「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
その男子である転校生の一人、シャルルはにこやかな顔で流暢な日本語でそう言った。
それにあっけにとられたのはクラス全員。
「お、男……?」
誰かが確認するかのように呟いた。
「はい、こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を––––」
例えるならば貴公子といった感じだろう。
人なつっこそうな顔。礼儀正しい立ち振る舞いに中性的な顔立ち。髪は濃い金髪で首の後ろで丁寧に束ねている。体は華奢だがしゅっと伸びている足が格好いい。
「きゃ……」
「はい?」
翼はあれがくると予想し耳を塞ぐ。
「翼、どうし––––」
「「「きゃあああああっ!!」」」
一夏の言葉を遮り女子の黄色い悲鳴が教室に響き渡る。
「男子!三人目の男子!」
「しかもうちのクラス」
「美形!守ってあげたくなる系の!」
「地球に生まれて良かった~~!」
口々に女子たちは言う。
だが、翼の思考はそれどころではなかった。
(なんで父さんと母さんが分からなかった?あの二人が気付かないわけがない)
それに、フランスでデュノアと言ったらあそこしかない。
ISを知っているものならば必ず知っていると言っていいほどの大企業。しかし、そこに子どもなんていないかったはず。
翼は確かにそう記憶しているし子どもが生まれた、という話は全く聞いていない。
(どういうことだ?いや、それより––––)
翼は浮かぶ疑問を今は振り払い気になっている方を見る。
まだ騒いでいる少女達を真耶が止める。
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~~!」
全員が忘れていたわけではない。というより少なくとも翼は彼女を一番警戒している。
彼女は銀髪で長さは腰近くまである。ただ、それは伸ばしっぱなしという感じだ。
そして左目の黒い眼帯。医療用のものではないのは一目で分かる。唯一見えている右目は赤い。
一目で見た印象は––––
(あいつ、軍人か……)
その佇まいや雰囲気からはそう感じ取れた。
「……」
当の本人は口を開かず、教室の女子たちをどこかつまらなさそうに見ている。いや、見下ろしている。
「挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
その返事と千冬の方を向き同時に敬礼する。それに千冬は面倒くさそうにして言う。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
両手は体の横、足をかかとで合わせて背筋を伸ばす。
(あいつやっぱり軍人。しかもドイツ……)
ある事件で織斑千冬は一年ほどドイツで軍隊教官として働いていた。その後一年くらい空白期間があり現在のIS学園教師になったようだ。
(そういや、間の一年間誰も教えてくれないよな)
おそらく両親ならばその辺のことも知っているだろうがどうせはぐらかされて終わる。容易く出た予測に翼はさして疑問を抱かない。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「「「………………」」」
シャルルの時とは逆の沈黙。続く言葉を待っているのだが、口を開く様子が感じられない。
そんな様子のラウラに真耶は恐る恐るといった感じで声をかける。
「あ、あの、以上……ですか?」
「以上だ」
無慈悲な即答が返ってくる。しかし、何かを見つけたラウラは目を見開き表情を表に出す。
「!貴様が––––」
そしてつかつかと一夏に近づいて行き流れるように右手で平手打ちをした。
「え?」
「…………」
された一夏はなんで?という疑問の顔をしている。そして、それは彼以外もだ。皆同じような疑問の表情を浮かべている。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
「いきなり何しているんだ?」
翼が少し睨み言うが––––
「ふん……」
貴様には関係ない、と言いそうな顔をして空いている席に向かい座って腕を組んで目を閉じる。
翼は一夏に小声で話しかける。
「一夏、お前あいつに何した?」
「何もしてないし俺もよくわかんねぇよ」
一夏は唐突に殴られたせいかどこか苛立っているように見える。
「あー、ゴホン!ではHRを終わる。各人は着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。以上、解散!」
ぱんぱんと手を叩き千冬が行動を促す。
「ああ、そうだ。織斑、岸原。デュノアの面倒を見てやれ。男子同士だろう」
そう言うと千冬は教室から出て行った。
「えっと、初めまして。僕は––––」
「ああ、悪い。まずは移動だ。女子が着替え始めるからな。ほら、一夏、イライラしてないで行くぞ」
「……っ!ああ」
翼はシャルルを引っ張りながら教室を出る一夏はそれに続く。
「とりあえず男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。実習のたびにこれだから早めに慣れてくれ」
「う、うん」
シャルルはそう返事をするがどこかうわの空といった感じだ。
