IS-アルドノア   作:たまごねぎ

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 アナリティカルエンジンは登場させるのかとの感想に『読者の皆様の要望が多ければ登場させるのかもしれない』と返信しましたが、作者の独断で登場させました。

 混乱させてしまい申し訳ありません。


7話

「場所はここで間違いないですね」

 

 手元の端末にスレインは目を落とし、自分の眼前にある建物が千冬から伝え聞いていた場所である事を確認する。

 目線を端末の画面から建物の入り口に移動させると案内役らしきダークスーツを着た男性がスレインの方へと歩いてくるのが見えた。

 

「お待ちしておりました、スレイン・ザーツバルム・トロイヤード様。B/W社へようこそ」

 

「私は案内役のレイモンドと申します。それでは私についてきてください、社長がお待ちです」

 

 流暢な日本語でそう言い終えると男は建物の入り口へと歩き始めた。案内役の男に続いてスレインは大手IS開発企業であるB/W社の入り口を潜る。

 エレベーターと長い通路を経て、二人は分厚く巨大な金属製の扉の前に辿り着いた。

 

「ここから先は研究区画となっています」

 

 男が扉横の生体認証システムを操作すると圧縮された空気が抜ける音と共に扉が開き、冷たく乾燥した風がスレインの頬を叩いた。

 

「空調がかなり効いていますね」

 

「はい。精密機械を多く取り扱っていますので、常に気温と湿度は常温よりも低く保たれています」

 

 スレインが思わず漏らした言葉に、案内役の男は律儀に言葉を返す。青白い照明が照らす大部分が白亜の素材で構成された廊下を二人分の足音を意識しながら数十メートル歩くと、先導する男が通路奥のドアの前で足を止めた。

 

 ドア上の壁には“第一研究室”と書かれた簡素なプレート。男が先と同じように生体認証システムの操作を終えると、重々しく横に扉が動く。

 

「B/W社へようこそ」

 

 ドアの向こう側、IS学園に設置されている物を上回る巨大なモニタパネルの手前には幾つもの器具が設置されていた。

 そしてモニタパネルに表示されている作業風景を立ち姿のまま眺めていた男はスレイン達の入室と同時に視線をモニタパネルから外し、スレインへと向けるとそう言って微笑を浮かべた。

 

「それでは、私はこれで失礼致します」

 

 役目を終えた案内役の男は社長、そして続いてスレインに一礼すると部屋を去った。ドアの開閉音のあと社長は懐から黒色の端末を取り出すと手早く操作を済ませ、視線を端末からスレインへと動かした。

 

「さて、学園長から名前は聞いていると思うが改めて自己紹介させて貰うよ。B/W社の社長を務めているエリック・ギャロップだ、宜しく頼む」

 

「スレイン・ザーツバルム・トロイヤードです」

 

 差し出された手を握り返し握手を交わす。眼鏡越しに視線が交わる、一見して顔に浮かべているのは人懐こそうな対面した人間に好印象を与える笑顔。

 

 彼が浮かべている笑顔と同種の笑みを火星で幾度となくスレインは目にしてきている。そう言った相手は必ず笑顔の裏では何か考えを巡らせているのが常。

 

 それに何よりも眼鏡の奥にある眼からは何の感情も見透かす事は叶わなかった。一般人なら誰しも瞳の中に宿らせている感情を読み取らせない時点でこの社長が腹の探り合いに関して経験がある事を証明していた。

 

「初対面の相手にそのような視線を向けるのは些か礼を欠いた行いと言わざるを得ないが……君の場合は仕方がないか」

 

「学園長から事情は聞いているよ。話を聞いた時は正直に言って一欠片も信じてはいなかったが、君の機体と機体内にあったデータを目の当たりにしてはね。確たる証拠がある以上信じざるを得ない」

 

 証拠が揃っていても信じるまでには時間を要したがねとの言を社長は発する。確かに証拠が揃っていたとしても荒唐無稽な事実を受け入れるのには、どんな人物でも大なり小なり時間を要する。

 

「アルドノア。古代人の遺したオーバーテクノロジー。それを利用した短期的な未来予知を可能にする量子演算システム─────君の機体に内蔵されているモノが公に広まれば確実に世界を揺るがす」

