IS-アルドノア   作:たまごねぎ

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第3話

  

『相変わらず仕事が早いな、君は』

 

 差し出した書類の束を確認したあと、目の前に

ある椅子に腰掛けている初老の男性、この基地の

責任者である山本大佐は僕の方を向くと苦笑を

零した。

 

「ありがとうございます」

 

『それにしても珍しい事もあったものだ。最初、

君から休暇願いを申請された時は思わず目を疑っ

たよ』

 

『まぁ良い、君にとっては久しぶりの休暇だろう。

存分に羽根を伸ばしてきてくれ、界塚中尉』

 

「はい。失礼します」

 

 山本大佐に向けて敬礼をしたあと、部屋の

ドアを開け外へと出て行く。界塚中尉が退出した

のを確かめると大佐はポツリと言葉を呟いた。

 

『君も大変だな。中尉、いや“英雄”と呼ぶべきか』

 

 

****

 

 

『お疲れ様です。界塚中尉』

 

「お疲れ様」

 

 通りがかった同僚と挨拶を交わす。

現在、自分は荷物を取りに基地の東側にある宿舎

へと向かっている。時刻を確認するために手元の

時計に目を落とすと針は十時を差していた。

 

「不味いな……」

 

 確か新芦行きのバスが来る時刻は十時三十分だった筈だ。荷物を取ってから基地前にある停留所へ向かう時間を計算したが、このままでは乗り遅れるかもしれない。

 

 基地内を走り回る訳にもいかないので、足早に宿舎内にある自分の部屋へと向かう。

 

 それから、少しのあと宿舎内にある自分の部屋へと到着した。ドアを開け、前日に纏めておいた荷物を鞄の中へとしまい込む。これでもう基地内に用は無い。後は基地の外にある停留所へと向かうだけだ。

 

 基地の外へと繋がる扉はロビーを抜けた先にある。荷物を詰めた鞄を肩に掛け、再び足早にロビーへと足を運ぶ。

 幸運な事に宿舎とロビーとの距離はそれほど開いてはおらず、ものの数分でロビーまでたどり着くことができた。

 

 ロビーへと足を踏み入れた瞬間、その場にいた全員の視線が突き刺さるのを感じた。視線の中に含まれる感情は尊敬や憧憬と言った物が半分、もう半分は嫉みや僻みと言った感情だった。

 

 このような視線を向けられるのは今に始まった事ではない為、別段気に病む事も無いのだが、それでも余り気持ちの良い物ではない。

 この視線から早く逃れたいと言う気持ちもあり視線の中を潜り抜け基地の外へと繋がる扉まで軽く走る。扉の前に近づくと自動ドアが開き、潮の匂いが混じった風が顔に吹き付けてきた。

 

「やっぱり外の空気は良い」

 

 一呼吸した後、停留所の方を向くと以前乗っていたバスとは異なる真新しいバスが停車しているのが目に映った。自分がたどり着く前に出発しないでくれと願いながら全速力で駆け出す。

 

「なんとか間に合った」

 

 車内の椅子に座り、溜まった息を吐き出す。それと同時に停車していたバスが動きだした。目的地に着くまで特にする事もないのでバスの窓から外の景色をぼんやりと眺める。

 

 戦争が始まる前はこの辺りには付近の海で取れた魚介類を加工する工場が建ち並んでいたのだが、それも隕石爆撃によって破壊されたのか跡形もなく消え失せていた。

 

 市街地の復興はかなり進んでおり、以前と同じ姿を取り戻してきているがこの辺りの復興は見ての通り全く進んでいない。その事も含めて自分達軍人が為すべき事は山の様にある。

 

 だが、今回の休暇の間だけはそれらの事を忘れ羽根を休める事ができる。只でさえ、先の戦争で軍属の人間は人手が足りない。

 山本大佐に休暇を申請した時には恐らく却下されると踏んでいた為に許可を貰った際は驚いた。勿論、顔には出さなかったが。

 

 景色を見るのも飽きたので、新しいバスの車内を見回す。戦争が起こる前に自分達がよく乗っていたこの車両と同じ型のバスは市内の建物と一緒に隕石爆撃で破壊されている。

 

 バスの後部座席を見て確かあの席に自分達は良く座っていたなと昔を思い出し懐かしさがこみ上げる。だが、もうあのバス、あの席で五人揃って座る事はできないのだ。

 

 火星のカタフラクトに遺骸すら消滅させられて殺された親友の事を思い出し胸に虚しさが去来する。今回の休暇中に彼の墓へと行かなければと思いながら、後部座席から視線を逸らし現在どの辺りを走っているかを確かめる為に窓の外を見る。

 

 先ほどまでは目につく物と言えば荒れ果てた土地と海ぐらいしか無かったが、徐々に市街地へと近づいているのか建物がまばらに立っているのが見える。この様子だともう少しで市街地へと到着するだろう。

 

 市街地に行くのも久しぶりだ。町がどの様な姿へ変わっているのかを考える事で伊奈帆は残りの時間を潰すことにした。

 

 

****

 

 

「前に来たときよりも復興は進んでるな」

 

 バスから降りて町の姿を見渡した時に抱いた感想が口から漏れる。前に来たときは、小さな建物はともかく高層ビルやマンションなどは工事の真っ最中だったと言うのに今は完成した姿を衆目に晒している。

 

 一通り町の姿を見たあと、休暇の間滞在するマンションへと歩き出す。時計に目を落とすと時刻は十一時を回っている。それを見て、目的地であるマンションへと行く前に何か食べていこうかと考えながら歩を進める。

