一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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黒い雨(下)

「これで決める!」

 

 翼は斬月を発動させラウラへと直進する。

 ラウラはその必殺の一撃を防ぐためにAICによる拘束攻撃を飛ばす。が、その不可視の攻撃をユニコーン・リペア独特のバランスを捨てた機動ですべて回避される。

 

「くっ、ちょろちょろと!」

 

 舌打ちをこらえながらその攻撃にワイヤーブレードも加え、攻勢は熾烈を極めるがそのすべてをすれすれでかわされ当たることはない。

 

 翼は不知火を高く掲げた。

 ラウラはそれを見てその次に来るであろう攻撃にAICをぶつけるために意識を集中する。

 

 が、翼はあろうことか地面に不知火を突き刺すと棒高跳びの要領で一気に上空に飛び上がった。

 

 彼が飛ぶその先にはいつのまにか一丁のライフルが宙を舞っていた。

 

「なにっ!?」

 

「残念だったな。斬月はフェイクだ」

 

 翼はそのライフルを掴むとラウラに向けて放つ。

 だがラウラは意識をすぐさま切り替えそれをAICで防ぐ。

 

「無駄な小細工を!」

 

「無駄かどうかはわからないぜ」

 

 翼の口がニヤリとつり上がる。

 ラウラはその言葉の意味が理解できずに疑問符を浮かべるがその意味は自分の周りを見てようやくわかった。

 

 ラウラの周りには大型ミサイルの破片が転がっていた。そこにはなんら問題はない。

 しかし、問題はそのミサイルの破片に紛れるようにその地面には小さい突起があるということ。

 

「しまっ––––」

 

「遅い!!」

 

 翼はある装置を起動。その瞬間、小さい突起から電磁ワイヤーが伸び、ラウラを絡め取る。

 

 開幕に放った大型ミサイル、その中には元々電磁ワイヤーの発生装置が仕組まれていたのだ。

 ユニコーン・リペアの機動に振り回されるであろうラウラは周りへの注意が散漫となる。半ば掛けではあったがその読みはあたり成功した。

 

「くっ!こんなものに!」

 

 ラウラは電磁ワイヤーから逃れようと足掻くが、焦っているせいかなかなか脱出する事ができない。

 しかし、あまり強力ではないそれはすぐに切られるだろう。

 

「シャルル!!」

 

 だが、少しでも動きが止まったのは確かなことだ。

 

「了解!!」

 

 翼の声にシャルルは答える。

 

「っ!!?」

 

 慌ててラウラは視線を動かしシャルルに大型レールガンの砲門を向けるが、それはあまりにも遅かった。

 瞬間加速(イグニッション・ブースト)で零距離まで肉薄していたシャルルのISが装備してた盾の装甲が弾け飛び、中からリボルバーと杭が融合したような装備が露出する。それは第二世代型IS中トップクラスの攻撃力を誇るものだ。

 

「貴様が瞬間加速を!?」

 

「今初めて使ったよ」

 

(いや、今はそれよりも!)

 

 驚くべきはそこではないとラウラは視線を盾から露出したそれに向けていた。

 それは六九口径パイルバンカー灰色の鱗殻(グレー・スケール) )。通称––––

 

「––––盾殺し(シールド・ピアース)!」

 

 そう呟くラウラの表情は焦りが強く現れ必死の形相だった。

 

 シャルルは左手拳をきつく握りしめ、叩き込むように突き出す。

 それは動きの読みにくい点の突撃。さらにその攻撃は瞬間加速により接近している。

 

 全身停止はできない、間に合わない。

 電磁ワイヤーのせいで回避もできない。ピンポイントでパイルバンカーを止めななければ––––

 

「くっ!!!」

 

 ラウラはその目を集中して一点に狙いを澄ます。

 だが、瞬間加速には追いつけず外した。一瞬シャルルは笑みを浮かべる。

 それは見るものに死を宣告する天使を思わせた。

 

「ぐううっ……!」

 

 ラウラの腹部にパイルバンカーの一撃が叩き込まれる。

 ISのシールドエネルギーが集中し絶対防御が発動するがエネルギー残量が一気に減少する。

 

 しかし、それでも相殺しきれなかった衝撃に深く体を貫かれラウラの表情は苦悶に歪む。

 だが、これで終わりではない。

 

【灰色の鱗殻】はリボルバー機構により高速で次弾炸薬を装填する。

 つまり、連射が可能なのだ。

 

「っ!!っ!!がっ!!」

 

 続けざまに三発を撃ち込まれラウラの体が大きく傾く。機体には紫電が走りISの強制解除の兆候が見える。

 だが、次の瞬間それは起こった。

 

(こんな……こんなところで負けるのか、私は……!)

