「ふー、残り時間3分ちょっとか」
ビームトンファーの展開を解除し、翼はユニコーンの頭部アーマーも解除する。
「ま、まさか本当に10分以内にわたくしを倒すなんて……」
セシリアは信じられずに半放心状態になっていた。
翼はそんなセシリアをじっと見つめる。
「な、なんですの」
その顔には警戒とわずかな畏怖が見え隠れしている。
しかし、翼から出た言葉はセシリアが馬鹿馬鹿しくなるほど気の抜けたものだった。
「あ~。い、いや、その、すまなかった」
翼は気恥ずかしそうに頬を掻いていたが、意を決したように頭を下げた。
「えっ」
セシリアは突然のことに驚きで目を見開く。
「あの時は言い過ぎた、本当にすまない!」
今にして思えばあれは諍いを生む返し方だった。
たしかに余裕はなかったが、あのような返し方をしなければこれほどに拗れるようなことはなかったのは間違いない。
これは先にけしかけた自分の責任だ。
そんな翼の言葉の意味を理解するのにしばらくの時間を要した。
セシリアは自分が黙っていることを思い出し言葉を返す。
「……べ、別に構いませんわ。わ、わたくしもの方も、いえ、わたくしこそ挑発したようなものですし」
翼は様子を伺うように頭を少し上げセシリアの顔を見る。
「ほ、本当か?」
確認する問いに「ええ」とセシリアは頷いた。
そのセシリアの反応を見て翼は胸をなで下ろすと手を差し出す。
「んじゃ、クラスメイト同士これからよろしくな」
セシリアはその差し出された手を取った。
「は、はい。こちらこそよろしくお願いしますわ」
表情には美しい笑みが浮かんでいる。
翼はそれを見て笑顔で言う。
「セシリアにはそういう顔の方が似合ってるな」
突拍子もない感想を受けセシリアは顔を赤面させる。
「えっ、そ、そうでしょうか」
「ああ」
翼は顔が少し赤くなっているセシリアに笑顔でそう答えた。
◇◇◇
「あれ? 一夏はどこ行った?」
翼はアリーナピット戻って来て回りを見回す。そこにはセシリア戦前には確かにいた一夏の姿はない。
「一夏ならもう別のピットに向った」
翼の疑問に答えたのは箒はだった。
「お、そうか。なら、さっさと補給しなきゃな」
そういい翼はユニコーンを待機状態にして補給に向かおうとする。
「翼」
「ん? なんだ?」
翼は箒に呼び止められ振り向く。
箒はしばらく逡巡していたが目をそらし、顔を赤くさせながら翼にギリギリ聞こえるほどの声で言った。
「えっと、その、か、かっこ良かったぞ」
「え?」
翼は驚きで固まった。
「つ、翼?ど、どうかしたか?」
そして、しばらくするとぷっと吹き出し腹を抱えて笑いだした。
「な、何故笑う!」
「いや、悪い。まさか、そんなことを言われるとは思わなくてな。そういうのはあいつに言ってやれ」
翼は少し笑いながらそう言って箒の頭をポンポンと軽く叩いて通り過ぎた。
◇◇◇
翼が補給を終えカタパルトで待機している時、軽く叩かれた頭に箒は手を乗せていた。
(昔、誰かに同じことをされたような……)
すぐさま浮かぶのは当然、一夏だった。
他の候補はすぐさま除外する。両親や親戚はとてもそんなことをする人たちではない。
たった一人、姉なら、とも思ったが違うという確信がある。
しかし、確かに昔同じことをされた。
(じゃあ、一体誰に。翼?私はやはり昔あったことがあるのか?)
IS学園の入学式、翼を見た時に感じたあの感覚。
だが、よく思い出せない。あと少しだが思い出せない。
翼との接点は姉を通してならばありそうだがどうにもその辺りは曖昧にしか覚えていない。
その彼は準備が終わったらしくユニコーンは数秒後にまた空へと飛んだ。
(翼の言う通り、気のせい、他人の空似なのだろうか?)
