一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

36 / 53
前準備(下)

「おー、天気いいなぁ」

 

 週末の日曜日。天気は快晴。雲も少なく暑さが少々きつくなってきたのを除けばいい天気と言ってしまっていいだろう。

 

 笑顔で背伸びをする翼に対しその隣にいるシャルロットは仏頂面だった。

 

「……僕は、夢が砕ける音を聞いたよ」

 

 ちなみにだがなぜシャルロットがこんな様子になっているのかなど翼は知らない。そのためか先ほどの言葉さえも聞こえていない。

 

「どうした?調子、悪いのか?」

 

 翼はシャルロットの顔を覗き込むがぐいっとその顔を押し返した。

 そこに言葉はない。ただ非難の目を翼に向けている。

 

「な、なぁ、シャル」

 

「ねぇ、翼」

 

「あ、ああ。なんだ?」

 

「乙女の純情を弄ぶオトコは馬に蹴られて死ぬといいよ」

 

 冷たい言葉と目だった。

 が、翼はなぜその言葉が出てきたのかなど知る由もない。

 

「はぁ……。どうせ、どうせね……買い物に付き合ってくれって……そんなことだと思ってたよ。なんか似たようなこと前も言ってたもんね……はぁ」

 

 呟きながら深いため息をつくシャルロット。

 

「いや、その……無理、しなくていいんだぞ?なんだったら帰って休んでても」

 

 翼も流石にそこまで意気消沈しているシャルロットを見れば心配する。

 そのために出た言葉が先ほどのものなのだが、帰ってきたのは無言の圧力だけだ。首を絞められるような息苦しさすらもどこか感じてしまうほどの圧力。

 

「……えーっと、パフェかなんか奢る。けど」

 

「パフェだけ?」

 

「け、ケーキとか、ドリンク……とか?」

 

「……ん。あと、はい」

 

 シャルロットは翼に手を差し出した。

 翼はその理由がわからず首を傾げるしかない。

 

「手、繋いでくれたらいいよ」

 

「あ、ああ。そんなことか」

 

 翼は深く考えることもせずその手を握った。

 

「よし、なら行くか!」

 

「う、うん」

 

◇◇◇

 

 と、駅前へと向かい歩き出した翼とシャルロットを物陰から見つめる影がそこにはあった。

 2人が青になった横断歩道を渡って人混みに消えると、これ頃合いとばかりに茂みからその影は現れた。

 

 1人は躍動的なツインテール、その隣のもう1人は優雅なブロンドヘアー。

 要するに、凰鈴音とセシリア・オルコットである。

 

「あのさぁ……」

 

「なんですの?」

 

「あれ、手ぇ握ってない?」

 

「……握ってますわね」

 

 100人が見れば100人ともそう返すであろう言葉を発して、セシリアは引きつった笑みを浮かべながらペットボトルを握りしめる。

 その力は相当なものだったらしく音を立てながらそのフタが吹き飛んだ。

 

「ははっ、そっかぁ。そうかぁ……。あたしの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか。……よし、殺ろう」

 

 握りしめられた鈴音の拳にはすでにISアーマーが部分展開されており準戦闘モードに入っていた。衝撃砲発射までのタイムラグはおよそ2秒といったところか。

 

 10代乙女の純情というものはどこまでも恐ろしいものである。

 

「ほう、楽しそうだな。では、私も混ぜるがいい」

 

「「!!?」」

 

 いきなり背後から声が聞こえ、驚きながら2人同時に振り返った。

 そこに居たのは、忘れられるわけもない少女。ラウラ・ボーディヴィッヒ。

 

「なっ!?あ、あんたいつの間に!」

 

「そう警戒するな。今のところお前達に危害を加えるつもりはない」

 

「し、信じられるものですか!」

 

 2対1で負けたことが鈴音とセシリア。2人の懐疑心をより強く顕著なものとしていた。

 が、それを気にもとめずラウラは平然と言葉を返す。

 

「あのことは……まぁ、許せ」

 

 そうあっさりと言われ、2人は一瞬意味を理解できず呆けていた。が、すぐさま持ち直し続ける。

 

「ゆ、許せって、あんたねぇ……」

 

「はい。そうですかと言えるわけが……」

 

「そうか。では私は翼を追うのでな。これで失礼するとしよう」

 

 そう言い本当にすたすたと歩き出したラウラを2人は慌てて止めに入る。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「そ、そうですわ!追ってどうしようと言いますの!?」

 

「決まっているだろう。私も混ざる。それだけだ」

 

 ここまであっさりと言い切られてしまっては逆に怯むしかない。こうもストレートにものを言えることに羨ましいのか悔しいのかよくわからない感覚を抱く。

 

「ま、待ちなさい。未知数の敵と戦うにはまずは情報収集が先決でしょ?」

 

「ふむ。一理あるな。ではどうする?」

 

「ここは追跡した後、2人の関係を見極めるべきでしょう」

 

「なるほどな。では、そうしよう」

 

