一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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少年、入学
IS学園入学(上)


「全員揃ってますねー。それじゃあSHRはじめますよー」

 

 黒板の前でにっこり微笑むのは副担任である山田(やまだ) 真耶(まや)

 身長は平均よりも少し低め、だいたい生徒と変わらないぐらいだろうか。

 だが、服のサイズや眼鏡の大きさが微妙に違っておりどこか子供が無理に大人になろうとしているといった印象を受ける。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「「「……」」」

 

 しかし、教室内は妙な緊張感に包まれており誰からも反応がない。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 

 その場の雰囲気をなんとか変えようと真耶は額に汗を浮かべながら言った。

 

 そして、その中でも真耶と同じくらい。もしくはそれ以上の冷や汗を浮かべる少年がいた。

 

(くっ、これは予想以上にこたえるな)

 

 翼だった。

 彼は緊張で乾いた唇を舐め、生唾を飲み込む。

 彼のこの感覚は自意識過剰などではなく。クラスメイトほぼ全員の視線を感じていた。

 

 そもそも彼の席は明らかに悪い。

 なぜか翼の席は真ん中のそれも最前列、その上なぜか隣まで同じ“男”だ。

 必然的に視界に入り、目立つ上に絶対に注目を浴びることなど誰にでも予想できることだろう。

 

「えっと、織斑 一夏です」

 

 今自己紹介をしている少年が織斑(おりむら) 一夏(いちか)

 このIS学園にいることからわかるとおり、もう1人のIS操縦可能な少年である。

 

(本当なんでこの席なんだよ。誰か仕組んだのか? だとしたら一体誰が……?)

 

 そこまで考え、そしてある人物たちが浮かんできた。

 

「ッ!?」

 

(まさか、父さんと母さんが? いや、いくらあの人達でもそこまで––––)

 

 否定しようとしたが頭の中では笑いながらハイタッチする両親の姿を容易に想像できた。

 

(……やってそう。さも当然のようにやってそう。俺の反応を楽しむためにとかの理由で)

 

「はぁ」

 

 翼はため息をこぼすと現実から逃げるように窓の方を見る。何人かの女子と目が合い手を振られながら空を眺める。

 

◇◇◇

 

 時は遡り8月の真夏の日。

 学生は夏休みという時期だ。そんな中、買い出しに行っている咲夜以外の岸原家の3人はリビングダイニングに集まっていた。

 

 リビングにはテーブルがあり、その両側に3人が同時に座れるほどの大きさのソファがある。翼の向かい側には楓と源治が座っている。

 源治はお茶を少し飲み、かなり真剣な面持ちで言う。

 

「さて、話は分かっていると思う」

 

「ええ、そうね」

 

 こちらもかなり真剣な面持ちで楓は頷く。

 そんなあまり見ない真剣な両親を目の当たりにして翼は何も言えずにコクリと静かに頷くしかなかった。

 

「そう、我ら岸原家は今年、旅行に行っていない」

 

「うん……って、うん?」

 

 翼は神妙な面持ちで頷いたが不思議と場違いな言葉が聞こえたような気がして首をかしげる。

 

「そうなのよね~。ねぇねぇ、源治さん今年は海に行かない?」

 

 楓は首をかしげる翼を無視。旅行のパンフレットを広げ始めた。

 

「そうだな。去年は山に行ったから、海でいいか。さて場所は––––」

 

「ちょっと待って」

 

 源治がどこからか取り出した地図を広げようとしたところで翼はそれを止めた。

 急に止められた源治は口を尖らせながら翼の方を見る。

 

「なんだ~、翼。どこか行きたい場所があるのか?」

 

「いやいや。なんで旅行の話? 今は旅行より大切なことがあるでしょ!?」

 

「「んん?」」

 

 真剣な翼とは裏腹に楓と源治は首を傾げ顔を見合わせる。

 

「いや、んん?じゃなくて、一番大切な––––」

 

 翼が全てを言いきる前に楓はパンッと両手を叩く。

 

「あっ! そうよ。原始さん。まだ国内か、国外か決めてないわ」

 

 しかし、出た言葉はやはり翼の予想の範囲外にあるものだった。

 

「おお! そうだったな。すっかり忘れていたぞ」

 

「それも違う! 国内国外以前に旅行自体が今はどうでもいいから!!」

 

「「んん?」」

 

 先ほどと同じように真剣な翼とは裏腹に楓と源治は首をかしげ、顔を見合わせる。

 まるで「そんな話題あったっけ?」と言いたげな顔だ。

 

 翼はそんなある意味でいつもどおりの両親に我慢の限界を超え机を両手で勢いよく叩いた。

 

「だから、んん? じゃなくて、今一番の問題は俺がISを、インフィニットストラトスを動かしたところだろ!」

 

「「はっ!?」」

 

 2人は初めて聞いたかのような驚愕の表情を浮かべる。

 

「その顔まさか忘れてたの? ほんの数時間前のことなのに? 思いっきり驚いてたのに?」

 

 その問いかけに源治は頭を掻く。

 

「いや~、すっかり忘れてた。あはははっ」

 

 翼はため息をこぼすとジト目で両親に問いかける。

 

「あはははっ、じゃないよ。どうするんだよ」

 

「大丈夫よ」

 

 しかし、翼の心配をよそに楓の表情には余裕がある。

 