 

 確かに相手の力量を見誤ってしまった。それは間違えようのないミスだった。

 しかし、それでも––––

 

(私は負けられない!負けるわけには、いかない!)

 

 ラウラ・ボーディヴィッヒ。それが彼女の名前であり識別記号だ。一番最初に付けられた記号は遺伝子強化試験体C-0037。人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から彼女は生まれた。

 

 暗い。暗い闇の中に彼女はいた。

 

 ただただ戦うために作られ、生まれ、育てられ、鍛えられてきた。

 知っているのは人体の攻撃方法。わかっているのは敵軍への打撃を与えるための戦略。

 

 彼女は優秀だった。格闘技を覚え、銃をならい、様々な兵器の使い方を体得した。性能面において最高レベルを記録し続けていた。

 それがある時、世界最強の兵器。ISが現れてから彼女の世界は一転した。

 原因はISの適合性上昇のために行われた処置『ヴォーダン・オージェ』だ。

 

『ヴォーダン・オージェ』

 擬似ハイパーセンサーとも呼べるそれは脳への視覚信号伝達速度の大幅な上昇と超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした肉眼へのナノマシン移植処理を指す。

 

 擬似的なシンクロシステムと言っていいそれの危険性は0、理論上では不適合もない。はずだった。

 しかし、彼女の左目はこれにより金色に変質、常に稼働状態のままカットできない制御不能へと陥った。

 

 これを境に彼女はIS訓練で後れを取り、トップの座から転落していき奈落の闇へと落ちていった。

 そんな彼女の救い。それが織斑千冬との出会いだった。

 千冬の言葉を忠実に実行するだけで、彼女は再び最強の座に君臨した。

 

 彼女は願った。こうなりたいと。この人のようになりたいと。

 そんな時彼女は千冬に尋ねた。

 

「どうしてそこまで強いのですか?どうすれば強くなれますか?」

 

 その時だった。千冬は初めて彼女にわずかに優しい笑みを浮かべた。

 

「私には弟と弟子のような奴がいる」

 

「弟と弟子?ですか」

 

「ああ、あいつらを見ていると、わかる時がある。強さとはどういうものなのか、その先に何があるのかをな」

 

「……よく分かりません」

 

「今はそれでいい。そうだな。いつか日本に来ることがあるなら会ってみればいい。……だが、一つ忠告しておく。これは特に弟子の方だが––––」

 

 優しい笑み、どこか気恥ずかしそうな表情だった。

 

(それは、違う。私が憧れるあなたではない。あなたは強く、凛々しく堂々としているのがあなたなのに)

 

 だから許せない。千冬にそのような表情をさせるその2人の存在を。

 

(力が、欲しい)

 

 そう望んだ時だった。唐突にそれは言った。

 

『願うか?汝、自らの変革を望むか?より強い力を、欲するか?』

 

 その問いに彼女は即答する。

 

「よこせ!私には何もない。空っぽだ。そんな私などすべてくれてやる。だから、比類無き最強を、唯一無二の絶対を!私によこせ!!」

 

 Damage Level……D.

 

 Mind Condition……Uplift.

 

 Certification……Clear.

 

 《Valkyrie Trace System》……boot.

 

 

「あああああっ!!!」

 

 それは突然だった。

 ラウラは身を裂かんばかりの絶叫を発した。それと同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、シャルルの体が吹き飛ばされた。同時に電磁ワイヤーも引き千切られる。

 

「ぐっ!一体何が……。っ!?」

 

「な、に!?」

 

 翼とシャルルは目を疑った。

 2人の視線の先ではラウラが纏うそのISが変形していた。しかし、それはユニコーンのようなものではなく装甲をかたどっていた線はすべて溶け、どろどろになりラウラの全身を包み込んでいく。

 

「なんだよ。あれ……」

 

 翼は呆然とつぶやいていた。

 ありえない。翼はISを開発していた経験があるためにそう強く思う。

 ISが形状を変えるのは【初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)】と【形態移行(フォーム・シフト)】の二つだけだ。

 例外としてユニコーンのシンクロシステム発動時があるがそれでも目の前のそれは明らかに異常だった。

 

 シュヴァルツェア・レーゲン“だった”ものはラウラの全身を包むと、その表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返し、ゆっくりと地面へと降りていく。

 

 それが地面にたどり着くと、今度は倍速をしているかのような速さで全身を変化させ成形する。

 そこに立っていたのは黒い全身装甲(フル・スキン)のISのようなもの。

 

 ボディラインはラウラのそれをそのまま表面化した少女のそれであり、最小限のアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。

 

 翼はその形状に見覚えがあった。

 

「あれって、まさか【暮桜】?なんで……いや、そうかっ!!?」

 

(ドイツの連中はアレを引っ張り出してきたのか。なるほど……シュヴァルツェア・レーゲン、黒い雨と言うのはそう言う意味か)

 

 黒い雨。それはある隠語として使われている言葉だ。そのある物、とは。原子核爆弾投下後に降る雨のことである。

 

 翼がそれの正体を見破った瞬間、体に異常が走った。

 

(なんだ。ユニコーンが……!!)

