IS-アルドノア   作:たまごねぎ

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 大幅に改稿しました。


第2話

「ここは……?」

 

 目を開けると、視界に映っていたのは見知らぬ天井。数回ほど瞬きをしてから、もう一度目を開けるが、やはり映るのは見慣れた独房の天井ではなく、見知らぬ天井だ。

 

 少なくとも、周りを見る限りではここは自分がいつも生活している独房ではないらしい。自分の記憶が正しければ、眠りにつく前までは確かに独房の中にいた筈だ。

 

 とりあえず自分がどのような状況に置かれているのかを知るために、辺りを探索しようと体を起こす。

 

 改めて周りを見渡すと、そこかしこに何かの機材やケーブルが乱雑に置かれておりその事から、この場所はどうやら機械類を置く倉庫か何かだろうと推測する。

 

 乱雑に置かれている機材やケーブルを避けながら探索を進めていくが、特にここがどこなのかと言うことを示す物も見当たらなかったので、この倉庫の探索を止めて取りあえず別の場所へと向かおうと先ほど見つけた扉から倉庫の外へと出れるかどうかを試そうとした時だった。

 

 不意に扉の近くに置かれている“ある物”が目に留まる。

 

「これは───」

 

 置かれている__いや、鎮座していると言った方が正しいか。全身が灰色の装甲で覆われたそれは、拘置所で読んでいた本に記載されていた東洋の甲冑を思わせた。

 

 思わず、その甲冑のような物に手を伸ばし装甲の表面を指で撫でる。瞬間その甲冑から光が溢れ、全身がその眩い光に包み込まれた。

 

「一体なにが……」

 

 恐る恐る目を開くと、いつの間にか目の前にあった甲冑は忽然と姿を消していた。

 ひょっとすると、自分は幻覚を見ているのではないかと言う考えが脳裏をよぎる。

 だが先ほど自分は確かにあの甲冑に触れ、その硬い感触を感じた。断じて幻覚などではない。

 

『手を挙げてこちらを向け。下手な真似はするなよ』

 

 突如、背後から銃の撃鉄を上げる音と鋭利なナイフを彷彿とさせる冷ややかな女性の声が背中に届いた。理解の及ばぬ出来事に混乱し、近づいてきた事に気づけなかった。

 反抗の意思がないことを示すために両手を挙げ、その女性の方を向く。

 背後には黒いスーツを着たアジア系__恐らく日本人であろう女性がスレインの方へと銃口と視線、そして殺気を向けていた。

 

『どうやら日本語は分かるらしいな。では聞かせてもらおうか。どうやってIS学園に侵入した?』

 

 聞き覚えのない言葉に眉を顰める。“IS学園”とはなんだ?だがこのまま黙っているのも事態の悪化に繋がる。

 万一の事を考え慎重に言葉を選んで彼女の質問へ答えを返す。

 

「侵入なんてしていませんよ。そもそもIS学園とは何ですか?」

 

 数秒の沈黙のあと、スレインは前触れもなく後方から

生じた悪寒を感じ後ろを振り返ろうとするが後頭部に生じた衝撃に為す術なく意識を刈り取られた。

 

 

 ****

 

 意識を失ってから何時間経過したのだろうか。

 

 目隠しと手枷を嵌められ、銃を携えた警備員数人と千冬に囲まれながらスレインは何処とも判らない場所を歩いていた。数ヶ月前、軍に滞在していた時ならいざ知らず数ヶ月に渡る拘置所生活で体力が衰えているスレインでは銃を所持した数人を相手にはできない。

 

「入れ」

 

 通路を歩き、幾度か角を曲がり、数分ほど階段を降った所でスレインはようやく目隠しを外された。

 

 スレインが入れられたのは継ぎ目のない金属製の壁と床、そしてベッドとパイプ椅子がポツンと置かれた罪を犯した者達が収容される場所である独房だった。

 

 スレインを独房に入れると、女性によって扉は電子ロックで施錠される。扉が閉じられる寸前、部屋の外に銃を携えた警備員が警戒を隠そうともせずにスレインを見据えながら屹立しているのが見えた。

 

