一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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目的と恐怖

 あれから約2時間が経過した。

 

 翼は保健室のベッドで寝かされ、その近くには一夏たち全員が揃っており辺りに重い空気を漂わせていた。

 そんな中一夏は意を決して切り出した。

 

「あれはなんだったんですか?」

 

「あれ、とは何かな?」

 

 わざとらしくはぐらかす源治へと千冬は怒りを少し見せながら続ける。

 

「分かっているだろう。あのユニコーンの姿のことだ」

 

 源治は逡巡すると一夏たちの方を向く。

 ここで隠し通す気はないようだが、あまり話したくはないという雰囲気だけはひしひしと伝わった。

 

 話した後に彼らがどのように受け止め、どのような答えを出すかはわからないが真摯に向き合うと言うのならば答えるべきだ。

 

「少し話をしよう。ここから先は他言無用。

 いいね?」

 

「はい、絶対に言いません」

 

 一夏がはっきりと答えて他の者も首を縦に振ったのを見て楓が微笑む。

 その隣で彼女と同じように小さな笑みを浮かべた源治は咳払いでそれを消し飛ばした。

 

「君たちに聞こう。一番最初に出来たISとは?」

 

 一夏達は少し視線を合わせる。

 その後に控えめな声で答えるのはセシリアだ。

 

「白騎士、です」

 

 白騎士と呼ばれるISはとある事件で世界中でかなり有名であり、おそらく名前を知らない者はいないだろう。

 そして、それは同時に世界で初めて見られたISでもあるため、彼女のような答えは常識であり普通のものだ。

 

「当然の答えだが、違う」

 

 楓がいつの間にか入れたコーヒーを全員に渡しながら続けた。

 

「本当はその前に出来ていたISがあるのよ。名称はスタイン。

 ユニコーンや白騎士、その他全てのISの基礎設計はスタインのものよ」

 

「同時にスタインは『全ての始まりのIS』であり『完全なISに最も近いIS』でもある」

 

 それを聞いた瞬間、一夏たちは驚きの声を上げることすらできなかった。

 もはや言っていることが斜め上のこと過ぎて頭が理解に追いつかなかったのだ。

 

 全ての始まりのISが別にいることにも驚いたが、それが一番完全に近いという意味がわからなかった。

 設計の基礎となったと語るその言い方にはどこか「今のISは違うもの」と言っているように感じられたのだ。

 

 しかし、源治はそれを詳しく説明する気はないようでコーヒーを飲んで話を再開させる。

 

「スタインが完成した後、その操縦者から1つの提案が出された」

 

「それは1機のISにコアを2つ搭載する、というものよ」

 

「え!? そんなことって出来るんですか?」

 

「ああ、可能だ。しかしそれには2つのISコアが同調する必要がある」

 

 操縦者である人はもちろんのことISコアにもそれぞれ個性がある。

 ISコア製作者たちであってもその個性を完全に作ることはできない。

 

 そこであるシステムが考案された。

 

「それが【シンクロシステム】。

 2つのISコアを操縦者の脳を介して同調させるシステムだ。

 理論上はISの操縦性も従来の10倍に跳ね上がる画期的なシステムだった」

 

「だった。過去形……?」

 

 鈴音の言葉に楓が頷いて問いかける。

 

「さっきISコアにも個性があると言ったのは覚えているわね?

 シンクロシステムはその特性上、その個性……いえ、意識と接続するのよ」

 

 操縦者はシンクロシステムで接続したISコアの意識に飲み込まれた。

 結果、スタインは源治たちの制御化から離れて暴走した。

 

 その時は千冬と楓が押さえ込んだため設備が破壊された程度で終わった。

 

「それって今日のユニコーン……」

 

「あ、操縦者はどうなったんですか?」

 

 一夏の質問に源治、楓、千冬の3人が揃って口を噤んだ。

 いつの間にか訪れた沈黙を切り裂いたのは源治の言葉だった。

 

「スタインを開けて操縦者を出そうとしたがその中には、人の形は無くなっていた。

 肉片1つ残らず液状に溶けていたよ。おそらく変化する膨大なエネルギーにすり潰されたんだろう」

 

「うっ」

 

 一夏、セシリア、鈴音はその光景を想像出来たらしく口を抑えると喉元に上がってきていたものを無理やり飲み込んだ。

 妙な違和感が残ったがそれをコーヒーを飲むことで洗い流す。

 

「ユニコーンはそのスタインの改良型。スタインシリーズの一号機。君たちがブーステッドシステムと思っていたものはシンクロシステムよ」

 

「えっ、それじゃもしかしたら翼は……」

 

 鈴音はチラッと翼を見る。未だに目を瞑っているが時折規則的な寝息が聞こえていた。

 

「ええ、もしかしたら翼も同じようになってたかもしれなかったわ」

 