 

 ユニコーンの装甲の間からは赤い光が薄っすらとだが浮かんでいた。

 

「翼!!」

 

 シャルルは翼に近寄る。

 

「なんだこれ。ユニコーンが反応している?いや、これは共鳴?」

 

 翼がユニコーンの異常の原因を探っている時だった。横を白い何が通り抜けた。

 

「一夏!?」

 

 それは白式だった。翼はそれを確認すると一夏を追いつきその腕を掴んだ。

 

「お前何してんだよ!わざわざシールドを破ってくるなん––––」

 

 翼の言葉を最後まで聞くことなく一夏は言葉を飛ばす。

 

「あれは【雪片】なんだよ!千冬姉の刀なんだよ!」

 

 その表情には明確な怒りが浮かんでいた。

 

「たからなんだ!お前一人で行ってどうにかなるのか!?」

 

「邪魔するな!どかないなら力づくで––––」

 

「っ!この野郎!」

 

 翼は一夏の顔を殴りつけた。その衝撃で一夏は横に転んだ。

 

「落ち着けバカ野郎。お前の怒りは分かる。あれは千冬さんのコピーだ。だが、お前一人でどうにかなるのか?」

 

 その言葉は冷静そのもの。しかし、表情には明確な怒りが浮かんでいた。

 

「…………っ!!悪い、翼。俺……」

 

「わかればいい」

 

 翼はそう言うと不知火を展開する。

 

「翼?」

 

「まぁ、そうは言うが俺も正直イライラしてんだ。あのバカ。突然現れたかと思えばあんな力に振り回されて」

 

 そこで言葉を切ると一夏の方をに視線を移し続ける。

 

「一夏、あいつを正気に戻す。手伝え。1人では無理だが俺たちなら、あの人に剣を教わった俺たちならいける」

 

 一夏は翼の言葉に目を見開くと呆れたように言った。

 

「命令形かよ。まぁ、いいけどよ!」

 

 その言葉に答えながら雪片弐型の感触を確かめるように振るう。

 

『非常事態発声!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!』

 

「聞いてのとおり2人がしなくても状況は収拾されると思う。けど––––」

 

「ああ、俺たちがやる」

 

「だな。ここで下がったら、俺らしくない」

 

 シャルルは翼と一夏の言葉にやっぱりと言うような表情を浮かべると言った。

 

「だと思った。ちゃんと戻ってきてね。翼、一夏」

 

「ああ」

 

「任せろ」

 

 翼と一夏は目の前の相手へと向かう。

 

「一夏、アレ、やるぞ」

 

「……了解!」

 

 2人は短くそう交わすと意識を己の武器に向ける。

 イメージするのは一束の光、それをさらに細く、鋭く、尖らせる。そのイメージに応えるかのように放出されていたエネルギーは日本刀のように集約される。

 

 翼は不知火を、一夏は雪片弐型を腰に添え、居合の構えで黒いISへと向かう。

 それは2人がこれまでの経験をまとめため磨き上げた技。

 

 黒いISは刀を振り下ろす。それは千冬が繰り出すものと寸分違わず同じ、速くそれでいて鋭い袈裟斬り。だが––––

 

「そんな意志がないものなど!!」

 

「ただの真似事だ!」

 

 2人は腰から同時に抜き放ち横一閃、2人で相手の刀を完全に弾く。その攻撃により黒いISは大きく仰け反る。

 そして、すぐさま頭上に構え、ちょうどクロス字を描くようにそれぞれ斜めに断ち切る。

 

 これが一閃二段の構え。

 一足目に閃き、二手目に断つ。2人が編み出していた彼らの技術を集めた技だ。

 

「ぎ、ぎ、……ガ……」

 

 紫電が走ったかと思うと黒いISはバラバラに砕けた。

 そして、気を失うまでの一瞬に翼とラウラの目があった。眼帯が外れ、あらわになった金色の左目。

 そして、それはひどく弱りきった子犬を思わせた。

 

「……さて、と。俺は気が変わったが。お前は?」

 

「俺も、ぶっ飛ばすのは勘弁してやる」

 

 翼はラウラを優しく抱き抱えた。


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