妹がいましたが、またさらに妹が増えました。   作:御堂 明久

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どうも、最近怠惰具合に磨きが掛かり、通知表に1の数字が刻まれそうになっている御堂です。
やっとこさ温泉旅行編が終わります。このペースだとクリスマスも年越しストーリーもズレが酷くなりそうだなぁ!書きたいから書きますけどねぇ!

はい、ちょっと作者のテンションがおかしくなっておりますが!
どうぞー!



楠兄妹とボクっ娘と筋肉(ry のプチ温泉旅行3

––––––––やだよ。

 

やだよ、やだよ、やだよ。

 

クスノキくん、逝かないで。

 

 

「ボクを置いて、逝かないで––––––あいたっ⁉︎な、なにするのさクスノキくん!」

「こっちの台詞だ馬鹿野郎!なに今の地の文?なに無駄にシリアスな雰囲気出そうとしてんだよ、あとその雰囲気出すために勝手に俺を殺すな」

「えぇー。だってこの頃、このお話もいい加減マンネリ気味なんだもん。せめてあらすじくらいは工夫しとかないと駄目だよ、うん」

「お前のは工夫ではなく捏造(ねつぞう)というんだ」

「ね、捏造じゃないよ!その.......アレだよ!そう、アレ!......................アレだよ!」

「せめて言い訳を考えてから発言しろよ。いや、そもそも言い訳してんじゃねぇよ」

 

 

最近恒例になってきたあらすじ枠を使用し、馬鹿丸出しの地の文を垂れ流していた柊を引っ叩く。まさかここまで侵食してくるとは......ここだけは俺が自由に出来る空間だと信じていたのになぁ......。

 

あらすじでそこまで行を取るのも馬鹿らしいので、簡単に三行で説明しよう。

 

温泉!

探検‼︎

卓球ッ‼︎

 

三行どころか三単語で説明が出来た。どれだけ俺たちの日常は薄っぺらいんだよ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

温泉旅館『白峰館』を詩音と回っていた途中、温泉というワードに最もマッチするであろうスポーツ、卓球の台を発見し、折角なので詩音と対戦することにした俺。

んでもって、いざ始まるとなった瞬間に唸りを上げた詩音の容赦無い攻撃の連続に、俺も自他共に認める姑息っぷりを存分に発揮し、騙し討ちやラケット二刀流で対抗。実は内心こんな手使って良いのかな、詩音に嫌われたりしないかなとビクビクしていたのだが、詩音はその全てをこともなげに攻略して勝利したので、特にそういうことはなかった。ただただ俺が惨めな気分になっただけである。

 

 

「まさかここまで圧倒されるとは思ってなかったぜ。お兄ちゃんちょっと情けない」

「まさかって、お兄ちゃんテニスの時も似たような感じじゃありませんでした?」

「あ、アレはダブルスだったから......!!」

 

 

詩音に完膚なきまでに叩き潰された俺はそんなことを詩音に言われ、妹二人に惨敗したという兄として恥ずかしい過去の傷を抉られる。

あの趣味探しの時は笠原に次ぐレベルの超人である飛鳥が相手チームの方にいたから......ノーカウント......ノーカウント......ッ‼︎

 

 

「どうしたんですかお兄ちゃん、急に顔を覆ってうずくまるなんて......気分が悪いんですか?」

「大丈夫です......」

 

 

俺のプライドを粉々にした自覚の無い詩音が心配そうに声を掛けてくる。いや、でも妹二人のスペックが異様に高いせいもあるよね。俺が兄として不能なわけではないよね。......ないよね?

 

 

「そ、そんなことより。もうそろそろ部屋に戻るか?旅館の中もあらかた回り終わったしな」

 

 

このままだと『兄とはどうあるべきなのか』というテーマの元、思考の無限迷宮へと陥ってしまいそうだったので自然な感じで話を変えようと試みる。

すると詩音は。

 

 

「何を言っているのですか?卓球の後は一緒にお風呂に入ると約束したじゃないですか」

「お前の方こそ何言ってんの?」

 

 

真顔でそんなことを言い出した詩音に、俺もまた真顔で応える。本当何言ってんだこのMyエンジェルは。止めろよ、お前が風呂っつー単語を発した途端にさながら死神の影のようにポニテが視界に入ってきたんだよ。止めろよ、止めてくれよ......。

 

 

