一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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進展

「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 月曜日の朝、教室に向かっていた翼、一夏、シャルルは廊下まで聞こえる声に目をしばたたかせた。

 

「なんの騒ぎだ?」

 

「さぁ?」

 

「行ってみれば分かるんじゃないか?」

 

 3人は一度顔を見合わせ教室に急ぐ。近づくほどに騒ぎの声はより一層はっきりと、大きく聞こえるようになった。

 

「本当だってば!この噂、学園中で持ちきりなのよ?月末の学年別トーナメントで優勝したら3人の中から1人好きな人と交際––––」

 

「3人ってなんだ?」

 

「「「きゃああっ!?」」」

 

 翼が声をかけながら教室に入ると女子たちは一斉に悲鳴を上げた。

 

「なんだよ。俺、何かしたか?」

 

「さっきから何の話をしてたんだ?」

 

 翼と一夏は言いながら授業の道具を準備する。シャルルは道具を自分の席に置くと翼たちの席の近くに向かう。

 

「う、うん?そうだっけ?」

 

「さ、さあ?どうだったかしら?」

 

 鈴音とセシリアはどこか含みのある笑みを浮かべて言う。それはどこか話を無理に変えようとしている感じがはっきりと伝わってくる。

 追及しようと翼は言葉を出そうとしたが。

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね!私も自分の席につきませんと」

 

 と、どこかよそよそしい様子で2人はその場を離れていく。それと同様に何人か集まっていた他の女子たちも同じように自分のクラス、又は席に戻っていった。

 どこか3人に隠しているような、そんな確信に近いものを感じていたが問いただしてもあの様子ではおそらくはぐらかされるだろう。

 

「……なんなんだよ。本当」

 

「さぁ?」

 

「なんだったんだろうね」

 

 男子2人と男装の女子1人はお互いの顔を見てまた首をかしげた。

 

◇◇◇

 

(なぜこのようなことに……)

 

 教室の窓側の席で外を見ている箒。その姿は平静を装っていたが心の中では頭を抱えていた。

 最近なにか学年別トーナメントに関する噂が流れていることは知っていた。そこについては問題はなかった。ここの者たちが噂好きなのは既に知っていたからだ。

 一番の問題はその内容の方だった。

 

 『学年別トーナメントの優勝者は男子3人の中から1人好きな人と交際できる』

 

(……おかしい。私は翼に言っただけなのにどうしてここまで話が大きくなっている!)

 

 内容からして翼が広げたとは考えられない。おそらくどこからか情報が漏れ、それにヒレがついたのだろう。

 よく思い出してみるとあの時の声は少々大きかった気がする。

 

 原因はともかくヒレがついてしまった噂話は学園内のほとんどの女子が知っているらしく、先ほども教室にやってきた上級生が「学年が違う優勝者はどうするのか」「授賞式での発表は可能か」などクラスの情報通に聞きに来ていた。

 

(まずい。これは、非常にまずい……)

 

 もちろん自分以外の女子が翼と付き合うことに激しい抵抗感があるのは言うまでもない。

 だが、これでは自分が翼と付き合いだした時もあっという間に学園中に広まってしまう。

 

 正直言うと箒は《2人だけの秘密の関係》というものに年相応+αの魅力を感じており、夢想も抱いている。

 しかし、そこは花盛りの十代乙女。止めようのない溢れる情動の暴走を誰が責められるのか。

 

 普段はやや時代がかった口調のせいでそのような浮ついた考えがないように見られがちだが抱く望みはセシリアや鈴音とさほど差がないのが実のところだった。

 

(と、とにかく、優勝だ。優勝すれば問題はない。…………そう、問題はない)

 

 ふと、箒の頭を翼と初めて出会ったときの思い出がかすった。

 

 翼と出会ったのは小学校四年生の頃だった。

 箒は周りから少々浮いた存在だった。

 それもそうだろう。体力は男子並みにありファッションに関しても特に気にかけることもなかった。

 

 それゆえに時々虐められていた。

 その中で特に堪えたのもが髪について言われることだった。唯一とも言っていい友人であった一夏に似合うと言われ、それ以降する様になった髪型。それを指摘された箒は 何故か体が動かなかった。

 

 今までの自分ならばなんとも思わず無視していたはずだった。なのにその時だけは違った。

 何も言い返せずにただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 しかし、そんな箒を救ったのが翼だった。

 当時の翼は箒以上に浮いていた。

 表情はいつも暗く、目に光はなく、笑うこともなく、常に周りに壁を作っていた。そのあたりはラウラと似ているが箒個人からしてみればあの時の翼はラウラ以上に近寄れなかった。

 

 箒はその少しミステリアスな雰囲気を持ち、母性本能を刺激する様な翼に惹かれていた。その時の箒自信は全く気が付かなかったがそれは一目惚れだった。

 

 そんな時だった。翼に守られたのは。

 礼を言おうとしてもいつもの他人を突き放すような顔をして結局言うことはできなかったが……。

 

「………………」

 

 箒は正直自分の頭が心配になった。

 いくらその後ISの発表のせいでごたついたからと言ってこんな忘れられそうにないことを完全に忘れていた自分は本当に大丈夫なのか?と。

 

「………はぁ」

 

 箒は誰にも聞こえないぐらいの小ささでため息をついた。

 

◇◇◇

 

「………………」

 

 翼は一人静かな自室でパソコンのモニターを見つめていた。それに表示されているのはユニコーンと陽炎のデータ。

 翼はカーソルを動かし目的の項目を見つけそれをクリックして開く。

 

「……なるほどね。確かに、これは普通のISじゃないな」

 

 目的のデータ。陽炎のOSを見た翼は呆れたような表情をして力なく笑った。

 

