来週はいつになるのでしょう。
『さぁくーやー』
不意に鳴った携帯を耳にかざすと、そこから聞こえてきたのは当麻の声だった。
「……どうしたの?」
『今から来てくれねぇ?』
ピンポーン……
寮についた私は、インターホンを押してドアが開くのを待った。
幻想郷に比べて暑いこちらの世界の夜はちっとも涼しくなりしない。紅魔館では冷房、つまりクーラーなんて考えもしなかったがここまで温度差があるとさすがに堪えてしまう。こちらに来てから、まだ暑い世界があると初めてしったものである。
『とうま、とうま、ぴんぽーんっていったんだよ!』
ガチャリ、と扉が開いて、インデックスが顔を出した。
「こんばんは、インデックス」
「あ、咲夜!久しぶりだね」
久しぶり、と言うほど期間は空いていなかった気がするが、彼女の感覚ではおそらくそうなんだろう、きっと。
「とーまー!咲夜きたよ」
「お邪魔します」
当麻の部屋には漫画が散らばっており、テレビではインデックスが見ていたらしいアニメが付いていた。
っていうか、全体的に汚い。
「うわ、綺麗になった」
「汚すぎるわよ、さすがに。それからこれね」
「あっ!俺の古文の宿題!」
「で、どうしたの?」
「あ、うん。……あ、何も考えずに電話しちゃったけど門限とか……」
「大丈夫よ、きちんと許可はもらってきたわ」
私は当麻の前で外出許可証をはためかせると、当麻は財布を取り出して私に二〇〇〇円を渡してきた。
「え?ホットドッグ代はいらないって……」
「い、いや……ホットドッグじゃなくてだな……インデックスに飯……食わせて来てくれないか?」
とても申しわけなさそうに、当麻は私の手に二〇〇〇円を握らせてきた。
「インデックスに?当麻は?」
「俺はほら、宿題あるし」
「ああ、コンビニかなにかで買ってくる?それともなにか作る?」
「いや、カップ麺で済ますからいいや。金ないし」
「そ、じゃあ行ってくるわね」
私は渡された二〇〇〇円を当麻に返してから、インデックスと三毛猫、つまりスフィンクスを連れて寮を出た。
当麻が慌てて私に渡そうとしたが、
『お金をもらうなら、当麻に恩を売っておく方が得でしょ?』
と返したところ、微妙な笑みを浮かべて見送ってくれた。
「咲夜、咲夜。何でも選んでいいの?ほんとに?好きなの選んでいいの?」
当麻の教えてくれたこの店は、ペットオッケーのファミレスらしい。
寮を出てからしばらくしたら電話がかかってきて、教えてくれたのだ。『スフィンクスもいるんだから、ここのファミレスに行くべき』らしい。まあ、私もペットオッケーのファミレスには少々心当たりがあったものの、それは学び舎の園周辺のお店。物価も高いが、それ以上にインデックスのお腹を満たすほどの量が出てこないのでちょっと悩んでいたところだったのだ。
「なんでも頼んでいいわよ。端から端まで頼んでみる?全部たべれるならやってもいいけど」
「ほんと!?……んー、どーしようかなぁー」
とは言ったものの、インデックスも全て頼むことはしないようでハンバーグのページを開いて『チーズの入ってるこれも美味しそう!あ、でもこの目玉焼きのもいいなぁ』などとブツブツ言っている。
と、横をパタパタと走って行く小学校一年生くらいの女の子が目に入った。その手には、幻想郷でもよくみた『桃太郎』の絵本が握られている。
「決まった!このハンバーグ定食!目玉焼きトッピングで、ドリンクバーもつけていい?」
「いいわよ」
店員を呼んで私は既に常盤台で夕飯をとっていたのでドリンクバーのみ、インデックスはハンバーグ定食、スフィンクスには猫ハンバーグとかいうものを注文した。
猫用メニューとは、こちらの猫は随分と偉くなったものである。猫の食事といえば猫まんまじゃないのか。
「ねぇインデックス、あなたの魔道書図書館って、やっぱり桃太郎も入ってるの?」
