一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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譲れぬ想い

「「あ」」

 

 二人出会い頭に反射的に間抜けな声を出していた。

 時間は放課後。場所は第三アリーナ。声を出したのはセシリアと鈴音だ。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」

 

 二人の間では見えない火花が激しく散る。どちらも狙っているのは当然、優勝だけだ。理由には多少の雑念が混ざっているが。

 

「ちょうどいい機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」

 

「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりさせましょうではありませんか」

 

 両者は自分の武器を展開させ、それを構え対峙する。

 

「では––––」

 

 しかし、二人が衝突する瞬間のことだった。二人の間を遮るように超音速の砲弾が飛来した。

 

「「っ!!?」」

 

 緊急回避の後、 鈴音とセシリアは揃って砲弾が飛んできた方向を見る。そこには漆黒のISが佇んでいた。

 そのISの名前は【シュヴァルツェア・レーゲン】。搭乗者には2人とも面識がある。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

 セシリアの表情がこわばる。その表情には欧州連合のトライアル相手以上のものが含まれていた。

 

「……どういうつもり?いきなりぶっ放すなんていい度胸じゃない」

 

 連結した双天牙月(そうてんがげつ)を肩に預けながら鈴音は衝撃砲を準戦闘状態へとシフトさせる。

 

「中国の甲龍とイギリスのブルー・ティアーズか。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうであったな」

 

 いきなりの挑発発言に鈴音とセシリアの口元が引きつる。

 

「なに?やるの?わざわざドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってるの?」

 

「あらあら鈴さん。こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのはかわいそうですわよ?犬だってまだワンと言いますのに」

 

 ラウラのすべてを見下すような目つきに並々ならぬ不快感を抱いた二人はそれでもどうにか怒りのはけ口を言葉に見いだそうとする。が、それは無駄な労力だった。

 

「はっ……。二人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数くらいにしか脳のない国と、古いだけが取り柄の国はな」

 

 ラウラのその言葉はセシリアと鈴音の神経を容易に逆撫でし怒りを爆発させた。その感情に身を任せ、二人は装備の最終安全装置を解除させる。

 

「ああ、ああ!わかったわよ。スクラップがお望みなわけね。セシリア、どっちが先にやるかジャンケンしよ」

 

「ええ、そうですわね。わたくしとしてはどちらでもいいのですが……」

 

「はっ!二人がかりで来たらどうだ?1足す1は所詮2にしかならん。下らん種馬を取り合うようなメスにこの私が負けるものか」

 

 それは明らかな挑発だったが堪忍袋の緒が完全に切れた二人にはもはやどうでもいいことだった。

 

「今なんて言った?あたしの耳にはどうぞ好きなだけ殴ってくださいって聞こえたけど?」

 

「場にいない者まで侮辱するとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。その軽口、二度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」

 

 確かに自分やその祖国が馬鹿にされるのは許せない。

 しかし、それ以上に彼がどれほどの苦しんでいるのかを自分以上に知らない。知ろうともしていない者に馬鹿にされるのは許せなかった。

 

 それは彼を想う純粋で、強烈な感情の末に芽生えているものだ。

 

 セシリアと鈴音が得物を握りしめる手にきつく力を込める。それを冷ややかな視線で流すと、ラウラはわずかに両手を広げて自分側に向けて振る。

 

「とっとと来い」

 

「「上等!」」

 

◇◇◇

 

 

 廊下で翼は一夏とシャルルと並んで歩いていた。

 

 翼は本当に申し訳なさそうにしながら両手を合わせる。

 

「悪いな。付き合わせて」

 

「別にいいって。それより体の方はもういいのか?」

 

「少し休んだからな。大丈夫だ。そういや今日使えるアリーナって––––」

 

「第三アリーナだ」

 

「「「うわあっ!?」」」

 

 予想外の声が予想外の方向から飛び込み、翼たち三人は揃って反射的に声を上げた。

 その様子が気になったのか、いつの間にか横に並んでいた四人目の箒は眉をひそめる。

 

「……そんなに驚くほどのことか。失礼だぞ」

 

「わ、悪い」

 

「す、すまん」

 

「ごめんなさい。いきなりのことでびっくりしちゃって」

 

「あ、いや、別に責めているわけではないが……」

 

 折り目正しく頭を下げるシャルルに流石の箒もその気勢を削がれる。

 そして、謝らせてしまったことを恥じるように、ごほんと話を逸らすように咳払いを一つした。

 

「ともかく、だ。第三アリーナにむかうぞ。今日は使用人数が少ないと聞いている。空間が空いていれば模擬戦もできるだろう」

 

 箒の意見に反対する理由はない。

 彼らが真っ直ぐ第三アリーナに向かっていると、そこに近づくにつれなにやら慌ただしい様子が伝わってきた。今思えば先ほどから廊下を走っているような生徒も妙に多い。

 向かう先が自分たちと同じなのでおそらく騒ぎの中心は第三アリーナなのだろう。

 

