「まるで、白騎士事件だな」
ふと一夏は先を歩く翼の背中を見ながら呟いた。
色々な意味で衝撃的だったブリーフィングを終えた彼らは作戦準備に入っている。
しかし、翼は一夏を「話がある」と誘い、海へ向かい歩いていた。
「ああ、そうだな……」
【白騎士事件】––––この事件の名を知らぬ者はいない。
10年前のことだ。篠ノ之束、岸原源治、楓が発表したISは当初その成果をほぼ認められていなかった。
彼らが言った『現行兵器を凌駕する』との言葉を誰も信じなかった。それは同時に信じるわけにはいかなかった、とも言える。
たった3人で、今までなんの実績も上げていない、どこの組織にも属していないような者たちがそんな物を作れるわけがない。
そして、たった3人でそんな物を作れたというのであれば今まで自分たちがやってきたこととは?
思惑としてはそんなものだろう。
ともかくとしてISの発表から一ヶ月後、事件が起きる。
突如として日本を攻撃可能な各国のミサイル2341発。それが同時にハッキングを受け、制御不能、発射されたのだ。
世界の誰もが諦めた。誰もが絶望と混乱の中にいた。
そこに現れたのが白銀のISだった。
初期バイザーを装備していたため顔は不明。出現時に装備していたのは1本のブレードのみだったが、後に大型荷電粒子砲を召喚し、1000発ものミサイルを斬り裂いた。
超音速の格闘能力、大質量の物質を粒子から構成する能力、ビーム兵器の実用。
どれもこれもが現存兵器にはないもの。
それに対し、国際条約を無視して各国は捕縛、ないし破壊を行おうとした。
しかし、白騎士は各国の戦力を全て退いた。それも人命を一切奪わずに。
その圧倒的戦力差から全世界は『ISを倒せるのはISのみだ』という“束の言葉”を無抵抗に受け入れた。
(白騎士事件……手を引いていたのは間違いなくあの人だ。そして、今回のことも––––)
翼は人気がない海岸に来ると立ち止まり、振り返って一夏を見る。
「んで、どうした?話って」
(だとしたら、保険はかけておくべき……だよな)
「頼みがある。––––––」
波の音ともにその言葉が一夏の耳に届く。
その言葉を理解し、翼の笑顔を見た瞬間、一夏は翼を思いっきり殴った。
一夏は怒りを、翼はどこか儚げな笑みを浮かべて見つめ合っていた。
◇◇◇
時刻は11時半。
容赦のない陽光が照らす海岸にユニコーンと紅椿がいた。
ユニコーンの後ろにはユニコーンとほぼ同じ全長のプロペラントブースターを両腕に抱える白式と甲龍がいる。
このプロペラントブースターはユニコーン・リペアⅡ用の物だ。
マイクロミサイルタンクでもあり、火力と機動力の補強、ブースター自体の燃料を使い機体のエネルギーの節約のために装備する。
後付なのは大型ゆえに接続後の変わる機体バランスを整えるためだ。
「にしても、たまたま私たちがいたことが幸いしたな。私と翼が力を合わせればできないことはない」
「ああ、そうだな。だが、わかってるな?これは実戦だ。何が起きるかなんてことは––––」
「無論、わかっているさ。ふふ、どうした?怖いのか?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「ははっ、心配するな。この紅椿の力はお前も理解しているだろ?」
箒は先程からずっとこの調子だ。
専用機を手に入れらたことがよほど嬉しいらしく明らかに浮かれている。
『岸原、篠ノ之。聞こえるな?』
そんな時、ISのオープン・チャンネルから千冬が通信を入れてきた。2人はそれに対し頷いて肯定。
『今回の作戦の要は
「了解」
「織斑先生。私は状況に応じて翼のサポートをすればよろしいですか?」
『……そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めたばかりだ。何かしらの問題が出るとも限らない』
「わかりました。できる範囲で支援します」
箒の答えるその声は一見落ち着いているように感じれるがやはり口調は喜色に弾み、浮ついているように感じとれた。
千冬はすぐにオープン・チャンネルからプライベート・チャンネルに切り替え、翼に言う。
『岸原。篠ノ之は浮ついている。あんな状態では何かを仕損じるるやもしれん。いざというときはサポートしてやれ』
「わかっていますよ」
『それと、お前もくれぐれも下手なことをするな』
あさり答える翼に千冬は最後に付け加えるよう言って通信を終えた。
(バレてる……か。そりゃそうか……)
次にオープン・チャンネルで源治が一夏と鈴音に指示を出す。
『それじゃ、一夏君、鈴音ちゃん。プロペラントブースターをユニコーンのブースターに近づけてくれ』
その指示に従い、2人はユニコーンのブースターへと抱えているプロペラントブースターを近づける。
近くまで来るとプロペラントブースターの先端にあるアームがユニコーンのブースターと接続された。
「プロペラントブースターA、B接続を確認。重心補正、各スラスター、スタビライザー出力調整…………完了」
翼のその言葉を聞くと源治が一夏と鈴音にその場から離れるように指示。
2人は頷くとゆっくりとその場から離れた。
チラリと一夏の方へと視線を向ける。表情や雰囲気はいつも通りのように見えるがその手は強く握りしめられている。
(一夏……)
2人が完全に離れると千冬が告げた。
『では、はじめ!』
「岸原翼、ユニコーン・リペアⅡ––––」
「篠ノ之箒、紅椿––––」
「「––––出る!!」