 

 先程と変わらぬ口調で平然と秘密を口に出した社長に驚きを隠し切れなかったスレインに、社長は手に握られていた端末を見せると会話前に行った操作でこの部屋は外部からシャットアウトされており盗聴の心配は必要ないと伝えた。

 

「情報漏洩を防ぐ為に君の機体についての詳細な情報を知り得るのは極めて少数の限られた人間だけ、何れも信頼に足る人物ばかりだ。機体の最終的な調整を担当するのも彼らになる」

 

 そこで一旦話を打ち切った社長は息を吐くと次の話に移った。

 

「モニタパネルを見てくれ。君の機体に搭載される予定の武装だ」

 

 社長が器具を操作するとモニタパネルに映し出されていた作業風景が切り替わり武装の画像、続いて武装に関する情報が画面に表示された。

 

「量子演算システムを抜きにした君の機体情報を簡潔に纏めるとシールドと機銃、ブレードとオーソドックスな武装を搭載した高機動型の機体だ」

 

「君が属していた組織が運用していた機体達のデータを閲覧させて貰ったが、特異な能力を行使するための装備。それの搭載によって汎用性を著しく欠いた機体が多い中で君の機体は汎用性に優れていた」

 

「能力を攻略されてしまえば一気に弱体化しないと言うメリットを得た一方で火力は他の機体と比べて大きく劣ってしまった。それは搭乗者だった君自身が一番理解していると思う」

 

 社長の言は的を射ていた。現にスレインは火力不足を未来予測と策を弄する事でカバーしていたのだから。月面での決戦時でも界塚伊奈帆にそこを突かれた。

 

 複数のワイヤーアンカーを用いて機体を捕縛され量子アンテナを破壊された事で未来予測を潰された後の戦闘が全てを物語っている。機銃はシールドで防がれ、そのシールドを破壊する為に用いたブレードは相手の替え刃式のブレードで折られた。

 

「そこで我々はタルシスの火力を向上させる所から始めた。一番上のモニタパネルに表示されているのが、対装甲用の高周波ブレードだ」

 

 一番上のモニタパネルには元から搭載されていたブレードと同じ形状の、しかし刀身の材質をレアメタルに変更し硬化処理を施したことで艶やかな黒色に変わったブレードが移っていた。

 

 振動剣────刀身を超音速で振動させ対象の分子結合を解く事で従来の刃物とは比較にならない程の切れ味を獲得した武装の事だ。

 

「切断効果を測る試験では実際にISの装甲に用いられている合金を容易く切断している。加えて実戦での使用に耐えうるかどうかを模擬戦闘を行う事で計測したのだが、シールドバリアを貫通してIS本体の装甲を切り裂いた」

 

「話を聞く限りでは威力は申し分ないですね。搭載される以上、解決されているのだと思いますが念の為に質問させていただいても構いませんか?」

 

 扱うのは彼らではなく自身なのだ。機体に搭載される武装については完全に把握しておきたかったスレインは社長に刀身を振動させる為の電力はどこから持ってくるのかとの問いを投げかける。

 

「良い質問だ。電力の方は柄に内蔵されたコネクタと機体の手とのコネクタを接続して供給する」

 

「振動剣についての説明もこの辺りにして、次の武装の説明に移ろうか。次の武装はタルシスの主武装となる電磁加速砲、俗に言うレールガンというヤツだ」

 

 電磁加速砲─────従来の火器とは異なり電磁力を用いてスレインもヴァースに属していた時にデータでその詳細を把握していた。

 

「実用化されていたんですね。電力の問題はISコアから供給されるエネルギーを用いる事で解決されたのですか?」

 

「その通りだ。レールガン開発の課題の一つだった弾体を打ち出す際に消費する莫大な電力はISコアを用いる事で解決の目処が立った」

 

 しかし電力の問題を解決できたとしても、レールガン実用化までは数多くの課題が存在した筈だ。発射時に生じる摩擦で射撃の度に換装が必要になるほど損傷を負う砲身・砲身の小型化・電気抵抗や耐熱問題・そして速度表皮効果の対策など。

 

 それらの問題を如何なる手段で解決したのか興味が湧いたスレインは問題の解決策を社長に尋ね、社長は逐一その質問に答えを返した。

 