「なんだ?」

 

「何かあったのか?こっちで先に様子みるか?」

 

 そう言い翼は観客席の方を指す。確かに観客席ならばピットに入るより早く様子を見ることができる。

 観客席にはすでに他にも生徒が多数いた。翼たちは観客席の最前列に移動しステージの様子を伺う。

 

「誰かが模擬戦をしてるみたいだね」

 

「ああ、でも、それにしては様子が––––」

 

 翼が言い切る前にドゴォンッ!!という爆発音がアリーナに響いた。

 

「「「!?」」」

 

 突然の爆発に驚き視線を向けるとその煙を裂くかのように影が飛び出す。

 

「鈴!セシリア!」

 

 エネルギーシールドにより隔離されているためステージから観客席に爆発が及ぶことはない、だが同時に観客席からの声が聞こえることもない。

 

 鈴音とセシリアは苦い表情のまま、爆発の中心部へと視線を向ける。そこには漆黒のIS、シュヴァルツェア・レーゲンを駆るラウラの姿があった。

 

 2人のISは一目でかなりのダメージを受けていることが分かる。機体はところどころ損傷し、ISアーマーの一部は完全に失われている。

 一方ラウラの方は無傷だったとまではいかないがそれでも2人と比較するとかなり軽微な損傷だ。

 

 鈴音とセシリアは目配せのあとラウラへと向かう。

 

(2対1の模擬戦か?だが、あの2人の追い込まれようはなんだ?……いや、確かあのISには––––)

 

「くらえっ!!」

 

 鈴音のIS、甲龍のアンロックユニットが開きそこに搭載されている衝撃砲(龍砲)が放たれる。

 訓練機ならば一撃で沈めることもできるその砲撃をラウラは回避しようともしない。

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

 龍砲の不可視の砲弾がラウラを目指す。だが、その攻撃はいくら待っても届くことは無かった。

 

「くっ!まさかこうまで相性が悪いなんて……!」

 

 何かバリアのようなものを展開しているのか。ラウラは右手をただ突き出しただけで龍砲を完全に無効化しすぐさま攻撃へと転じる。

 

 肩付近にあるアンロックユニットに搭載されている刃が左右一対で射出され鈴音のISへと飛翔する。

 それは本体とワイヤーで接続されているためか複雑な軌道を取りながら迎撃射撃をいとも簡単にくぐり抜け鈴音の右足を捕らえた。

 

「そうそう何度もさせるものですかっ!」

 

 鈴音の援護のため射撃を行うセシリア。それと同時にビットを射出、ラウラへと向かわせる。

 

「ふん。理論値最大稼働のブルー・ティアーズならばいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代型兵器とは、笑わせる」

 

 セシリアの精密射撃とビットによる意識外からの攻撃。その両方をかわしながらラウラは腕を突き出す。

 今度は左右同時、交差させた腕の先では目に見えない何かに捕まえられたようにビットはその動きを停止させていた。

 

「動きが止まりましたわね!」

 

「貴様もな」

 

 セシリアの狙い澄ました狙撃はラウラの大型カノンによる砲撃で相殺される。間髪入れず連続射撃の状態に移行しようとするセシリアをラウラは先刻捕まえた鈴音をぶつけることで阻害する。

 

「きゃああっ!」

 

 ぶつかり、空中で一瞬姿勢を崩した2人へとラウラは突撃を仕掛ける。その速度は弾丸並みで間合いを1秒足らずで詰めた。

 

「あれって……」

 

「間違いない。瞬間加速(イグニッション・ブースト)だ」

 

 それは一夏が得意とする格納特化の技能だった。だが、近接格闘戦ならば鈴音にも分がある。

 ラウラは両手首に装着している袖を思わせるパーツから超高温のプラズマ刃が展開させ、左右同時に鈴音へと襲いかかる。

 

「このっ……!」

 

 前進し続けるラウラはに後退で一定の距離を保ちながら鈴音は刃を幾度となく凌ぐ。

 

 うまくアリーナの形状に合わせた機動で追い詰められないようにしている鈴音だったが、ふたたびラウラのワイヤーブレードが襲いかかる。

 しかも今度はアンロックユニットだけではなく腰部左右に取り付けられているものも合わせた6つ、それらが三次元躍動で接近してくると同時にプラズマ刃の猛攻。鈴音でもそれらすべてを捌くのは至難の技だ。

 

「くっ!」

 

 再度、龍砲を展開しエネルギーを集中させる。

 

「甘いな。この状況でウェイトのある空間圧兵器を使うとは」

 

 その言葉のとおり、衝撃砲は砲弾を打ち出す前にラウラの実弾砲撃により爆散した。

 

「もらった」

 

