「さてと……んじゃ、なんで男子のふりをしていたのか話してもらおうか」
(まぁ、だいたい予想出来るがな)
現在いる場所は翼の部屋。そこに翼、一夏、シャルルはいた。それぞれ手にはお茶がある。
シャルルはいつもは感じない翼の雰囲気に少したじろぎながらも話を切り出した。
「……実家の方からそうしろって言われて……」
「うん?実家っていうと、デュノア社の––––」
「そう。僕の父が社長。その人からの直接命令なんだよ」
「命令って……親、なんだろ?なんでそんな––––」
「僕はね。愛人の子なんだよ」
一夏はそれを聞き絶句していた。一方の翼は変わらない表情で静かに聞いている。
(なるほど、それなら公表できるわけもないか……)
愛人がいると言うだけでも相当なスキャンダルだと言うのにさらに間に子どもまでいるなどと知れば普通どんな企業であれ隠す。しかも、それが現在のデュノア社ならばそれがバレることは実質破滅を意味する。
「引き取られたのは2年前。ちょうどお母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきて。それで検査の過程でIS適応が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」
シャルルは健気に話し続ける。おそらくは話したくないであろうそれを。
2人はそれを察し、ただ黙って聞き続ける。
「父にあったのは2回くらい。会話は数回くらいかな。本妻の人に殴られたよ。泥棒猫の娘が!ってね。参るよね。お母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」
あはは、と愛想笑いをする。それは乾いておりちっとも笑っていないことがよく分かった。そして、それはとても痛々しかった。
「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」
シャルルの重々しい発言に一夏は首をかしげる。
「え?デュノア社はたしか量産機ISのシェア世界三位だろ?」
翼はその一夏の疑問に答える。
「だが、言い方は悪いがリヴァイヴはどれだけ性能が良くても所詮は第二世代型。IS開発っていうのは莫大な費用が必要になる。大半の企業は国からの支援でようやく成り立っているんだ。個人レベルなんて普通はありえない。欧州あたりだと、絡んでいるのは【イグニッション・プラン】だろ?」
「うん。やっぱり知ってたんだね」
「大半のことはな。結局調べられずに仮説だけしか立てられなかったけど…」
翼はお茶を飲む。一夏は翼に聞く。
「なぁ、イグニッション・プランってなんだ?」
「欧州連合の統合防衛計画のことだ。ちなみに現在フランスはそれから除外されてる」
シャルルはそれに頷き言う。
「だから第三世代型の開発は急務なんだよ。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるからね」
「欧州連合では第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中。今のところトライアルに参加しているのはイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型。今のところ実用化ではイギリスがリードしているが、まだ油断はできない。おおかた実稼働データを取るために、セシリアはIS学園に送られてきたんだろう」
スラスラと説明をする翼に一夏はふと浮かんだ疑問をぶつける。
「じゃあ、ラウラも」
「ドイツからラウラが転入してきたのも確実にその辺りも絡んでるだろうな」
一通りの説明が終え、翼はシャルルに視線を戻す。シャルルはそれに頷き話を始める。
「話を戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的に時間もデータも不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで、政府からの通達で予算を大幅に縮小されたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」
「なんとなく話はわかったが、それがどうして男装に繋がるんだ?」
「…………」