「新素材の採用で砲身の問題解決と小型化を実現、ですか。質問に答えて下さりありがとうございます」

 

「構わないさ。話を元に戻そうか、このレールガンはタルシスに搭載されている演算システムと併用する事で理論上は超高速機動を行うISに対して弾体を確実に命中させる事ができる。勿論、シールドバリアを貫通できる事は実証済みだ」

 

「と、言ってもまだ開発途中なんだがね。機体に装備されるのは先の話になる」

 

「じゃあ次は腕部機関砲とシールドの位置変更について説明させてもらおうか」

 

 モニタの映像が切り替わる。映し出されたのは腕部機関砲の画像と機体の前面と背面の画像だ。

 

「搭載されていた複合攻撃型機動外殻防盾は2基とも両腕からバックパックにサブアームを介して接続する方式に変更し、空いた両腕に小型の機関砲を搭載する予定だ」

 

 社長曰く腕の稼動範囲よりもサブアームの稼動範囲の方が広く広範囲に渡って防御でき、両腕を自由に使えることが可能になるため位置が変更されることになったとの話だ。

 

「サブアームはどうやって操作を?」

 

「基本はプログラム通りに自動で動くがブレインインターフェースを介して君自身で動かすこともできる。切り替えは自由だ」

 

「さて。追加武装についての話は以上になる、ひとまず休憩を挟んでから次の話に移ろうか」

 

 社長に奥にある椅子に腰掛けるよう促されたスレインは椅子へと歩いていく。テーブルの上にはウェルカムフルーツと凝った模様の包み紙で包まれた高級菓子が幾つも入った籠が置かれているのが見え、スレインにはその菓子が幼い頃に食べた覚えがある菓子と重なって見えた。

 

 

 ****

 

 

「義眼の調子はどうだい?」

 

「至って良好です」

 

 伊奈帆の眼前に座る特徴的なフォルムの眼鏡をかけた医師は、伊奈帆の言葉を聞くとそれは良かったと笑みを浮かべる。入学式の次の日、伊奈帆はIS学園を離れ面識のある医師の元を訪れていた。

 

 自身が知り得ぬ内に再び左眼窩に嵌まっていたアナリティカルエンジン。この世界に来た際、ほとんど強制的に行われた身体検査で伊奈帆の義眼解析を担当したのが

この医師である。

 

 この世界では自分達がいた世界と比べて幾つかの技術が大きく発展しており、アナリティカルエンジンのような生態デバイスの技術もその発展した技術の内の一つだ。

 

 この医師はそう言った分野に長けており、異なる世界の生態デバイスを解析しただけでなく改良もこの世界に存在する生態デバイスとの共通点が多かったとの理由があるとは言え短時間で済ませた所から彼の手腕が窺い知れる。

 

「それは良かった。何分、異なる世界の生態デバイスを弄るなんて始めての事だから私としても不安だったんだ」

 

「私も生態デバイスが関わった施術は何回も行ってきたが今回の施術は今までで一番緊張したよ。いや、本当によかった」

 

 この場所に来てから既にかなりの時間が経過している、医師の奥にある窓の外には漆黒の闇が広がっていた。行きにかかった時間を考えればIS学園に戻る頃には今日の時刻から明日の時刻に移っている事だろう。

 

「界塚君。分かっているとは思うがくれぐれも義眼の過度な使用は控えるようにね」

 

「……善処します」

 

 部屋から出て行く寸前、医師から忠告を受けた伊奈帆はそう答えた─────そう答えるしかなかった。何故なら今後、何かしらの危機が自分に襲いかかってきた場合、自分は間違いなくアナリティカルエンジンを酷使するだろうとの確信があったからだ。

 

 部屋を出た伊奈帆は出口がある階まで降りる為にエレベータのある場所へとエンジンの改良を実感しながら歩いていく。

 

 元の世界で左眼窩に搭載されていたアナリティカルエンジンは神経接続の弊害として絶えず僅かな痛みと不快感を伊奈帆に与えていたが、医師の改良によって痛みと不快感は気にならない程度にまで押さえ込まれていた。

 

