はっぴーなわけなななひぐッ?」

 

 

 首筋に走るチクっとした感触。

 意識が、途切れ––––––––。

 

 

「······みっしょん、こんぷりーと」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 青春ポイントというものをご存知だろうか。

 

 日々の生活において「青春してるなぁ」と本人が感じた時に加算され、逆にショックを受けたりすると減少するポイント、らしい。過去にこのポイントをかき集める過程で自称宇宙人やマジモンの宇宙人に遭遇した青年がいたとかいなかったとか。

 そんなことは置いといて。

 何故こんなことを突然話し出したのかということなのだが······いや、実はこの青春ポイントとやらに一つ疑問を感じていましてね。

 

「············」

「············」

「······楠くん」

「······何だ、八雲」

 

 

 現在俺は、学校内でファンクラブが出来ている程の稀代の美少女である八雲千秋と二人っきりの状態にある。普通ならばこの時点で青春ポイントは加算されているのだろう。そう······普通ならば。

 ここで質問。

 

 

「······扉、開きそう?」

「······まっっっったく開く気配が無ェ」

 

 

 ––––ガチの牢獄に女の子と二人っきりで監禁されている状況。果たしてこれを青春と呼べるのだろうか?

 

 無論、答えは否である。

 

 

「あああああああ!目が覚めたらと思ったら完全に閉じ込められてんじゃねぇか!出せ!ここから出せよぅ!」

「く、楠くんどうどう!落ち着いて!」

「落ち着いた」

「······急に落ち着かれるのもそれはそれで怖いんだけど」

 

 

 さながら天上の音楽のように柔らかく俺の心を癒してくれる八雲の声でSAN値が一気に平常値まで回復した俺は、再度今俺たちが置かれている状況を分析し始める。

 ······俺と八雲は千春ちゃんに眠らされた後、ここ––––––学校のどこにこんな部屋があったのかは定かではないが、とにかく鉄格子で囲まれた牢屋のような空間–––––––に二人揃って幽閉されていた。

 そこまで広いわけでもないこの空間は意識しないとすぐ俺と八雲の身体が接触してしまう程。そして周りには千春ちゃんの姿は無い······。

 

 

「あれか、俺たちと暗い空間で一緒にして吊り橋効果的なヤツを狙おうってことか?」

 

 

 俺たちを執拗にくっ付けようとしているあの子のことだ、恐らくそういう意図があって俺たちをここに閉じこめたに違いない。相変わらず小学生のやることじゃねぇ。

 

 

「······さぁ······ていうか寒いねここ······」

「そもそもお前スカートだからな······ほら、俺のコート着るか?結構あったかいぞ」

「······うん、どこから出したのとかは今更聞かないよ。······ありがとね」

 

 

 俺がその場で錬成したコートを八雲に差し出すと、彼女は何故か何かを諦めたような表情でそれを受け取り礼を言ってきた。何か悩みでもあるのだろうか。心配だ。

 にしてもこの状況······。

 

 

「鬼は体育館にいる先生に俺たちの身柄を差し出さない限り、俺たちを捕まえたってことにはならない······つまり、まだゲームは続いてるわけだ」

「······もう終わりたいよ······二人で閉じ込められたくらいでどうにかなるはずもないのに······ねぇ?」

 

 

 そう言って苦笑する八雲。「ごめんなさいホントごめんなさいあの妹は後で大人気ないレベルで叱っておきますごめんなさい」という表情をしている。いや、少しは容赦してやれな······。

 

 

「······まぁ、このまま何も無かったら千春ちゃんも諦めるだろうし······時間が経つのを待つか」

「······そうだね。幸い水とゲームソフトとゲーム機はあるし、短い間なら不自由はしなさそうだよ」

「何で水はペットボトル一本っつー常識的な量なのにゲームソフトだけ10本以上あるんだよ」

「······ゲーム機も二機あるからね。一緒にやろ?」

 

 

 八雲が胸元から水が入ったペットボトルと大量のゲームソフトを取り出してドヤ顔をしてきた。さらによく見てみるとそのソフト全てが最新のモノばかり。コイツ近い内に破産するんじゃねぇか。

 と、八雲がそのペットボトルをこちらに差し出し。

 

 