箒は晴れぬ疑問を思いながら対戦終了後に一夏が戻るであろうピットに向かった。
◇◇◇
翼はシールドとビームマグナムの点検を終え一夏を見る。
「お前のISも白か。っていうか本当に白いな」
「それは翼に一番言われたくないな」
再びアリーナに出た翼の言うとおり、一夏のISは真っ白だった。本当に全身が白い、また滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的でもある。
持っているのは一本のブレードのみ。翼はそのブレードを指差しながら言う。
「それ、雪片、だよな」
「ああ。正確には雪片二型って言うらしいけどな」
雪片。それはかつて千冬が駆っていたISのたった1つの、最強の装備である。
(だとすれば一番の危険はバリア無効攻撃か)
翼はすぐさま脳内でシュミレート。その結果からさらに戦闘の流れを組み立てる。
「一夏」
「なんだ?」
出た結果は至って単純なものだった。
翼はユニコーンの頭部アーマー内でにやりと笑いながら告げる。
「速攻でケリをつけてやる」
ユニコーンは一夏の専用IS、白式に急接近していく。
◇◇◇
対戦結果、岸原翼 勝利。
対戦時間、約3分。
「いや、お前弱すぎるだろ」
「翼が本気出すからだろ!いきなり、姿変わった奴でくるとか。卑怯だろ!!」
このようにしてクラス代表者は岸原翼に決定した。
◇◇◇
クラス代表決定戦の後、翼は自分の部屋で一夏、箒の質問に答えていた。
「んで。なんで
「ああ」
箒はそれに同意し首を縦に振った。
翼は少し考えて2人、より正確には一夏に質問を投げかける。
「えっとな、ISっていうのは基本に部分的にしか装甲を形成しないんだが、それはなぜか? 分かるか?」
一夏は少し考えながらも答える。この辺は翼と箒に教えてもらった範囲だ。
「必要ないから、だろ?」
「正解。防御は基本、シールドエネルギーでしてるから見た目の装甲はいらないし、そもそもあっても邪魔だ」
「ふむ。では、なぜ翼のISは全身装甲をしている?」
「ユニコーンの性能自体はかなり低くてな。初期の第二世代型ぐらいの性能しかないんだ」
その言葉を聞き一夏と箒は訝しみながら首をかしげた。
それにしてはセシリアのIS、ブルー・ティアーズと互角、いや、後半は完全に圧倒していた。
翼はその理由は話し始める。
「そこで出てきたのが通称A.E.B、正式名称アクティブ・エネルギー・ブラスターって言う特殊装甲だ。
これを低出力で常に起動させておくことでユニコーンは第三世代型とも互角に渡り合える。それに合わせて全身装甲型にしたって感じだな。
ちなみにあの姿が変わった奴はそのA.E.Bの出力を解放、それと同時にISコアのリミッターを外したものだ」
一通り話し終えた翼はお茶を飲み質問する。
「んで、一夏、お前のIS白式には雪片があるんだよな」
質問を振られた一夏は「ああ」と頷き肯定する。
「でも、よく分からないんだよな。なんか急にシールドエネルギーが減ったんだよ」
一夏は翼との対決を思い出す。
確かに翼の連撃を完全に捌くことなどはできなかったがいくつかは確かに防げた。
しかし、それにもかかわらずシールドエネルギーは減少。その結果があの惨敗に繋がっていた。
「んー、一夏、バリア無効化攻撃って知ってるか?」
「なんだそれ?」
「雪片の特殊能力だ。相手のバリア残量に無関係でそれを切り裂いて直接本体にダメージを与えることができる。すると、どうなる?」
翼は一夏に再び質問する。
一夏はほんの少し前に知ったことを復習するかのようにゆっくりと口に出す。
「えっと、ISの絶対防御が発動して、大幅にシールドエネルギーを削れる」
「正解。ちなみに千冬さんが世界一位の座にいたのも、その特殊能力が大きいだろうな」
さらりと翼は言ったが、それはすごいことである。
3年に一度行われるISの世界大会 モンド・グロッソ、その第一回大会で優勝したのが織斑千冬だ。
翼はパンッと両手を合わせると今度は箒にも質問を投げかける。
「さて、ここで問題だ、雪片の特殊攻撃を行うにはどれぐらいのエネルギーが必要でしょうか?」
一夏と箒は少し考えていたがある考えに行き当たり互いに顔を見合わせる。
「えっと、ってちょっとまて、まさか……」