「俺は入れねーよ。常識的に考えてみろ、俺は男だぞ?女湯に入ったら変態みたいじゃないか」

「では私が男湯に入りましょう」

「まさかの答えに足が震えてきたよ」

 

 

つい先程自分が犯した覗きという罪を棚に上げて言ってみたものの、詩音から返ってきたのは俺の死亡を決定的にしかねない言葉。それが肉体的なモノにしろ社会的なモノにしろ死ぬのには変わらないのが辛いところである。

俺は黒いオーラを放ちつつユラユラと怪しく揺れ始めたポニテを横目で捉えつつ、詩音の説得を試みる。

 

 

「あー......なぁ詩音、ならこうしないか?ここではなく、家で一緒に風呂に入るというのは」

 

 

ガッ

 

直後、俺の横の柱に突き刺さる数本のボールペン。どうやらこの回答は不正解らしい。

 

 

「なぁ見てくれよ詩音、このボールペンを。俺はこれ以上公序良俗に引っ掛かる行動をとったら名も無き暗殺者に消されちまうんだ。ここは一つ、退いてくれないか」

「わ、分かりました」

「助かるよ」

 

 

流石の詩音も目の前の状況に怯えたような表情を見せつつ、頷いてくれた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「おー、クスノキくん。おかえりー」

「ゆゆゆうずげおがえりりりりりりりりり」

「何やってるのか聞かないといけない?」

 

 

俺たちが部屋に戻った時、視界に入ってきたのはトランプに興じる柊、八雲、九条、飛鳥(えっ?)たち女子勢と、何故か幾重にも巻かれた鎖によって部屋に備え付けられているマッサージチェアに拘束され、肩や腰をほぐされている笠原の姿。まだお前は覗きの罰を受けてんのかよ。ていうかコレ罰なのん?

 

 

「あー、これー?さっき莉奈(りな)ちゃんたちと話し合ってカサハラくんのお仕置き内容考えてたんだけどねー?電気椅子の刑なんて良いんじゃないかって意見が出てきて」

「何ガールズトークみたいなノリで人の処刑方法考えてんだよ。あと電気椅子?コレが?」

「一応電気は通ってるし」

「知ってるか、それって暴論って言うんだぜ」

「そんなの気にしないのが伊織ちゃんだよ......」

 

 

俺の発言に何枚かのカードを手に持ちつつぽそりと呟く八雲。その声音に含まれるのは諦めの念。

そもそもコレもうただのマッサージだよね?お前らすぐに許すのも癪だからって遊び半分にやってるだろ。実はもう許してるだろ。

 

 

「ぐぅ......何て恐ろしい刑なんだ電気椅子......絶妙な力加減で身体がほぐされ、オレの意思とは関係無しに瞼が重くなっていく......!!」

「もういいよお前うるさいよ寝てろよ」

 

 

恍惚とした表情で(気色悪い)そんなことを言う笠原に罵詈雑言を浴びせつつ、俺は詩音と共に柊たちの側へ近付き、その場に腰を下ろす。

 

 

「ふぅ。......なぁ、柊。笠原はともかく、光男さんの姿がさっきから見えないのは何で?」

「光男さんは......」

「え、えっと、光男さんは『十分間私たちから無視される』という罰を受けてたんですけど......」

「最初の3分で泣きながら部屋を出てっちゃったの......やり過ぎちゃったかなぁ......」

「光男さんメンタル豆腐過ぎじゃね?」

 

 

九条と飛鳥の言葉に軽く呆れる。あの人飛鳥に怒られると興奮するクセに無視されたら泣くって何なの。まぁ俺も妹二人に無視されたら号泣するかもけど。......あと飛鳥、お前少し前まで俺たちの側にいなかった?時空超越してね?

妹の人外っぷりの片鱗を垣間見つつ、もう男二人のことは気にしても仕方ないと判断、俺も無視することにした。ひでぇなコイツ。

と、それにしても。

 

 

「......もうこんな時間か。早ぇな」

「お兄ちゃんは温泉から上がった後しばらく寝ていましたし、よりそう感じるのかもしれませんね。私も今日は、時間の流れが早いように感じますよ」

 

 

時刻は既に午後5時。夕食の時間まであと1時間ちょっとといったところだ。詩音の言う通り俺がしばらく寝ていた......もとい、意識を失っていたのもあるが、やはり主な要因は、楽しい時間程早く過ぎるというアレだろう。

