一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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日常へ?

 それから二十分ほどたってコンコンッと少し控えめに保健室の扉を控えめにノックする音がした。

 

「……少し、いいか?」

 

「えっ?箒?ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 

 翼は手で目を軽くこすってから入っていいぞ、と伝える。

 箒はそれを聞いて保健室に入り翼の寝ているベッドのそばの椅子に座る。

 

「翼……話がある」

 

「な、なんだ?また、いつもの相談か?」

 

 箒は度々翼のところを訪れどうすれば一夏が落ちるかを話していたのだ。翼は恐らく今回もそうだろうと思い言ったが箒は首を横に振り言う。

 

「こんな時にそんな相談をすると思うか?」

 

 妙に棘を感じる声色で箒は言った。その目は冗談言っているにも見えない。

 

「わ、わかった。すまん。それでなんだ?」

 

「思い出したんだ、昔のことを」

 

 箒は俯き言葉を紡ぐ。そこには申し訳なさのような感情が感じ取れる。しかし、翼にはなんのことかさっぱりわからない。

 

「昔のこと?」

 

「ああ、昔、私はクラスの男子からいじめを受けていてな」

 

「……なんかわかる気がする」

 

 箒は正直強い。

 一夏から話を聞くかぎりそれは昔から変わらないのだろう。同じクラスの男子は自分より強い女子が気に入らなかったのだ。

 もしくは好意の照れ隠しということもありえるだろうが、彼女のことをそこまで理解していた、または理解しようとした者などいなかっただろう。

 

「それである日私がこの髪型にして学校に行った時に、クラスの男子に男女と言われてな。そんな時だった、一人の男子が間に入ってきてそれを止めた」

 

 一人の男子、箒の言い回しに翼は多少の違和感を感じたが感心した。

 

「へぇー、あいつそんなことしたのか……」

 

「あいつも男らしいところがあるんだな」と翼が付け足すと首を横に振った。

 

「……私もそれは一夏だと思っていた。でもその間に入ってきた男子は翼だ。覚えていないのか?」

 

 翼は頭を軽くかきながら言う。

 

「あー。悪い。昔のことはあんまり覚えてないんだよ」

 

「そ、そうなのか……」

 

 少しの沈黙のあと箒はスカートを握りしめて、意を決して頭を下げて言う。

 

「すまなかった」

 

「は、はぁ?ちょっとまて、なんで急に頭下げるんだよ」

 

「あの時、私は礼が言えなかった。しかもそのことをずっと忘れていて……一夏がしたことと思い込んでいて。今日だって私のせいで翼は––––」

 

「い、いいんだって。そんな昔のこと、俺は別に気にしてないし、そもそも俺だって忘れてたぐらいだし……」

 

「だがっ!」

 

 箒は頭を上げて翼に反論しようとすが翼は箒の頭に手をのせて首を横に振って言う。

 

「本当にいいんだ。どうせ昔の俺に礼なんて言ったってろくに聞かないんだしな」

 

 翼はにっこりと笑って箒の頭から手を離す。

 

「そ、そうか……」

 

 箒の顔が赤くなる。箒自身もそれを自覚しているのか咄嗟に目をそらす。

 

「ん、どうした熱でもあんのか?顔赤いぞ」

 

 翼はそんな様子の箒を心配し顔を覗き込む。

 

「そ、そんなことは無いぞ!だ、大丈夫だ!」

 

 箒は勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「わ、わかった。わかったから落ち着け」

 

 翼の指摘になんとか落ち着きを取り戻せた箒は椅子に座りなおす。

 

「す、すまない」

 

「そういやさ、怪我はなかったか?箒にもあいつらにも」

 

「大丈夫だ。今回のことで怪我をした者はいない」

 

「そうか、なら……良かった」

 

 安心したように小さく呟く翼の横顔を見ながら箒は歯をくいしばる。

 

(私は守られてばかりだ……)

 

 箒は小さく拳を握りしめ俯く。

 