 どうやら、この扉は防音性らしく外からの音は全く聞こえない。情報を手に入れる手段が一つ失われたが、落ち着いて一人で考えを纏められる事ができるのがまだ救いだった。

 

 スレインは冷静さをどうにか保ちつつ現在自分が置かれている状況を入手した断片的な情報から考察していた。

 ここは何処か、なぜ自分は拘置所から何処とも知れないIS学園などと言う場所にいるのか、あの甲冑のような物は何なのか、自分を捕らえた彼らは何者なのか─────

 

 何よりも気になるのはスーツを着た女性がスレインの事を全く知っていない様子だった事だ。一部の地域を除いて犯罪者であるスレインの事は各種メディアで多くの人が認知している筈。

 

 部屋に入れられてから数分程度の時間が経過したころ、考察を続けるスレインは部屋の施錠が外される音に反応し考察を中断すると扉へと視線を向ける。

 

 部屋に入ってきたのは四人。一人は先ほどの女性だが、もう三人は知らない人物だ。水色の髪が特徴的な学生のような女子と、気弱そうな緑髪の女性。そして豊かな白鬚が目を引く初老の男性。

 

 老人を守るようにして女性たちが立っている事から老人が彼女らにとって重要人物ではないかとスレインは推察した。

 

「尋問ですか?それとも拷問を行いに来たんですか?」

 

 先に口を開いたのはスレインの方だった。

 

「それは君の態度次第ですな。今の時点では質問を行いに」

 

 豊かな顎髭を触りながら、この場に似つかわしくない穏やかな表情と雰囲気でそう答えた老人が少なくとも話し合いの通じる相手である事を認識すると共に老人への警戒を更に強める。

 

「では、質問させてもらいます。貴方は────何者ですか?」

 

 表情は変わらず穏やかなまま。しかし口から出た言葉には静かな気迫が伴っており、身に纏う空気も穏やかな物から一転して凄味のある物になっている。傍らに控える女性二人からも得も言われぬ圧力がスレインへと放たれている。

 

 だがスレインもこののような修羅場は初めてではないい。戦闘、交渉事を問わず幾度となく“場”を乗り切ってきたスレインは多少の事では動じない。

 

 顔色一つ変えず、動じる様子を全く見せないスレインに水色の髪の女子は眉を驚きで僅かに持ち上げ、スーツ姿の女性は視線を更に厳しくする。そして老人は僅かに口角を上げた。

 

「動じませんか。これで貴方が少なくとも一般人ではない証拠がまた一つ増えましたな」

 

「……また一つ?」

 

 老人の発言が意味するのはスレインが只の一般人ではない証拠が複数あると言うこと。

 

「夥しい数の傷痕、男性の貴方がISを所持していたこと。そして、貴方が前触れもなく未知の光と共に倉庫に出現したこと─────これらが貴方が一般人ではない事を証明している」

 

 スレインの体に残る傷痕を知っていると言う事は意識を失っている間に身体検査でもされたのだろう。いや、そんな事は今はどうでも良かった。

 

 スレインは先ほどから彼らの言動に引っかかりを覚えていた。彼らは何故自分の事を知らないのか、加えて会話に出てくるISとは一体何なのか。このまま黙していても良い結果にはならないと判断したスレインは口を開いた。

 

「良ければ、質問を一つだけしても構わないでしょうか」

 

「構わない」

 

 スレインは世界中の誰もが知っている出来事の名を口にする。胸の内に生じた突拍子もない疑問を解消する為に。

 

「貴方はヘブンズフォールと言う言葉に聞き覚えがありますか?」

 

「残念ながら、聞き覚えがありませんな」

 

 一瞬、老人が冗談あるいはつまらない嘘を吐いたのかと思ったスレインだが老人の様子から知らないと言う事実が嘘偽りのないものだと理解した。

 

 その事実を信じられずにさり気なく視線を他者へと移動させるが、彼らも本当にヘブンズフォールを知らない様子だった。

 

 有り得ない。十数年前に起こった天災、ヘブンズフォールの事はどんな人間でも知っている筈だ。スレインは自分の理解が及ばないこの状況に混乱し半ば本気でこれは夢か何かなのではないかと思い始めていた。

 

