一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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1日の終わり

 教室には頭を抱える少年と別の意味で頭を抱えている少年がいた。

 

「うう……」

 

「––––んでだな、って意味わかるか?」

 

「全然、わかりません」

 

「はぁ~」

 

 現在授業はすべて終わり放課後、翼は千冬に言われたとおり一夏に勉強を教えていた。

 

「辞書でもあればなぁ~」

 

 と一夏は期待の視線を翼に向ける。

 

「あるにはあるけど、とんでもない量だぞ?

 まぁ、とりあえず今日はここまでやるから頑張れよ」

 

 翼は教科書のページを一夏に見せながら言う。

 

「ああ、分かった」

 

 翼が「よし」と説明を再開しようとした所だった。

 

「ああ、織斑くん、岸原くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

 話しかけたのは彼らの副担任の真耶だ。

 

「山田先生、なんですか?」

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 そう言い部屋番号が書かれている紙と鍵を2つずつ差し出す。

 

 生徒達の名目上は保護のためにIS学園は全寮制となっている。

 実際は監視、ということが正しいのだがそれを知っているのは極々少数だろう。

 

「俺達の部屋って、まだ決まって無いはずじゃ?」

 

 一夏は真耶に問いかける。

 彼の言うとおり彼らの部屋は決まっていなかった。

 理由は単純に2人が男だからだ。

 さすがに女子ばかりの場所に男2人を無策で放り込むわけにもいかず、かと言ってわざわざ自宅から通学されては下手をすれば拉致されてしまう。

 

 そこでしばらくは護衛付きで登校を、という話だった。

 

「そうなんですけど、やはり事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したらしいんです。

 なので、どちらかは女子と同室に––––」

 

 2人は真耶のその言葉を聞くとすぐさまじゃんけんを始めた。

 初戦の結果はどちらもチョキを出しあいこ。

 

「ふむ、あいこか」

 

「だな。それじゃ––––」

 

 2人が手を引っ込め次の手を出そうとしたところで真耶は聞く。

 

「って何してるんですか?」

 

「えっ、ジャンケンですよ」

 

 翼はさも当然のように答えた。それにどこか曖昧に答える真耶を傍目に一夏は急かす。

 

「翼、次だ」

 

「ああ」

 

「「ジャンケン、ポンッ!!」」

 

 そのジャンケン後、2人の反応は真逆だった。

 翼はその手、パーを出した手を天高くに掲げ、一夏はその手、グーを出した手を地面に叩きつけていた。

 

「山田先生、1人部屋の鍵を下さい」

 

 翼は嬉々とした表情で手を差し出す。

 

「えっ、あっ、はい」

 

 いきなり話しかけられたのが驚いたらしく真耶は少し慌てて翼に鍵と紙を渡す。その後に一夏に2人部屋の鍵と紙を渡した。

 翼はそれらを貰った後にふと思い出すように呟く。

 

「あっ、そういや荷物ないから家から持ってこないと」

 

「あっ、荷物なら––––」

 

「荷物なら私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

 真耶の言葉を先回りして言ったのは千冬。いつの間にか教室の入り口に立っていた。

 

「まぁ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

 そう付け足した千冬は真耶を呼びに来たのか目配せをする。真耶はそれに頷いて答え2人に言う。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。

 夕食は18時から19時、寮の一年生用食堂で取ってください。

 ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。ただ、その、織斑くんと岸原くんは今のところ使えません」

 

「えっ、なんでですか?」

 

 一夏はすぐさま首をかしげる。その表情から見ると本当に理由がわかっていないらしい。

 翼は額を手で抑えため息をつく。

 

「お前馬鹿か? まさか女子と一緒に入りたいなんて言うのか?」

 

「あー、そっか」

 

 どうやら一夏は忘れていたようで頬を掻いた。

 

「おっ、織斑くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか!? だっダメですよ」

 

 真耶の教師として当然のような言葉が一夏に飛ぶ。

 一夏はそれにすぐさま首を横に振り否定を表す。

 

「い、いや、入りたくないです」

 

