「今日は通常授業の日だな。IS学園とはいえお前たちは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」
授業数自体は少ないがIS学園では一般教科も履修することになっている。
授業数が少ないため中間テストはないが期末テストはある。そして、そこで赤点を取れば晴れて夏休みの補習組の仲間入りとなる。
「それと、来週からの校外特別実習期間だが、全員忘れ物はするなよ。3日間だけだがここを離れることになる。自由時間も羽目を外しすぎないように」
それは7月頭に行われる校外学習。すなわち、臨海学校だ。
3日間の日程のうち、初日は“基本的に”自由時間。当然ながらそこは海。
そして、咲き乱れる10代女子。先週あたりから妙にざわついているのはそのせいだ。
ちなみに翼は水着を持っていない。
家に帰ればありはするがそこまでする必要をあまり感じない。そもそも時間が取れるかどうかも怪しい状態だ。
などと言うとセシリアと鈴音から強烈な注意を受けてしまったため用意しなければならない。
そしてそうなると買ってしまった方が早い。
「ではSHRを終わる。各員、今日もしっかりと勉学に励めよ」
千冬がそうしめたところでクラスメイトの1人が手を挙げて質問した。
「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか?」
その質問の通りいつもなら千冬の隣にいる真耶はいない。
「山田先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので、山田先生の仕事は私が今日1日代わりを担当する」
「ええっ、山ちゃん一足先に海に行ってるんですか!?いいな〜!」
「ずるい!私にも一声かけてくれればいいのに!」
「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうなぁー」
話題一つあれば一気に賑わうのはさすがは10代女子、言うべきか。ともかく、それを鬱陶しそうに千冬は言葉を続ける。
「あー、いちいち騒ぐな。鬱陶しい。山田先生は仕事で行っているんだ。遊びではない」
はーい、と揃った返事を返す女子たちは相変わらずのチームワークだった。
◇◇◇
放課後、夕暮れに染まる教室で翼とシャルロットは罰の掃除をやらされていた。
基本的に教室含め学園内は清掃業者が清掃を行なっているため生徒は誰1人として残っていない。
そのため教室の掃除、といえばこのようにもっぱら軽い罰として使われている。
「よっと……」
「ごめんね。翼。僕のせいで」
机を運んでいた翼にシャルロットは表情を曇らせながら言った。
「いや、俺のせいでもあるからな。謝るなよ。それに、いい気分転換にもなってるし」
「気分転換?」
「ああ、まぁ、な……って、机は俺が運ぶから」
ふと視線をシャルロットに向けると彼女は重そうな机を運ぼうとしていた。
どうやら中に教科書類がほとんど残っているらしい。
「へ、平気、だよ?い、一応これでも専用機持ちで体力は人並みに……」
言いながら机を持ち上げた。が、重量に負け足を滑らせた。
それを翼はとっさに後ろから体を支えた。
「ふぅ……怪我したら元も子もないんだから気をつけろよ?ほら、俺がやるから」
「う、うん……あり、がとう」
後ろに倒れそうになったシャルロットを背中から支えているので体勢的には翼がシャルロットを抱き締めているようにも見えた。
シャルロットは落ち着かないのか視線をさまよわせている。
「っと、悪い」
「あっ……」
一瞬、ほんの少し残念そうな声が翼には聞こえた。ような気がした。
「……別によかったのに」
「ん?」
「な、なんでもない」
「そうか?」
翼は気のせいだろうと片付けると早々に机運びに戻った。
だが、シャルロットはとてもではないがそんな余裕などない。
(わ、わ、心臓すっごいバクバクいってる……。あ、顔大丈夫かな?へ、変な顔になったりしてないかな?)
いくら罰とはいえ願っても無い放課後の2人きりというシュチュエーションにシャルロットの胸は自然と高鳴っていた。
そして、今のこの状況は遅刻する大きな理由となった夢とほとんど同じなのだ。
(翼と……)
指が自然に唇へと動き、それをなぞる。
そのせいで顔から自分でもわかるほどに熱を帯びている。普段の落ち着いた様子というものはほとんど見えない。
(ど、どうしよう……何か、何か喋らないと。でも……)
シャルロットが全力で何か共通の話題をと探している中だった。
翼は何かふと疑問に思ったらしく声をかける。
「そういえばさ」
「え!?な、なに?」
「急に男のフリをするのをやめたけど何か理由があったのか?」
そこには探るような雰囲気には感じない。本当にただ単に少し気になった。その程度の声音だ。
しかし、そんなことはわかってはいるが聞かれては答えなくてはいけない。だが、翼には知られたくないある事情があるため言うわけにはいかない。
いつものようなはっきりとした答えを出せずしどろもどろしていたが翼は机を運びながら言った。
「あー、いや。言いたくなかったらそれでいいんだよ。少し気になっただけだからな。よっと」
「き、気になってたの?」
「ん?そりゃ気になるだろ」
「そ、そう……なんだ」
迷いながらもシャルロットは何度か窓の外に広がる夕焼け空と翼とを交互に見ると意を決したように口を開いた。
「そ、その……ちゃんとした女の子として。翼には見て欲しかったから……。なんて言うか。そうなったら少し他のみんなに対して卑怯っていうか……と、とにかく!翼が原因なんだからね?」
「え?そ、そうだったのか?それは悪いことをしたな」
「べ、別に謝られることでもないけど……」
そう言いシャルロットは顔を窓の方に向ける。その顔は夕日に照らされていると言うことを差し引いても赤くなっている。
「だがなぁ。ちゃんとシャルロットのことは女子として見てるぞ?」
「え?それって……」
予想外の言葉に一瞬胸をときめかせるシャルロット。しかし、言ったのは“あの”翼だ。
「男じゃないんだから当然だろ?」
これである。
本人は本当に悪気があって言っているのではない。おそらく本当にそう思って言っている。少なくともシャルロットからはそう見える。
そもそもわざとではないからなおのことタチが悪い。無自覚ほど強いものはない。
ため息をつきながら肩を落とすシャルロット。翼はそんな彼女に気づかずに切り出した。
「でも、そうすると、せっかく教えてもらった名前も普通になったし。なんか別の呼び名でも作るか?」
「え?い、いいの?」
「ああ、シャルロットがよければ。だけどな」
そう答えた翼を否定するようにシャルロットは首を横に振る。
「ぜ、全然大丈夫。せ、せっかくだし、お願い、しようかな?」
同様と興奮を隠そうとするが声が半音高くなってしまっている。
なんとか落ち着こうと努力はする、するが。
(わ〜っ!!ど、どうしよう。翼どうしたんだろ。こ、心の準備が……あ!でもこれって少なからず僕のことが……す、好きってこと、だよね?ね!?)
心の盛り上がりが最高潮の彼女にそんなことができるわけもない。
せいぜいがその声を漏らさないように咳払いをして抑え込むのが精一杯だ。
「う〜ん。そうだなぁ。シャルってどうだ?」
「シャル……シャル。うん!いいよ!すごくいい!」
「ん?そうか。気に入ってもらったようで何よりだ」
「ま、まぁね。シャル、シャルかぁ……ふふっ」
喜んでいるシャルロットに早速翼はその愛称で呼ぶ。
「んで、シャル。少し頼みがあるんだ」
「うん?なにかな?」
半ば心ここに在らず、と言った様子のシャルロットの手を翼はしっかりと握り見つめる。
シャルロットが頭に疑問符を浮かべる中で翼は告げた。
「付き合ってくれ」
「へ?」
シャルロットは、世界が止まる音を確かに聞いた。