一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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救いの手を
募る焦りと心配


  洞窟の中を灰色の装甲をその身に纏いユニコーンは飛んでいた。

 しかし、その洞窟は仮想のものであり本物ではない。これはISが操縦者の脳に直接写し出している飛行シミュレーションの一種だ。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!!」

 

 いくら呼吸をしても苦しい。汗が頬をゆっくりと伝う。

 そして、鳴り響く警告音。

 この警告音は自機が洞窟の壁に近づいていることを表している。その警告がさらに翼を急かし結果的に動きがより悪くなる。

 

「はぁ、はぁ、くっ!?」

 

 目の前に迫った壁に衝突する寸前で左に曲がり無理矢理に姿勢を立て直し仮想の洞窟を飛ぶ。

 

「ゴーストを表示!レベルは10だ!」

 

 翼はやけくそ気味に叫んだ。

 すると正六角形の的が翼の目の前や横、後ろに展開されそれぞれが一斉に動き始める。

 

 それを一瞥すると雷撃、電撃を展開し正六角形の的に向けて射撃を開始。

 しかし、ユニコーンの機動に手一杯で放たれた弾はほとんど当たることはなかった。

 

(ユニコーンの機動だけに集中するな。周りを見ろ)

 

 翼は上に来ていたターゲットを背中のライフルマウントを動かし打つ。それと同時に前方のターゲットに向け雷撃、電撃それぞれで攻撃。

 3つのターゲットがほぼ同時に破壊された。

 

(よしっ!)

 

 だが、そこで集中が途切れたのだろう。

 耳を劈くほどの警告音が鳴り響く。

 

「っ!?」

 

 翼の目の前にまた壁が迫る。

 リアスカートアーマーから伸びているサブアーム、さらにそれについている大型ブースターの噴射口を前方に向け止まろうとするが––––

 

(間に合わないっ!)

 

 翼は仮想の洞窟の壁に勢いよく衝突した。

 

 ウィンドウにはシュミレーション終了の文字と記録が表示される。

 表示されている記録は一夏が行ったものよりもずっと下のものだった。

 

◇◇◇

 

 翼はゆっくりと地面に着地しそれと同時にユニコーンを解除。それとほぼ同じタイミングでセシリア、鈴音が翼の方に向かう。

 

「はい、水とタオル」

 

 鈴音から渡されたそれらを受け取り翼はペットボトルの水を一気に半分ほど飲み、タオルで顔を拭く。

 疲労困憊といった様子の翼を見てセシリアが心配した様子で口を開いた。

 

「調子は良いとは言えないようですわね……」

 

「残念ながらな……。本当に難しい機体にしてくれたよあの人たちは」

 

「そんなに扱いにくいようには見えないわよ?」

 

 鈴音の疑う言葉に翼はしばらく唸ると答えた。

 

「大きく2つ。

 まず新しく追加された大型ブースターの出力が大きすぎるってところだな。しかも各部スラスターとのバランスが取れてないから高速機動中の方向転換がかなり難しいんだ。

 次に大型ブースター用のサブアーム、あれの反応速度が速すぎる。おかげで細かい機動がとれないし、エネルギーの消費もバカにならない」

 

 「はぁ」とため息をついた翼は待機状態のユニコーンを見つめる。

 

 今のユニコーン、ユニコーン・リペアの性能はどこか中途半端なものだった。

 

 各部バランスが全く取れていないのだ。

 新人が作った物の方が遥かに完成度が高いと言い切れてしまうほどにアンバランスを極めている。

 

 だが、それが原因ならば解決策というものは自ずと出てくる。

 

「それは簡単に解決出来ることじゃないですの?」

 

「そうよねぇ。自分が扱えるように調整すればいいじゃないの?」

 

 鈴音の提案に翼は首を横に振り答えた。

 

「本体を調整する必要は多分、ない」

 

 言葉自体は少し自信がなさそうだったが声音は違う。

 明確な形になっていないだけで確信があるような声だった。

 

「なんたってユニコーンはあの二人が改修したんだ。そんな不具合は残さない。あの2人はいつもはどこか抜けてるけどISに関してはプロだ」

 

 言って鈴音にタオルとペットボトルを返しユニコーンを展開させる。

 少し慌てながらセシリアが声を上げた。

 

「も、もう少し休憩したほうがよろしいのでは?