 その言葉を真耶は頭の中でどう解釈したのか妙なことを言い始めた。

 

「ええっ? 女の子に興味が無いんですか!? そ、それはそれで問題のような」

 

 真耶のこの言葉が伝言ゲームのように広まり早くも女子の話しに花が開いていた。

 

「織斑くん、男にしか興味が無いのかしら?」

 

「えっ、じゃあ、もしかしたら岸原くんと……?」

 

「「「きゃ~~~!!」」」

 

 そんな女子達の黄色い悲鳴が教室や廊下に響く。

 

「あ、えっと、それじゃあ私達は会議があるのでこれで」

 

 女子に2人の風評被害を与えた真耶はそう言い千冬と教室から出ていった。

 

「俺は一度部屋に行くけど、一夏はどうする?」

 

「俺も疲れたから部屋に行く」

 

「んじゃ、一緒に行くか」

 

「ああ」

 

 翼と一夏は軽い雑談を交わしながら教室を出た。

 

◇◇◇

 

「隣の部屋だったんだな」

 

「ああ、そうらしいな」

 

 翼は鍵を開けて部屋の扉を開けながら言う。

 

「まっ、なんか勉強教えて欲しかったら俺が起きている時に来い」

 

「分かった。助かるよ。じゃあな」

 

 言ったあと一夏は部屋に入って行く。

 

 翼もすぐに部屋に入る。

 部屋はかなりシンプルでベッドが1つあり、その正面に机と椅子が並んでいた。

 手狭と感じてしまうが1人が過ごす分には問題はないだろう。

 

「……」

 

 翼はすぐさまベッドに飛び乗った。

 心地良いベッドの反発と柔らかさにしばらく身を任せる。

 

(あー、寝心地いいな……)

 

 安心し無意識に張っていた緊張の糸も切れたのか目が閉じていく。

 

「ふぁ~」

 

 大きな欠伸を一つすると枕に顔を埋める。

 

(このまま少し眠ろう……流石に少し疲れた)

 

 襲ってくる睡魔に身を任せて微睡み始めた時だった。

 隣の部屋、より正確には一夏が入っていった部屋から大きな物音が聞こえてきた。しばらくは我慢しようとしていたが止む気配が感じられず翼は上半身を起こす。

 

「なんだ? 初日から喧嘩か?」

 

 当人同士の問題であるならば翼が介入する理由はないが、それを判断するにもまずは様子を伺うべきだろう。

 そう結論付けた翼はベッドから起き上がって部屋から出た。

 

「一夏? お前何してんだ?」

 

 廊下にはもう1人の男子である織斑一夏がいた。

 だが、その様子は普通ではない。なぜか扉の前で尻餅をつきその顔には脂汗が浮かんでいる。

 彼は翼を見るやいなや縋るように近付き訴える。

 

「つ、翼! 助けてくれ! 箒が」

 

「箒? ああ、お前の幼馴染の……」

 

 翼は少し考え込むと1回頷いた。

 

「ふむ、よし分かった。俺が少し話をしよう」

 

「おお、本当か、ありがとう翼」

 

 翼は扉をノックして扉の向こうに居るであろう人物に話しかける。

 

「あ〜、篠ノ之、さん? 岸原だけどちょっといいか?」

 

「なっ、岸原!? ちょっと待ってくれ」

 

 聞こえたあと扉から遠ざかる音とガサゴソと言う音が聞こえたあとに扉が開いた。

 

「ま、待たせたな、入ってくれ」

 

「お邪魔します。あっ、一夏は俺の部屋に行っててくれ。終わったら呼ぶから」

 

「分かった。任せたぞ」

 

 言ったあと一夏は隣の翼の部屋に入って行く。

 

◇◇◇

 

「それで何のようだ」

 

 箒は少し警戒しているように言う。

 なぜ一夏に席をはずさせたのか疑問に思い警戒しているようだ。

 

「そう警戒しないでほしい。一夏がいると篠ノ之さんは正直に答えないかもしれないからな」

 

「?」

 

 翼は言いにくそうに一度咳払いをして言う。

 

「単刀直入に言うぞ」

 