「どうしたんだ?トイレか?」
「トイ……っ違うよ!」
「そうか、それは何より」
「おい!翼!急がないともう時間が……」
しかし、一夏の警告は遅かった。
「ああっ!転校生発見!」
「しかも岸原君と織斑君も一緒!」
もうすでにHRは終わっている。そのため各学年各クラスから情報収集のための生徒が駆け出している。
「翼!捕まったら……!」
翼には一夏の言いたいことがよく分かる。
もし捕まったら質問攻めにあい授業に遅刻、担任鬼教師の特別カリキュラムが待っている。
「ああ、分かっている!ちょっと急ぐぞ」
翼はシャルルを引っ張りながら一夏と共に駆け出す。
「いたっ!こっちよ!」
「者ども出会え出会え!」
「おいおい、ここはいつから武家屋敷になったんだよ」
「さぁな。でも、今にもホラ貝とかが出てきそうな雰囲気––––」
一夏の言葉を遮ったのはホラ貝を吹く音だった。それに答えるように女子たちがまた増える。
「「本当に出てきた!?」」
一夏と翼が同時に驚きの声を上げた時シャルルが二人に話しかける。
「ね、ねぇ。なんでみんなこんなに騒いでいるの?」
「そりゃ男子が俺たちしかいないからだろ」
「?」
当然のように言った一夏の言葉にシャルルは意味が分からないっと言っているような表情をして首をかしげる。
「いや、普通珍しいだろ。ISを操縦できる男って」
「あっ!ああ、うん。そうだね」
翼の言葉にシャルルは何かを思い出したような返事をする。
「にしても不思議なんだよなぁ」
「どうして?」
「いや、男性IS操縦者なんてかなり珍しいのにそのことに父さんも母さんも気付かなかったなんて……ちょっと引っかかるんだよな」
シャルルは目を見開き翼から視線をそらす。
「っ!!」
「ん?どうした」
「い、いや、な、なんでもないよ。はははっ」
「まぁ、いいんじゃないか?男がまた一人増えるのは」
「そうだなぁ、もう一人の男子は役立たずだからなぁ~」
翼はニヤニヤしながら一夏を見る。
「うっ!」
「まぁ、何にしてもよろしくな。俺は岸原翼。翼でいいから」
「あっ、俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」
「うん。よろしく翼、一夏。僕のこともシャルルでいいよ」
「わかった、シャルル」
三人が自己紹介を終えた後に校舎を出てアリーナの更衣室に入った。
「まずいな……」
時計を見てみるとギリギリだった。
「ああ、すぐに着替えちまおうぜ」
「そうだな」
翼と一夏は言いながら制服のボタンを一気に外しそれをベンチに投げて一呼吸でTシャツを脱ぐ。
「わぁ!?」
その時だった。急にシャルルが声を上げた。
「ん?どうした」
「忘れ物か?っていうか早く着替えないと本当に間に合わなくなるぞ」
「う、うんっ?き、着替えるよ?でも、その、二人ともあっち向いてて……ね?」
「まぁ、別にいいが……」
「でも、シャルルはジロジロ見てるな」
「み、見てない!見てないよ!?」
シャルルは両手を突き出し、慌てて顔を床に向ける。
「「……?」」
シャルルの行動に疑問を抱きながらも翼と一夏は後ろを向きまた着替え始める。
だが––––
「「……………」」
二人は背中に感じる熱心な視線。
「シャルル?」
「な、何かな!?」
二人は気になり後ろを向くと、シャルルは向けていたであろう顔を壁の方に向けてISのジッパーをあげた。
「うわ、着替えるの超早いな」
「本当だよな。なんかコツでもあんのか?」
「い、いや、別に……って翼も一夏もまだ着てないの?」
翼と一夏はズボンを脱ぎISスーツを腰まで通したところで止まっている。
「これって、着るときに裸になるのがなぁ」
「ああ、分かる。着にくいんだよなぁ」
「「引っかかって」」
あえてどこかは二人とも言わない。
「ひ、引っかかって?」
「ああ」
「おう」
二人の気のせいかシャルルの顔が一気に赤くなった。
「よし、行こうか」
「おう」
「う、うん」
二人は着替え終わって更衣室から出てグラウンドに向かうその途中で一夏はシャルルを見る。
「にしても、そのスーツ着やすそうだな」
ちなみに男性用のISスーツは全身をほぼ覆っており首のところまである。露出をしているのは頭、手、足ぐらいだ。
データ収集などの理由でそうなっているのだが一方の女性用のものはワンピース水着、レオタードに近いものだ。
「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品なんだ」
「デュノア?ん?どっかで聞いたような」
一夏の疑問に翼が答える。
「デュノアって言ったらフランスで一番大きいIS関係の企業だぞ」
「僕の家なんだよ。父がね、社長をしてるんだ」
「へえ!じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなぁ」
「道理でってどういうことだ?」
「いや、なんか気品っていうか、いいとこの育ち!って感じがして………翼は分かんないか?」
「ん~言われてみれば」
(やっぱりデュノア社の関係者、か。これは少し探ってみるか……)
言い合っていていたために二人は気付かなかった。
「いいところ……ね」
とシャルルが静かに呟いたのを。
そして––––
「遅い!」
これは男子三人が第二グラウンドに到着したときに鬼教師から言われた言葉だった。