「……」

 

「どうしたんだ?急に黙り込んで」

 

「いや、なんでもない。私はもう行く」

 

「ああ、じゃあな」

 

 翼は手を振り箒を見送った。

 

◇◇◇

 

 それからしばらくした後のことだった。

 また部屋の扉をノックする音が響く。今度は控えめなものではなくかなり堂々としたものだ。

 

「翼、いる~?」

 

 鈴音の声だった。

 

「いないぞ~ってもう開けてんじゃねぇか」

 

 鈴音は翼の返事を聞く前に保健室に入りベッドのそばに向かう。

 

「どうしたんだ?」

 

「お礼を言いに来たのよ」

 

 鈴音は両手を腰に当て胸を張る。

 セシリアも時々同じようなポーズをするが明らかに胸のある部分で圧倒的な差が生まれている。

 

「別にそんなのいらないんだが」

 

「いいでしょ。私がしたいんだから」

 

「ふーん」

 

 翼は気が抜けたような声を漏らす。

 

「なによ。その気のない返事は、こんな美少女と一緒なのに」

 

「自分で美少女とか言ってる奴はほとんどバカばっ––––が!?」

 

 翼が言い終わる前に鈴音は左右の拳を翼のこめかみの部分に合わせてグリグリと動かし始めた。

 

「あんた、今私のことバカって言ったでしょ!」

 

「鈴音のこと言ってねぇだろ!ってバカって自分で認めてんじゃねぇか!」

 

 鈴音はその攻撃を唐突にやめると自分の顎を翼の頭の上に置いた。

 

「はぁ、あんたとはまだまだ短い付き合いだけどさ。誰かがあんなになるのなんて見たくない」

 

 翼は目の前にある鈴音のわずかな胸から目を逸らしつつ答える。

 

「ごめん。なんか、心配かけたみたいで……」

 

「心配したわよ。バカ……」

 

「本当に返す言葉もない」

 

 鈴音は溜め息を一つ吐く。

 

(こいつは一夏以上のお人好しね)

 

「あと、私のことは鈴でいいわ」

 

「え?なんで」

 

「堅苦しいのは嫌いなの。私。それにそっちの方が慣れてるしね」

 

「……わかった」

 

 そのまま静寂の時が流れた。しかし、その静寂は翼の耐えかねるような声によって唐突に終わりを告げた。

 

「な、なぁ鈴」

 

「なによ」

 

「その、そろそろ離れてくれないと誤解を招きかねないと思うんだが」

 

「えっ?って、あ……」

 

 鈴音はようやく自分がしていることを自覚し顔を赤面させ、そのまますぐさま離れた。

 

「あ、あ、あんた!なにしてんのよ!!」

 

「いや、俺はなにもしてないだろ!!」

 

 翼は自分を落ち着かせるように息を吐く。

 

「まったく俺は怪我人だぞ」

 

 未だに全身に痛みが走る体をベットに預ける。

 

「胸張って言えることじゃないわよ……」

 

「鈴は張る胸もない––––って、いや、本当にごめんなさい。だからIS一部展開するのはやめて下さい」

 

 保健室の扉をノックして失礼しますわと言い保健室にセシリアが入ってきた。

 

「ってこの状況は一体?」

 

 セシリアが見たのは翼はベッドで土下座。鈴音はISを腕の部分のみ展開して迫っている状態だった。

 

「はぁ、気にしないで。こいつが原因だから」

 

 鈴音はISの展開を解除、椅子に座りなおした。

 セシリアの訝しげな視線に耐え兼ね翼はなんとか話題を変えようとする。

 

「そ、そういえば。セシリアはどうしたんだ?」

 

「お見舞いですわ。それと痛みが引いたら部屋に戻っていい、と…」

 

「分かった。わざわざありがとうな、セシリア」

 

 翼がいつも通りの優しい笑みを浮かべる。その後ろには沈みかけている夕日、その橙色の光を受け向ける笑みに鈴音とセシリアは顔を赤面させながら目を逸らした。

 