「ふむ。では、次は私から質問させてもらおうか。君はIS、インフィニット・ストラトスを知っているかね?」

 

 スレインは答えるべきかどうか考え、答えない方が不味い事になるのではないかと判断し簡潔に知らないとだけ述べた。

 

 が、スレインが発した言葉によって彼らから向けられる視線の中に含まれている疑惑と困惑の感情が強まったのをスレインは感じた。

 

 老人はスレインの瞳を真っ直ぐに見つめたあと、思案する素振りを見せる。暫しの間を置いて、老人はスレインにある提案を持ち掛けてきた。

 

「どうやら、貴方と私の間には認識の食い違いがあるようですな。このままだと話の進展も望めない事ですし、どうでしょうか。互いに情報を交換するというのは」

 

「……必要な情報を手に入れたら僕の事は用済みですか?」

 

「そんな事はしませんっ!!絶対にです!」

 

 スレインの口から思わず出た言葉に反応したのは、意外な事に気弱そうな印象を受けた緑髪の女性だった。演技でも何でもない本心からの行動だと言うのは考える迄もなく分かった。

 

 周囲の視線が彼女に集まった事で、緑髪の女性は自分が不用意な行動をとってしまった事を理解して周囲に立つ人全てに頭を下げながら謝罪の言葉を言っていた。どうやら彼女は感情的な人らしい。

 

「ンンっ!!……彼女の言う通り、情報を言ってさえくれれば貴方には危害を加える気はありません。それで、どうするのですかな」

 

 大きく咳払いをして、老人は緩みかけた場の空気を再び引き締めるとスレインに提案を呑むのか呑まないのかを暗に訊ねてきた。

 

「その前に一つ訊ねさせてください。貴方がたは生徒を守る為にこのような事を?」

 

 これまでに得た断片的な情報から、スーツ姿の女性が恐らくIS学園と呼ばれる教育機関に属する者である事を推測したスレインは、彼らが自分から情報を引き出そうとするのは、彼らから見れば自分と言う正体不明の侵入者から生徒を守る為ではないかと言う仮説を立てた。

 

「……ええ。仰る通りです、私達は教師として生徒を守る義務がありますから」

 

 老人の反応、そして言葉に込められた感情から老人の言葉は嘘偽りのない物だとスレインは見抜いた。これが噓だとしたら老人は大したペテン師だ。

 

 スレインは彼らが自分から情報を引き出そうとするのが生徒を守る為と言う至極真っ当な理由からだと知り、このまま黙秘を貫くよりかは必要最低限の情報を彼らに与えた方が得策だと判断した。

 

 

「分かりました」

 

 

 

 ****

 

 

 

「にわかには信じがたいですが……証拠がある以上、否定はできませんな」

 

「古代人の遺産アルドノアに、それによって引き起こされた戦争か」

 

「火星ロボット対地球ロボットの戦いに、アルドノアの暴走で月が砕け散った?まるでアニメか映画ね」

 

 スレインの話を聞いた三人は口々に話の感想を口にしている。最初は話を信じようとしなかった彼らだが、話の途中で警備員が持ち込んできたISのデータベース内に存在した情報を見て考えを改めた。

 

 スレインの方も、ISと呼ばれる彼らにとっては知っているのが当たり前らしいパワードスーツの事を知った。

 

 互いに知っていて当たり前の事を知らない認識の食い違いの原因は想像の遥か上をゆくスレインが元いた世界と異なる世界に来てしまった事にあった。

 

 そのような事は有り得る筈がないと否定したスレインだったが、あらゆる情報媒体に一つもアルドノアやヴァースに関する事柄が記載されていなかった事。

 

 そしてアルドノア特有の青い輝きと共に何の前触れもなく倉庫に出現した自分の姿を捉えた映像を目の当たりにしたスレインには既に否定するという選択肢は無くなっていた。

 

 経験した事の無い事態で混乱した頭に冷静さが戻ってきたころに、スレインこの事を含めた今まで得た情報を纏めてある仮説を立てた。

 

 その仮説とは自分はアルドノアに関する何らかのモノによってこの世界に飛ばされたというモノだ。

 

