一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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黒い雨(上)

 6月も最終の週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色に染まった。

 その慌ただしさは尋常ではなく、翼たち生徒は第一回戦が始まる直前までにも雑務や会場の整理、来賓誘導などを行っていた。

 

 そして、それらに解放された生徒たちは急いで各アリーナの更衣室に走る。ちなみに男子組は例により広い更衣室を独占していた。

 そのため反対の更衣室では倍の人数を収容している。それを申し訳なく思いながら男子2人と男装女子1人は着替える。

 

「しっかし、すごいよなぁ……」

 

 一夏は着替えながらモニターから観客席の様子を見ていた。

 一夏が見ている観客席には各国政府関係者、研究所員、企業エージェントなどが一堂に会している。その姿は真剣そのもので威圧感も感じる。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にきてるからね。一年は今のところ関係ないみたいだけど、それでも上位入賞者にはさっそくチェックが入るだろうね」

 

「本当、ご苦労なことだよなぁ」

 

 翼はISスーツの感触を確かめるように手を握ったり開いたりしている。

 

「そういや、一夏は結局誰と組むことになったんだ?」

 

「箒だ。結局くじで決まったよ」

 

「……そうか」

 

「どうかしたの?」

 

「いや、なんでも……」

 

(箒か。あいつなんであんなこと言ったんだ?)

 

 翼が思い出すのは箒の言葉だった。なぜ唐突にあんなことを言い出したのかが彼には全くわからなかった。

 

(別に優勝しなくても付き合うのに……)

 

 友人である箒の頼みならば聞く心構えがあると自負している翼は再びなぜ?と自問する。そうしていると後ろで着替えていた一夏はISスーツを着終え、翼に声をかける。

 

「よし、準備完了っと。翼、大丈夫か?」

 

「ん?あ、ああ。大丈夫だ。心配すんな」

 

 その一夏の言葉で思考の海から戻ってきた翼は適当さを感じられるような返事を返す。しかし、一夏は真剣な表情で聞き返す。

 

「……信じて良いんだな?」

 

「……ばれてたか。やっぱり」

 

 翼は諦めるように苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。

 

「当たり前だ」

 

「ん?何がばれてたの?」

 

 少し真剣な表情で言葉を交わす男子2人を疑問に思いシャルルは聞いた。翼と一夏は顔を見合わせると翼は切り出した。

 

「シャルル。クラス代表戦の時の事件知ってるよな?」

 

「え?うん。無人機が代表戦中に乱入してきた事件でしょ?確か翼たちが鎮圧したって––––」

 

 翼はやっぱりそこまでか、と呟くと真剣な表情で言った。

 

「あの時、俺のISは暴走して一夏たちを殺そうとした。今はリミッターがかなり強化されてるからそうそう暴走するはずはない。だが、鈴とセシリア、ラウラとの模擬戦に介入した時にユニコーンは暴走しかけた。赤い光、それが兆候だ」

 

 翼はそこまで言うと申し訳なさそうにすると続けた。

 

「すまん。試合前にこんなこと言って、でももしかしたら今回のトーナメント中にもまた暴走するかもしれない」

 

 シャルルは首を振ると翼の目を見つめながら言った。

 

「いいんだよ。僕は翼を信じるって決めたから」

 

「……ありがとう。優しいなシャルルは」

 

「う、うん。そう、かな?」

 

 2人が見つめ合っていると一夏はゴホンッと咳払いを一つして言う。その目はどこか冷めている。

 

「そろそろ対戦表が発表されるぞ」

 

「お、おう。悪い」

 

「ご、ごめんね。一夏」

 

「はぁ、別にいいって、さてと––––」

 

 3人が対戦表に意識を向ける。

 

「「「え?」」」

 

 声をもらし思考が一旦停止して表示されている文字を食い入るように見つめる。一夏の対戦相手は別クラスのペアだった。そこにはなんの問題もない。問題は翼、シャルルペアの方。

 

「これは、神様も中々粋なことをしてるくれるな」

 

 翼は気がつけばそう小さく呟いていた。

 彼らの対戦相手はラウラだった。

 

◇◇◇

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けた」

 

「そりゃ良かったな。でも残念だったな。お前の本命は一夏だろ?」

 

「っ!!」

 

 翼の軽いからかいをラウラは嫌悪や憎悪をより一層深くさせながら眉間にしわを寄せ睨みで返した。

 

(さてと、一戦目から中々に面白いが……)

 

 翼はユニコーンのステータスをチェックする。ユニコーンには装備がいくつか追加されていた。

 