まぁ、今回の温泉旅行はそこそこ満喫しているつもりだ。そこらのイケイケな連中のように馬鹿騒ぎするより、俺はこうやってゆったりと羽を伸ばす休日の方が性に合っている。こんなこと、柊や笠原に聞かれたらえらい勢いで調子に乗るだろうから絶対に言わないけど。

 

 

「ふっふっふ、そうかいそうかい。この旅行はそんなに楽しかったかいクスノキくん。ボクは嬉しいよクスノキくん!キミが素直に喜んでくれるのが!」

「うおっ⁉︎ちょ、柊テメー抱きついてくるんじゃねぇ!離せ離せ離せ!というかお前また俺の心読みやがったなこの野郎!」

 

 

言わなくても無駄でした。

コイツ本当何なの?時々思い出したように超能力みたいなの使うの止めなさいよ。

 

 

「「「..................」」」

「な、何だよお前ら。何でそんな目で俺を見るんだよ。一部始終見てたよな?今の明らかに俺悪くないよな?なのに何でそんな冷めた目を向けてくるんだよ?」

「クスノキく〜ん♪」

「いい加減にしろ柊いいいい!お前のせいで俺が変態を見る目を女子たちに向けられてんだよ!」

「でも、興奮するんでしょ?」

「やかましいわ!」

 

 

割と高頻度で目覚めそうになっている俺だが、少なくとも現時点では俺はドMではない。だから今の発言を撤回しろ柊。周りからの視線が先程から痛い。

 

 

「お兄ちゃん......私では駄目ですか......?やっぱり柊さんの方が良いんですか......?」

 

 

ほらもう何か勘違いされてるー。

 

 

「落ち着けよ詩音。俺が愛しているのはお前と飛鳥だけだ。浮気なんか絶対にしないよ」

「......兄妹の間に浮気とかあるの?」

「八雲、お前はまだ兄妹が何たるかを知らないからそんなことが言えるんだよ。このご時世、妹ってのは彼女や嫁とそう変わらないんだ。な、九条?」

「な、何で私に話を振ってくるんですか......!?」

 

 

このメンバー中で一番身体付きがロリっぽいから、妹の気持ちも分かるかもしれないと思ったと言ったらシバかれるだろうか。

 

そんなこんなで柊たちがやっていたババ抜きに混ぜてもらったりして過ごしていると、「失礼します」との声と共に襖が開いた。中居さんだ。

 

 

「御夕食の時間でございます。......あの、そこにいる男性の方は何故鎖で縛られているのでしょう」

「そういうプレイです。アイツの性癖にはあまり口出ししないでやって下さい」

「し、失礼しました」

 

 

マッサージチェアに拘束されつつ爆睡している笠原についてはそう言っておく。大体合ってるはずだ。

 

 

「......あと、ここにくる前に楠様が柱に向かってブツブツと涙目で話しかけていたんですが......」

「あの人は見えざるモノが見えたりするんです。話しかけるとこちらも憑かれるので放っておいてやって下さい」

「し、失礼しました」

 

 

楠様とは予約をその名前でした光男さんのことを指す。あの人廊下でも泣いているのか......とりあえず中居さんにはそう言っておく。大体合ってるはずだ。

 

 

「あ、すみません、無駄話をしてしまって。夕食でしたよね?運ぶの手伝いますよ」

「い、いえ。これが私の仕事ですので」

「そうですか。じゃあ、よろしくお願いします」

 

 

中居さんが料理を部屋に運び始める。柊がトランプを移動させる最中に俺の手札にジョーカーを仕込もうとしていたので全力でデコピンを打ち込んだ。

そんなこんなで料理がテーブルに並び。

 

 

「んー、光男さんが来てないけど、どうする?」

「知らんよそんなの。あ、光男さんの刺身くれ」

「駄目だよお兄ちゃん!光男さんも一緒に......こら!光男さんの分のご飯盗らないの!」

 

 

中々戻って来ない光男さんの分の刺身を強奪しようとすると、飛鳥に手を引っ叩かれた。痛い。我々の業界でも苦痛としか思えない位に痛いです。

 

 

「もー......分かったよ、俺が探してくるよ......」

「......あ、じゃあ私も行くよ」

「八雲?良いのかよ」

「うん。ずっと座ってて腰も痛くなってたし、ちょっと歩いておきたい気分だしね」

「そうか?悪いな」

 

 

というわけで、八雲と共に光男さんの捜索に乗り出すことにした。中居さんにどこで見たか聞かないとな。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