 そんなに根を詰めては身体が持ちませんわ!」

 

「ありがとうセシリア。

 でもとにかく動きに慣れないと戦闘にならないんだよ」

 

 翼の言葉はもっともだ。

 高速機動を得意とするISの戦闘、今の彼はその機動すらまともにとれていない状態だ。

 そんな状態では鈴音たちはもちろん一夏、下手をすれば訓練機相手ですらともまともな戦闘にならない。

 2人もそれはよくわかっているために翼に強く言い返せなかった。

 

 翼は2人に申し訳なく思いながらもユニコーンを展開、上昇すると再びシミュレーターを起動させた。

 灰色の鎧を身に纏う一角獣は仮装の洞窟内を再び飛ぶ。

 

◇◇◇

 

 時刻は午後7時過ぎ。体に重くのしかかる疲労を少しでも癒すために翼はベッドに寝転んでいた。

 

「今月、か。学年別トーナメント」

 

 学年別のIS対決トーナメント戦であるそれは約一週間かけて行われる。

 

 なぜそんなに長期間行う理由は単純明快。名目上は自主参加ということになっているがこれは自分の力量を測る重要な機会、そのためIS学園の生徒が全員参加するからだ。

 そのため結果的にトーナメントは一学年で約120人で行うことになり、必然的に大規模なものとなる。

 

 評価する点は学年ごとに違う。一年は浅い訓練段階での先天的才能評価、二年はそこから訓練した状態での成長能力評価、三年はより具体的な実践能力評価がされる。

 

(とにかく何とかして今のユニコーンを使えるようにしなきゃなぁ)

 

 しかし、このまま闇雲に訓練を行うのではダメだ。

 新たな訓練、別の方向性を見つけなければ今の状態から進展することはないだろう。

 

 別の方向性。わかってはいるがそう易々と浮かばないそれに頭を悩ませているそんな時だった。

 ドアをノックする音が部屋に響く。

 

「翼、いる~?」

 

「いな––––」

 

「入るわね」

 

 翼が言い切る前に言いながら部屋に入ってきたのは鈴音だった。

 

「––––って、最後まで聞けよ!」

 

「るっさいわね。ほら、さっさと起きなさい!夕飯食べに行くわよ」

 

「拒否権は?」

 

「あるとでも?」

 

 鈴音の堂々なその佇まいと言葉に翼は呆れたように息を吐くとベッドから起き上がる。

 

「はぁ、わかったよ。行くよ」

 

「ええ。そうしなさい」

 

 鈴音と翼は並んで食堂に向かい歩き出した。

 

 移動した食堂は思春期女子で埋め尽くされかなり騒がしい。その中でも特に奥の方でスクラムを組んでいる一団が目に付いた。

 

「ねぇ聞いた?」

 

「聞いた!聞いた!」

 

「え、何々、何の話?」

 

「だから、あの岸原君と織斑君の話よ」

 

「いい話?悪い話?」

 

「最上級にいい話」

 

「聞く!」

 

「まぁまぁ落ち着きなさい。いい? 絶対これは女子にしか教えちゃダメよ?

 女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで––––」

 

 食券を買いながその一団を眺めていた翼は隣にいる鈴音へと問いかける。

 

「あそこのテーブルやけに人が集まってないか? なんかさっきから騒がしいし」

 

「さぁ、占いでもやってんじゃないの?」

 

「うーん?」

 

 翼は疑問で頭をかしげる。確かに占いの時も騒がしいが今日のそれはいつも以上に見えた。

 

「えええっ!? そ、それ、本当っ!?」

 

「本当! 本当!」

 

「うそー! きゃー、どうしよう!」

 

 と先ほどからきゃあきゃあと黄色い声が津波のように翼に押し寄せている。

 

「翼」

 

「ああ」

 

 鈴音に急かされ翼は和食定食を受け取り、空いていた席に移動すると腰を下ろした。

 それぞれ手を合わせ夕飯を食べ始める。

 翼が焼き魚の骨を取っているとき、鈴音は質問する。

 

「大丈夫なの? あんた」

 

 鈴音が心配を表に出すなんて珍しい。と翼は出会ってほんの数日の行動と照らし合わせて思いながら答える。

 

「大丈夫、大丈夫。トーナメントまでには扱えるように意地でもするから」

 

「違っ! 私が言いたいのは……はぁ、やっぱりなんでもない」

 

(私が言いたいのはあんたの体の方よ。あんな無茶な訓練ばかりして……)

 

 鈴音は翼の顔を心配そうにしながらを見る。だが、当の本人はそんなこととはつゆ知らず魚の骨を取っている。

 

「おっ、綺麗に取れた」

 

 翼は嬉しそうにそう言うと取った魚の骨を皿の端に置く。

 良くも悪くも彼は表面上はいたっていつも通りだ。そう、表面上は。

 

「はぁ」

 

「ん?どうしたんだ鈴。急にため息なんかついて」

 

「……なんでもない。お茶取ってくる。番茶でいいよね?」

 

「ん?ああ、悪いな」

 

 鈴音は翼の返事を聞くと椅子から立ち上がり番茶を取りに行った。

その瞬間だった。

 

「あっ!岸原君だ!」

 

「えっ、うそ!?どこ!?」

 

「ねぇ、あの噂って本ともがっ!?」

 

 奥にいた一団の内翼の存在に気付いた女子が雪崩れ込んでくる。

 

