いや、マジで申し訳ねぇ。
時は過ぎ。4月の1日。世で言うところのエイプリルフールだ。ちなみに俺はエイプリルフールの有用性については甚だ懐疑的なのだが、ネタのひとつとしては楽しめなくもないか、と思う今日この頃。
拝啓。俺は今日、バカを見つけました。
というのも、現在新入部員の初日挨拶中なのだが、少し向こうの倉庫の影で、御幸と誰かがコソコソしている。見覚えの無い顔だが、恐らくアレが増子と倉持の部屋の新入生だろう。朝、妙に楽しそうな二人を問いただしたら、爆睡している新入生を放ってきたと言うのだ。(増子は昨日の練習試合でのエラーに対する戒めとして、発言を自身で禁じているので、喋ったのは倉持のみであるが)
爆睡してる新入生を起こすのは同室の先輩の役目だろうが...。まぁ、俺には特別関係がない。例え連帯責任が適応されても、俺は対象外だし。
というか、御幸は2年になっても変わらねぇな。アイツもキャッチャーとして色々と忙しいのはわかるが、遅刻が多すぎる。間違いなく御幸が中心となる来年のチームの行く末が恐ろしくて堪らない。
俺が将来の不安に頭を悩ませていると、事態は進行していた。新入生が何を思ったのか、いきなり猛ダッシュで1年生の列を目掛けて駆ける。...いやいや。まさか、しらばっくれるつもりか?本気でバレないとでも?
まあ、それならそれで反省文の量が増えるだけか。なんて思いつつ眺めていると、御幸が大声をあげた。
「あっるぇー!?こいつ、どさくさに紛れて列に並ぼうとしてるぞォ!?」
少年にとってはまさかの裏切りである。可哀想に、固まってやがる。そして犯人の御幸はしれっと俺の横に並んでいた。
「うっしっし。成功、成功ー♪」
「おまえなぁ。後輩庇ってやるどころか囮にするとか、そんなんだから友達いねぇんだぜ?」
「いやぁ、そう言いながらみんなにバレないように小声で話してくれる鷹南さん、マジ大好きです!」
...可愛いやつめ。
基本的には腹ン中真っ黒な御幸だが、こういうところは可愛くてついつい見逃してしまう。贔屓をしてるつもりはないが、同じレギュラーとして2年の中では特別可愛がっていることは間違いない。
そして俺はもう1つ気になっていたことを御幸に聞いてみる。
「で、アレが例の?」
「ええ、東さんから三振とったヤツですよ」
成る程、ほぼ間違いないだろうと思っていたが、やっぱりそうか。
「お!鷹南さん、アイツの才能にもしかして気づいちゃいました?」
「いや?才能あんの?アイツ」
「...え?」
御幸が珍しく絶句しているが、正直才気の欠片も感じない。走る姿から感じ得たのは、筋肉のしなやかさと関節の柔らかさだけだ。まあ、それも才能と言えば才能なのだろうが、明確に『野球の才能』か?とと聞かれれば違うだろう。もっと適する競技はいくらでもあるはずだ。
「さっきのお前との親しげな様子と、成功率の見えない忍び込み作戦を実行できるバカみたいな度胸。東さんに喧嘩売った中学生であろう条件は満たしてるからな」
三振奪える実力がありそうかは別として。
「そりゃあまあ、鷹南さんと比べたら消しゴムのカスみたいなモンですけど。一回見てやってくださいよ。面白い球投げますから」
意味ありげな笑顔で言う御幸。不覚にも、こいつに『面白い』と言わせる球種が俺にはあっただろうかと考えてしまった。...しかもねぇし。
「......つまらねぇ球で悪かったな」
「え、ちょ。なに拗ねてんですか!可愛いなぁ、もう!」
御幸がじゃれついてくる。男同士のイチャイチャ。
ナンダコレ。
死んだ目をした俺は、死んだ感情で現状把握に努める。
どうやら片岡監督に朝練中のランニングを命じられて、固まりパート2状態だな。そしてそれを見て笑っていた倉持と増子、当然整列の時点でいなかったことがバレてる御幸も同罪に処された。
ワハハハハ、バカめぇ!なんて優越感に浸っていた俺の目に監督の視線がぶつかる。はて、なんだろ?
「それと、素知らぬ顔で列に紛れ込んだバカモノを黙認したそこの大バカモノもな!」
あ、やっぱそこから気づいてらっしゃったんですねぇ~…(白目)。
ドナドナ。
「もう二度とテメェの言うことは信用しねぇ‼」
「ははっ!ありがとよ」
「褒めてねぇ!」
「まあまあ、少年。落ち着きたまえ。かの偉人も言っているぜ?『汝、隣人を愛せよ』と。つまり...なんだ、そのぉ...アレだ」
「適当に喋ってンじゃ.....てか、アンタ誰だ!?」
「お。よくぞ訊いてくれた!この眉目秀麗容姿端麗才色兼備...倉持、あとなんかあるか?」
「ヒャハ!?知らないっすよ!てか、殆どイケメン自慢じゃねぇっすか」
「それはお前、仕方ねぇだろ。教室にいればクラスの女子が寄ってきて、街を歩けばお姉さんたちが寄ってきて、二丁目を歩けばゲイが寄ってくる。全く、罪な男だぜ...」
「でも鷹南さん、童○じゃないですか」
「だからどうした‼」
「いや、なにをそんな堂々と...」
「.....そう、あれは俺がまだ純真無垢な中学生だったころの話だ」
「おいなんか回想きたぞこれ!」
「見知らぬおっさんに話しかけられ、ビルの立ち込める裏路地に誘われた。助けを請われ、そのおっさんが悪人には見えなかったお陰で、俺はノコノコついていっちまったんだ」
「...嫌な話の流れだぞ」
「目の前に尻があった」
「「展開はやっ!」」
「ほくろが7つあったんだ。星座みたいだった」
「もういいっす!おい御幸止めるぞ!」
「あの出来事は俺に二つのトラウマを残した。1つは裸の男恐怖症。風呂に一緒にはいるとかマジで無理なこと。そしてもう1つは...桃が食えなくなったこと。知ってるか?世の中、本当に尻の綺麗なヤツはいるんだぜ...」
「やめてくださいよ!俺も桃が食えなくなるじゃないっすか!」
「......」
先輩たちの会話を唖然と聞いていた沢村 栄純は、この時の思いをこう振り返る。
『あ、バカばっかだ』と。