「あ、ああ」

 

 その真剣な顔に箒は少したじろぐ。

 

「篠ノ之さんって一夏のことが好きな––––」

 

 翼が全て言いきる前に箒は翼に向けて近くに何故か置いてあった竹刀を振り下ろした。

 

「って、危ない、危ないから! やめろ。いや、やめてくださいお願いします!」

 

 言いながら振り下ろされた竹刀を真剣白羽取りで受け止めた。

 相手は女子なのにその力は翼と拮抗するどころか少しずつ押してきている。

 

「なっ、なぜ分かった。私がい、一夏のことを」

 

 後半は小声で何を言っているのか理解できないが翼は構わずに言う。

 

「いや、なんとなくの直感だ」

 

「それだけか?」

 

 箒は呆気に取られ竹刀にこめる力をゆるめる。

 

「あ、ああ。それだけだが。反応を見てみるとそのとおりのようだな。とりあえず竹刀を下ろしてくれ」

 

「あ、す、すまない」

 

 箒は自分がしていたことを思い出し竹刀を下ろす。

 翼はとりあえずの命が助かったことに胸を撫で下ろすと確認のためにもう一度問いかけた。

 

「んで、もう一度聞くが、篠ノ之さんは一夏のことが……」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

 そう答える箒の顔は赤い。図星を突かれたためか翼とも目を合わせようとしない。

 

「なら、このままじゃだめだ」

 

「む、何故だ?」

 

 翼の断定するような言葉に箒は我に帰り翼に詰め寄る。

 

「何故もなにも、あんなの照れ隠しじゃなくて殺人未遂にしか見えないだろ。

 とてもだけど好意が向けられてるとは思えないよ」

 

「う、だが––––」

 

「だが、じゃない」

 

 きっぱりと真正面から言われては箒としても返す言葉はない。

 加えて彼女自身もある程度の自覚が多少はあったようで真剣に悩み込んでいる。

 

 しかし、明確な答えは見出せなかったようで半ば縋るような視線と共に翼へと問いかけた。

 

「で、ではどうすればいいんだ?」

 

「んー、篠ノ之さんは何か得意なことって何か無いのか?」

 

「りょ、料理ぐらいなら多少は……」

 

 自分で言うとなると少し自信がないようで恐る恐るといった感じの箒。

 しかし希望を見出した翼は明るい表情で頷いた。

 

「それだ、それ使える」

 

「え?」

 

「一夏に料理を振舞えばいいんだよ」

 

「そ、そんな単純なことで……」

 

「単純で良いんだよ。好意はストレートな方が伝わりやすいんだ」

 

「そうか。そういうものか」

 

「うん。まぁ、ストレート過ぎるとちょっと重くなるけど、そこら辺は篠ノ之さんなら大丈夫だ」

 

「うん。そうか。ありがとう、岸原。さっそくやってみようと思う。それと私のことは箒でいいぞ」

 

 箒のその表情は憂いが全てが吹き飛んだかのように清々しいものだった。

 

「ああ、がんばれよ。あと、俺も翼でいい。じゃあ話はまとまったな。そろそろ部屋に戻るな」

 

「ああ、本当にありがとう」

 

 「ああ」と翼は言い。部屋から出ようとドアノブに手をかけた。

 

「ん、そういえば。翼は昔どこかで私とあったことがあるのか?」

 

「んー? 気のせいじゃないか? 俺は……昔のことはあまり覚えてないな」

 

 改めて思い起こすがやはり彼女と会っていたという記憶はない。

 翼はそれを確認すると箒に柔らかな笑みを浮かべて部屋から出た。

 

◇◇◇

 

 翼は部屋から出てすぐに隣の自分の部屋に入った。

 

「一夏、もういいぞ」

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「ああ」

 

「おお!ありがとうな。翼」

 

 一夏はそう礼を言い残すと部屋から出て行った。

 

「……昔、過去か」

 

 翼は手を強く握り締めて目を閉じた。




個人的にはヤマトはロボじゃないと思うんだ(2016/06/05)
↑またもISとは無関係

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