「ん?噂ってなんだ?」

 

「い、いや、なんでもないの。なんでもないのよ。あはは……」

 

「バカっ!秘密って言ってたでしょうが!」

 

「い、いや、でも本人の前だし……」

 

 一人が翼の前で通せんぼをしてその陰で二人が小声で話している。

 

「なぁ、噂って?」

 

「う、うん?なんのことかな?」

 

「ひ、人の噂も三六五日って言うよね!」

 

「いやちょっと待て、それ長いだろ?一年だぞ」

 

 翼は冷静に突っ込む。

 

「そうだよ。な、何言ってるのよミヨは!四九日だってば!」

 

「七五日だ。それと、何か隠してるだろ」

 

 翼は再び冷静に突っ込む。その女子三人の焦り具合は尋常ではない。何かを隠しているのは見え見えだった。

 さらに問いただそうと翼は口を開きかけたが。

 

「そんなことっ」

 

「あるわけっ」

 

「ないよ!?」

 

 それからその女子三人は即撤退した。ちなみにこの間わずか二秒ほど。翼は状況が飲み込めずに唖然としていた。

 

「なに?あんたまたなんかやらかしたの?」

 

 鈴音は湯気が出ている湯飲みを二つ持って戻ってきた。

 翼はそれを一つ受け取って言う。

 

「またってなんだよ。それじゃあ俺が問題児みたいじゃないか」

 

「問題児じゃないつもり?」

 

「………………」

 

「………………」

 

 沈黙に耐え切れずお茶を飲み、一息つく。

 

「あ、ああ、お茶がうまい」

 

「逃げたわね」

 

「………………」

 

「………………」

 

 翼は再び訪れた沈黙から逃げるように目をそらす。

 

「ふ、ふー……や、やっぱり食後のお茶は落ち着く落ち着く」

 

「……まぁ、いいけど。後、嘘つくならもう少し声震えないようにしなさいよ」

 

 少し食後の余韻を楽しんだ後、翼は気になっていたことを鈴音に聞いた。

 

「なぁ、今日の訓練。動きどうだった?」

 

 誰の、とは言わない。言う必要がないからだ。当然のように聞く翼に少しの不安感を覚えながらも鈴音は答える。

 

「……動きにはだいぶ慣れてきてる。でも、まだ動きは単純で読みやすいわね。近接戦になったら一夏には確実に負けるわ」

 

 鈴音の分析を聞き翼は唸る。

 

「うーん、どうするか……。学年別トーナメントでは射撃を主体にするかな?いや、でも ユニコーンのあの機動力を活かせないのは結構きつい。本当どうするか」

 

「……あんまり無理すんじゃないわよ」

 

「ん?ああ、分かってる」

 

 鈴音の心配をよそに翼はずっと自分の思考に入りっぱなしでひりごとを呟き、返事はかなり適当だった。

 

「って、あんた本当に分かってる!?」

 

「分かってるって、そう心配すんな」

 

 迫る鈴音に翼はどこか他人事のように答える。これ以上何を言おうとも少なくとも今の翼には無駄と感じ鈴音は自分を落ち着かせるようにお茶を飲む。

 

「なら、いいんだけ––––」

 

「あ」

 

「あ」

 

「ん?」

 

「あって何よ、あって。––––あ」

 

 順番は翼、箒、一夏、鈴音だ。

 

「…………」

 

 翼と視線が会った箒は気まずそうに翼から視線を外す。

 

「よ、よお、箒」

 

「な、なんだ翼か」

 

「「…………」」

 

 すぐに会話が終わりどこか気まずい沈黙が訪れる。その二人の様子に疑問を感じた一夏は言う。

 

「どうしたんだ?二人ともなんかあったのか」

 

「「いや!べつになにも!」」

 

 二人はとっさに否定しようとして全く同じタイミングで言っていた。

 

「なにその、明らかに何かありました。って反応。わざと?」

 

「そんなわけないだろ……」

 

 翼はジト目で言い訳じみたことを言う。それが何か彼女の気に障ったらしく箒はぷいっと顔を逸らすとそのまま歩いていった。

 

「ん?なんなんだ?」

 

「翼ってあれか?鈍感なのか?」

 

「お前に一番言われたくないな」

 

 男二人がそんな会話をしていると鈴音はため息をついた。どっちもどっちだという表情を浮かべている。

 

「じゃ、あたしは部屋に戻るから」

 

「ん?ああ。誘ってくれてありがとな」

 

「たまにはアンタから誘いなさいよ。まったく……」

 

 鈴音は小声で言うと自分の部屋に向かって歩き出した。

 

「なんなんだ?鈴も」

 

「翼……」

 

「なんだ?一夏」

 

「もう一度言うけどお前やっぱ唐変木なんだな」

 

「俺ももう一度言う。お前にだけは一番言われたくない」


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