一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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舞う翼
騒がしい毎日を


 朝の7時、数羽のスズメが鳴きカーテンの隙間からは朝日が差し込む。

 そんな朝のまどろみの時間を翼は少し目覚めた意識の中過ごしていた。

 

(そろそろ、起きるかなぁ)

 

 とは思うがまだもう少しこの時間を楽しみたいという欲求もある。

 翼はひとまずは寝返りをしようとした時に気がついた。

 手に妙な感触があったのだ。すべすべして柔らかい物体。それに手が触れている。

 

(あれ?布団の中に何か入れたっけ?……っていうか、この感触)

 

 翼は何度かそれと同じようなものに触れている。大きさこそ違うが同じようなものを。

 

(ま、まさか。な……)

 

 翼はある予感を脳裏に走らせながら布団を勢いよくめくる。そしてそれを見て翼は頭を抱えた。

 その先には––––––

 

「ら、ラウラ……」

 

 ドイツの代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒがいた。

 先月に転校してくるやいなや一夏に宣戦布告。そこに翼が横槍を入れて色々なことが起きた。

 

 その色々については思い出す度に頭が痛くなるので翼はあまり考えないようにしている。

 

 だが、現在翼が頭を抱えている理由はそこではない。

 彼が頭を抱える理由、それは何故か彼女は衣類を身に纏っていないからだ。

 つまりは全裸。唯一身につけられているのは左目の眼帯と待機状態になっているIS(右太ももの黒いレッグバンド)のみだ。

 

 ラウラが動く度に特徴的な長い銀髪が白い肌を撫でる。

 

「ん……。なんだ……?朝、か?」

 

「ああ、そうだ。もう朝だ。いいからさっさと前隠せ」

 

「おかしなことを言う。夫婦とは包み隠さぬものだと聞いたぞ」

 

「それは確かにそうかもしれないけどさ。お前はもう少し恥じらいをだな……」

 

 翼の言葉を完全に無視しラウラは一度目をこする。それだけで残っていた眠気を消したらしくいつもと同じ顔立ちになる。

 

「日本ではこういうが起こし方が一般的と聞いたぞ。将来結ばれる者同士の定番だと」

 

「……お前に間違った知識を吹き込んだのはどこの誰だ?」

 

 翼は一つ諦めるようにため息を一つ吐く。

 彼がこの状況に妙に冷静なのはただ単純に慣れているからだ。ある一人の少女のせいで。

 

(ラウラは第二の沙耶になりそうだな)

 

 翼はある少女の顔を思い浮かべ再び頭を抱えため息を吐く。

 

「しかし、効果はてきめんのようだな」

 

 翼が疑問の視線を送るラウラは控えめな胸を張りどこか自慢するような顔で言った。

 

「目は覚めただろう?」

 

「……当たり前だ」

 

 ここで追記をするが翼はあくまでもこのような状況に慣れているだけであり、全く驚いていないわけではない。

 

「しかし、朝食までまだ時間があるな」

 

 ラウラは差し出されたシーツを身に纏い、一度束ねた後ろ髪を散らす。朝の陽光が銀色の髪を照らし美しく輝いた。

 

(それにしても、先月のトーナメント以降ちょくちょくこういうことをするから本当に困る……)

 

 ここ最近のラウラは食事に同席するのは当然のようで少し前はシャワーを浴びている時に、さらにその前は着替え中にまで現れるようになった。

 

(……あれ?これ、第二の沙耶が生まれてないか?)

 

「………………」

 

 このままでは自分の身がもたない。なんとかしてこの積極性を削ぐことができないものかと考えていると。

 

「どうした?……あ、あまりそう見つめるな。私とて恥じらいはある」

 

 ラウラは言うと頬を赤く染め視線を逸らす。

 そのあまり見ない表情に翼は一瞬たじろいぐ。そんな時一つの名案が生まれた。

 

「ラウラ」

 

「なんだ?」

 

「俺は奥ゆかしい女性が好みだ」

 

「ほう」

 

 ラウラは少し驚くいたように僅かに目を開く。続けて、言葉を噛みしめるように二回頷く。

 翼は手応えを感じ心の中で小さくガッツポーズをしたが次に耳に届いた言葉にそれらは全て間違いだったと気づいた。

 

「だがまぁ、それはお前の好みだろう?私は私だ」

 

 強い意志が秘められた瞳が翼を貫いていた。

 

 まるで心のありかを指し示すように胸に添えられている手が、妙に絵になっていた。

 そして翼は今度こそ確信した。第二の沙耶が生まれた、と。

 

「だ、大体、お前が言ったことではないか……」

 

「……俺が?何か言ったか?」

 

 翼は頭の中を探るが思い出せずに首をかしげる。

 

「す、好きなようにしろと言ったくせに……卑怯だぞ……」

 

 たしかにそのようなことを言ったような気がする。が、それでも、と思い視線をラウラに向け翼は一瞬息を飲んだ。

 