一夏の問いに答えにくいのかシャルルは黙り込む。そのかわりに翼は予想していることを話す。
「注目を集めるための広告塔。いや、第一目標は俺たちに接触して使用機体と本人データの回収……だろ?」
確認を取るように翼はシャルルに視線を送る。
シャルルは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに頷いた。
「それはつまり––––」
「そう、白式とユニコーンのデータを盗んでこいって言われてるんだよ。僕は、あの人にね」
「なるほどね。元々IS開発が遅れてるんだ。そりゃISコア開発者が作ったISのデータは喉から手が出るほど欲しいんだろうな」
翼の口調は自分が確認するというよりは一夏に説明をしているようだった。
白式もユニコーンもどちらも開発にはISコア製作者が絡んでいる。それを欲しがらない者はいないだろう。
そして、それが開発が遅れている企業ならばなおさらだ。
シャルルの父親は一方的にシャルルを利用している。
ただ、たまたまISの適性が高かったそれなら使う。おそらくそれぐらいしか考えていないだろう。
そして、そのことはシャルル本人が一番わかっている事だ。
「とまぁ、そんなところかな。でも二人にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」
(似ている。あの時の俺たちと……)
翼は知っている。そのような考え方で起こったことを……その結末を––––
翼はチラッと一夏を見る。表情は険しく拳は握りしめている。怒りを押さえ込んでいるのは明らかだった。
「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘をついていてゴメン」
シャルルは深々と頭を下げる。
「……本当に、いいのか?」
「「…………え?」」
言ったのは翼だった。
一夏とシャルルは驚きの声を漏らしながら翼の方を向く。
「もう一度聞くぞ。それでいいのか?」
「つ、翼?」
「いいわけがないだろ。親が何だ?なんで親が子供の自由を奪える?おかしいだろ、そんなこと」
「お、おい。翼」
二人とも戸惑いと怯えの表情を浮かべている。だが翼はそれに構わず拳を握り締めながら静かな叫びを続ける。続けられずにはいられない。
「親が子供に何をしてもいい?そんな馬鹿みたいなことあってたまるか。生き方を選ぶ権利は誰にだってある。それをたかが親に邪魔されるいわれななんてないんだよ」
翼には分かっていた。これは自分に向けて言っているという事に。言いながら幾つもの風景がフラッシュバックしていく。
「ど、どうしたんだよ。翼」
「悪い。つい、熱くなってしまって」
「別にそれはいいが。本当にどうしたんだよ。なんでそんな––––」
息を吐くと翼はシャルルの方を見ながら言った。
「シャルルが自分の話したくないことを話してくれたんだ。俺も少し話そう」
翼は自分の過去を話し出した。忘れたくとも忘れられない話を。
◇◇◇
「まず、源治さんと楓さんは俺の本当の親じゃない」
翼の話はその静かな声で始まった。
「なっ……」
「嘘……」
二人の驚きの声に翼は力なく笑いながら首を横に振る。
「本当だよ」
翼はまた少しつづ言葉を紡いでいく。
「俺は本当は五人家族だった。母親と父親、それと中三になったばかりの姉と俺の一つ下で小二になったばかりの妹のな。普通の家族だった。家は五人が住むには十分の広さで庭があって、そこでよく遊んでいたよ。でも、突然のことだった。母さんが急に消えた」
「な、なんで?」
「さぁ?今でも探してるんだが手がかりすらない。だから生きてるのか死んでるのか全く分からない」
翼は二人を見て自虐的な笑みを浮かべながら話を続ける。
「それからの崩壊は早いものだったよ。父さんは酒と薬に溺れていって、何故か俺にだけ暴力を振るうようになっていった。でも、姉さんと妹が守ってくれていた。そんな中、姉さんは言ったんだ。自分が中学を卒業したらこの家を出ようってな。あの時は嬉しかったけど自分の不甲斐なさにすごい悔しかったのを覚えてる」
そこまで言って翼の表情は一段と暗くなる。
「でも……それからほんの少し経った後のことだ。俺と妹が買い物から帰って来てリビングに入った時に見てしまったんだ」
「み、見たって……何を」
一夏はこれは聞いてはいけない事と分かっていた。でも聞かずにはいられなかった。不謹慎にも一夏は翼の話に興味を持ってしまっていた。