「ん?どうしたんだ?二人とも急に顔赤くして……」

 

「う、うるさい!なんでもないわよ!じゃ、私は行くから。それとその––––ありがと」

 

 鈴音は最後に小さく言い残すと走りながら保健室から出て行く。

 

「なんだったんだ?あいつ」

 

 翼は鈴音が出て行った扉を見て言った。

 

「さぁ?わかりませんわ」

 

 そういうセシリアだがその言葉と視線には呆れが含まれていた。

 

◇◇◇

 

 IS学園地下五十メートル。特別な権限がなければ入ることが許されることがない隠された空間。

 そこに千冬、源治、楓はいた。

 

「見せたい物ってあれ?」

 

 源治は目の前の機能停止になっているISを指さしながら言う。

 

「ああ、これの解析結果を聞きたい」

 

「無理言わないでよ千冬ちゃん。私たちはまだこのISを解析してないのよ」

 

「いや、終わっている。あれの回収にはあなたたちも参加していた。騙せるとは思って無いだろう?」

 

 千冬は二人を睨みつける。

 少しの沈黙がこの場を支配する。

 その空気を破壊したのは源治のいつも通りの屈託の無い笑い声だった。

 

「はははっ、いやー、参った参った。まさか、ばれているとはなぁ」

 

 源治はまた「あははっ」と笑い、急に真剣な面持ちになり言う。

 

「あれは無人機だよ。どうやって動いていたかは不明。もう全然分からないんだわ」

 

「あなたたちが調べて分からなかった……だと?」

 

 千冬は源治たちを怪しみまた睨みつける。

 

「落ち着きなさい。ユニコーンがバラバラにしたのよ?分かるわけ無いわ」

 

 楓はそれに、と区切りいつものように微笑みながら続ける。

 

「そんなに怖い顔してるとしわ増えるわよ~」

 

「……これでいつもどおりです。それで、コアの方は?」

 

「もちろん未登録だよ」

 

「ISコアを作れる者は現在三人のみ、だが……」

 

 千冬は源治たちをチラッと見る。

 源治は慌てて両手を上げて言う。

 

「おいおい、俺たちを疑うのはやめてくれよ。千冬ちゃんだって知ってるだろう?俺たちが作ったコアはスタインシリーズと武御雷、陽炎だけだよ」

 

「……そうだな。“あなたたちが作った物”はな」

 

 言葉を一部分のみ強調するように言い、千冬は二人の様子を伺う。

 

「……話は以上かい?」

 

 楓と源治、そのどちらもいつも通りの表情を浮かべている。そう、表情“は”いつも通りの柔らかいものだった。

 

「……ああ、そうだ」

 

 千冬はそれから何かを追求することはない。したところで流されてしまうのが落ちだ。

 源治はその千冬の沈黙を話しの終わりと受け取る。

 

「よし、じゃあISの整備室を貸してくれ」

 

「構わないが、なにをするんだ?」

 

「ユニコーンの修理ついでの改造をね。あの暴走のおかげでかなりボロボロになっちゃったから。でもあれぐらいだったら武御雷とスペアパーツを使えばなんとか直せると思うんだよねぇ」

 

「あいつがまだ乗るかわからないのにか?」

 

「大丈夫よ。絶対に乗るわ、あの子はまだなにもしてないもの」

 

 源治と楓はいつも通りに微笑んでいた。

 

◇◇◇

 

 保健室から自分の部屋へと戻った翼はパソコンのモニターに貼り付けられたメモに気付いた。

 そのメモにはこう書いてあった。

 

『翼へ、ユニコーンはとりあえず修復したのでここに置いておく(データはもうパソコンに送っておいた)。

 ただし、かなり扱いづらくなっているので注意すること。

 私たちは二号機の起動テストと三号機の組み立てに入るからラボに向かいます。

 PS.彼女マダー?』

 