中居さんの目撃情報を元に光男さんの捜索を行っていると、不意に八雲が話しかけてきた。

 

 

「......そういえば、さ。楠くんってクリスマス・イヴの日の予定って空いてたりするかな?」

「イヴ?いや、特に予定は無いが」

 

 

ちなみに、イヴだろうが何だろうが俺は予定がある日の方が少なかったりする。非リアインドアたるもの、日々が空白であるべし。なにこの腐れルール。

 

 

「そっか......」

「なに、何かあんの?」

 

 

クリスマス当日は柊が自身の家でパーティを開くと言いだし、それに飛鳥と詩音が乗り気だったので俺も、そして八雲もお呼ばれすることになっていたのだが、イヴにも何かイベントがあったりしただろうか。

俺が唸りながら記憶を掘り起こそうとしていると、八雲は胸元で小さく両手を振りつつ。

 

 

「あ、ううん。別に何かあるって訳でもないんだけど。その......実は私、小学校のクリスマス会っていうのかな。ソレの手伝いをお願いされてるんだ。お母さんがPTAの会長で、妹がそこに通ってるから......」

「え、お前妹いたの」

「あれ、言ってなかったっけ......?千春(ちはる)っていうんだ。小学五年生なの」

「へぇ」

 

 

そりゃ初耳だ。なるほど、八雲にも妹がいたのか......姉がこんなにも美少女なんだ、その千春ちゃんとやらも大層可愛いのだろう。......あ、そういうこと。

 

 

「つまりアレか、その手伝いとやらに俺も参加してくれないかと。そういうことか?」

「......うん。駄目、かな?」

「うんにゃ。八雲にはいつも世話になってるし、そもそも断る理由も無いしな。オーケー、24日は予定開けとくよ」

「うんっ。ありがと」

 

 

俺がクリスマス会の手伝いとやらに参加する意を示すと、八雲は心なしか弾んだ声で応答する。しかし小学校か......小学生に怖がられたりしないだろうか。無駄に目付き悪いからな、俺......。流石にラノベみたいに不良に間違われたりすることは無いが、たまに「おこなの?」とか聞かれるからな。ちなみに、別に怒ってはないけどその聞き方にちょっとイラっとくる。

と、そんな感じで八雲と雑談しながら光男さんを捜索していると、旅館の露天風呂の入り口近くで人影を発見した。

 

 

「ぁげろり......ぐらなゅ......てがゅ、おゎ......」

「......ねぇ、光男さんどうしたのかな......」

「本当に何かの霊に憑かれたのかもしれないな。負の感情は悪霊を惹きつけるらしいし」

 

 

その影の主は勿論光男さん。壁に頭を打ち付けながら、どっから出してんだよと思う程の奇怪な声で何かを延々と呟いていた。人間が発音出来るレベルに無理矢理矯正すると、辛うじて上記の文のようになるかどうかといったところだ。ぶっちゃけ不気味である。

しかし、このまま放っておいたら光男さんが完全に闇堕ちしそうなので、ここらで回収しておいた方が良いだろう。狙いは鳩尾(みぞおち)。はい拳を握って。

 

 

「一拳入魂––––––––渾身の右ボディ‼︎」

「ふぐぅッ⁉︎............はっ⁉︎ぼ、僕は一体何を⁉︎」

「......あ、目に光が」

 

 

俺が光男さんの鳩尾に拳を叩き込むと、光男さんは激しく咳き込みながらも今まで暗く濁っていたその瞳に光を灯した。お帰りなさい。

 

 

「正気に戻りましたか、光男さん。貴方のせいで皆夕食にありつけずにいるんですよ、とっとと部屋に戻らないと、また飛鳥たちに無視されてしまうかもしれませんからね」

「一刻も早く戻りましょう」

「......切り替え早いね」

 

 

そりゃそうだ。恐らく光男さんが愛する娘や見た目(だけは)麗しい美少女に無視され続けたことで負った心の傷は彼のメンタルを完膚なきまでに砕いたはずだ。それに加えてまた同じ刑に処された場合、彼は死を選択するまである。切り替え大事ね。

 

 

「とにかく戻りましょう。今日は色々あったから割と俺も腹減ってるんですよ......」

「あ......私も。ていうか疲れた......」

 

 

