IS-アルドノア   作:たまごねぎ

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 一ヶ月ぶりの投稿になります。次話の投稿はもっと早くできるように頑張ります。


第8話

『─────問題ないか?トロイヤード君』

 

「問題ありません。始めましょう」

 

 宙に表示されたディスプレイには管制室から指示を出している社長の姿が映っている。画面越しに社長へ返事をすると、スレインは機体の性能を計測する試験の開始を待つ。

 

 社長との話し合いの後、スレインはこうしてタルシスの動作チェックや武装の使用感を掴む為の訓練を行っていた。主観では余り実感出来ないのだが、社長と技術班に言わせれば自分は異常と断言できる程に操縦の修得が速いらしい。

 

 IS起動時に操作方法を理解できるとは言え極一部の例外を除いて通常、一日未満の訓練を行ったところで操縦者の思い通りに機体を制御することは不可能だ。浮遊や飛行を行えはするが、動作が不安定な物になってしまうのは避けられない。

 

 しかし如何なる理由かスレインとタルシス、操縦者と機体との同調率が著しく高かった為にスレインは機体を思い通りに動かす事ができた。 

 

 ISの腕部機構は人間が扱う兵器よりも一回り大きなIS専用の武装を扱う為に必然的に人間の腕よりも大型化している。その為に操縦者の手は感覚の面でISの手とリンクしており、操縦者の手は腕部内で固定されているがISの手は実際の手と同じ様に動かす事が可能だ。

 

 と言っても初めから思い通りに動かせる筈がなく、感覚と認識のズレを克服する事が操縦者の第一歩となる。が、同調率の高さからスレインは違和感を感じる事なく生身の時と同じ感覚で手を動かせた。

 

「お待たせしました。それでは試験を始めましょうか」

 

「よろしくお願いします」

 

 前方のゲートから発進してきたラファール・リヴァイヴがスレインの立つ場所から数十メートル離れた場所に静かに降り立つ。

 

 操縦者である試験官に挨拶をするとタイミング良く眼前に試合開始時間を示すタイマーが表示される。

 

 ラファール・リヴァイヴが特殊なデータ領域に量子化されて格納されていたブレードを右手に出現させるのを確認したスレインは左シールドの裏側からブレードを取り外すと構える。

 

 試合の終了条件はどちらかのシールドエネルギーが尽きる事。タイマーの数字が目減りするのに合わせスレインの思考は氷の杭を打ち込まれたかのように冷え込み、冴え渡っていき身体を巡る血流は反対にマグマのように熱くなっていく。

 

 戦場を駆け抜け命の奪い合いをしていた時に覚えていた感覚が蘇ったのと同時にタイマーの数字がゼロになり、ラファールを駆る試験官がスラスターを総動員させて加速するのとスレインが演算装置を起動させるのは同時だった。

 

「なっ!?」

 

 全身の観測機から収集したデータを元にブレードの軌道を瞬時に予測した機関は操縦者であるスレインの視界に作用を及ぼし、回避すると言う未来を掴ませる。

 

 背部のスラスターを噴射。機体を後退させ、横薙ぎに振るわれたブレードを躱す。

 

 第三世代の試作機とは言え操縦するのはISの戦闘経験が皆無の素人だと心のどこかで侮っていた試験官は自身の強襲が失敗した事に驚きを隠せなかった。

 

 試験官は即座に来る反撃を避けるため、機体に搭載された全ての推進器を離脱のみに使用する。ラファールの胴体を狙って突き出されたブレードは脚部に脇腹を掠めるだけに終わった。

 

 タルシスの推進器から爆炎が迸る。追い打ちが来る事を予測した試験官は後退しながら機体周囲に浮遊していた二基の物理シールドを自身を守るように配置。ブレードを手放すと両手に銃器を展開し、照準を合わせ引き金を引く。

 

 殺到する弾丸の雨の中をタルシスは固有能力による弾道予測を便りに背部スラスターを操作し、高度と軌道を絶え間なく変えながら突き進む。

 

 傍目から見れば異様な、相対する試験官から見れば悪夢のようなマニューバ。飛来した砲弾を腕部機関砲で迎撃し、タルシスは決め手となる近接武器が使える間合いまで距離を詰めた。

 

「行くぞ」

 

 ラファールに肉薄したスレインは左シールドの向きを反転させる。アームを稼動させて前面に動かすと裏側に搭載されたブレードに内蔵された振動装置を起動し、対象を定め展開する。

 