 

 昼時と言う事もあってか、以前よりも人の往来が激しい。以前なら単に面倒だなと感じただけだった人の波に揉まれる事も裏を返せば人が多くいる事の証明だ。復興初期の人が誰もいない閑散とした町を見た身としては、人の波に揉まれている今の状況に感慨深い気持ちを覚える。

 

 人の波を抜け、歩道を歩く道すがら辺りに立ち並ぶ多種多様な店を見ていく。その途中、聞き慣れた声が自分の名前を呼ぶのを耳が捉えた。

 

『おーい、伊奈帆ー!』

 

「あれは……カームか」

 

 声の主は、学生時代からの友人であるカーム・クラフトマンだった。彼も休暇中なのだろうか普段着ている作業服ではなくラフな私服を身につけている。こちらへと走りよってきた彼は開口一番、なぜ僕がここにいるのかを尋ねてきた。

 

『伊奈帆!何で町にいるんだ、任務は?』

 

「任務は休みだよ、休暇を取ったから」

 

 僕の返答を聞くとカームは開いた口が塞がらないと言った様子で少しの間、茫然とした表情を浮かべていたが我に返るなり、信じられないと言い首を振った。

 

「お前が休暇?噓だろ、軍に入ってからお前が休暇を取ったなんて話を俺は一度も聞いた事がないぜ」

 

「僕だって偶には休暇を取るよ。ところで、ここにいるって事はカームも休暇?」

 

『まあな。それよりここで話すのもアレだろ。近くに良い店があるんだ。その中で話そうぜ』

 

 ちょうど空腹だった事もあり、彼の提案に頷きを返す。軍属と言う事で普段はお互い職務に忙殺され、最近はまともに話す事ができなかったので今回話せる機会を得られた事は幸運だったなと考えながら、カームの後についてその店まで歩いていく事にした。

 

 

****

 

 

「美味しいね。ここのコーヒー」

 

『だろ?』

 

 運ばれてきた湯気が朦々と立ちのぼるコーヒーを口に運び、その味に素直な感想を述べる。

 最近はコーヒーと言えば、自販機で販売されている缶コーヒーか施設内に設置されている器具から煎れられるインスタントコーヒーしか飲んでいなかった為に久々に単なる苦い液体ではなく“コーヒー”と言う物を飲んだ気がした。

 

「それよりも意外だよ。カームがこう言う落ち着いた雰囲気の店が好きだとは思わなかった」

 

『じゃあ、どう言う店が好きだと思ってたんだ?』

 

 僕の放った言葉に気を悪くしたのか彼は若干顔を顰めながら、続きを促す。

 

「……居酒屋とか?」

 

『確かに居酒屋とかも好きだけどよ。こう言う店だって好きなんだぜ?』

 

 溜息を吐くと彼は注文したカフェラテを口へ運んだ。その後少しの間、カームと主に最近の出来事について雑談する。会話の内容は取り留めも無い物ばかりだったが、久しぶりの会話と言う事もあって話が弾んだ。

 

「もうこんな時間か。じゃあ僕はそろそろ行くよ」

 

 手元の時計を見ると、話を始めてから結構な時間が経っていた。何時までもこの席に座っているのも迷惑だろうと考え、コーヒーと話の途中に注文した軽食分の代金をテーブルの上に置くと席から立ち上がる。

 

『おう、久々に話せて楽しかったぜ。じゃあな伊奈帆、休暇を楽しめよ」

 

「うん。カームも」

 

 この休暇が終わればお互いにまた軍務に戻らなければならない。自分はデスクワークをカームは普段通り基地内に置かれているカタフラクトの整備を行う事になるだろう。

 

 当然ながら連日に渡る任務は苦しい物がある。だが、この仕事を辞めようとは思わない。何故なら落ち着きを取り戻してきたとは言え未だ世界には火星軍の残党に怯える人々がいる。そして復興の目処が立たない地域も星の数ほどある。

 そして何よりスレイン・トロイヤードを救ってほしいと言うアセイラム姫の願いを自分はまだ叶えていない。それらの問題を解決していく事こそが自分に__界塚伊奈帆にとっての罪滅ぼしなのだから。

 

 ドアを開け、店の外へと伊奈帆は出て行く。その姿を見送ったカームはすっかり冷めてしまったカフェラテを飲む作業に戻っていった。

 

 

 ****

 

  

「ただいま」

 

 家の中から返事は返ってこない。それも当然のこと__同居している姉は現在、海外へと任務に駆り出されているからだ。靴を脱いでルームシューズへと履き替えると荷物を置きに自室へと歩いていく。

 

 部屋のベッドの上に荷物を置いた伊奈帆は自室を見渡し掃除が行き届いている事を確認する。自分が任務で家を空けている間にユキ姉がやっておいてくれたのだろう。

 あの怠け者の姉が他人の部屋の掃除をするなど以前

は考えられられなかった事だが姉もこの数年の間に成長したらしい。口元に笑みを浮かべながら伊奈帆は一息つこうとソファーに腰を下ろした。

 

 腰を下ろした瞬間、連日に渡る任務から解放された為だろう溜まっていた疲労、睡魔が一気に押し寄せてきた。抗い難い睡魔に負け伊奈帆の意識はなすすべもなく暗闇へと墜ちていく。

 

 直後、“彼”と同じように伊奈帆も体を青く光る粒子に覆われ眩い光が伊奈帆の体を覆う粒子から放たれたあと、忽然と伊奈帆の姿は消えていた___

 

 

 




 

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