IS-アルドノア   作:たまごねぎ

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 今週の鉄オルの次回予告、不穏すぎんよ~

 今回は体のどこをバルバトスに差し出すんだ……(恐怖)




第5話

「失礼します」

 

 職員室の扉を叩いて、中にIS学園の制服を身につけた一人の男子生徒が入ってくる。なぜ女子生徒しかいない筈のIS学園に男子生徒がいるのか───それは入室してきた彼は男でありながらISを動かす事ができる男性操縦者だからだ。

 

 職員室内の視線が一点に集中する。しかし彼は向けられる視線を意に介した様子もなく職員室の端にあるパネル型の簡素な敷居で区切られた一角へと歩いていく。その一角には黒いスーツを着こなした鋭利な刃を思わせる女性と、その女性と対照的な温和な雰囲気の小柄な女性が椅子に座っていた。

 

「来たか、界塚」

 

「話とは何ですか。織斑先生」

 

 黒いスーツを着た女性の方に顔を向けると、伊奈帆は自分を職員室に読んだ理由──話とは何なのかを尋ねた。

 

「ああ、お前のIS学園入学に関する話だ。トロイヤードには話をしていたがお前にはまだ話をしていなかったからな」

 

「お前とトロイヤードは特例での入学扱いとして、一般の生徒が受ける入学試験は免除となる。ISの適性検査やその他の検査は授業中に計測させてもらう」

 

「分かりました」

 

「話は以上だ。何か質問はあるか?」

 

 数秒の間、質問するべきか悩んだあと質問する必要は無いと判断した伊奈帆は首を横に振ることでその問いの答えとした。

 

「そうか。ならトロイヤードにいつもの場所に来いと伝えてくれ」

 

「分かりました」

 

 失礼しますと言って職員室から退室すると、スレインいる部屋へと伊奈帆は歩き出した。職員室から出て数分のあと、スレインがいる部屋に着いた伊奈帆は扉をノックする。

 少しの間を空けて、部屋の扉を開いてスレインが出てきた。僕の姿を見た瞬間、顔を僅かに歪めるのはいつもの事なので気に掛ける事はしない。

 

「何の用だ」

 

「織斑先生がいつもの場所に来いと言っていた」

 

「分かった」

 

 そう言うとスレインは僕の横を通り過ぎ、あの場所へと歩いていった。スレインの後ろ姿を見ながら伊奈帆は数ヶ月前までの彼の姿と今の姿を比べる。

 

 数ヶ月前までの彼は飲食物の類を全く採らず、彼の元に訪れた伊奈帆が話しかけても全く反応を見せずに時折、生気の抜けた瞳でこちらを見ると擦れた声で殺してくれと呟くだけだった。 

 

 そんな生ける屍だった彼が変化を見せたのは、伊奈帆がアセイラム姫の願いを彼に語った時からだ。生気が感じられない濁った瞳が光を取り戻した光景は今でも鮮明に思い出せる。

 

 その日から彼は出された食事を全て食べるようになった。空になった食器を見て目を疑いましたよと看守が言っていたのを思い出す。加えて、時折口にしていた殺してくれとの言葉を口にする事もなくなった。

 

 アセイラム姫の願いを受け入れたのかどうかは分からないが少なくとも彼は一生、己の罪と向き合い続ける選択を選んだ。

 

 

 IS学園の入学式まで後一日。考えを止め、再び学生生活を送ると言う事を受けて奇妙な心境の伊奈帆は窓から自分の部屋へと戻っていく。

 

 

****

 

 

 なぜ、界塚伊奈帆もこの世界に来たのか。一体何が起こっているのか───────

 

 あの場所へと続く通路を歩きながら、スレインはこの数日間を振り返ると共に界塚伊奈帆がこの世界に来た理由を考えていた。

 

 自分が男性操縦者である事が判明した日に自分と同じように何の前触れもなくアルドノアの光を伴って界塚は現れた。

 

 ひと悶着のあと追加の書類を渡すために部屋を訪れた織斑千冬に事情を説明すると千冬は『また厄介事か』との言葉を零すと界塚を部屋の外へと連れていった。

 

 再び部屋へと戻ってきた界塚は見る限りでは異常な事態に動揺する素振りを見せず、いつもと変わらない様子で僕に『異なる世界に来てしまった原因に心当たりはあるか』と尋ねてきた。

 

 嘘を吐く必要性も感じなかったので心当たりが無い事を述べると界塚は左眼窩に取り付けられた義眼、アルドノアの技術を用いて作られた解析機関で嘘でないことを確認したらしく探りを入れる事もなく分かったと返した。

 

 その後の数日は自分も彼も渡された教科書と参考書の内容を把握するのと書類に目を通すのに追われ、言葉を交わす暇もなく時間が過ぎていき、気づけば入学式の前日だ。

 

 一日がとても長く感じられた拘置所での生活とは真逆の数日間。外界から隔絶された場所での密度が薄い生活に慣れていたスレインは今の生活に違和感を覚えていた。

 

 考え事をしている内に目的の場所まで来てしまった。礼儀として服装の乱れを整えるとスレインは扉のロックを解除すると室内に入る。

 

 

****

 

 

「失礼します」

 

「これで全員揃いましたね。それでは話を始めましょうか」

 

 場が整った所で椅子に座る老人、もとい轡木十蔵がが口を開く。彼の口から語られたのは、タルシスは第三世代の試作機と言う名目で名実共にスレインの専用機となる事と学園長と私的な繋がりがある企業がタルシスのメンテナンスや追加武装のサポートを受け持つとの話だった。

 

「君が危惧しているような事態にはならないよ、トロイヤード君。実際に彼と話をしてみれば分かるさ」

 