2人は告げると数秒で目標高度の500メートルに到着。
「暫時衛生リンク確立……上方照合完了」
「目標の現在位置を確認。行くぞ、箒」
そしてユニコーンはプロペラントブースターから火を吹かし、紅椿は脚部と背部の装甲を展開、強力なエネルギーを噴出させた。
(すごいな……たったあれだけで今のユニコーンとほぼ同じ……いや、これだけやってようやく同じ速度、か)
改めて見るとやはり常軌を疑う。
あれがその状況に合わせて攻撃・防御・機動に即時に対応可能だという。
それに加えて今の状態ですら最大出力ではない。
翼が感心しているとレーダーが反応を捉えた。
「翼っ!!」
ユニコーンのハイパーセンサーの視覚情報が自分がその目で見ているかのようにクリアに目標を映し出す。
全身がその名のとおり銀色のIS、
特徴的なのは頭部から生えている一対の巨大な翼だ。本体同様に銀色に輝くそれは大型スラスターと高域射撃武器を融合させたものだ。
センサーが捉えたということは接触まであと10秒、マイクロミサイル発射までは3秒––––。
「ッッ!!」
その時が来て、ユニコーンの背部にブースターを介し取り付けられたプロペラントブースターの上部と下部が開き大量のミサイルが顔を出した。
それらはほぼ一斉に飛び立ち、福音へと向かう。
福音は最高速度そのままに反転、ミサイルの回避を始めた。
しかし、その回避先は翼がわざと作ったものだ。
「箒!!」
「ああ!!」
ユニコーンは不知火を展開、斬月を発動させ紅椿は空裂と雨月を展開、それぞれ斬りかかる。
しかし––––
『敵機確認。迎撃モードへ移行。
「!?」
オープン・チャンネルから聞こえたそれは抑揚のない機械音声だった。だが、そこに確かな殺意を翼は感じた。
ぐりん、と。福音は体を1回転し、ユニコーンの斬月を、紅椿の空裂の一撃をかわしきる。
それはほんの数ミリという高い精度を持つ操縦だった。
「くっ……!あの翼が急加速をしているのか!?」
箒の驚愕の言葉と同時に翼は心の中で舌打ちを鳴らす。
(なるほど、伊達に重要機密ではない、と……)
ユニコーンはプロペラントブースターをパージしながら福音へと接近する。
「箒!援護を!!」
「任せろ!!」
時間がかかればこちらが不利。
それ故に翼はすぐさま箒に背中を預けて福音へと斬撃を仕掛けた。
しかし、それはひらりひらりとかわされる。
その独特の機動はどこかユニコーンと似通ったものを感じられた。
しかしユニコーンの機動と違うのは制御されている、ということ。
ユニコーンのように無差別で無作為に見えるような動きはない。
「なら!!」
背部大型ブースターにあるサブアームを展開、それに接続されている突撃砲を放つ。
やはりひらりひらりとかわされ当たる気配はない。
ユニコーンは雷撃を展開、回避してくるであろう場所へと放つ。
放たれたその場所へとちょうど福音が移動してきてその攻撃は命中した。
翼は確かな手応えを感じると雷撃を収納、接近しながら箒に通信を送る。
「箒!福音の大まかな行動パターンだ。まだアラは多いが使え!」
「わ、わかった!」
ユニコーンが不知火を振るうが福音は難なく回避、そこへ紅椿の空裂による帯状に伸びたエネルギーが飛ぶ。
それも回避したがその回避場所に続けて放たれていた雨月のレーザーが貫いた。
さらにそこへと追撃を仕掛けるためにユニコーンがブースターとスラスターを吹かし急接近、斬月を展開して斬りかかろうとするが銀の翼、その装甲が開き砲門が現れる。
現れた砲門を接近するユニコーンに向けるため翼をせり出させた。
瞬間、幾重にも光の弾丸が打ち出される。
ユニコーンは接近をやめて打ち出されたそれを不知火で弾くが数発は装甲を貫いた。
その弾丸は高密度に圧縮されたエネルギー弾らしく、装甲に着弾と同時に爆発する。
厄介なのはその連射速度だ。
射撃精度は高くはないが面で攻撃してくるため回避や防御は難しいだろう。
「二方向から攻める。左は頼む」
「了解した!」
翼と箒は回避行動をとりながら連射を止める様子がない福音へ左右から斬りかかる。
しかし、その攻撃はわずかにかするだけで確かな手応えがない。
行動パターンが大まかにわかっているとはいえ、やはり近接戦闘で確かなダメージを与えるには動きを止める必要がある。
「翼!私が動きを止める!」
「頼む!」
箒の二刀流から繰り出される斬撃と刺突。その椀部装甲は展開されており、そこから放たれたエネルギー刃が自動で射出、福音を狙う。
それに加えて持ち前の機動力と展開装甲による自在な方向転換、急加速を使って福音との距離を離さなさず、逆に間合いを詰めていく。
その猛攻に福音は回避ではなく防御をするようになっていた。
「そこだぁぁぁあッッ!!」
翼は不知火を握りしめた。しかし、そこには全面反撃が待ち受けていた。
『La……♪』
甲高い音声。それが響くと同時、ウイングスラスターが砲門を全て開く。その数、合計で36門。
全方位へ向けて一斉に放たれた。
「やるな……。だが、押し切る!」
紅椿はその光弾の雨を縫うようにかわし、迫撃。
そこに、隙が生まれた。
当然翼もそれを見た。だが同時にあるものを見つけてしまった。逡巡を挟んだがユニコーンは福音ではなく、その直下の海面へと急前進。
「翼!」
「く、そ!」
かけられる言葉も振り払い、ユニコーンは急加速で一発の光弾に追いつくとそれを弾き飛ばした。
その後ろには船があった。
彼は福音を倒すのではなく、船を守るために動いていたのだ。