 アルドノアに人を別世界に送れる力があるかについては大いに疑念が残るが、古代人のテクノロジーであるアルドノアについては未だ解明できていないことも多い。

 

 なにより過去にハイパーゲートと言う地球圏と火星間の相互瞬間移動を可能にする装置があった事を考えると、その可能性を完全に否定することはできなかった。

 

 だがあくまでも確たる証拠が存在しない仮定した説。今はそれよりも考えなければならない事が山積しているので、ひとまずその考えは頭の隅に追いやる。

 

 彼らとの情報交換でスレインは、この世界と元の世界との決定的な差異を発見した。

 

 まず、この世界では1972年に行われたアポロ17号の月面調査で元の世界とは違い、ハイパーゲートが発見されなかった。厳密に言えば、存在しなかったと言った方が正しい。

 

 

 つまり、この世界には元の世界にあった古代

文明の遺産が存在しないのだ。

 

 

 古代文明の遺産──アルドノアやハイパーゲートが存在しないため、おのずとそれらが要因で誕生したヴァース帝国もカタフラクトもこの世界には存在しない。

 

 しかし、この世界には元の世界に存在した古代文明は存在しないが元の世界には無かった“あるモノ”がある。

 

 インフィニット・ストラトスと呼ばれるモノがこの世界には存在する。

 

 今から数えて十年ほど前に篠ノ之束と呼ばれる人物によって制作されたそれは“コア”と呼ばれる未知の機関を動力源とし、PLCと呼ばれる機構により重力を制御することで二メートル程の大きさでありながら大気圏内を自由に飛行できるらしく、その他にも絶対防御やシールドバリアと言う機能も備えている。

 

 その性能は、兵器としての観点から見れば既存の兵器を大きく凌駕している。

 

 情報によると誰の手も借りずにたった一人でこれだけのモノを作ったと言うのだからこの情報を知った時は驚きに目を見張った。

 

 

 そしてISは“女性にしか動かす事ができない”───致命的な欠陥だ。なぜ、女性にしか動かせないのかを尋ねようにも開発者である篠ノ之博士はISを開発した直後に姿を眩ましてしまった為に今尚、各国の研修者がその原因を突き止めようと躍起になっていると聞く。

 

 なんにせよ、その致命的な欠陥が元になり今の世の中には“女尊男卑”と言う風潮が広まっている。曰く、既存の兵器を大きく凌駕するISに乗ることのできる女性は乗れない男性よりも偉い”と言うことらしい。

 

 この風潮について聞いた時既視感を覚え、すぐにその理由に思い至った。根本的な部分で元の世界のヴァースが抱いていた考えと同じなのだ。

 

 その話を聞いた世界が変わっても人の心は変わらないのだと、スレインの心に少しばかりの安心と苦い感情が去来した。

 

 この世界の人間ではない自分から見ても、ISは兵器としての観点から見れば破格の性能を誇っている。大多数の女性がそうではないと信じたいが、この様な風潮が広まっていると言うことは権力を持った何人かは確実にISの持つ“力”に毒されてしまったのだろう。

 

 まだ、自分がいた世界のヴァースと地球のように女性と男性の間で武力を使った諍いは起こっていないようだが彼らから話を聞く限りでは随所で少なからず不満が溜まっているらしくいずれ諍いが起こりうる可能性も十分有り得る。

 

 そして、ISにはもう一つ致命的な欠陥が存在する。その欠陥とはISを動かす動力源である“コア”の数に限りがあるのだ。

 

 登録されているコアは全部で467個。それらのコアは全て各国の軍隊や研究所へと配分されている。篠ノ之博士が失踪したあと、各国の技術者たちが新規でコアを製造しようと試みたが、ISの外装と違い核であるコアに関しては構造も材質も解析不可能。つまり完全なブラックボックスであった為にその試みは失敗に終わった。

 

「スレイン・ザーツバルム・トロイヤード君。確かめたい事があります、私たちと共に来て貰いますよ」

 

 先ほど警備員から受け取った情報端末を見て考え込んでいた老人がスレインへと声を掛ける。行かないと言う選択肢は存在せず、スレインは頷きを返すと彼らと共に独房を出た。

 

 




  
次は伊奈帆視点で話を書いていこうと思います。

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