ゴールデンウィーク中にあげるつもりだったけど、いつの間にか9月。
1つ年をとってしまったよ。みじけーしわりぃね
高く舞い上がった白球は、高いネットの最上段に突き刺さった。130Mは飛んだんじゃないだろうか。
「さすが哲...。二軍レベルの投手じゃ抑えられんわな」
俺が監督に頼み込んで実現した一軍VS二軍。俺が出ていないとはいえ、一軍はさすがの攻撃力。既に試合は三回終わって4回表。6対0のスコア以上の圧倒的な内容。
こちらのベンチでスコアラーを勤めている部員も、つまらなそうにペンを器用に回している。
俺とて勝てるとは端から思っていない。そんな簡単に勝てるのであれば、わざわざこんな試合を組んだりしないから当然だ。
二軍チームの投手は二年の川島。大して特徴の無い凡庸な投手だが、その分欠点が少なく、言うなれば都合のいいピッチャーと評価できる。
が、そもそもとして一軍を抑えるにはやはり実力が足りないようだ。
「愛川先輩」
さて、次は誰に投げさせたものか、と思案していると、俺のとなりに座っている少年が話しかけてきた。彼は一軍レギュラーの小湊亮介の弟、春市くんである。
「この試合に、何の意味が在るんですか?一軍と二軍のメンバーの入れ替えなら相手は一軍控えの方が適当でしょう。けど一軍の練習なら、あなたがこっちのチームの指揮を執る意味が無い。監督は何を考えているんですか?」
ほうほう。一年生の癖にいっちょまえに試合の意味を考えてるとは。なるほど、あの亮が劣等感すら覚えているのも納得が行く。
こいつも
「ま、あんまりその辺は気にすんな。試合に出たら全力を尽くす。それだけ考えてろ。この回代打いくぞ小湊。」
「え、あ、はい!」
持参の木製バットを持って素振りに行く春市くん。
大変素直でよろしい。
さて、アタリはあと何人いるのやら...。
結局。試合は11対3で終了。二軍は四人の投手の継投でなんとか最後まで投げ抜き、代打の小湊の右中間へのツーベースを基点に三点を奪取。スコアを見れば完敗もいいところだが、俺個人の感想でいえばおおよそ満足の行く結果であった。
あくまで俺は、であるが。
「なんで俺を出さなかったんだよ!あんた俺に一回からアップで走ってこいとか言ってから終わるまで声かけてこねーじゃねぇか!」
大きい身ぶり手振りで不満を訴え、上級生相手に遠慮なくタメ口利いてくる一年生。もはや有名人の沢村栄純。
すげーな、こいつ。怖いもん無しか。
まあ、言ってることはもっともだ。一回から体を暖めておけと言われれば、そりゃあ自分に出番があるとおもうさな。
「単純に実力順だよ。他意はねぇ。」
「なんだとこのヤロー!結局滅茶苦茶点取られたじゃねえか!」
「お前を今日使っていたら、あと5、6点は取られたさ」
うっ、と勢いを無くした沢村が仰け反る。
おそらく、昨日増子に打たれたことを思い出したのだろう。あのフガ男、今日も元気に一発ぶちこんでたしな。
「いいか、沢村。やつらはお前より長く生きて、長く野球に触れてきた。いい指導者の元で、野球第一でな。お前が現時点で勝るものなんか何一つねぇ」
「........」
「お前はバカだしうるせーし礼儀もなってねえし。野球の実力も無いくせに、そーゆー社会的な能力も皆無。今んところ、俺はお前を2軍に昇格させたのは監督のミスだと本気で思っている」
「...あれ、フォロー1つもなし?」
結構ショックだったのか、勢いを失った沢村。
狙い通りではあったが、俺も少し大人気なかったか。
実を言うと、俺は沢村に対しての評価をこの二日間で大いに改めていた。
少し前までは評価以前に素人臭さが目立ち、歯牙にもかけていなかったのだが、昨日の紅白戦でのマウンドでの立ち振舞いには正直驚かされた。
あれほど劣勢で沈んだ雰囲気の中で起用されては、並の投手では自分の力なんて80%も発揮できやしない。
しかし、こいつはあの環境で不敵な笑みすら浮かべやがった。それに見合う実力なんか無いくせに。
自信の力に対する過信。言い方を変えればこんな悪口になりかねないが、俺は素晴らしい特色だと思う。
『自分は打たれない』。そう思える投手はそれだけで強い。そして、勝ち上がっていくチームの投手には必ず備わっている才能。
沢村は、最も重要な投手の才能をしっかりその身に宿していた訳である。
だけれども...。
「悔しかったら、次までに実力をもっと着けておけ。今のままじゃ、何時までたっても降谷に追い付けねえぞ。エースなんて夢の夢だ。とりあえずグラウンド周りをもう5周してこい」
まだ足りない。足りなすぎる。
俺の夢に
ちくしょー!と叫びながら肩をいからせ走りに行く沢村。文句いいながらも苦言を受け止めるのもあいつの良いところだな。
「...で、おまえの言うとおり。沢村は投げさせなかったが、ホントに良かったのか?投げさせた方が明確になったと思うが...」
俺は選手たちがグラウンド整備に出ていったところで、問いかける。
反応するのは、気配を消していた、こちらのスコアラーだ。
「.....必要ない。あの程度の実力では、それこそ無駄だ。そもそもの基礎体力が足りないのだから、時間は有効に使うべきだろう」
「...まあ、任せるけどさ。沢村の教育係はお前だしな
━━━━━クリス」
滝川・クリス・優。
かつて天才と呼ばれたその男は、冷ややかな笑みを浮かべ、どこか確信を持った様子で頷くのであった。
「
「今、大きい案件を抱えてて、過去の判決の資料をかき集めているんだってさ。あと一週間は泊まり込みだって」
日曜日の夜。8時を過ぎた頃に、俺と貴子は夕食に手を付けていた。話題はもう一週間は顔を見ていない両親の事。
「ふーん。一流弁護士の事務所は大変だ。...おかわり」
「ちゃんと野菜も食べなさいよね。減ってないわよ」
「食べてるようるせーな」
「は?」
「...なんでもないです」
やべぇ。口をついて文句が出てしまった。『は?』のトーンがガチだったぞ。
いかんいかん。飯は作ってもらってる分際で、こんな態度は確かに失礼だったな。
「あと部屋の前に洗濯物を積んでおいたからね?ちゃんとタンスにしまっておいてよ」
「ああ。わりーな、いつも。たまには洗濯物くらい俺がやっても「勝手に洗濯物に触ったら殺す」...はい」
...日頃の感謝の意を込めての提案は、怒りを煽っただけでした。つらい。
しかし、めげないぞ俺は。思い立ったが吉日!日はおもっきり変わるけど、明日の朝食は早く起きて俺が腕を奮ってやろう!
フフ、貴子の驚く顔が見物だな...。
「いつもありがとうな、貴子」
「...な、なに急に。どうしたの?なにか変なものでも食べた?...って誰の料理が変なものよ!」
怒る貴子。
...いや、流石にそれは理不尽では...?
次の日の朝。お米4合を使ったオムライスを振る舞った。朝からこんなに食えるか!と叩かれた。
美味しいのに...。