 展開された刀身の間合いを測りきれず物理シールドの片方が高周波ブレードにより断ち切られる。試験官が行動を起こすよりも先に続けて右手に持ったブレードを腰部スラスターに突き刺す。

 

「しまっ────」

 

 スラスターが爆発し、姿勢を崩した試験官の首がガッシリと掴まれる。抵抗する暇を与えず急降下したタルシスはそのままラファールを地面に叩きつけた。

 

 轟音が辺りに響き渡り土煙が二機の姿を一時的に隠す。凄まじい衝撃を受け途絶していた試験官の意識がISの機能によって再び覚醒する。

 

 ISの機能が働いていると言う事は自分はまだ戦える状態にあることを理解し、体勢を立て直そうした試験官だったが視界に映ったものを見て残っていた戦意は完全に消えた。

 

 地面に倒れる試験官の前には腕部機関砲の銃口を向け佇むタルシスの姿があった。そして銃弾を叩き込まれ、ラファールのシールドエネルギーは尽きた。

 

 管制室にて試合の一部始終を見ていた者達は全員、この試合の光景を忘れる事はないだろう。スピードによるものとは違う異常と言える程の回避率、高速で移動するISの特定の箇所に正確に着弾させる射撃技能。第三世代の試作機と言う言葉では語れない程のポテンシャルだ。

 

 そして彼らは恐ろしい事実に考え至る。名実共に素人の彼が操縦して一定以上の経験を積んだ試験官を一方的に倒せるのだ。

 

 操縦者である彼のIS操縦技能が順調に向上していけば、世界で活躍する一線級の操縦者達と渡り合える可能性は十分に存在する。

 

「まさか、これ程とは……」

 

 規格外の存在を目の当たりにした社長のどこか茫然とした響きが混じる言葉に管制室にいる全員は社長と全く同じ心情だった。この試合のあと、試験官がスレインとの再戦を願い出たのは完全な余談だ。

 

 

 ****

 

 

「本当に申し訳ない、界塚君」

 

 端末から空中に投影されたディスプレイ越しに画面に映るスーツ姿の初老の男────伊奈帆が搭乗する専用機の開発を行っている企業の社長が謝罪の言葉と共に頭を下げる。

 

「搭載された特殊兵装を制御するシステムと機体とのマッチング調整が難航していてね。現在の進行状況から推測して 完成するのは少なくとも数ヶ月後、長ければ一年以上かかる事になりそうだ」

 

 その言葉の直後、企業側から渡された専用の端末に現在の進行状況が記載されたデータが届く。社長の言葉通り機体の完成が程遠い事をデータを読んで理解した伊奈帆は声を荒げる事もなく、社長の次の言葉を待つ。

 

「そこでだ。君には機体完成までの間、別の機体に乗ってもらう。第三世代は無理だが第二世代の機体なら手配できる」

 

「そう言う事なら、ラファール・リヴァイヴの手配をお願いします」

 

 第三世代初期の機体と同等のスペック、初心者でも難なく扱える操縦の簡易さ、そして豊富な武装を搭載可能なラファール・リヴァイヴならば上手く運用する事ができれば理論上は第三世代とも渡り合える。

 

 伊奈帆の要望通りに社長はラファールを手配する事を約束した。しかし、伊奈帆は更に社長へと要望を伝える。

 

「それと今からデータを送りますので記載されている物の配送もお願いします。二週間後の試合で必要になりますから」

 

「分かった。君に専用機を渡せない分のサポートはしっかりさせて貰うよ。それでは二週間後の試合、頑張ってくれ」

 

 会話の終了に合わせて端末から空中に投影されたディスプレイが消失した。専用機が来ないとなると事情も変わってくる、伊奈帆は頭の中で新たなスケジュールを組み立てると部屋のドアを開けてシミュレーションルームへと向かう。

 

 伊生徒達が寝泊まりする寮からかなり離れた場所にあるシミュレーションルームは限られた台数しか存在しないISを使い回しで運用するのは余りにも非効率の為、用意されたシミュレーションポッドが五十台余り置かれた場所だ。

 

 数分の時間を要して伊奈帆はシミュレーションルームに到着した。時間帯は約五時、殆どの生徒は部活に勤しんでいる為に室内には殆ど人がいなかった。早速近くの球体状のポッドに乗り込み、瞼を閉じると接続開始と伊奈帆は言った。

 

 接続開始の言葉を認証したシステムが瞬時に搭乗者である伊奈帆の脳に作用を及ぼす。人体とシステムとの各種感覚の接続が順次に成されていき、それらが完了するとシステムは次の段階に移行した。

