「では、火野神作の尋問を始めます」
セピア色の時を止めたままの世界の中、私は火織の声に応えるかのように火野に触れた。
火野はこの世界に驚くことなく、私たちを見上げている。
しかし……全くこの部屋も特徴的である。
棚には大量のお守りやら土偶やらが並べられており、魔除けとして有名な銀のナイフまで置いてあった。
当麻曰く、これは彼の父親のコレクションらしいが……いったいどんな意図があってこんなコレクションを展開しているのだろうか。
火野神作は、わからないと言った。
「御天堕し」を「えんぜるふぉーる」とよんでいたし、何より表情でわかる。
彼は、嘘をついていない。
元春はニヤニヤと笑いながら、膝の関節を外すとか、そんなことを話している。当麻は顔面蒼白だが、ああ、うん。わかるよ。膝の関節って思いの外伸びるのよね。
元春の手には、ドライバーが握られており、ミーシャの手にはノコギリが握られていた。
逆にこういっただれもが知るようなもので拷問するほうが、そのものがどれだけ危険なのかわかるために恐怖心を煽りやすかったりする。
「しらない、しらない、しらない、しらない、しらない」
火野がひたすらそのつぶやく。
彼にとって「エンゼルさま」は全てなのだろう。
「手を止めなさい、火野神作」
「ひっ、ひいっ、とめられないんだ。エンゼルさまはとめられないんだ」
まるで病気である。
私は一つため息をつく。
「常盤台中学一学年。基礎知識。『ひとつの身体で本当に能力はひとつしか使えないのか』。要約。方法一。二重人格を使用し、ひとつの人格でひとつの能力を使用出来るか。っていう単元があるんだけどね。二重人格、っていう選択肢を考えてみたら?」
「!」
元春がはっとし、当麻が私の顔を意味深な目で見つめる。
「二重人格……ですか」
「それなら辻褄合うわよ」
二重人格は完璧に人格がわかれない場合も少なくない。
つまり、一度にひとつの身体にふたつの人格がいる場合があるのだ。
今の火野神作がその状態だというのなら、辻褄がしっかりと合わさる。
「そのふたつの人格が入れ替わってるっていうこと……か?」
「そうね……けど、彼はエンゼルさまを信じる。でしょう?」
「そ、そのとおり!エンゼルさまはいるんだ!お前もまた、あの医者と同じことをいうのか!」
決まりだ。私の仮説は正しかった。
火野神作は二重人格で、自身の中で入れ替わっているから外観が変化しなかっただけ。
つまり、彼は犯人ではない。
そして、火野が犯人じゃないとわかってしばし呆然としていた私たちだが、当麻がやがてあることに気づく。
「……待て」
壁に寄りかかり、目をつむったままだった私はその声を目を開く。
目線の先では、当麻が写真を見つめていた。
私は割と序盤から気づいていた、そんなひとつの事実に、当麻はたった今、気がついたようだった。
そんな、まさか、疑っているようだった。
信じたくない、そう思っているような目だった。
そうだ。彼は、上条刀夜は、
「ま、さか……父さん……」
私には彼の気持ちはわからない。けど、きっとショックなのだろう。いや、それでは言い表せないような気持ちなのかもしれない。
それは私には到底分かり得ないことだけど。
「上条刀夜は、入れ替わってない。そうでしょ?当麻」
「っ」
「……ごめんなさい。私は割と序盤から気づいていたわ」
正直に白状すると、当麻以外からも視線が一斉に集まった。
「言えるような空気でもなかったし、当麻が気づかないことに私だけが気づくとは思わないでしょう」
「それはそうですが」
ミーシャが標的を見つけたといって、駆け出していった。
標的とはどういうことかと、火織が怒鳴った。
元春が、再度当麻に説明をした。
私は、ただそこに立っていた。
彼のちくしょうという小さな声が聞こえた。
私は、何をすることもなく、壁に寄りかかったまま腕を組んでいた。
何をすればよかったのか。元から彼が犯人ではないかと確認しておけばよかったのだろうか。
私はただ、言わなかっただけなのに、己の中に罪悪感だけが渦巻いていた。
コメ返がしばらく遅れると思われます。