 まず、両肩上部のミサイルコンテナだ。

 一つだけで300発のマイクロミサイルを放つことができる。それが左右で合計600発。

 さらに、肩アーマーの横には大型のミサイルコンテナが装備されている。こちらはミサイルが大型でコンテナには片方で3発の計6発が装填されている。

 

 次に、両腰のビームサーベルは肩アーマー内に移動し代わりに雷撃、電撃がマウントされている。

 

(……新装備の《雪崩》は正常稼動っと)

 

 試合開始まであと5秒。最後のカウントダウンが始まったタイミングで翼は左手に楕円形の大型のシールド、右手にロングバレルに改良した突撃砲を展開させる。

 

 試合開始まで––––3––––2––––1––––。

 

 試合開始のベルが鳴る。

 

「「叩きのめす」」

 

 翼とラウラがベルと同時に発した言葉は奇しくも同じだった。

 

 翼は試合開始と同時に肩アーマーの上部と横に装備されている【雪崩】のミサイルを放つ。大型ミサイルは途中で分解、そこからさらにマイクロミサイルが放たれる。

 

 放たれたミサイル群はその名のとおり雪崩のようにラウラとそのペアに向かい降り注ぐ。

 

(さてと……。散弾も幾つか混ぜてるがこれであの【AIC】を破れるか?)

 

 【AIC】

 ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンが持つ第三世代型兵器。アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略称だ。

 その能力は別名で言った方がわかりやすいだろう。その別名は慣性停止能力。

 

 鈴音の甲龍が持つ龍砲と同じくエネルギーで空間に作用を与えるものだ。そのせいで鈴音の空気砲は完全に無力化されていた。

 

 翼の視線の先には土煙が舞い上がり様子は確認できない。

 

(……あいつのAICを破るのは簡単なことじゃない。確かにエネルギー制御してるから零落白夜や斬月で切り裂けるが腕を止められたら意味はない。なら、攻められる点は––––)

 

 意外性だ。予想外の動きで予測不可の攻撃を放つ。そして、それは今のユニコーンの十八番だった。

 

(各システムは八割方完成している。不安は残るが、今でもIS側で修正している。十分やれる。いや、やってやる……!)

 

「………シャルル。タイミング、3、2、1!!」

 

 翼がゼロと言うと同時に土煙を引き裂くようにワイヤーブレードが伸びる。

 

 翼は雪崩をパージし後退。

 ワイヤーブレードは雪崩を突き刺し爆発。間髪入れずレールガンが放たれる。それを大型のシールドで防ぐ。

 

 今度はラウラが飛び出し翼に一気に近づきプラズマ刃で斬りかかる。翼はライフルの砲門下部にある短刀で受け止めた。

 

「開幕直後の大量のミサイルによる先制攻撃か」

 

「お味はどうだったかな?」

 

 翼は言うと同時に短刀でラウラを押し返し砲門を向ける。その体勢のままプライベート・チャンネルでシャルルに話しかける。

 

「シャルル。そっちはどうだ?」

 

『まだ動けるみたい。多分AICの影に隠れてたんだと思う。そっちは?』

 

 その通信ですぐさま翼はあるウィンドウを開く。そして、“それ”が正常に稼動していることを確認する。

 

「第1段階は成功。あとはタイミングを見て誘い込むだけだ。シャルル、そっちは頼むぞ」

 

『わかった。翼、倒されないでよ?』

 

「任せろ」

 

 言うと今度はラウラに言葉を向ける。それはなんのことはない挑発の言葉だ。

 

「一夏とデートする前に俺と付き合ってくれないか?」

 

「ッ!!ふざけるな!」

 

 ラウラは叫ぶとワイヤーブレードを6つ射出させる。

 翼は稼働するリアスカートから伸びたサブアームとその先にある大型ブースター、全身に装備されているスラスターを駆使しながら縦横無尽に動きワイヤーブレードの攻撃をかわす。

 

 そうしながらもライフルを放ち、ラウラの接近を防ぐ。

 

「くっ!ちょこまかと!」

 

「悪いな。これがユニコーンの長所なんでね!」

 

 翼は一度後退すると大型のシールドを前面に向けそのままラウラに急速接近。ワイヤーブレードは翼の突然の行動についていくことができず追いつくことはない。

 

 ラウラは迎撃のためレールガンを放つが大型シールドに防がれる。だが、衝撃までは防げずシールドが弾かれユニコーンは大きく体勢を崩す。

 

「もら––––」

 

「––––わせるかぁ!!」

 