 結果、よくわからない追跡トリオがここに結成された。

 

◇◇◇

 

「えっと。水着売り場はここ、か」

 

 翼たちは駅前のショッピングモール、その二階に居た。

 一夏曰く「ここにないなら諦めろ」ということだったがそれは実際にその場所に来てその意味を理解できた。

 食事処はもちろんのことレジャー施設、衣服は量販店から一流ブランド店までもが揃っている。

 

「ところでシャルも水着買うのか?」

 

「そ、そうだね……あの、翼はさ、その……僕の水着姿、見たい?」

 

「ん?そうだなぁ。せっかくだし泳いだらどうだ?」

 

 翼はシャルロットの質問の意図が読めずそう返事を返した。

 

「そ、そうなんだ。なら、せっかくだしあたらしいの買っちゃおっかな?」

 

 繋いだ手に入れ軽く力を込めながらシャルロットは数度頷く。

 

「じゃ、男女で水着売り場違うみたいだし、ここで別れるか」

 

「あっ……」

 

 手を離した瞬間、シャルロットは心残りのあるような声を漏らした。その後も何か言い出せていないように見える。

 

「えっと、どうした?」

 

「う、ううん。なんでもないよ」

 

「そっか。じゃあ、とりあえず30分後にここに集合ってことで」

 

「うん、わかった」

 

 こくんと頷きシャルロットは女性用水着売り場へと向かった。それを見送ると翼は男性用水着売り場へと向かう。

 

「………これでいいか」

 

 翼はもともと服に関してはとことん関心がない。

 服なんて着ることができれば何でもいいのでは?と思ってすらいる。

 そうしていた結果、両親に着せ替え人形のようにされ、沙耶に泣きつき結局そこでも着せ替え人形にされることになったのだが、その考え自体にさしたる変化はない。

 

 そんな考えのせいか翼は深く考えることもせず目に入ったグレー色の水着を手に取り会計に向かった。

 

(まぁ、これでいいか)

 

 すぐに目的のものを購入すると翼はシャルロットと別れた場所へと戻る。

 まだ彼女は来ていない。そう思っていたがその予想に反し、シャルロットはすでにその場所に立っていた。

 

「あれ?もう買い終わったのか?」

 

「あ、ううん。ちょっとね、翼に選んでほしいなぁって」

 

「ん?そうか、なら見に行くか」

 

 そう思い翼は女性用水着売り場へと足を踏み入れる。

 相変わらず形や色の数は男性用の比ではない。数々の水着が並ぶ中翼は圧倒されていた。

 

(すごいよなぁ……よくもまぁここまでデザインしたなぁ)

 

 日曜日、ということもありそこそこの女性客、その視線が翼へと向けられるがそんなものにいちいち気に取られるほどの精神力ではあの両親と共に暮らせない。

 そもそも何もしていないのになぜオドオドしなければならないのか、と気にせず水着売り場に入る。

 

「翼。早速だけど、その水着を見てもらえるかな?」

 

「ん?ああ、わかった」

 

 返事を返すと翼はシャルロットに引っ張られ、気がつけばなぜか試着室に来た。

 

「……あの〜、シャルさん?」

 

「ほ、ほら!水着って実際に来て見ないとわからないし、ね?」

 

「いや、確かにそうではあるが。なぜ俺が入る必要が?」

 

 至極当然のことを聞く翼にシャルルはすぐに答える。

 

「す、すぐに着替えるから待っててっ!」

 

「いや!だからそれなら外に!」

 

「だ、ダメ!」

 

 思いっきりダメ出しをされてしまった。半ば混乱する頭で次の言葉を考えているといきなりシャルロットは上着を脱ぎ出した。

 

 翼は咄嗟にシャルルに背を向ける。

 狭いボックス型の試着室には翼とシャルロットの2人きり。さらにそのせいか背中越しに聞こえる衣擦れの音が耳について仕方がない。

 

「あ、あー。しゃ、シャル?」

 

「な、なに?」

 

 なぜこんなことになっているのかを聞きたかったがどう聞けばいいのか言葉を持て余す。

 

(ん?)

 

 ぱさり、と衣服の上に何か軽いものが置かれたような音が耳に届きふと視線を下に下ろすとそこには女性らしい下着があった。

 

「………ッッ!!!?」

 

 翼には恥ずかしさからくる震えか恐怖による震えかが全くわからなかった。

 

◇◇◇

 

(ううっ、い、勢いでこんなことしちゃったけどどうしよう……)

 

 翼もドギマギしていたがそれ以上にシャルロットはテンパっていた。

 そうなった理由は自分たちを追跡している存在、セシリア、鈴音、ラウラに気がついたからだ。

 

 全てのISは基本的にすべて『コア・ネットワーク』と呼ばれる特殊情報網で繋がっている。本来宇宙での相互通信用のものだったのだがそれの名残でIS同士ではお互いの位置を認識し合うことが可能なのだ。

 