「まさか、自分のシールドエネルギーを攻撃に転化しているのか?」
尋ねた箒に翼は頷き言う。
「そ、つまり欠陥機だな」
翼は苦笑いを浮かべていた。
「はぁ!?」
それを聞き驚きの声を上げる一夏。
それもそうだろう。
なにせ今日貰ったばかりのISがいきなり欠陥機、と呼ばれてしまえば誰でも驚く。
「あっ、言い方が悪かったな。
そもそもISはどれも完成してないから欠陥も何もない。
ただ、白式は他の機体より攻撃、特に近接戦に特化しているってだけ。
どうせ、拡張領域(バススロット)も埋まってるんじゃないのか?」
「そ、それも欠陥だったのか………」
一夏は力なく椅子に座りなおす。明らかに落胆の表情を浮かべていた。
しかし、翼は首を横に振る。
「いや、違うな。
本来拡張領域用の処理を全部雪片に振ってるんだ。その分威力は全IS中トップクラスだ」
思い出すように一夏はつぶやく。
「そう言えば千冬姉のISも雪片しか装備してなかったような…」
翼は一度頷くと今度は呆れたような目を一夏に向ける。
「まぁ、お前みたいな素人が射撃戦闘なんかできるわけないけどな。
ざっと挙げると反動制御に弾道予測、距離の取り方、一零停止、特殊無反動旋回、それ以外にも弾丸特性から大気状態、相手武装による相互影響を含めた思考戦闘と、できるか?」
一夏は並べられた単語としばらく格闘していたようだが、ため息を一つこぼすと力なく言った。
「……無理です」
「ま、あの人の弟なら1つのことを極める方が合ってるんじゃないか」
翼は一夏を安心させるように優しく微笑みながら言った。
◇◇◇
他にも雑談を少し交わしたあと一夏と箒が翼の部屋を出た時だった。
翼の携帯が着信を告げる。
「ん? 誰からだ?」
翼は携帯の画面に表示される発信者を見る。
「父さん?」
そこには彼の父親の名前が映し出されていた。
翼は携帯を疑問を感じながらも通話ボタンを押し「もしもし」と言う。
「やぁ、少年、ハーレムを楽しんでるかい?」
聞きなれた男性の声と「イェーイ!!」と言う元気な女性の声が後ろから聞こえる。
「……切るよ」
「わー! ちょっと待って話すから切らないでくれ!!」
翼は「はぁ」といつも通りの両親にため息をついて怒りを通り越し呆れを含ませながら言う。
「それでどうしたの? 急に電話なんかかけてきて」
電話の向こうにいる翼の父、源治は、「はははっ」と笑って言う。
「喜べ翼、ユニコーンの装備がすべて完成した」
「えっ、ほんと?」
翼の耳に届いたのは吉報だった。
ユニコーンの装備は今のところシールドとビームマグナム、ビームサーベルしかない。確かにそれだけでも十分ではあるが戦略の幅を広げるにはどうしても種類がない。
しかし、次に届いた言葉には耳を疑った。
「ああ、だから、近々そっちに行くからな」
「はぁ?」
翼は一瞬だけ固まった。
「えっ、え。ちょっ、行くってIS学園に来るの?」
「ああ、2人で行くからな。じゃ」
それを告げると翼が「待って」と言う前に電話が一方的に切られた。
切られた携帯を見つめながら翼は生唾を飲む。
「なんだろう。すごく嫌な予感が……」
◇◇◇
源治は電話を切ったあとまた何処かに電話をかけるために操作をする。
少しの待機音の後に「もしもし」と言う声が聞こえてくる。
「やぁ、千冬ちゃん。こんばんは」
千冬は「こんばんは」と答えて続ける。
『それでどうだった』
「千冬ちゃんの予想通りだよ。あれは予兆だね。昔と同んなじだ」
源治は自分の目の前にあるモニター、その中に映されているのは今日あったクラス代表決定戦の映像である。
千冬は「やはり」と呟き問う。
『何故、あれを作った。危険性はあの時に分かったはずだ。なのに––––』
千冬の声には少し怒りのような焦りのようなものが感じられる。
アレを見た者ならば当然の反応だ。
「あの人の、いや、あの人達の最後の望みだったからだ」
「っ!?」
千冬は何も答えない。返す言葉を見つけられない。
「近々そっちに行くからその準備しなきゃいけないからもう切るよ」
『……ああ、分かった』
源治はそれを聞くと電話を切った。
「楓、念のため武御雷の準備をしておいてくれ」
「……分かったわ。でもあまり使いたくは無いわね」
「それは、もう……願うしかないな」