俺の言葉に力無く頷く八雲。俺と彼女は元々体力がそこまである訳ではない。今日はやたら濃い1日だったこともあり、通常の倍くらいは疲弊している。ぶっちゃけもう寝たいまである。

 

 

「そ、それについては申し訳ありません。ですが、だからこそ早く戻りましょう!僕のライフはもうゼロなのです、これ以上娘たちに無視されたら僕は......僕は......ッ」

 

 

そう言って恐怖に耐えるように肩を抱きつつガタガタと震え出す光男さん。まさかここまで光男さんの心を抉っていたとは思わなかった。ガチで怯えてるじゃないですか。

 

 

「んじゃ、行きますか......」

「最短ルートを通りましょう、何なら壁を破壊して部屋まで直進するのもアリですよ!」

「......ナシだと思いますよ」

 

 

......馬鹿なことを口走る光男さんを引き連れつつ、俺と八雲は部屋へと戻るために歩を進めた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「(ガラッ)ただいま戻りましたマイドーター!」

「お父さん、静かにして下さい」

「光男さん、ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

 

 

速い。(ふすま)を開いて土下座するまで約2秒といったところか。これは謝罪の王様を名乗っても誰も異を唱えないレベルだ。誇れないけど誇って良いですよ。

愛娘たちに帰還を喜ばれる前に沈黙と謝罪を要求される哀れな義父を一瞥し、俺は未だ手の付けられていない料理が並んだ机に腰を下ろし–––––––いや、ちょっと待て。

 

 

「おい、俺の海老フライ一匹分消えてね?」

「ボク、お腹空いちゃってたからこっそりキミの分を横から......じょ、冗談だってば!どこ触ってるのさ⁉︎」

「やかましい!俺の海老フライをどこにやったこの盗人魔王め!俺の好物の一つなんだぞ!」

「ボクのお皿に乗ってます!だからもう止めてぇ!」

 

 

柊の皿から俺の所から消失していた海老フライを奪取し、今度こそ席に着く。よく見ると九条が眠たそうにしている(うわ言のように「ハンペンは駄目ですぅ......」と言っていた。訳が分からない)。とっとと食べてしまおう。

 

 

「はい、では皆さん手を合わせて下さい」

「「「はーい」」」

「いたーだきます」

「「「頂きまーす!」」」

 

 

ほとんどいつもの俺たちの雰囲気になっているものの、一応は皆と一緒の旅行、皆と一緒の食事ということでテンションが上がっているのか、小学生のような号令と共に箸を握る一同。俺もそれに習い、箸を握って夕食へと向かう。

 

......大抵が料理名すら分からんモノばかりだ。まぁ、こういう旅館などで出てくるモノは大体そうなんだが、精々刺身やすき焼き、海老フライくらいしか一目で料理名を判別出来るモノは無い。後はアレだ、野菜とかそういう細々(こまごま)としたものだ。......食べる側がこれだと作って下さった方々に少しだけ申し訳なくなるな。作り甲斐の無い客ですみません。

 

 

「............」

「......楠先輩、何でそんな暗い顔して食べてるんですか?もしかして、嫌いな食材でも入ってました?」

「ん?いや、そういう訳じゃねーよ。ただちょっと自責の念に囚われていただけだ。俺って罪な男だよな」

「???」

 

 

俺の言葉に疑問符を浮かべる九条。しかしアレだな、何かこの台詞、俺がナルシストか厨二病かただの馬鹿の内どれかと思われそうな台詞だな。何一つ良い選択肢が無いんですけど?

 

 

 

 

そんなこんなで夕食を食べ終わり。

 

 

「さて、あとは風呂入って寝るだけか」

「温泉!」

「ワンモア!」

「お父さん、分かっているとは思いますが、温泉は男性と女性が別れて入るものですからね?お兄ちゃんを除いて」

「カサハラくーん?何がワンモアなのかな?あと、どうやってあの拘束を解いたのかな?」

「「ぐっ......」」

 

 

風呂というワードに反応した二人が、先んじて動いた詩音と柊に封殺される。というか、コイツらはまだ懲りていないのだろうか。そろそろ女子勢たちもマジ切れするぞ......俺はそれが怖いから普通に入ることにします。ヘタレ?違うね、これは生きる為の最善策だ。

それにしても......。

 

 

「何でお前らはそこまで覗きに拘るんだよ。これ以上やっても無駄だって気付いてるだろ?」

「それは......そうなんですが」

「もうコレは温泉のお約束というかなー。身体が勝手に動いちまうんだよ。いわゆる、様式美だな」

「違うからね?それ絶対違うからね?」

 