そして、それは隣にいるシャルルも同じだった。
「姉さんが父親に犯されていた」
「え!?」
「なっ!?」
シャルルと一夏は予想外の事で目を見開き言葉を失くす。あまりにも衝撃的過ぎて現実味がない。
しかし、翼のその表情はそれが事実である事を告げている。
「その時の俺は何をしているのか理解できなかった。でも、ダメな事だって言うのは分かった。そうやって立ち尽くしている時だった。姉さんは俺たちの方を見ていつも、どんな時でも笑顔を浮かべていた顔を歪めながら言ったんだよ。大丈夫だって––––」
翼は手に持っているカップを握り締めながら言葉を紡ぐ。その姿はまるで神の前で懺悔する罪人に見えた。
「それから先は覚えてない。ただ、気が付いた時には––––」
カップを握り締めている手を見つめながら、いや、恨めしく睨み付けながら言う。
「俺は赤黒く染まった部屋に同じくらい赤黒く染まったままたった一人で立っていた。右手に包丁を持ったまま––––」
「そ、それって。まさか」
「察しがいいな。つまりは……そういうことだ。俺は怒りに身を任せて父親も俺を守ってくれていた姉と妹までもこの手で……」
翼は人を殺した。
それは二人に衝撃を与えるのは簡単すぎる事実だった。
「それから源治さんと楓さんに拾われて今の俺だ」
「……翼にそんな過去があったなんて」
一夏は信じられないと言いたいような表情で言った。
翼は暗くなった雰囲気をなんとか直そうといつも通りの調子だがどこか優しさが感じられる声音で告げる。
「シャルル。今のお前と昔の俺は似てるんだよ。本当なら選べたんだ。でも、選ばなかった。結局は諦めて何もしなかったんだ」
シャルルは翼の言葉を静かに聞いている。
「いいな?自分には選ぶ権利がないなんて思うなよ。お前の近くには沢山の味方がいる。お前は頼っていいんだ。お前はここに居ていいんだ」
翼は優しい笑みを浮かべ安心させるかのように言った。
「特記事項第二十一。そこから先は自分で考えろ」
呟くように言うと椅子から立ち上がり部屋から出て行った。
「特記事項第二十一?…………あっ!そうか!!」
「えっ?な、何?」
「特記事項第二十一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」
それを思い出す事で混乱していた一夏の頭は少しつづ落ち着きを取り戻していく。
「つまり、この学園にいれば、少なくとも三年間は大丈夫って事だ」
それから少しして翼は部屋に戻ってきた。いつも通りの表情と調子で。まるでさっき話した事が全て嘘かのようにシャルルと一夏は思えた。
同時にそれらはどこか痛々しかった。
だから一夏とシャルルはいつも通りに接しようと決めた。
◇◇◇
暗い。暗い闇の中にそれはいた。
「…………」
いつ頃からこうなのかはもう覚えていない。ただ、生まれた時にはもう闇の暗さを知っていた。
人は生まれてすぐに光を見るというが、この少女は違った。
闇の中で育まれ、影の中で生まれた。そしてそれは今も変わりがない。光のない部屋で影を抱いて闇に潜み、その赤い右目は鋭く光を放っている。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
それが己の名だと知っているが、同時にそれに意味がないことを理解している。
だが、唯一例外がある。教官。いや、織斑千冬に呼ばれるその時はだけは、その響きが特別な意味を持っているような気がして、心の高揚を感じていた。
(あの人の存在が……その強さが、私の目標であり、存在理由……)
それはまさに一条の光だった。
出会った時に一目でその強さに震えた。恐怖と感動、歓喜に。心が揺れ体が熱くなった。
そして願った。
ああ、こうなりたい––––と。
これに、私はなりたいと。
空っぽだった場所が埋まり、全てとなった。
自らの師であり、絶対の力であり、理想の姿。唯一自らを重ね合わせてみたいと感じた存在。
ならばそれが完全な状態でないことを許せはしない。
(織斑一夏。教官に汚点を残させた張本人)
あの男の存在を認めはしない。そして––––
(岸原翼。あいつは私の邪魔をする)
あの男も邪魔を続けるならば––––
(排除する。どのような手段を使ってでも……)
ラウラは静かに瞼を閉じる。闇と一体になりながら一人の少女は夢のない眠りへと沈んでいった。