 パソコンのキーボードの横に見慣れたブレスレットが置いてあった

 待機状態のユニコーンだろう。

 

「PSは無視しといて、早速確認するか」

 

 言いながらパソコンを起動させてメールフォルダを開いてメールを確認する。

 

「……これは、確かに扱いにくそうだな」

 

 一通り確認してパソコンを切る。それと同時だったコンコンッと扉をノックする音がする。

 

「は~い」

 

 翼は返事をして部屋の扉を開ける。

 

「箒か?どうした?」

 

「その、チ、チャーハンを作ったのだが、食べてくれないか?」

 

 そう言う箒の両手には皿に盛られ、ラップを付けられているチャーハンがあった。

 

「ん?俺じゃなくて一夏に出した方がいいんじゃないか?」

 

「翼はいいとは言ったがやはりなにもしないのはどうかと思ってな。その、お礼だ」

 

「そうか、ありがとうな。少し上がっていくよな?」

 

「ああ」

 

 箒を椅子に座らせお茶を出して翼はもう一つの椅子に座る。

 

「そんじゃ、いただきます」

 

 言って、チャーハンを一口食べる。

 

「ど、どうだ……?」

 

「………ごめん、もう一口」

 

 言って、翼はもう一口チャーハンを食べる。

 

「あー、うん、やっぱりだ」

 

「ど、どうした?」

 

「味がしない」

 

「なっ!そんなはずは……」

 

「んじゃ自分で食ってみろよ」

 

 そういい翼はスプーンでチャーハンを一口分すくい箒に向ける。

 

「え?あっ、いやその……」

 

 箒の顔がみるみる赤くなっていく。

 

(こ、これは間接キ–––––)

 

「ん?どうしたんだ?いいから食ってみろよ。ほれあーん」

 

 箒は気がついていたが翼は全く気にする様子がない。気がついていないだけかまたは本当に気にしていないだけか。箒にはわからなかった。

 

「うっ、あ、あーん」

 

 箒は少し動きが硬いが一口パクリと食べた。

 

「……味がしない」

 

「なっ?」

 

「こ、今回はたまたま忘れただけだ!」

 

「調味料を入れ忘れる奴はそうそういないと思うが……っていうかなんで調味料使ってないのにこんなにうまそうなんだ?」

 

 翼は付け足してまた食べ始める。

 

「その……もう食べなくてもいいぞ」

 

 そう言う箒に対し翼は当然のように言う。

 

「いや食うよ。せっかく作ってもらったんだからな。まっ、薄味だと思えば…………」

 

「………」

 

「……食えなくもないしな」

 

「今の間はなんだ?」

 

「な、なんのことだ?」

 

 翼はまた一口チャーハンを食べて言う。

 

「まぁ、ありがとうな。作ってもらうことなんてあんまりないからな、嬉しいよ。ただし、一夏に作ってやる時には忘れんなよ」

 

「あ、ああ分かっている」

 

 それから翼は箒と少し話しながらゆっくりとチャーハンを食べた。

 十分後、翼がチャーハンを全て食べ終え「ごちそうさまでした」と言ったところで箒は言う。

 

「翼、その来月の、学年別個人トーナメントのことなんだが……」

 

 学年別個人トーナメント。六月末に行われるそれは完全な自主参加の個人戦で学年別で区切られている以外には特に制限もない。

 だが、当然のことながら専用持ちは九割九分出場することから訓練機を使用する一般生徒が圧倒的に不利なことに間違いはない。

 

 しかし、学年別個人トーナメントの主目的は勝敗を決するではないため特別な処置などは取られない。

 

「ん?どうしたんだ急にあらたまって」

 

「わ、私が優勝したら––––」

 

 箒は顔を真っ赤にして続ける。かなり恥ずかしいらしく目は翼を見ていない。

 

「つ、付き合ってもらう!」

 

 ビシッと翼に向け指を差し、言い切った。

 

「………………はい?」

 

 翼は箒の言葉に固まった。


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