 ラウラは上目遣いで翼を見つめている。先ほどまでの強気はどこへやら。今は不安そうな眼差しを翼に向けていた。

 さすがにそのような目を向けられればなにも言うことができない。

 

「か、隠せと言った割りには随分と熱心な目だな」

 

 ラウラはそれを下心がある。と受け取ったらしく冷たい目を向ける。

 

「んな!違う!そうじゃ」

 

「で、では、見たい。と言うことか?朝から大胆だな。お前は」

 

 と、ラウラはシーツを緩める。

 

「バッ!待て待て待て!!」

 

 さすがにこれ以上はまずいと翼は大慌てで止めようとするがラウラは慣れたようにひらりとかわす。

 それを翼は追う。と朝の6時からの大立ち回り。隣人には少々申し訳なさも感じるがそれどころではない。

 

「くっ!とった!!」

 

 その結果、ようやく翼はシーツを掴みラウラの動きを取り押さえた。

 はずだった。

 

「甘いな」

 

「あっ、しまっ!」

 

 ラウラは軍隊仕込みの体術を駆使し、翼が上になった体勢を逆手にとり足払いをされた。

 そのままひっくり返った翼はベッドから床へと落ちた。

 

「お前はもう少し組み技の訓練をするべきだな」

 

 どことなく千冬と同じ物言い。

 しかし、それは全くもって事実だ。油断したとはいえこうなっているのだ。返す言葉もない。

 

「し、しかし、だな。ね……寝技の訓練をしたい、と言うのであれば、私が、相手をしてやらないでも……ない」

 

 頬を赤らめどこか恥ずかしそうに言った。

 あのラウラが珍しい。と翼は思考を回転させ、その意味を悟った。

 

「は、はぁ!?おま、なに言って」

 

「ふむ。つまりはお前の口から言いたい、と?よ、よかろう」

 

「違う!!っていうかお前は俺にあんなことして反省なしか!!」

 

「あんなこと?」

 

「キスだよキス!!」

 

 別にキスされたことよりも1番きつかったのはその後の地獄。よくもまぁ命があるものだと今でも思うほどの。

 

(……いや、あれ?これ……沙耶に知られたら俺……)

 

 ある少女を思い浮かべ翼の顔から血が引いていく。

 もしキスのことを彼女に知られでもすれば……あれ以上の地獄が待っているに違いない。

 

「翼。どうかしたか?」

 

 翼はラウラの言葉により意識を現実に戻した。

 

「え?あ、なんでもない」

 

 そうか。とラウラは未だに翼に馬乗りになりながら首をかしげる。かろうじて未だにシーツが残っているがそれもどこか危うい。

 そもそもこの姿、この状況を誰かに見られるのはまずい。

 

「なぁ、いい加減に降りてくれないか?」

 

「嫌だ。なに、朝食までにはまだ時間がある。ゆっくり……そう、そうだ。ゆっくり夫婦の絆、というものを深めようではないか」

 

 そう言うとラウラはゆっくりと翼に覆いかぶさっていく。

 

「え?は?ちょ!!待っ––––」

 

「翼?そろそろ準備を」

 

 翼の言葉を遮ったのはラウラの唇ではなく部屋に入ってきた箒だった。

 

「あっ」

 

「む?」

 

 ぴしり。と箒の表情が、動きが、その体が止まった。

 それもそうだろう。その部屋ではシーツ1枚の全裸のラウラが翼の唇を奪おうと覆いかぶさっているからだ。

 そして、彼女の目から見て翼は抵抗をしているようには見えない。

 

「翼……これはどう言うことだ」

 

 冷たい目だった。それはあの時、約1ヶ月前の時と同じ目だった。

 

「い、いや。これは……だな」

 

「これは……なんだ?」

 

 さらに箒の目から光が消える。

 

「なんだ貴様。今取り込み中だ。後にしろ」

 

「………」

 

 箒は答えない。ただその手はゆっくりと彼女が持つあるものへと動いている。

 

「なに嫁なら後で貸してやる。安心しろ」

 

 ちなみに、嫁=翼である。普通なら婿になるはずなのだが一体どこの誰に教え貰ったのか『日本では気に入った相手を“嫁にする”』と言う言葉を信じきっている。

 この知識をひとまずどうにかしたいとは思うがそれはいつになることかもわからない。

 

 と、半ば現実逃避にそんなことを思っていたのだがそうしているうちに箒は我慢の限界を迎えたらしい。

 その手はあるもの、日本刀の柄に乗せられている。それを一息で真剣を抜刀。その動きはスムーズで流れるような動きと言っていい。

 

「翼もろとも、死ね!!」

 

「お前なに言ってんの!!?」

 

◇◇◇

 

 あの朝の地獄のようなトラブルから時間は過ぎ、翼、ラウラ、箒の3人は少し遅めの朝食をとっていた。

 溢れそうになったため息を押し殺すように翼はご飯を食べる。

 

(はぁ……なんで俺は朝から死にかけるんだ?)