「あ······楠くん、水飲む?······美味しいよ?」

「無味じゃねぇかな······まぁ、俺は喉乾いてないから良いよ。お前一人で飲んじゃってくれ」

「······そう?······じゃあ、喉乾いたら言ってね」

 

 

 そう言ってペットボトルに口を付け、こくりと一口水を飲む八雲。実は割と間接キスとかを気にしちゃう純情な少年たる俺は、この時点でこのペットボトルから水分を補給することが出来なくなった。無念である。

 

 ––––––この時、俺はまだ気付いていなかった。

 この時点で既に、俺たちは千春ちゃんの(てのひら)の上で踊らされていたということに。

 

 

「······何かこの水、変な味する······?」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 それから十数分。

 

 

「食らえトカゲ野郎!ロマンの一撃竜○砲(りゅう○きほう)!」

「私ごと吹っ飛ばしてんじゃんっ。······楠くんと一緒にモン○ンとかゴッ〇イーターやる度に思うんだけど、楠くん、こういう狩りゲーは結構下手くそだよね······」

「せ、狭くて操作し辛いんだよ······」

 

 

 俺たちは割と楽しんでいた。

 いやハハ、だってさっきまでハイスペック小学生から逃げ回るのに気を張りまくってましたからね!そんな中急に訪れた休憩タイム、そりゃあゲームにも熱中しちゃいますよ。本当、最近の若者の人間離れが深刻。

 と、そこで八雲がゲーム画面に引き続き視線を向けたまま、少し興奮したような声音で話し始めた。

 

 

「······うん、やっぱり楠くんとゲームすると楽しいね······何かこう、思い切りがあって好きなんだよね、楠くんのプレイ」

「はは、ゲームマスターの八雲様にそう言われるのは光栄だな。まぁ、思い切りが良すぎて盛大にミスすることもあるんだが」

「······それでも見てて爽快だよ。······ほら、見てるだけで気持ちが昂ぶって暑くなっちゃうくらい、だよ······」

「お、おぅ······?」

 

 

何だ、何か八雲の様子がおかしい気がするぞ。不安を覚え、俺が自分のゲーム機の画面から視線を離し八雲の方をちらと伺うと。

 

 

「······あぅ······」

 

 

妙に熱っぽい息を吐き、いつの間に服をはだけさせたのか、薄ピンクの可愛らしい下着を露出させた八雲の姿が目に入っ見てない見てない俺は何も見ていない!

 

 

「なんっ······⁉︎ や、八雲!気付いてないのかもしれないけど、お前今凄ぇ格好してるから!花魁(おいらん)スタイルになってるから!ちゃんと服を着ろ!」

「······ふぇぇ······?でもぉ、この格好、暑い······」

「お前さっきまで寒いっつってましたよねぇ⁉︎」

 

 

突然の八雲の変化っぷりに驚きつつも全力で首を背ける。何だ何だ何がコイツに起こった流石におかしいだろあれかゲームのやり過ぎで脳がショートしたのかゲームは一日一時間までにしろとあれほど「······楠、くん······」は?

 

 

「ひゃああああ–––––––っ⁉︎ ちょ、どうした八雲、離れろって······ぐおおお駄目だ!この部屋狭すぎてこれ以上離れられねぇ!」

 

 

何故か俺の方へとなだれかかってきた八雲から離れようと後ろに下がろうとしても、すぐに冷たい壁にぶつかって動けなくなる。ちらと視線を向けると、既に俺と八雲が操作していたゲームキャラはお亡くなりになっていた。嗚呼、いとかなし······じゃねぇ!

 

 

「おい······八雲。お前何か変なモンでも食ったか?それともなにか、男に触られるともう一つの人格が発現して男好きになったりする設定持ちなのか?どこの生徒会会計だよ」

「······そんなんじゃないもん······それはそうと、楠くんって、物凄く格好良いよね······

「やっぱお前何か変だって!どうしたんだ一体!」

 

 

まるで八雲の身体に別の誰かが宿ったかのようだ。こんなセクシーで色っぽいオトナの雰囲気が半端じゃない八雲さんは知らない!ねぇ、八雲ちゃんを返して、返してよ!ガチ廃人だけど優しくて、困ってる子の為に色んな事考えて······頑張り屋で······まだお話する事も、一緒に行きたいところも······八雲ちゃんを返してよおおおお!