 翼は弾かれた衝撃を生かし空中で一回転するとラウラの後方に背中を向けたまま着地、それと同時に背中にマウントされている突撃砲をラウラに向け打つ。

 

「くっ!」

 

 予想外の攻撃にラウラの対処が間に合わず放たれた弾丸はラウラに命中した。ラウラは振り向きざまに戻したワイヤーブレードを鞭のように振った。

 

 翼はシールドでそれを防ぎ、手に持っているライフルを放つ。

 その動きを予想していたらしくラウラはスムーズな動作でそれを全弾回避、その流れのまま翼に近づく。

 それに答えるように翼は腰にある電撃と雷撃、背中にマウントされている突撃砲2門、手に持つライフルをむけ5門同時に放つ。

 

「そんなもの!」

 

 しかし、ラウラはその弾丸の雨をいとも簡単に交わし翼に肉薄。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちを一つ鳴らすとライフルを投げ捨て後退。

 投げられたロングバレル突撃砲はプラズマ刃により切り裂かれ爆散。その爆発の煙を抜けラウラはプラズマ刃を翼に突き刺そうと迫る。

 だが、そのプラズマ刃が突き刺さる瞬間、ラウラの視界からユニコーンが消えた。

 

(な、に?)

 

「もらったぁ!!」

 

 翼はラウラの背後にいた。それも地に頭を向けた上下逆さまの状態で。

 

「しまっ––––」

 

(飛んだ瞬間に頭を下に向けて減速させずに降下した!?)

 

 翼がどのようにしてそうなっていたかをすぐさま処理することはできたがそこまでができた、というだけ。行動までには移せない。

 

 いつの間にかシールドの先端部を動かされ、大型のナックルガードのようになっていた。それでラウラの背中を殴る。

 同時にシールド先端部にある爆発反応装甲(リアクティブアーマー)が起爆。

 ラウラは一気に吹き飛ばされた。

 

 翼も衝撃により上下逆さまの状態で吹き飛ばされるがその体勢のまま残っているシールドを捨て雷撃、電撃を手に持ち突撃砲をラウラに向け四門同時に放ち追撃。

 

 体勢を立て直せないラウラは吹き飛ばされたままその砲弾の追撃を受け続ける。

 翼は空中で横に1回転、着地すると地面を削りながら減速。そのまま間髪入れず不知火を展開、斬月を発動させ一息に斬りかかる。

 

「油断したな」

 

 しかし、翼が斬りかかる頃にはラウラは体勢を立て直していた。

 ラウラはAICを使い翼の動きを止めていた。そのまま大型レールガンの砲門が翼の胸の中心に向けられる。

 

「ああ、そうだな。油断したな」

 

 ラウラはその言葉を自責の言葉と取り口を吊り上げる。

 しかし、次に続いた言葉で驚愕に変わった。

 

「だが、それはお前だ」

 

 ラウラがその真意を探ると同時に横から衝撃が走った。

 

「お待たせ!」

 

 砲撃したのはシャルルだった。その攻撃のおかげでAICの鎖から離れた翼はシャルルの横に降り立つ。

 

「ああ。だが、本番は」

 

「うん。ここからだね」

 

 翼は不知火を収納。腰にある雷撃、電撃を取る。

 

「さぁ、2対1だ。ここからひっくり返せるか?」

 

◇◇◇

 

「ふあー、凄いですねぇ。岸原くんの動き。ISであんな動きできるんですねぇ」

 

 教師のみが入れる観察室でモニターに映し出される戦闘映像を眺めながら真耶は感心したようにつぶやいていた。

 

「普通のISではできない。あれは今のユニコーンだからこそできる動きだ」

 

 モニターに映し出されているユニコーンの動きは無茶苦茶なものだった。

 

 一瞬バランスを崩したかと思ったら回転して攻撃に移り、ワイヤーブレードをすれすれでかわすと危うい体勢のまま脛のモーターブレードで斬りかかる。

 その動きはまるでバランスを捨てたような物だった。

 

 本来のユニコーン・リペアの戦闘スタイルがこれだ。

 バランスをわざと崩すことで初期動作を早くする。そのズレを調整するためにわざとブースターやスラスターの出力などを狂わせていた。

 

 通常のとおりに運用しようとすると狂ったまま動くことになるがバランス崩したような動きになるとその狂いがむしろ丁度良くなる。

 

(しかし、その反面動きの制御が難しくなり。相手はともかく自分すらもその動きがわからなくなる)

 