「うん、そりゃそうだよ。桃太郎は立派なオカルト本だからね」
「インデックス的には桃太郎をどう解釈してるの?」
私がそう話題を振ると、インデックスは目をキラキラさせて『よくぞきいてくれました!』と言わんばかりにニコニコ話し始めた。
「へぇ……なるほどねぇ」
「む?じゃあ咲夜は別の解釈をしてるの?」
「解釈ってほどじゃないわよ。
「鬼?」
「鬼を信じてるの。おかしい?」
「ううん。そんなことないよ」
こちらに来て、初めて本屋を訪れた時にすごく久しぶりに桃太郎を読んだ。
と、いうか、このような形の桃太郎を読んだのはそれが初めてだったかもしれない。
私がパチュリー様の図書館で初めて読んだ日本語の本は桃太郎だったのだが、その内容といえばこちらで読んだものとは似ても似つかないようなものだった。随分とうろ覚えになってしまったが、確か桃から生まれた桃太郎じゃなかった気がする。
と、私たちの前にハンバーグが運ばれてきた。
インデックスが期待の眼差しで私を見てくるので、どうぞと言うと、ガツガツとハンバーグを口に入れ始めた。
私も席を立って、ドリンクバーを取りに行こうとして____不意に窓の方から感じた魔力に素早く振り返った。
「_______________!!」
スレスレのところで私はサッと横に避けた。
「せめて、開始を合図くらい言ってくれないの?」
私のすぐ横を、無数の空気の矢が飛んで行く。ランダムに飛んでくる矢だが、避けてしまえば問題ない。壁が壊れれば厄介なことになるので、誰にも気づかれないレベルの霊力でその矢をかき消した。
しかし、テーブルは微塵切りだし、近くの席に座っていた他の客はみな慌てて立ち上がって悲鳴を上げている。
……今、私を狙った?
「あなた、魔術師?」
「いかにも」
気づけば彼は、インデックスのすぐ後ろへと回っている。
私は時を止め、インデックスを連れ戻した。
「……彼女になんの用なのかしら。まさか、あなたも一〇万三〇〇〇冊の本たちを狙っているの?」
「……今、何をした」
「能力を使っただけよ。ここは学園都市なんだから特に珍しくもないでしょうに」
そして私は再び時を止め、セピア色のインデックスと三毛猫だけを元に戻す。三毛猫はきょろきょろと辺りを見渡して私へと目線を飛ばしてくる。
「……咲夜?」
「このまま逃げたとしても、私はあなたを彼から確実に救い出すことは出来ないわ。だから、悪いんだけど」
「なんとなくわかったよ。でも、咲夜、何を企んでるの?」
「なんにも企んでないけど、ほら、異変解決は巫女のように、ヒロインを助けるのはヒーローでしょ?」
「ま、まさかとうまを!?」
「きっと彼から完璧にあなたを救ってくれるからね」
唖然としているインデックスに、私は一つウィンクをした。
本当に何も深い意味はない。インデックスがこの魔術師から完璧に狙われなくする方法はいくつか思い浮かぶが、この世界で実行できることといえば、これしかないのだ。いざとなったら殺すしかない。これでも私は結構彼女を気に入っているのだ。
そしてインデックスの時を止める。
私は寮に帰り、筆を取った。
『禁書目録は頂いた』
これだけでなんだかんだ言って幸運な彼はヒロインを助けに来るだろう。さて、と私は当麻の家に向かってテーブルにこれを置くと、ドアの外にでた。そして、能力を解く。途端、ドアがバンっ!と開いた。
「ごめんなさい!トイレに行っていたら、インデックスが……」
それっぽいな、と私は内心思った。
やっぱりインデックスは上条君が助けるべきだと思う。
この世界のルールを知り始めた十六夜咲夜、中学二年、年齢不詳。
咲夜さんを疑わないのが上条君なのです。
一応ここの咲夜さんはいまんとこ学園都市サイドです。
幻想郷とは敵対されることはないと。
ほら、紫さん的には科学が進歩することはいいことですからね!