 しかし改良がもたらしたのは良い事ばかりではない。間違いなく学園長の指示だろう、アナリティカルエンジンの機能に医師にしか解除できない類の制限が設けられていた。

 

 制限された機能が使う機会の限られ尚かつ彼らにとって危険な、例えば外部のシステムやネットワークに干渉できる機能である事が救いか。

 

 負荷を減らす為に日常生活を送る分には必要の無い機能をカットする。この操作によって今のアナリティカルエンジンは通常の眼球の役割を果たすだけのデバイスとなった。

 

 外に出た伊奈帆は時刻を確認すると、駅へと向かうのだった。

 

 

 

 ****

 

 

「試合の日まであと六日か」

 

 入学前に届いた予習用の参考書を電話帳と間違えてしまい捨ててしまうと言う致命的な失敗を犯し、完全にスタートラインから出遅れてしまった一夏は周囲との差を少しでも縮める為に奮闘していた。

 

 一旦、ノートに参考書の内容を書き写す作業を中断すると机の上に置いてあった携帯端末を操作し、空中に半透明のディスプレイとキーボードを出現させる。出現したキーボードを叩き、一夏はディスプレイの画面にとある動画を映し出した。

 

 映し出されたのは最も普及しているISであるテンペスタの姿と一夏のクラスメイトであり六日後の対戦相手の一人でもある代表候補生のセシリア・オルコットがISを纏って浮遊する姿だった。 

 一夏が再生したのはイギリス政府がアラスカ条約で定められているISに関する技術の公開、そして外部へのPRを兼ねて配信した動画だ。

 

 戦いが始まる。両機は試合場の中を音速を超える速さで移動しながら互いの獲物を相手に向け、弾丸とレーザーを放つ。

 

 遠距離射撃型と言うだけあって手に長大なレーザーライフルを所持した蒼いISを駆るセシリアは機体の各所に搭載されているスラスターを巧みに操り複雑な軌道を持って飛来する弾丸を回避しつつ、隙を突いて相手のISにレーザーを正確に命中させていく。

 

 試合開始から、ある程度の時間が経過した頃にはセシリアのISは損傷らしい損傷を負っていないのに対して相手側のISは装甲の所々がレーザーの被弾によって融解しており無残な姿を衆目に晒していた。

 

 テンペスタの限界が近い事は誰の目に見ても明らかだった。現に機体を駆る操縦者の顔には焦燥と疲労が浮かんでいた。

 

 そして、試合の幕が引かれる。

 

『ブルーティアーズ!!』

 

 セシリアの声に彼女が駆る機体が反応を示した。機体の肩部近くを漂っていた非固定浮遊部位から合計四基の機体と同じ色をしたフィン状のパーツが切り離され、機体の周囲に滞空する。

 

 次の瞬間、俊敏な機動でテンペスタを取り囲みパーツ先端にある透明な部位から放たれた四つのレーザーがレーザーライフルの被弾で殆ど削り取られていたテンペスタのシールドエネルギーを完全に零にし、試合に幕を引いた所で動画は終わった。

 

「分かったのはセシリアのISが遠距離射撃型だってことと、ブルーティアーズって言う特殊な武器を使うって事……あとは滅茶苦茶強いってこと位か」

 

「射撃もだけど、あのブルーティアーズって武器が問題だ」

 

 動画には機体のデータ─────つまりブルーティアーズに関する情報も記載されており、あの武器は操縦者の意思で稼働する無線誘導兵器でオールレンジからの攻撃が可能と説明欄にあった。

 

 あの精密な射撃と四方八方からの光線を専用機が与えられるとは言え、ISでの戦闘に関しては素人の自分が避けるイメージが全く湧いてこなかった。

 

「……やれるだけやってやるさ」

 

 弟の自分が為す術もなく敗北しては世界最強と名高いIS操縦者である姉の名に傷がつくと考えていた一夏は勝ちは拾えずとも、せめて姉に顔向けできるような戦いにすることを胸の内で誓うのだった。

 

 

 




 次の次ぐらいの話には何らかの形で戦闘シーンを入れたいですね。

 作品とは関係ない話になりますが、すかすかがとても面白いです。一話の冒頭の時点で鬱な雰囲気が全開だったので毎回不安を感じながら見てます。

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