「母さん。まさか何か策があるの?」

 

「ううん、なぁんにもないわ」

 

 と楓は美しく清々しいほどの笑顔で言た。

 

「はぁ!?」

 

 興奮した翼を落ち着かせるように楓はいつもの笑みを浮かべる。

 

「冗談よ。あなたにはIS学園に行ってもらうから」

 

 耳に届いた言葉が信じられず翼は無意識に聞き返す。

 

「……えっ?」

 

「IS学園に通ってもらうわ」

 

「いや、うん。二回も言わなくていいから」

 

 【IS学園】

 ISの操縦者育成を目的とした教育機関であり、その運営および資金調達は原則日本国が行う義務を負う。

 ただし、当機関で得られた技術などは協定参加国の共有財産として公開する義務があり、黙秘、隠匿を行う権利は日本国にはない。

 

 また、当機関内におけるいかなる問題にも日本国は公正に介入し、協定参加国全体が理解できる解決をすることを義務づける。

 さらに、入学に際しては協定参加国の国籍を持つ者には無条件に門戸を開き日本国での生活を保障すること。

 

 かなりわかりやすく言うと––––。

 

「ジャップが作ったISのせいで世界は混乱してるから責任持って人材管理と育成のための学園作れや、んでそこの技術よこせや。あっ金は自分で出してね」

 

 ––––と言うことである。

 

「まっ、それが妥当だろうな。良かったな翼、ハーレムだぞ、ハーレム」

 

「ハーレムはともかく、それが安全か。

 いや、でも俺はたしかにISを動かしてみたいとは思ったさ。でも、動かしたいわけじゃない」

 

 翼が目指しているのは開発者であり、操縦者ではない。

 そのために学校から出された課題を早々に片付けては一日中モニターや資料と睨めっこをしていた。

 

 なのに動かせるからといった理由でいきなり放り込まれるなどあっていいわけがない。

 

「それは私たちもわかってるわ。

 でも、いつでもどこでも私たちはあなたを守れるわけじゃないの。

 あなたの身はあなた自身で守れるようにもならなくちゃならないのよ」

 

「ああ、少なくともIS学園にいる間は安全は絶対に保障される。

 それにあそこは言ってしまえばIS開発の最前線、デモンストレーションも兼ねている節がある。刺激になると思うぞ」

 

 そう言われてしまえば翼も納得するしかない。

 しかし「はいわかりました」と2つ返事をするにも不安が多すぎる。

 

 それを見透かしたのか楓は母親らしく包容力のある笑みを浮かべた。

 

「大丈夫よ。翼はIS関係の事はほとんど知っているし、ISの操縦訓練は旅行先のラボでやるから」

 

「あっ、そうなんだ。って言うかそこまで旅行に行きたいの?」

 

「「もちろん!!」」

 

 その子供のようにはきはきとした返事を聞き翼は「はぁ~」と深いため息をこぼす。

 

(なんか嫌な予感しかしないんだよなぁ)

 

 そう思っている翼の目の前には旅行の話でかなり盛り上がっている両親の姿がある。そんな両親を見て翼はまた深い深いため息をついた。

 

◇◇◇

 

(そして、それからその日の内にラボに行って3月までずっとISの操縦訓練漬け。しかもすごい厳しいし)

 

 何度か見かけた死地を思い出し身震いする翼。

 

「あの~、岸原君?」

 

 そんな彼へと真耶は声をかけているが、呼ぶ声が当の本人は未だ思考の中。答える以前に聞いていない。

 

(確かにおかげで操縦は覚えることはできたけど。って言うか嫌な予感見事に的中してるな)

 

「はぁ~」

 

 深いため息をついた途端、頭を硬い何かで叩く音と衝撃が同時に翼の頭に現れた。

 

「いった!!?」

 

 あまりの痛みに頭を抑え、悶絶する。

 

(痛い。急になんだよ。って、ちょっと待て。この衝撃と痛み、まさかっ!?)

 

 翼は衝撃で下がっていた頭をゆっくりと上げて自分を叩いた人物を見る。

 

 その人物は黒のスーツとタイトスカートを完璧に着こなし、すらりとした長身で狼を思わせる吊り目をしていた。

 翼はその人物をよく知っている。

 

「ち、千冬さ––––」

 

 再会した人物の名前を呼びきる前にまた強い衝撃と音が頭に現れた。

 彼の頭を2回硬い出席簿で叩いた人物は織斑(おりむら) 千冬(ちふゆ)

 翼の隣にいる一夏の姉であり、翼の師匠でもある。

 

「お前は自分の名前を忘れたのか?」

 

 千冬の力強い眼光が翼を見下ろす。

 その目を見るのは数年ぶりで翼はどこか懐かしい感覚を覚えていた。

 

「い、いや、そういうわけじゃ––––」

 

「なら、さっさと自己紹介をしろ」

 

 感傷に浸る時間など与えるつもりもないらしく千冬は言い放つ。

 千冬のその指示に翼は返事をして席から立ち上がり後ろを向き、咳払いをする。

 

「岸原翼です。えっと、まぁ、男だけど仲良くしてくれると嬉しい、です」

 

 言いぎこちなくニコッと少し笑った。

 その途端––––。

 

「「「きゃぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 という黄色い悲鳴がクラスに響いた。


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