 バランスを崩したおかげで簡単に上下逆さまになったり、不安定な体勢になるためどこかふわふわした挙動になり扱いずらい。

 それがユニコーン・リペアの弱点だ。しかし、それ故に近接戦闘戦、高速戦闘においては最強と言える。

 

「それにしても学年別トーナメントのいきなりの形式変更は、やっぱり先月の事件のせいですか?」

 

 先月の事件とはあの黒い全身装甲のISが乱入してきたことだ。

 それは一般的には反政府組織の仕業ということになっている。

 IS学園を襲撃した、というだけでも重大なことだが、それが無人機だとわかればますます事態は危うい方向へと向かってしまう。

 

 現在でも各国が敵対国の仕業ではないのかとお互い探り合っている。

 

「詳しくは聞いていないが、おそらくそうだろう。より実戦的な戦闘経験を積ませる目的でツーマルセルになったのだろう」

 

「でも一年生は入学してまだ3カ月ですよ?戦争が起こるわけでもないのに、今の状況で実戦的な戦闘訓練は必要ない気がしますが……」

 

 真耶の言うことはもっともだ。だが、千冬はその疑問が投げかけられるのを予想していたらしく変わらぬ表情で答える。

 

「そこで先月の事件が出てくるのさ。特に今年の新入生には第三世代型兵器のテストモデルが多い。そこに謎の敵対者が現れたら、何を心配すべきだ?」

 

 そこまで言われ真耶もその考えに達し、パンッと軽く手を叩く。

 

「あっ!つまり、自衛ため、ですね」

 

 千冬は1回頷くことで肯定を表した。

 

「そうだ。操縦者はもちろん、第三世代型兵器を積んだISも守らなくてはならない。しかし教師の数は有限である以上、それらは原則自分の手で守るしかない。そのための実戦的な戦闘経験なのさ」

 

「ははぁ、なるほどなるほど」

 

 真耶は疑問氷塊とばかりに頷く。

 なお、原則ISに使用されている技術は開示することが決まりである。

 しかし、新しい技術を作りすぐに開示してしまっては他国に簡単に盗まれてしまう。それでは開発するメリットはない。少なくとも技術応用のノウハウやIS操縦者の練度を高めなくては、開発国や企業が損をするだけなのである。

 

 そこで、登場するのがこのIS学園だ。

 ISはその成り立ちの特性上、あらゆる法の適応外という側面を持っている。もちろんすべての法に対し無効化できるわけではないが、一番重要なのは『IS技術における試行』という項目である。

 

『新技術に必要とされる試行活動を許可し、またそれらのデータの提出は自主性に委ねるものとして義務は発生しない』

 

 つまり、ISの新技術において『データの開示をせずに実戦データを集められる』のは世界中を探してもIS学園だけだ。

 

 そのため、各国は第三世代型兵器搭載ISを送り込んでくる。そして、真の狙いはワンオフ・アビリティーとの融合である。

 三年の間にうまく第二形態に移行し、第三世代型兵器を使用したワンオフ・アビリティーが生まれれば、その後技術が開示されてもなんら問題はない。

 なぜならワンオフ・アビリティーは“絶対に”真似できないからである。

 

 ワンオフ・アビリティーが発現する確率は低いがそれでも三年間の稼働経験値、蓄積データという決して小さくないアドバンテージを得ることができる。

 これらのことから、IS学園の生徒は代表候補生でありながらも最新型の専用機を与えられる。

 

「それにしてもすごいコンビネーションですね」

 

「…………」

 

 真耶の感心する言葉を聞きながら千冬は視線をモニターに戻す。

 そこには真耶の言うとおりの翼とシャルルがいた。翼が近接攻撃をしかけたかと思えば途中で急に動きが変わりシャルルが近接攻撃をしかけていた。

 

 その複雑にかつ迅速に入れ替わる動きにラウラは押されていた。しかし、押されているだけで決定打は未だ受けていない。

 

「強いですねぇ、ボーディヴィッヒさん。あの攻撃をかわしながら反撃するなんて」

 

「……そうだな」

 

(ラウラ・ボーディヴィッヒ。強さを攻撃力と同一と思っている時点でお前は––––)

 

 モニターにはかすかに焦りを帯びたラウラが映る。

 

(一夏には勝てない。そして翼––––)

 

 千冬はモニターに映るユニコーンを見つめる。

 そんな時、会場が一気に沸いた。その歓声は凄まじく観察室に直接響いたほどだ。

 

「あっ!岸原君、斬月を展開しましたね!一気に決めるつもりでしょうか」

 

「さて、そう上手くいくかな」


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