海上200メートル。そこに
福音は胎児のようにうずくまり、バイコーンは四肢から力を抜き浮いている。
不意に、2機がほぼ同じタイミングで同じ方向へと顔を上げた。
その瞬間、超音速で飛来してきた砲弾が福音の頭部に命中、大爆発を起こした。
衝撃で吹き飛ばされる福音を一瞥するとバイコーンはすぐさま狙撃手へとビームサーベルを展開させながら近づく。
バイコーンの先にいるのはラウラの駆るシュヴァルツェア・レーゲンだ。
しかしその姿は少し違う。
80口径レールカノン【ブリッツ】を2門をそれぞれ左右の肩に装備。
さらに、遠距離からの砲撃・狙撃に備えて4枚の物理シールドが前後左右を守るように展開されている。
これが砲撃パッケージ【パンツァー・カノーニア】を装備したシュヴァルツェア・レーゲンだ。
(接近まで……3000––––くっ!やはり、速い!)
当然ながらラウラはバイコーンのその行動を予測していたためすぐさま次弾を放つ。
だが、それが当たることはなく、ぐんぐんと距離を詰められあっという間に1000メートルを切った。
「ちぃっ!」
砲撃仕様はその反動相殺のために機動との両立はかなり難しい。
しかし対するバイコーンはそんな装備を積んでいないためさらに急加速、ラウラへとサーベルの切っ先を向けた。
もはや避けられない距離だ。
しかしラウラの顔は焦りではなく笑みを浮かべている。
「一夏ぁ!」
攻撃がラウラに当たる瞬間、2機の間に白式が割り込み、バイコーンのサーベルを弾いた。
わずかに姿勢を崩すバイコーンへと蹴り飛ばそうとしたが体をそらされ当たることはない。
バイコーンは距離を開けようと後退するがそれを白式は追撃、距離を開けさせないようにラッシュをかける。
それを見ていた福音は援護しようと砲門を向けたがそれは横から飛んできた光に妨げられた。
その攻撃は【ブルー・ティアーズ】からの強襲。
スカートアーマーへと移されたビットは全て砲門が塞がれ、スラスターとして使用されている。
さらに手にしている大型BTレーザーライフル【スターダスト・シューター】はその全長が2メートルを超えている。
強襲用高機動パッケージには【ストライクガンナー】を装備しているセシリアは移動を始めた福音へと追跡をかけながら射撃を行う。
福音はそれを回避。しかし、別の攻撃がその背中に命中した。
「遅いよ」
それはセシリアの背中にステルスモードで乗っていたシャルロットだった。
ライフル2丁の射撃を受け、福音はさらに姿勢を崩す。
しかし、それも一瞬のことですぐさま
「悪いけど、その程度じゃ落ちないよ!」
リヴァイヴ専用防御パッケージは実体シールドとエネルギーシールドの両方により福音の弾雨を容易に防ぐ。
そのシルエットはノーマルのリヴァイヴに近く、2枚の実態シールドと、同じく2枚のエネルギーシールドが【ガーデン・カーテン】の名の通りカーテンのように前面を覆っている。
その防御の間もアサルトカノンを呼び出し、タイミングを計り反撃。
押され始めた福音は反撃ではなく、バイコーンとの合流を選択。
セシリア、シャルロットに向けてエネルギー弾を放つと全スラスターを開き、強行突破を図る。
「させるかぁ!!」
海面が膨れ上がり、爆ぜた。
そこから現れたのは鈴音が駆る甲龍。
甲龍は福音を捉えると機能増幅パッケージ【崩山】を戦闘状態に移行。
両肩の衝撃砲が開くのに合わせて増設された2つの砲門がその姿を現し、計4門のそれが火を噴いた。
それはいつもの不可視の弾丸ではなく、赤い炎を纏っている。熱殻拡散衝撃砲と呼ばれる福音と似た弾雨が降り注ぐ。
ほぼ全弾命中したがそれでも福音が堕ちることはない。
そんな福音にバイコーンが援護射撃を行おうとメガビームランチャーを展開、甲龍へと狙いを付けた。
「それを待っていたぞ!」
バイコーンの上空から光弾と帯状のエネルギー刃が降り注ぐ。
それらの攻撃はバイコーンが展開していたメガビームランチャーに直撃、爆発した。
しかし爆発寸前にそれを分離していたバイコーンは爆風に乗り、上空から砲撃を行った紅椿へと向かい、ビームサーベルを振るう。
紅椿はその攻撃を空裂と雨月で受け止めた。
「福音の元へは行かせはしない!」
彼女たちの作戦は単純なものだ。
福音とバイコーンの連携を断ち切り、それぞれ3対1に分けて戦闘を行う。
バランスと機体性能、特性に合わせて白式、紅椿、シュヴァルツェア・レーゲンはバイコーン。
ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは福音を相手にして戦闘を行う。
第1段階であった2機の分断、バイコーンの強力な射撃兵装であるメガビームランチャーの破壊は成功した。
あとは各個撃破をするだけだ。
3対1、しかもどちらも軽くはない損傷を負っている。
決して不利な戦いではない。むしろ翼が戦った時よりもずっと有利だ。
(負けられない)
箒は空裂と雨月をさらに強く握りしめる。
彼に託されたのだ。
彼は自分を信じた。自分の力を信じた。自分の意思を信じた。
ならば、それに応えなければならない。成し遂げなければならない。
それが今の自分が出来る精一杯の償いだから––––。
◇◇◇
「なんなんだよ!お前たちは!」
翼はしゃがみこみ、頭を抑えながら叫んだ。広がるその光景を見ないように目をキツく閉じている。
「わたしは、わたし……」
「ほかの何でもない」
聞きなれな声で、忘れられない声で、もう聞けないはずの声でその言葉は翼の耳に届けられた。
「違う!死んだんだよ!」
その時の光景と感触が蘇る。
さらにそれから目をそらすように、意識をそらすように頭を抑えて歯を食いしばる。
「「ううん、違うよ」」
その声がすぐ近くでして翼は顔を上げてしまった。
景色はリビングから暗闇へと戻っていた。
だから、より一層2人の少女が際立って翼の目に映る。
「––––お兄ちゃんに」
「––––ちゃんに」
「「殺されたんだよ」」
不気味な笑みを浮かべて2人はそう言った。
「あああああッ!!」
翼はそれを聞こえなくするために狂ったように叫びながら腕を振るう。
2人の少女は不自然なほどに軽くその腕に吹き飛ばされ、床に転がった。
「あ……ッ」
その方向を見て翼は息を飲んだ。
転がった少女たちがあの時と同じ無残な骸となっていたのだ。
中学生ほどの少女は裸、小学生ほどの少女は少し汚れた服を着ている。
格好は違うが何かに突き刺された後が痛々しく、生々しく刻まれているということだけは同じだ。
翼がそれを見てふと手に違和感を感じて視線を移すと––––
「……ぁっ」
––––その少女たちを殺した包丁を真っ赤な血で染まった手が握っていた。