 スレインの表情から内心を読み取ったらしい。これまで接した僅かな時間からスレインは学園長が考えを巡らせない馬鹿ではない事は知っている。

 

 彼──────つまり、企業の社長はこの世界において非常に危うい因子であるタルシスの扱い方を心得ているのだろう。

 

「話は以上になる。用件があれば、またこちらから呼び出させて貰うよ」

 

「分かりました。それでは失礼します、学園長」

 

 一礼をした後、自分に背を向けて職員室へと歩いていくスレインの姿を目で追いながら学園長は異なる世界からやって来た彼らは一体、何者なのだろうかとの考えを馳せる。

 

 一時期、軍に滞在していた経験がある学園長は界塚とスレインを一目見た時、彼らの纏う雰囲気から二人が軍人───しかも只の軍人ではなく幾度となく死線を潜り抜けてきた歴戦の軍人であることを見抜いていた。

 

 この場にいる者は身体検査の折にスレインの上半身に刻まれた夥しい数の傷痕を目にしている。事故で負った物では決して無い、あれは道具を用いた拷問によって刻まれた傷だ。界塚伊奈帆の方も身体検査の際に側頭部の傷痕が銃弾によってつけられた物だと判明している。

 

 彼らの身に刻まれた傷痕は二人が間違いなく一般人では無いと言うと言う事を雄弁に語っていたのだ。

 

 彼らの纏う雰囲気と体に刻まれた傷痕を見た当初、彼らがIS学園に害を為す者なのではないかと危惧し警戒していたが、ここ数日の二人の行動を見る限りでは自分や他の者に害を与えようとする意志は全く感じられない。

 

 その事から彼らに対してある程度の信頼は置いているものの、学園長は彼らを完全には信用していない。今の時点では二人が何かこちらに害を与えようとする様子は見受けられない。だが、もし二人がこの学園と生徒達に手を出すよう事があれば─────────

 

 

「彼らに掛けた保険を使う時がこなければいいのですが」

 

 

 

****

 

 

 

「まさか、写真以外で欠けていない月を見られるなんて思いもしなかった」

 

 机の上に広げられている教科書と参考書から目を離し、伊奈帆はヘブンズ・フォールが起こる以前の人々が当たり前のように目にしていたであろう夜空に浮かぶ欠けが存在しない満月の姿を忘れる事が無いようにと瞳に焼き付ける。

 

 この数日、教科書や参考書に目を通す傍ら貸し出された情報端末を使用して元の世界に帰る為の糸口を模索した結果、IS──インフィニット・ストラトスと言うオーバーテクノロジーの塊を開発した天才科学者、篠ノ之束博士の技術力を持ってすれば元の世界へと帰還する為の手段を用意できるのではないかとの考えに伊奈帆は辿り着いた。

 

 しかし篠ノ之博士はISを世界に発表した直後に失踪しており、今も尚あらゆる国家が総力を上げて行方を探していているがその足取りは以前として分からないままだ。

 

 ISを発表した直後に失踪した篠ノ之博士の話を目にした時、伊奈帆はイタリアの天才物理学者であるエットーレ・マヨラナの事が脳裏に浮かんだ。

 

 かの原爆を開発したマンハッタン計画の中心人物であったエンリコ・フェルミやフォン・ノイマンと言った歴史に名を残す天才達を凌ぐ天才だった彼は篠ノ之博士と同じように三十一才の若さで失踪した。

 失踪した当時、巷では自殺したと言う説や隠遁したのだなどと様々な説がまことしやかに囁かれており、一部では宇宙人に拉致されたのだと言うとんでもない説も囁かれていたらしい。

 

 結局のところマヨラナはなぜ失踪したのか────伊奈帆はその理由について、ある人物が唱えた説が最も有力な説なのではないかと睨んでいた。

 

 その人物の説によれば、マヨラナは抜きん出た才覚故に科学が自分達の手に負えない途轍もない世界の扉を開いてしまう事を誰よりも早く理解してしまった。その事に気づいたマヨラナは恐怖し、絶望した為に世捨て人となってしまい世間から消えてしまったのではないか────と言うのが、その人物が唱えた説だ。

 

 篠ノ之博士もマヨラナと同じ道を辿ってしまったのかは分からないが、その可能性が無いとは言い切れない。

 

「博士の協力を得る事ができない可能性の方が高い以上、元の世界に帰る為の手段を用意する方法は現時点では存在しないか。……当分の間はこの世界に留まることになりそうだな」

 

 手段を用意できる方法が現時点では存在しない以上、この世界では只の学生に過ぎない自分ができる事と言えば帰還の手段を模索し続けることとIS学園の生徒として再び学業に取り組むこと位しかない。

 

「それにしても、なぜ女性にしか動かす事ができないISを僕たちが動かせる?………まさかとは思うけど、アルドノアの起動因子が関わっているのか?」

 

「もしくは、ISのコアにはアルドノアに由来するテクノロジーが使われているか……」

 

 情報が全く存在しない今の時点では考えのどれもが確たる証を持たない。考えても仕方のないことだ。

 

 それよりも伊奈帆はこの世界に来た際に起きたある事から言い得ぬ不安が胸に巣くっているのを感じていた。

 

 終戦後、使う必要がないからと外した筈のアナリティカルエンジンが再び眼窩に嵌まっていたのだ。いかなる理由で戦争中、自身を幾度となく助けてくれた解析機関が再び伊奈帆の元へと戻ってきた意味──────

 

 それは、再び使う必要が出てくるからだろうか。

 

 これ以上考えても無意味だと伊奈帆は思考を中断すると、不安を紛らわすかのように再び机の上に広げられている教科書と参考書に目を落としてノートに書き込みをしていく。

 

 そして夜は更けていく────

 

 




 次回からは本格的にIS側のキャラと絡ませていきたいと思っています。

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