 

 あの後どうにか箒に事情を説明し納得して貰い今に至るのだが、思い出すとまた頭が痛む。

 

(ただでさえバイコーンとフェニックスできついって言うのに)

 

 ちらりと2人に視線を移す。2人とも少々急ぎ気味に朝食を食べている。

 

(こうしてみると2人とも美人だよなぁ)

 

 と、不意に珍しい声が耳に届いた。

 

「わああっ!ち、遅刻!遅刻する!!」

 

 その声の主は忙しそうに食堂に駆け込み余っている定食を手に取った。

 

「シャルロット!」

 

「あ、翼。えっと、おはよう」

 

 翼はちょうど空いていた隣の席に誘う。

 シャルロットはそれに従いその席に座った。

 

「どうした?珍しいな。寝坊か?」

 

「う、うん。その……ね、寝坊」

 

 どこかその歯切れの悪い言葉に首をかしげた。そういえばどこか翼と距離を取ろうとしているような気がする。

 

 1ヶ月ほど同じ部屋にいたおかげでなんとなく彼女の表情が読める翼だがあまりしつこく言っても仕方がないこと。

 何気なく視線をシャルロットに向けていると少し恥ずかしそうにしながら首をかしげた。

 

「つ、翼?ずっと僕の方を見てるけど、どうかした?あ!ね、寝癖、とか?」

 

 髪を触りだしたシャルロットに翼は首を横に振る。

 

「いや、先月はずっと男装してたろ?改めて女子の服を着てる姿を見ると新鮮だなってな……」

 

「し、新鮮?」

 

「ああ。似合ってるよ」

 

 その言葉が耳に届くと共にシャルロットは顔を赤くさせた。

 

「……と、とか言って、夢じゃ男子の服着せて––––」

 

「ん?夢って?」

 

「な、なんでもない!なんでもないよ!?」

 

 強く否定すると再び朝食に手を戻す。

 翼もそれに習い朝食に戻ろうとした。が、目の前のラウラから非難のような眼差しが向けられていることに気がついた。

 

「な、なんだよ……」

 

「いや、人に奥ゆかしい女が良いと言っておいて、貴様は随分と軽薄なことだな」

 

 翼がその言葉に言い返そうとしたがそれを遮るようにチャイムが鳴った。

 

(ん?あれ?このチャイムって––––)

 

 翼は顔から再び血が引いていくのを自覚した。

 

「って!今の予鈴じゃ!!?」

 

 慌てて立ち上がったがそこにはすでに翼1人だけ。箒、ラウラ、シャルロットでさえもすでに食堂を出て猛スピードで駆けていた。

 

「お!おい!!置いていくな!今日のSHRは––––」

 

 そう、今日のSHRの担当教師は鬼教師こと織斑千冬である。つまり、遅刻=死、である。

 

「私はまだ、死にたくない」

 

「右に同じく」

 

「はは、ごめんね、翼」

 

 ちなみに翼もこのような状態になった時には真っ先に逃げる。翼もまた自分の命は欲しい。

 全力で走ってはいるがこの調子では間に合うかどうか半々といったところだろう。

 翼は焦りで顔を歪める。

 

「ほら、翼っ!!」

 

 その声と共に翼はシャルロットに手を引かれた。

 

「翼、飛ぶよ」

 

「は、はぁ?」

 

 翼が聞き返そうとした瞬間、シャルロットの脚や背中に光が広がり、彼女の専用機である《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》が部分展開された。

 脚のスラスターと背部推進ウィングを実体化させた簡易展開だ。

 

「お、おま––––」

 

 言う前に強い力で体が引っ張られた。

 すでに本鈴が間近なため廊下に生徒の姿はない。

 そんな中をISの飛翔能力により翼とシャルロットはあっという間に3階に到着した。

 

「到着っ!」

 

「ああ、ご苦労なことだ」

 

 翼とシャルロットは視線をその声へと向ける。そこにはまだ本鈴がなっていないと言うのに鬼教師がいた。

 翼、シャルロット共に完全にその表情は青ざめている。

 

「本学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。そのため、どこの国にも属さず、それ故にあらゆる外的権力の影響を受けない。が、だ」

 

 千冬の前にいる青ざめた表情の2人の頭に出席簿の強烈な一撃が加えられた。

 

「敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」

 

「は、はい。すみません」

 

 優等生であるシャルロットが予想外の規律違反をしたと言うのはクラスメイトにも衝撃的だった。ほとんどの者が唖然としている。

 ちなみにその後ろからラウラと箒が難なくすり抜けて着席していた。

 

「岸原とデュノアは放課後に教室の掃除をしておけ。2回目は反省文の提出と特別教育教室での生活をさせるので、そのつもりでな」

 

「「はい……」」

 

 と、2人が意気消沈しながら席に着いた。


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