マズい、急変した八雲に当てられて俺も少々おかしくなってきたようだ。順当にI.Qが下がってきたのを感じる。

俺が困惑していると。

 

 

「······おねーちゃんがなんでそんなことになってるのか、しりたい?······おにーちゃん」

「っ⁉︎ 千春、ちゃん······!」

 

 

鉄格子の向こうから歩いて来た一人の女の子。

そう、他ならぬ俺たちをここに閉じ込めた、将来は狩人にでもなるのではないかと思わせる小学生––––––––八雲千春ちゃんである。

 

 

「やっぱり君が何かしたのか······ひぃっ⁉︎ おい八雲、そこは色々駄目だって······うひゃあっ⁉︎」

「······ふにゃあ······」

「······もうすこしで、きせいじじつが」

「それが目的かぁ––––––––!ふざっけんな、明らかに八雲の理性が飛んでるじゃないか!また何か薬を盛ったな⁉︎ いや、でもいつの間に······」

 

 

どうでもいいが、小学生の薬物使用に「また」という副詞が付いてしまうのはいかがなものだろう。これが創作じゃなかったら、もしもしポリスメン?は不可避である、薬の合法非合法は知らんけど。

しかし本当にいつの間に薬を盛ったのだろう。俺たちを眠らせたあの針に······いや、それだと俺が正常な説明がつかない。一体······。

と、俺がそう考えながら、蕩けた表情で俺に覆い被さって来る八雲の顔面にアイアンクローをかまして凌いでいると。

 

 

「······お水」

「あ?」

「······おねーちゃんがもってたお水に、『スグホレール』っていうくすりを入れておいた。ほんとだったら二人で分け合ってのんで、そうしそうあいになるよていだった」

「おっふ······」

 

 

名前だけでこれほどその効能が把握出来る薬もそうない。実在するとは思っていなかったのだが······いわゆる惚れ薬というヤツだろう。千春ちゃんの話によると、服用した後に異性と一定時間肉体的接触を経ることで、その異性のことが好きになるというモノらしい。なるほど、だからこんなに部屋を狭くした訳か。よく考えられている······いやそんなことより。

 

 

「ち、千春ちゃん?そろそろここから出してくれないと困るなぁ······ほら、そろそろ色々限界だから、ね?」

「······楠、くぅん······」

「······まだもくてきが、たっせいできてない」

「その目的とやらが達成された瞬間に俺の人生が終焉を迎える可能性が高いということを理解してもらおうか!」

 

 

正直な話、俺が例え八雲のことを好いていたとしてもこんな一線の越え方はしたくない。俺はもっとラブラブランデヴーな付き合い方をしたいんだ!俺のロマンチストっぷりを舐めるなよ······!

 

 

「千春ちゃん!流石にこれはやり過ぎだ!君が望むのは八雲の幸せなんだろう⁉︎ なのに、その過程で八雲の理性を飛ばして彼女の意思を無視するなんて、本末転倒じゃないか!」

「······むずかしいことば、おおい······」

「あぁもう、変なところで小学生だな!お姉ちゃんの気持ちも大切にしてやれってことだ!」

 

 

丸め込め!言い負かせ!良心に訴えかけろ!

 

 

「幸せの種類は沢山ある、勿論他人に授かるものも!だけどこれは違う!自らが掴み取るべきものだ!」

「············」

「君に······俺たちに出来ることは、するべきことは。将来本当に八雲が誰かを好きになった時、それを影ながら応援してやることじゃないのか······⁉︎」

 

 

俺の熱弁を受けた千春ちゃんは、考え込むようにアゴに手を当てた。ちなみにこの時、八雲が俺のサンタ服のボタンを外し始めていた。惚れ薬というものは一般常識すらも崩壊させるのだろうか。惚れた相手をいきなり脱がす人間などいない。

と、しばらくすると千春ちゃんが顔を上げ。

 

 

「······うん。こんかいは、ちょっとだけやりすぎちゃったかもしれない······ぷっ」

「······ひぅ(バタッ)」

「ちょっとだけ?」

 

 

反省の言葉と共に、最初に俺たちを眠らせた吹き矢を八雲に打ち込んで彼女を眠らせた。こんな短期間に何度も薬を盛られた八雲には後で副作用が無いか聞いておくのが良いだろう。