 当然、正確な位置情報は許可を出さなければならないし、相手が潜伏(ステルス)モード、と呼ばれるものされてしまえば位置確認は難しくなる。

 追跡トリオはもちろん潜伏モードにしているのだがそのせいでむしろシャルロットは追跡に気がつけた。

 

 潜伏モードにしている、ということは現在の位置を知られたくない、ということでそれへ追跡をしているからと考えられるからだ。

 

(ん〜3人とも諦めて帰ってくれないかなぁ)

 

 とりあえず今は翼と2人きりでの外出、つまりはデートだ。

 唐変木でしかも天然のたらしとある意味で救い用のない彼との貴重な時間だ。邪魔をされるわけにはいかない。

 

 ひとまずシャルロットは水着を着終えると翼に声をかける。

 

「い、いいよ……」

 

「わ、わかった」

 

 翼はゆっくりと振り返り水着姿のシャルロットを見る。

 セパレートとワンピースの中間のような水着で色は鮮やかなイエロー、正面のデザインはバランスよく膨らんだ胸の谷間を強調するようにできている。

 

「あ、あの!一応もう一つもあって––––––」

 

「い、いやいや!それでいいんじゃないか?うん!それがいい!」

 

 とにかく早くこの空間から出たかった翼は反射的にそういった。

 半ばテンパっている翼の言葉を真に受けたシャルロットは嬉しそうに微笑んだ。

 

「じゃ、じゃあ、これにするねっ」

 

「あ、ああ!それじゃ俺は出てるから」

 

 シャルロットに止められる前に翼は試着室を出ようとドアを開く。

 

「あ?」

 

「えっ?」

 

「ええっ?」

 

 翼の目の前にいたのは一組副担任の山田真耶、隣には数少ない同性の友人である織斑一夏、その後ろには状況に気がついた担任の織斑千冬が頭を押さえた。

 

「何をしている、馬鹿者が……」

 

 真耶の軽いパニックに陥った悲鳴がこだましたのはそれからすぐのことだった。

 

◇◇◇

 

「はぁ、水着を買いに。でも、試着室に2人で入るのは感心しません。教育的にもダメです」

 

「す、すみません」

 

 ぺこりと頭を下げるシャルロット。

 これ以上追求されると困るのは翼も同じ、話の流れを変えようと千冬と一夏に話を振る。

 

「ところで2人も水着を買いに?」

 

「ああ、駅であってさ。千冬姉も山田先生も買いに行くっていうから一緒に行こうってことになって」

 

「ああ、なるほど」

 

 そういうことだ、とでも言うように頷くと「ところで」と千冬はある一点に視線を向けてそこに言葉を投げた。

 

「そろそろ出てきたらいいんじゃないか?」

 

 しばらくの沈黙の後そろそろと2人の少女が現れた。

 

「そ、そろそろ出てこようかと思ってたのよ」

 

「え、ええ。タイミングを計っていたのですわ」

 

 鈴音とセシリアだ。

 

「あぁ、なんかつけられてるなって思ってたけど鈴とセシリアだったのか」

 

 ふう、とため息混じりに千冬は言葉をこぼす。

 

「さっさと買い物を済ませて退散するとしよう」

 

 と何かに気がついたのか真耶が唐突に口を開いた。

 

「あ、あー!私ちょっと買い忘れがあったんですよ。えーっと、場所がよくわからないので凰さんとオルコットさん、ついてきてください。あと、デュノアさんも」

 

 言うと有無も言わさず真耶は3人を連れてどこかへと行ってしまった。

 と、結果的に残ったのは千冬、一夏、翼の3人だ。

 

「……まったく、山田先生は余計な気をつかう」

 

「「へ?」」

 

 当然ながらその真意を翼も一夏も理解できるわけがない。

 

「はぁ、言っても仕方がないか。一夏、翼」

 

「は、はい」

 

「なんでしょう、か」

 

 久しぶりに名前で呼ばれ2人はギクシャクした反応しか返すことができなかった。それに千冬はどこか苦笑いを浮かべて聞く。

 

「それで、だ。一夏、翼。どっちの水着がいいと思う?」

 

 そう言い千冬は2着の水着を見せた。

 片方はスポーディであり、メッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している黒の水着。

 もう片方は一切の無駄を省いた機能性を重視した白の水着。

 ちなみにどちらもビキニタイプだ。

 

(これは––––––)

 

(––––––黒だな)

 

 弟子2人の感想は完全に一致していた。

 更にその先、この水着だとおかしな男たちが寄り付くのでは?という考えまでも同じだ。

 

 それ故に2人は同時にその水着を指差した。

 

「「白の方」」

 

「なるほど、黒の方か」

 

「「い、いや。だから白の––––––」」

 

「嘘をつけ。お前たちが先に注視していたのは黒の方だったぞ」

 

 グサッと弟子2人の心に突き刺さる言葉の針。

 

「まったく、他人の心配をするよりもまずは自分の心配をしろ」

 

 その呆れたような言葉は、しかしどこか優しい声音だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。