 

 暗闇に立つ伊奈帆の目の前にディスプレイが表示される。ディスプレイに記載されているのは使用可能な機体リストと武器のリストだ。操作感に慣れておこうと機体リストからラファールを選択し武器リストからは全距離に対応できる武装を選択する。

 

 それらの選択が終了すると、ディスプレイが消失し最後に機体の仕様を選ぶディスプレイが新たに表示された。スラスターを増設した高機動仕様を選択すると画面に記載されていたリストが消え、最後にモード選択の画面が宙に映し出される。

 

 仮想敵との戦闘を行うのは時期尚早だと判断した伊奈帆はISの操作感に慣れる為に指定された練習用ターゲットを撃ち抜くだけのモードを選択する。モード選択の直後、暗闇からIS学園のアリーナへと周囲の景色が切り替わる。

 

「火器管制システム及びハイパーセンサーと火器の照準機器を接続」

 

「アナリティカンエンジンとハイパーセンサーとの同調開始」

 

 ISでの高機動戦闘には不可欠なハイパーセンサー及び火器管制システムと武器に備え付けられた照準機器を接続する。そしてエンジンとハイパーセンサーとの同調が終わると伊奈帆は眼前に浮かぶスタートマークをタッチする。

 

 開始を告げる音と共に伊奈帆が立っている場所から数メートル先に練習用ターゲットが出現する。目標を捉えた伊奈帆はメインスラスターと脚部スラスターを吹かし、蒼炎をスラスターから迸らせながら機体を一気に加速させる。

 

 擦れ違い様に格納領域から取り出した振動ナイフでターゲットを切り裂くと次は数十メートル先のアリーナ上空にターゲットが出現する。ナイフを格納し、瞬時にサブマシンガンを呼び出すとターゲットへと照準を合わせる。

 

「ISでも反動を完全に相殺する事はできないか。そこは慣れるしかないかな」

 

 発砲時に一瞬だが体に掛かった反動を受けた伊奈帆はそう呟いた後、出現するターゲットを次々と手持ちの武器で破壊していく。そうして武器の扱いやISの操縦に慣れてきたと実感し始めるようになった伊奈帆は次の段階に映ることにした。

 

「モードを仮想敵との戦闘訓練に変更」

 

 伊奈帆の言葉を認識したシステムがアリーナ内に仮想敵となる機体をリスト内から現在の伊奈帆の技量などを計算して選択する。数秒の間を置いて伊奈帆が立つ場所から離れた場所に打鉄を装着した搭乗者の姿が生成される。

 

「打鉄か。機体のスペックはこっちの方が上だけど……相手の技量が分からない以上、油断はできないな」

 

 息を整えると伊奈帆は眼前のOKボタンをタッチし、訓練を開始する。予め携えていたサブマシンガンを構え打

鉄に照準を合わせてトリガーを引く。

 

 しかし打鉄の傍らに浮遊している打鉄の象徴である巨大な物理シールドが本体に直撃する筈だった弾丸をシャットアウトする。

 

 反撃に移ろうと打鉄は格納領域から狙撃用ライフルを呼び出すと標的である伊奈帆に照準を合わせようとする。

 

 だが打鉄が照準を合わせるよりも早く伊奈帆は格納領域から呼び出した物理シールドを前面に配置すると機体各部に備え付けられたスラスターを全て用いて加速しながらサブマシンガンの銃撃を相手のシールドに集約する。

 

「電子義眼解析、弾道予測──────算出」

 

 アナリティカンエンジンが弾き出した予測結果がハイパーセンサーへと伝達され、センサーの影響を受けて視界に弾道の予測線が浮かび上がる。その予測線通りに飛来する弾丸を伊奈帆はスラスターを吹かして回避する。

 

 サブマシンガンの銃撃によって打鉄のシールドが耐久度の限界を迎え破壊されて地面に落下する。同時にサブマシンガンの弾倉も空になり、弾切れになった銃を投げ捨てた伊奈帆は格納領域から単純な攻撃力なら第二世代最強と言われる武装を展開した。

 

 彼我の距離は既に数メートルまで縮まっていた。打鉄は相手の右手にある武装を確認するや否や狙撃用ライフルを手放すと近接戦用のブレードを展開し、構える。

 

「────ッ!」

 

 一閃。ブレードの間合いに入ったラファールの胴体目がけて横一文字に刃が振るわれる。

 

 が、予測通りの動きで振るわれた刃は伊奈帆に難なく躱される。打鉄の胴体目がけて突き出されるのは杭打ち機とリボルバーの機構が融合した近接兵器────パイルバンカー。

 