 

薄々感じてたけど、コイツらは覗き行為が犯罪であるということを完全に忘却している節がある。女子たちから嫌われた挙句に警察にご厄介になるダブルパンチとか、絶対コイツら耐えられないだろうに......特に光男さん。

 

 

「とにかく、もう覗きは諦めろ。また俺まで共犯にされちまったら敵わんからな。オラ、行くぞ」

「えっ、何で祐介くん、僕たちに唆されて仕方なく覗いたみたいな雰囲気出してるんですか?」

「あの時祐介が主導してたよな?」

 

 

ナンノコトカナー!キコエナイナー!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

あの後、今回の旅行で闇の人格を発現させた飛鳥の黒い笑みにビビった笠原と光男さんは、大人しく男湯に入ることに決めた。何故いつもなら天使に見えるあの笑顔があそこまで怖く見えたのだろうか。

 

そして、場所は移って男湯の中。

 

 

「間違っている!やはりこれは間違っていますよ祐介くん!何故折角の温泉なのに男湯に大人しく浸かっていなければならないのですか⁉︎」

「寧ろ何故それ以外の選択肢があると思っているんですか?いや、割と本当に不思議なんですけど」

「何言ってんだ祐介!混浴が無い時点でアウトだってのに、覗きも出来ないなんて、酷すぎるだろう⁉︎」

「お前ら本当に今回は欲望を抑えきれてないよな。とりあえず病院で診てもらってこい、頭だぞ」

 

 

俺は湯に浸かりながらギャアギャア喚き立てる馬鹿二人を、同じく湯に浸かりながら適当にあしらっていた。こうしてゆっくり湯に浸かって考えると、尚更何故あの時覗きなどという愚かな行為に手を染めてしまったのか不思議に思う。やはり平和が一番ではないか。ビバ平穏。何もないのが一番の幸せである。

だが、流石にこの二人が騒がし過ぎる。他の客がいないとはいえ、マナー違反なのには変わらないだろう......仕方がない、ここは一つ、俺の宝物で釣ってみるか。

 

 

「まぁ落ち着け二人共。そんなお前らに一つ、欲望を満たす良い方法を教えてやるよ」

「「?」」

「コレを見てみろ」

 

 

俺は二人に声を掛け、その前に防水加工の施されたあるモノを差し出した。それは、

 

 

「これは......」

「MP3プレーヤー、ですか?」

「そうです。ここにはある音声が録音されています。それが何だか分かりますか?」

 

 

そう、俺が差し出したのはMP3プレーヤー。ここには俺が俺が長年録音し続けてきた至高の音声が詰まっている。これを聞かせれば彼等もコレに釘付けになり、覗きをしようなどという考えはどこかに吹き飛んでしまうだろう。

では、お聞き頂こう。その音声とは......ッ‼︎

 

 

『お兄ちゃん、大好きですよ』

『おにーちゃーん!おててつなごー?』

『もう、お兄ちゃんったら......』

『私は、詩音は誰よりもお兄ちゃんを愛しています』

 

「....................ええと」

「これ何だ?祐介」

「妹二人の超絶可愛い声を録音したモノだ。飛鳥のモノは小学校の時からあるぞ」

 

 

そう、これが俺の宝物である。妹二人の愛の言葉やちょっと照れが入った音声を一生聞いていられるという優れものであり、夜寝付けない時などに聞くと一瞬で安眠出来るなど様々な使い道がある。盗聴は犯罪?身内だから良いんじゃないかな。

まぁとにかく、これを聞けば覗きなんていう危険極まりない犯罪を犯さなくても彼等は満足して......。

 

 

「いや、オレは柊たちの裸も見てーし」

「僕も確かに妹萌えはありますが、詩音や飛鳥ちゃんには『パパ』と呼ばれたいのです」

「上等だこのクズ共!二度と覗きなんてことが出来ないようにここでボコボコにしてやんよ!」

「ぐああっ‼︎な、何だ⁉︎いきなり祐介がブチ切れたぞ⁉︎最近のキレやすい若者ってヤツか⁉︎」

「と、とにかく止めましょう!彼から殺意が迸っているのが分かります、このままでは危険です!」

 

 

俺の宝物を馬鹿にした者は粛清する。

俺は二人に殺意を滾らせながら飛びかかり、取っ組み合いを始める。

ちなみに、この争いは俺たち三人がのぼせて倒れるまで続いた。......暴れてすみませんでした。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