「っ!!」

 

 アンロックユニットを吹き飛ばされて大きく体勢を崩した鈴音にラウラがプラズマ刃を懐へと突き刺す。

 

「させませんわ!」

 

 間一髪のところで鈴音とラウラの間に割り入ったセシリアはスターライトmkIIIを盾に使い必殺の一撃を逸らす。同時にウェスト・アーマーに装着された弾頭型ビットをラウラへ向けて射出させた。

 

 半ば自殺行為の近接戦でのミサイル攻撃。その爆発は鈴音とセシリアをも巻き込み、2人は地面に叩きつけられた。

 

「無茶するわね、アンタ……」

 

「苦情は後ほど。けれど、これならば確実にダメージが––––」

 

 セシリアの言葉は途中で止まった。

 

「………………」

 

 煙が晴れそこに佇んでいたのはラウラ。至近距離での爆発にすらダメージがほとんど無かったらしく宙に浮いている。

 

「終わりか?ならば––––私の番だ」

 

 言うと同時に瞬間加速で地上へと移動、鈴音を蹴飛ばしセシリアに近距離からの砲撃を命中させる。さらにワイヤーブレードが飛ばされた2人を捕まえラウラの元にたぐり寄せる。

 

 そこからは一方的な暴虐だった。

 

「あああっ!」

 

 その腕に、脚に、体に、ラウラの拳が叩き込まれる。

 シールドエネルギーはあっという間に減少し、機体維持警告域(レッドゾーン)を超え、操縦者声明危険域(デッドゾーン)へと到達する。

 これ以上ダメージが与えられ、ISが強制解除されるようなことがあればその時は生命に関わる。

 

 しかし、ラウラは攻撃の手を緩めずただ淡々と鈴音とセシリアを殴り、蹴り、ISアーマーを破壊していく。

 

(あいつ、殺す気かよ!)

 

 そう思いながら普段と変わらないラウラの無表情が確かな愉悦に口元を歪めたのを見た瞬間だった。

 

「ユニコーン!!」

 

 翼は半ば反射的にユニコーンを展開、同時に【不知火】を展開し、【斬月】発動させ、放出されたエネルギー剣をステージを取り囲んでいるバリアへと叩きつけた。

 

 斬月によってバリアは紙のように簡単に切り裂かれ、開いたその間を突破する。

 

「もう、やめろぉぉお!!」

 

 翼は腰の大型ブースターの出力を最大にしてラウラに接近。鈴音とセシリアを掴んでいるラウラへと不知火を振り下ろす。

 

「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな」

 

 不知火の刃が届く寸前で翼の体は止められた。

 

 翼はなんとか動こうとするがまるで目に見えない腕に力掴まれているかのように体が言うことを聞かない。眼帯をしていないラウラのその右目が上から飛び込んできた翼を正確に捉えていた。

 

「…………けんな」

 

「何?」

 

「ふざけんなぁぁああ!!」

 

 翼はただ叫んだ。それに反応するかのようにユニコーンを赤い光が包んだと思った瞬間。ユニコーンは再び動き出した。

 

「っ!!?」

 

 ラウラは明確に驚愕の表情を浮かべると鈴音とセシリアを離し、身を逸らすことで不知火の刃からすれすれで逃れた。

 翼はそのまま追撃し不知火を振るう。ラウラはプラズマ刃でそれを受け止める。

 

「貴様、どうやって!!私の––––」

 

「うおぉぉぉぉお!!」

 

 ラウラの疑問の言葉を無視するように翼は叫ぶ。その叫びに反応するかのようにユニコーンを包むように赤い光が放出される。

 

(くっ、なんだこの光は!)

 

 ラウラはプラズマ刃で不知火を弾きその勢いのまま後退しユニコーンと距離を取る。

 

「貴様、一体何者だ!!」

 

「…………」

 

 翼は答えず不知火で霞の構えを取る。

 

「くっ!」

 

 ラウラが飛び出そうとした瞬間、一食触発の二人の間に影が入り込んだ。

 ガギンッ!という金属同士が激しくぶつかり合う音が響いてラウラはその影に加速を中断させられる。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

「………千、冬先生?」

 

 その影は千冬だった。ただし、その姿は普段と同じスーツ姿でISどころかISスーツすら装着して居ない。

 だが、その手にあるのはIS用近接ブレード。170センチはあるそれをISの補助なしで軽々と扱っている。

 

「模擬戦を行うのは構わん。が、アリーナのバリアまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「教官がそう仰るなら」

 

 ラウラは素直にうなずきISの展開を解除する。

 

「岸原、お前もそれでいいな?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ、はい」

 

 その言葉を聞き千冬は改めてアリーナ内のすべての生徒に向けて言った。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

 パンッ!と千冬は強く手を叩く。それはまるで銃声のように鋭くアリーナに響いた。


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