 現行の第三世代機のシールドエネルギーですら約四発で削り取れるのだ。それだけの威力を秘めた攻撃が直撃すれば運が悪ければ一撃で撃破される可能性もある。

 

 打鉄は咄嗟に物理シールドを二基とも杭の先端と装甲の間に滑り込ませた。

 

 しかし、このパイルバンカー《灰色の鱗殻》の異名である『盾殺し』の名は伊達ではなく堅牢を誇る打鉄のシールドを一撃で破壊する。

 

 これで最早、打鉄を守る物は無くなった。減速する事なく腹部装甲へと杭の先端を押し込みながら打鉄をアリーナの壁に叩きつけると連続して攻撃を叩き込む。

 

 二撃。それで訓練の決着は着いた。砕け散った装甲や破壊された盾、そしてシールドエネルギーが尽きた打鉄、今の試合の痕跡が全てアリーナ内から消え去る。

 

「訓練結果……判定はAか」

 

 結果は上々。しかし、この結果は機体性能と義眼による所が大きく自身の実力によるものでない事を自認していた伊奈帆は喜びを見せる事はなかった。

 

「休憩を挟んでから続きをやろうかな」

 

 システムとの接続を解除し、ポッドの中から降りた伊奈帆は室内に設置されている自販機で飲み物を選ぶとボタンを押す。

 

「これは……」

 

 自販機の取り出し口から天然水のボトルを取り出した伊奈帆はキャップの部分に小さなパッケージに包まれたマスコットが付属している事に気付く。パッケージに書かれている文面から、自分はどうやら千名だけに当たる『アイアン・ガイ』と言うアニメのコラボグッズを引き当ててしまったらしい。

 

 どうしたものかとキャップから取り外したマスコットを眺めていると、近くで何かが落下する音を捉えた伊奈帆は落下音が聞こえた場所に視線を向けた。

 

「そ、それ、アイアン・ガイの限定コラボグッズ……」

 

 日本は愚か世界中でも滅多に目にしないであろう鮮やかな水色の髪をした女子生徒は長方形のレンズ奥の瞳を驚愕によって大きく見開き、茫然とした声でそう呟いた。

 

 伊奈帆は彼女の姿に既視感を覚え、直ぐにその理由に思い至る。昨日ネット上でIS関連の情報を閲覧していた時に彼女が映っている映像を目にしたからだ。

 

 確か名前は更識簪─────日本の代表候補生。目を引く髪色だった為に記憶に強く残っていた。

 

 更識簪は自分が落としたメカニカル・キーボードには目もくれず、伊奈帆の元へと歩いてくる。

 

「あの……その、えっと……界塚伊奈帆、くん。お願いがあるんだけど……」

 

「お願い?」

 

 更識簪はしどろもどろな様子で伊奈帆にそう言ってきた。女子生徒の視線がコラボグッズと自分を往き来している事から彼女のお願いが何なのかを考える迄もなく伊奈帆は理解した。

 

「いま、界塚君が持ってるアイアン・ガイのコラボグッズを……譲ってほしい……」

 

「もちろん……ちゃんとお礼はするから……お願い」

 

 更識簪の言葉を受けて思案するような素振りを見せた伊奈帆は数秒後、簪の方を見ると口を開いた。

 

「分かった。グッズは譲る、だけど条件がある」

 

「条件……?」

 

「ISの操縦技術を教えてほしい。それかISの操縦技術に精通している人を教えてくれないか」

 

 代表候補生と言う肩書きを背負っている以上、技量も当然高い水準にある筈。一人で仮想敵を相手に訓練するよりも代表候補生から直に操縦技術を学んだ方が遙かに上達の速度は速い。

 

「えっ、あっ……っと、うん。いいよ」

 

 少しの逡巡を見せた簪だったが、結局は伊奈帆が出した条件を呑んだ。約束通りにコラボグッズを彼女に差し出すとグッズをそっと受け取った簪は頬を弛め満面の笑みを浮かべる。

 

 そんな簪を見て伊奈帆もふっと表情が僅かに緩む。理由は言わずもがな画像で見た時の固く冷たい表情と今の表情とのギャップが大きかったからだ。

 

 

 そんなシミュレーションルームでの一幕を挟んで二人は特訓を始める事になるのだった。

 

 




 いろいろ考えた結果、当初の予定通り伊奈帆にはラファール・リヴァイヴに乗って貰う事にしました。

 感想、評価お待ちしております。

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