もう何度目の場面転換になるだろうか、またまた場所は移って再び俺たちの部屋。

 

 

「ねぇクスノキくん。とりあえず温泉で暴れたことについてのお説教は置いといて、聞きたいことがあるんだけど」

「............何だよ」

「なんだか今回、各パート毎の文章量が少なくない?さっきのクスノキくんたちの温泉シーンなんて始まったと思ったらすぐに終わったし。ダイジェスト並の短さだったよね」

「......そりゃアレだろ、わざわざ男湯の描写を細かくする意味が分からねーし、作者も早いとこクリスマスストーリーに書きたいんだろ。ここで時間掛けると年越しストーリー書けないし。あとメタな話題にも限度というものがある、これ以上触れてくれるな」

「キミも割と際どいこと言ってるんだけど......じゃ、まずはMP3プレーヤーの破壊からだね」

「止めろおおおおおおおお‼︎」

 

 

のぼせ切って意識を失っていた俺が目を覚ますと、目の前には説教役として柊が座っていた。ちなみに、暴動の発端は俺であると笠原と光男さんが証言したので、今回説教されるのは俺だけだそうだ。チッ。

んでもって今は、その悪魔()に俺の宝物を破壊されかかっているところである。冷静に状況確認している場合じゃなくね。

 

 

「待て待て落ち着け、落ち着け待て!何故MP3プレーヤー(俺の宝物)を破壊する必要がある⁉︎」

「キミが落ち着きなよ。というか、そもそもコレが原因でキミが暴れたんでしょ?」

「いや、違う。原因は笠原や光男さんの頭の悪さだ。だから破壊するのは彼等の頭蓋骨にしないか」

「さらりとカサハラくんたちを生贄にしたね」

 

 

妹たちの声 >>>>> 笠原&光男さんの頭蓋骨。

うん、妥当な判断だな。

とにかくここは彼等の命を以って妹たちの録音音声を守るのが最善だろう。え、何だって?外道?

 

 

「全く......MP3プレーヤー(キミの宝物)のことは女子の中ではボクしか知らないよ。今度は不用意に人に見せたりしないよう気をつけなよ?」

「......え。見逃してくれんの?」

「うーん......正直キミのシスコンっぷりは知ってたし、これくらいやるだろうと思ってたよ」

「そうか。あとシスコン言うな」

「まー、飛鳥ちゃんにバラしたらどうなるんだろうとも思うんだけどねー」

「止めて下さい」

「土下座しないでよ、ボクがいじめっ子みたいに見えるじゃんか」

 

 

正直な話、普段はジャ◯アンの一千倍くらいの恐ろしさにしか感じない柊が、今現在はキ◯グギドラの三千倍程恐ろしく感じる。いや、分かりにくいよ。

 

 

「さて、と。もうそろそろ飛鳥ちゃんたちも上がってくる頃だね。ホラ、頭上げて」

「? まだ飛鳥たちは温泉から上がってないのか」

「うん。そもそも、キミたちが暴れていたこと事体ボク以外知らないよ。そう......この、キミのタオルに仕込んであった盗聴器の所有者であるボク以外はねいたぁっ⁉︎」

「テメーも盗聴してたんじゃねぇか!この野郎何が説教役だ、その盗聴器寄越せ!叩き潰してやる!」

「わーっ!わーっ!コレ壊したら飛鳥ちゃんにバラすからね!バラすからね!」

 

 

柊の突然の自白を皮切りに、加害者同士の醜い争いが勃発しようとした......その時。

 

 

「......二人共うるさーいっ!」

「「わぷっ⁉︎」」

「今何時だと思ってるの!ほら、夜は冷えるんだから、今日はもう寝るよ!ほらお布団っ!」

「......飛鳥か」

「お母さんみたいだね......あ、これ枕か」

 

 

いつの間にか部屋に入って来ていた飛鳥に枕を投げつけられて動きを止められる。その後ろには詩音を始めとする女子勢が先程と同じように浴衣姿で立っており、その顔はまだ温泉から上がったばかりのためか、軽く上気している。

 

 

「ほら、お兄ちゃんお布団敷くの手伝って」

「あ、あぁ。飛鳥はどこで寝る?」

「お、お兄ちゃんの隣で。......ひ、伊織さんとかにイタズラされても困るから!仕方なくだからねっ!」

「私もお兄ちゃんの隣が良いです!」

「おぉ、詩音は可愛いなぁ。ほら、こっち来い」

「わーい」

 

 

飛鳥と詩音から流れるように隣に寝てもらう旨の言質を取り、そのまま詩音を俺のあぐらをかいた足の上に座らせ、後ろから頭を撫でてやる。すると詩音は力を抜いて心地好さそうにもたれかかってきた。可愛い。

そのまま撫で続けていると、飛鳥が何故か頰を膨らませているのが視界に入る。え、俺何かした?