 通常のISのOSは国により多少の違いはあるが基本部分は全て同じ。それはユニコーンも例外ではない。

 

 現在のユニコーンのOSは日本機の物を翼が少し変えたような物だ。だが、陽炎のOSは根本から全くの別物だった。これではもはや概念が違うレベルの決定的な差だった。

 

「ただ、まぁ、これで進展する」

 

 呟きながらカレンダーを見つめる。

 

「OSの書き換えかぁ。トーナメントまで残り時間は殆どない。書き換え自体はさほど時間はかからない。問題はデバッグの方か…………」

 

 翼自身はISのOSには何度も触れてきた。そのため書き換え自体はさほど苦労しない。最も苦労するのはデバッグのほうだ。

 大小あれどデバッグを全て消すことを考えると時間は絶対的に足りない。目立つもののみを消すならばかろうじて間に合うかどうかというところだろう。

 

(時間的にはギリギリだな。どれだけ完璧に近い形で作れるか…………)

 

 翼は両頬を軽く叩き気合いを入れると「よし」と言いOSの書き換え作業に入った。

 

◇◇◇

 

 そして、それからどれくらい経ったのだろうかと思い時計を見るとその針は3時を指していた。

 

「もうこんな時間だったのか……」

 

 呟いてベッドの方を見るといつの間にかシャルルが眠っていた。

 翼は立ち上がろうとした時に机の上にコーヒーが置かれていることに気づいた。

 

(……悪いことしちまったかな?シャルルが部屋に戻ってたの全然覚えてないぞ)

 

 思いながら翼はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干して席を立ち軽く背伸びをする。

 

(シャワー浴びて寝るか……)

 

 結局翼が眠ったのは4時過ぎのことだった。

 

◇◇◇

 

「––––だからそんな眠そうにしてるのか」

 

 翌日の朝、教室で机に突っ伏している翼を見ながら一夏は言った。

 

「うん。僕が夕飯に誘ったりしても曖昧な返事だったし。さっきの話も翼に朝聞いたばかりのことだし」

 

 シャルルは心配そうに翼を見る。

 

「にしてもすごいよ。たった数時間でISのOS、それ以外の全システム書き換えなんて常人技じゃないよ」

 

「そうなのか。……って、翼、いい加減起きないと千冬姉が来るぞ」

 

 一夏が言うと同時にバッと勢いよく顔を上げた。

 

「…………眠い」

 

◇◇◇

 

 そして、時間は過ぎて昼休み。

 それぞれ食堂で昼食を殆ど食べ終えお茶を片手に雑談していた。

 

「––––にしても本当に眠そうだな。OSできたんなら今日はゆっくり休むんだろ?」

 

「……休みたいけど無理だな。まだ、デバッグが残ってる。今日からさっそく動かしてシステム修正、動かしてシステム修正の繰り返し。各システムの細かいズレやらなんやらを直す作業が残ってる」

 

 ほとんど寝ていないはずの翼はさも当然の様に平然と言い切るのを見てシャルルは心配そうな表情を浮かべる。

 

「……そんな無理すると体壊すよ?今日はゆっくり休んだ方が」

 

「ああ。そのせいでトーナメント出られなくなったらどうするんだ?」

 

 心配する2人に翼はどこか弱々しい笑みを浮かべ答える。

 

「ありがとうシャルル、一夏。でも、トーナメントまでに7割は完成させたいんだよ。悪いけど今日の放課後付き合ってくれ」

 

 言いながら翼は席を立つ。だが、体がよろけ倒れそうになった。

 

「危ない!」

 

 そこを翼の隣にいたシャルルが支える。

 

「お、おい。本当に大丈夫かよ」

 

「だ、大丈夫。ちょっと立ち眩みしただけだ。ありがとうシャルル」

 

 翼は微笑みながら言ったがその笑みは完全に衰弱しきっていた。

 

「……一夏、ちょっと翼を保健室に連れて行くね。ほら、歩ける?」

 

「ああ、わかった。頼む、シャルル」

 

 シャルルは一夏に返事を返すと翼に肩を貸し保健室に向かい歩き始めた。

 ちなみにこの2人を見て大半の女子の頭の中にはシャルルが翼を押し倒している景色が浮かんだそうだ。

 

◇◇◇

 

 それから保健室に着きシャルルにベッドに寝かされた後、翼はゆっくりと口を開いた。その声はどこか弱々しいものだった。

 

「……悪いな。シャルル」

 

「別に大丈夫だよ。これぐらい。翼ももっと他の人を頼るべきだよ」

 

 シャルルは翼を安心させるように優しく微笑んだ。

 

「ねぇ翼。最近眠れてないよね?」

 

「……流石、ルームメイトだな。気づいてたか」

 

 シャルルは軽く頷き肯定する。

 

「ちょっと、昔のこと思い出してな……」

 

「昔のことって––––」

 

「ああ、あの時話したことだよ」

 

 翼はまた力なく笑い。言葉を紡ぐ。

 

「最近よく夢に見てな……」

 

 そこまで言うとシャルルから顔をそらし言った。

 

「なぁ、ちょっと頼みたいことがあるんだが。いいか?」

 

「ん?なに?」

 

「そ、そのだな。俺が寝るまででいいんだけど。その、手を握っていてくれないか?」

 

 恥ずかしそうに言うと翼は手を差し出す。

 

「え?」

 

 翼はシャルルから顔をそらしているせいで見えないが翼の顔は羞恥で耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「……うん。いいよ」

 

 シャルルは差し出された翼の手を優しく握る。

 

「ありがとう。シャルル」

 

 翼それから目を瞑るとすぐに眠りについた。


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