俺が小さく寝息を立て始めた八雲を介抱していると、千春ちゃんが牢屋の鍵をカチャリと開け、扉を開いた。

 

 

「······ごめんなさい」

「······まぁ、君も八雲のことを考えて動いてたんだろうからな······だけど、何事も適度に、だぜ?」

「······うん」

 

 

千春ちゃんの謝罪に俺がそう返しながら軽く頭を撫でると、千春ちゃんは俺の手に触れながらそう頷いた。

 

 

「······これからはやりすぎないように、おねーちゃんとおにーちゃんをおうえんする······」

「あぁうん······もういいや······」

 

 

イヌさんチーム所属生徒八雲千春、鬼二人を確保。

来栖小学校クリスマス会『チーム対抗鬼ごっこwithサンタクロース』–––––––終了。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

クリスマス会が終了した後、俺たちは小学校を出て帰路に着いていた。

 

 

「見て見てクスノキくん!羽原先生からこんなの貰っちゃったー!えへへー♡」

「なんだそりゃ。ケーキか?」

「うんっ。ボクたちが捕まって体育館で待機してた時に貰ったんだー。クスノキくんのもあるよ?」

「おぉ、サンキュ······」

 

 

雪が降る道中、俺は詩音と柊と共にバス停まで歩いていた。八雲はあれから数分後に目を覚まし、「······あれ、脱出出来てる······」とか言っていた。どうやら惚れ薬を盛られて以降の記憶が吹っ飛んでいた様子。良かった、もしあの一連の出来事を覚えられていたら、俺もアイツも羞恥心で無事では済まなかっただろう。

んで、その八雲はと言えば。

 

 

「それにしても、八雲さんだけ残して帰るのはやはり申し訳ないですね······」

「アイツはアイツで、せっかく母校に戻って来たんだからもう少し残って見て行きたいんだと。思えばずっとイベント関連でゆっくり出来てなかったからな······」

「そーゆー思い出巡りは一人で回ったりするのが意外と楽しかったりするんだよねぇ」

 

 

柊の言葉通りかは知らんが、八雲はしばらく学校を見て行きたいと言って校門前で別れた。今日は本当にありがとね、とお礼も言って来たが······。

 

 

「まぁあれだな、結構楽しかったな。ぶっちゃけ呼んでくれた八雲にこちらがお礼を言いたいくらいだ」

「ですね。私、クリスマス会があんなに楽しいものだったなんて知りませんでしたっ」

「明日ボクのお家で開くクリスマスパーティはもっと楽しく激しいものになるからねー!」

「あれより激しくなると身の危険を感じるから止めろ」

 

 

······そういえばそうだ、まだ今日はクリスマス・イヴなのだ。

明日が本当のクリスマス。

気分的に今日がクリスマスという感じだったので、思わず持って来てしまった上に八雲にはもう渡してしまったのだが······どうりで彼女が少し面食らったような表情をしていたわけだ、言ってくれれば良かったのに······。

俺が自分の小さなミスに気付くと同時に、前を歩く柊がくるりとこちらを向いて来た。

 

 

「クースノーキくんっ」

「······何だよ」

「今年も期待してるからねー♪」

 

 

そして服の首元を空け、ちらと見せて来たのは白銀の雪の結晶を模したネックレス。

 

 

「······今年は詩音のも用意するんだ。グレードの低下は覚悟しておくんだな······」

「んふふー、りょーかいっ」

「えっ、えっ?何の話ですか?私だけ仲間外れにしないでくださいよー!」

 

 

にしし、と悪戯っぽく笑う柊と、俺たちの会話の内容を理解出来ずに混乱する詩音。俺はその二人を見て、懐にしまってあった袋を弄びながら呟いた。

 

 

 

「······メリー・クリスマス······気が早いか」

 

 

 

······おしまい。ちゃんちゃん♪





いかがでしたか?
終盤はクリスマスというテーマの幻想的な雰囲気に当てられ、ネタ成分が減った気がする······ウカツ!
次はもっと柔らかいテーマで······といきたいところですが、次回は番外編をば。ちょいちょい人気を集めてる様子のあのキャラとのifルート······これ隠す意味あまりねぇな。

では、今回はこの辺で。ありがとうございました!感想待ってます!

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