波がゆっくりと浜辺に辿り着いては引いていく。その音を箒は虚ろな目で見つめていた。
(私のせいだ……)
不意に思い出した思い出の中で翼は笑っている。
だが、その笑顔はない。もう、見ることはできない。
ユニコーンは沈んだ。
性能的に圧倒的な差がある2機の新型ISに対し互角に戦ってみせたが最終的にはユニコーンの敗北で終わった。
最後に見られた搭乗者のバイタルによれば体のほぼ全身を何かしらの怪我で損傷。そもそも体組織の4割を失っている。
もし海から引き上げることができたとしてももはや絶望的。
そんな事態を招いたというのに、箒は誰かに責められることはなかった。
友人たちからも、彼の父親である源治からでさえも責められなかった。
それがより一層箒を苦しめている。
(私は……どうして、いつも……)
いつも、力を手に入れるとそれに流されてしまう。
それを使いたくて仕方がない。
わき起こる暴力への衝動をどうしてか抑えられない瞬間がある。
(何のために、修行をして……!)
箒にとって剣術は己を鍛えるためのものではない。己を律するためのものだ。
自らの暴力を抑え込むための、その抑止力。
だがそれは非常に危うい境界線なのだと思い知る。
薄い氷の膜のように、ほんの僅かな重みだけで崩れてしまう。壊れてしまう。
(私は、もう……ISには……)
決心をつけようとした時だった。
「あー、あー、わっかりやすいわねぇ」
そんな少々乱暴な声が後ろから響いてきた。
その声の主、鈴音は海を見つめ続ける箒の隣に立つ。
しかし、箒は鈴音に対して何の言葉も出せずにいた。
「あのさぁ」
鈴音はそれを承知で話を続ける。
「翼が死んだのは、アンタのせいなんでしょ?」
箒は頷くことすらせずに言葉を聞く。ただ、拳を握りしめ、唇を噛みしめた。
「で、落ち込んでますってポーズ?––––っざけんじゃないわよ!!」
烈火のごとく怒りをあらわたさせたりん音は箒の胸ぐらを掴んでその目を睨みつける。
「アンタにはやるべきことがあるでしょうが!今!戦わなくて、どうすんのよ!」
「わ、私……は、もうISを……使わない」
「ッ!!」
バシンッ!と鈴音に頬を打たれた箒は砂浜に倒れた。
そんな箒に近づくと締め上げるようにして振り向かせる。
「甘ったれんじゃないわよ……。専用機持ちってのはね、そんなワガママが許されるような立場じゃないのよ。それともアンタは––––」
鈴音の強い意志を宿す瞳が、箒の虚ろで何も宿さない瞳を直視する。
その瞳に籠るのは闘志、怒りを思わせる赤い感情。
「––––戦うべき時に戦えない、臆病者か」
その言葉で箒の何も宿さない瞳、その奥底の闘志に火がついた。
一度着いた火は大きく燃え上がり、それは怒りを纏い言葉となり吹き出す。
「私に、どうしろと言うんだ!もう敵の居場所はわからない!戦えるのなら、私だって戦う!!」
自分の意思で立ち上がった箒を見て、鈴音は呆れたようにため息をついた。
「やっとやる気になったわね。……あーあ、めんどくさかった」
「な、なに?」
「居場所ならわかるわ」
鈴音の後ろにはいつのまにか一夏がいた。
その手にはタブレット端末がある。
「居場所なら、アイツが教えてくれているよ。箒」
それは、翼が戦闘に向かう前のことだ。
「頼みがある。俺にもしものことがあったら、お前が福音を倒せ」
その言葉はまるで、作戦が失敗して彼が戻ってこないことを意味しているようだった。
そんな最初から諦めきった言葉が届くと同時に一夏は翼を殴った。
翼は怒りを向けられながらも儚げな笑みを浮かべているだけだ。
それを見てさらに一夏の頭に血が上っていく。
「ふざけんな!お前、自分がなにを言っているのか、わかっ––––」
「わかっているさ!!そんなこと!だが、こうするしか方法はない!いいな?この作戦は失敗する。なにかしらの方法で、なにかしらのことが原因でだ!」
「翼……お前、なに言って」
まるで何かを悟っている物言いに一夏は反射的に聞いた。
翼はあることを言おうとしたがそこで言葉を飲み込み持っていた端末を差し出した。
「これに情報を暗号化して送る。白式に同期させたら自動で復号化されから安心しろ」
一夏は躊躇いながらもその端末を受け取った。
彼がここまですることにはなにかしらの意味がある。そう確信できたからだ。
「紅椿……箒は必ず離脱させる。俺がやられた後の要はお前と箒だ」
「俺と……箒?」
「ああ、頼むぞ。
翼は期待が多分に含まれた笑みを一夏に向けていた。
◇◇◇
「そんなことが……」
「ああ。白式に情報を同期して復号化させると銀の福音、バイコーンの現在位置が出てきた。それと2機の戦闘情報と行動パターンだ」
「アイツが私たちに残したものよ。文字通り、命をかけてね」
一夏と鈴音の後ろには専用機持ちの面々が並んでいた。
全員が自信の表情を浮かべて箒を見ている。
「んで、アンタはどうする?」
「私……私は……」
箒は強く拳を握りしめる。
しかし、その理由は違う。後悔して、不甲斐なくて握りしめているのではない。決意の表れがそこに出た結果だ。
「戦う……闘って、勝つ!今度こそ、負けはしない!」
「決まりね」
鈴音は一夏へと視線を送る。
「ああ、作戦会議だ。福音とバイコーンを確実に堕とす!」
◇◇◇
ぽちゃん、ぽちゃん。
雫が水面に落ちる音が響いていた。
ほぼ同じ感覚で同じ音を翼の耳に届けている。
(ここ……どこだ。俺は、確か……)
頭によぎるのは
(死んだ……のか?)
思いながら辺りを見回す。
暗い。どこまでも暗い景色がそこにはあった。
感覚的には目を開けているのだが見える景色はどこまでも黒く、暗い、闇だけだ。
どうにか体を動かそうとするが不思議と動く気配がない。
そしてそんな中で聞こえるのは雫の音だけ。
「気が狂いそうだな……」
翼は目を閉じてそう呟いた。その瞬間だった。
「今更––––」
「––––何を言ってるの?」
その2つの声が聞こえた瞬間、反射的に目を開いた。
その視界に広がっていたのは闇ではない。
そう広くないリビング。そこは荒らされ悲惨な有様だった。
テーブルとイスはひっくり返され、倒されておりその破片が散らばっている。
そして、至る所には赤い液体が水たまりを作っていた。
「あ……あぁ……」
翼は気が付かないうちにゆっくりと後ずさりをしていた。
彼の視界にはその部屋の中央にあるものに向けられていた。
倒れた男性に馬乗りになり、無心に包丁を振り下ろす少年。何かに責められるように、楽しむように、すでに事切れている男性へと執拗に刃物を下ろしている。
その隣には少女の亡骸が2つ転がっていた。
視界をそらそうとしても何かに押さえつけられているかのようにその一点にしか視線が向けられない。
「こんなことをしたのに?」
「こんなことをしちゃったのに?」
「「まだ、常人ぶるの?」」
「あああぁぁぁぁぁああああッッ!!!」
翼はただ叫ぶしかなかった。