 

 

「飛鳥?」

「何でもないもんっ」

「いや、俺なにも言ってないんだけど」

 

 

何だろう、嫉妬かな。飛鳥のこともナデナデしてあげたいという気持ちは山々なのだが、生憎お兄ちゃんの身体は一つなのである。まぁ、妹一人だけ贔屓などしないお兄ちゃんの鏡たる俺は、後でちゃんと飛鳥の頭を撫でてやった。赤い顔をした飛鳥にビンタされた。撫でる際に何の宣言も無しに後ろから抱きしめたのは流石にまずかっただろうか。

 

 

「ほらお兄ちゃん、いつまで経ってもお布団敷けないよ!もういい時間なんだから、早くっ」

「男子高校生としては、まだまだ序の口なんだけどな。いつもなら勉強してる時間だし」

「えっ、クスノキくん真面目」

「そんなに積極的に勉強するタイプだったか?」

「いや、次の日に提出する予定の課題をやってないことが多いからな。毎日深夜に必死こいてやるんだよ。おかげで目の下のクマが半永久的に取れなくなってる」

「......前もってやっておきなよ」

 

 

それは無理だ。家では一日中妹たちと触れ合っていたいし、学校では眠いしでとても課題なんてやっていられない。まぁ、試験の点数も成績の方も悪くないし、難問も柊がたまに教えてくれるとほぼ100%理解出来るから特に困ってはいないのだが。というか本当アイツ万能だな。それに関しては本当に助かっているし、いつか埋め合わせをしたいものである。

 

 

「ふあぁ......」

「おっと。九条、大丈夫か?」

「ぁ......楠先輩。しゅみません......」

 

 

と、そんなことを話していると、俺の近くに座っていた九条が眠気からか、ふらっと身体のバランスを崩す。咄嗟にその小さな身体を受け止めるが、彼女の目は虚ろだ。あー、やっぱり身体が小さい寝る時間が早かったりすんのかな。いや、その二つに何の因果関係も無い気がするけど、九条のこのロリボディだと、ね?

 

 

「ま、いい加減本当に寝ちまうか。あんまり遅くまで起きてると九条にも迷惑かかるしな」

「ん、ボクも賛成。今日はけっこー楽しめたし、湯冷めしない内に早く布団に潜り込みたいよ」

「では、祐介くん。我々で布団を敷いてしまいましょうか。意味も無く夜遅くまで起きていることが身体に良いとは言えませんしね。飛鳥ちゃんも頼めますか?」

「うっす」

「はーい」

 

 

珍しく保護者らしいことを言い出した光男さんの言葉に素直に従い、俺と飛鳥が就寝の準備のために動き出す。それに習うように他の面子も動き出し、詩音は九条を敷いた布団に寝かしつけ、毛布を掛けてやっていた。あれ、どっちが先輩だったっけ。

と、しばらくして布団を敷き終わり、皆が布団の中に入ったところで。

 

 

「......よし、んじゃ、電気消すぞー」

「「「はーい」」」

 

 

消灯。

 

 

「......よし、クスノキくん。恋バナしようぜ」

「寝ろ」

 

 

正面の柊が鬱陶しいので布団を頭から被り。

就寝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

............しようとしたが、しばらくして両隣に位置する妹たちが、寝ぼけたのか俺の布団に潜り込んで来たために、その日は一睡も出来なかった。

 

......まぁでも、今回の温泉旅行での一番の幸福はこの出来事だったよね、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





いかがでしたか?
最後はぬるっと終わらせました。
よくよく思うと日常系ストーリーにそこまで確定的なオチはいらないんじゃないかと感じまして。流れるように始まり、いつの間にか終わっているのが僕にとっての『日常』なのです。いや終わったんじゃねぇよ。

では、次は勿論クリスマスストーリー。
今回はここまでです、ありがとうございました!感想待ってます!

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