 やはり、とは思うが直接聞くと悪寒が全身を駆け巡った。もう少し、後少し、ユニコーンが動いていたら翼は間違いなく死んでいた。

 

「話はこれだけだ。質問はあるかな?」

 

 箒が手を軽く挙げてから言う。

 

「翼はそのことを……」

 

「知っている。初めてユニコーンに乗った日に教えたよ。あいつは知っていて、それでも乗っている」

 

「なぜ?」

 

「さぁ?なんでだろうな。聞いても教えてくれないだろうし……」

 

 源治は残っていたコーヒーを一気に飲み干して息を吐き言う。

 

「さて、話はとりあえずここで終わりだ。千冬ちゃんISの整備室ちょっと借りるよ」

 

「いや、あなた達には見てもらいたいものがあるついてきてくれ」

 

◇◇◇

 

 千冬が言いながら部屋を出る。それに源治と楓は続く。

 廊下に出て千冬はすぐさま聞く。その顔には余裕などなく誰から見てもわかるほどの怒りが浮かんでいた。

 

「なぜ、翼をユニコーンに乗せた?」

 

 殺気が多分に含まれている声、しかし、源治と楓は意に返す様子はない。

 

「なぜって、千冬ちゃん自身が分かってるんじゃないのかい?なんたって君はユニコーンの搭乗者になるはずだったんだからね」

 

「ユニコーンが翼を選んだ、ということか……?」

 

「おそらくね。あの事件以来スタインは全く動かなかった。

 千冬ちゃんが知る通りユニコーンに改良しても。二つのコアを初期化しても。コアを分けても。なのに、翼が触れると反応した。今の段階じゃISが選んだとしか言えないよ」

 

「そうか」

 

 暗くなった雰囲気を明るくするためか楓がいつものように微笑みながら言う。

 

「千冬ちゃん早く私達に見せたい物を見たいんだけどなぁ」

 

「あ、ああ、分かった。ついてきてくれ」

 

(この二人はまだ何か隠してる)

 

 千冬はにらみつけるように源治と楓を見る。

 

「ん、どうしたんだい?」

 

「……いや、なんでもない。こっちだ」

 

 千冬は歩き出し源治と楓はそれに続いた。

 

◇◇◇

 

 保健室では一夏達が残っていたコーヒーを飲んでいた。

 

「翼は……翼はなんであんなISに乗ってるんだろうな」

 

 一夏が今ここにいる者達が思っていることを呟いた。

 

「……聞けばいいんじゃない?」

 

 鈴音がどこかそっけなく答えた。

 

「で、でも……」

 

 本人に聞けば確かに早い。それはわかっているが気軽に聞ける理由ではない、そんな気がしていた。

 

「そうだぜ、一夏。そんなに聞きたいなら本人に聞けばいいんだよ」

 

「え?」

 

 だが、突然声が聞こえた。

 一夏たちはその声が聞こえた方を見る。

 

「翼、起きていたのか?大丈夫か?」

 

 箒が聞きながら翼に近寄る。

 

「ありがとう。もう、大丈夫だ。まぁ、全身に激痛が走ってるが」

 

「それ、大丈夫じゃないだろ……」

 

 苦笑いを浮かべながら一夏は言う。その言葉には安堵も含まれている。

 

「全身痛がろうが動ければ問題ないんだよ」

 

 翼は周りを少し見渡して言う。

 

「父さんと母さん、あと千冬先生は?」

 

「ああ、少し話をして出ていったよ。それで……」

 

「なんで、俺がユニコーンに乗ってるか?だっけ。それを聞くってことはユニコーンのことを……」

 

「ああ、さっき源治さんと楓さんに聞いた」

 

 翼は「はぁ」とため息をつき言う。しょうがないかという顔をすると言った。

 

「まぁ、自分のためだな」

 

「自分のため?」

 

「ああ、ISはなんなのか、なんでISが生まれたのか、あれに……ユニコーンに乗ってたら分かる気がするんだよ。それに––––」

 

 翼は窓から空を見て力なく笑って言う。

 

「守りたいんだよ。大切な人を、守りたいと思った人達をちゃんと––––今度こそ……」

 

 その表情は今にも壊れそうな儚い表情だった。

 

「翼……」

 

 一夏は椅子から立ち上がり翼に近づこうとするが翼は一夏の前に手を出して言う。

 

「悪い、ちょっと出ていってくれないか?少し一人にしてくれ」

 

「……分かった、鈴、セシリア、箒行こう」

 

 一夏達は「しばらくしたらまた来る」という旨を言い残すと保健室から出て行った。

 

「はぁ、俺って本当にかわんねぇな。昔と…………全然」

 

 翼は拳を握り締める。目が少し潤んでくる。

 

 ただ、怖い、自分の中にまったく別の自分がいるようで––––

 

 そして、その自分が段々大きくなっていくようで––––

 

 また、繰り返しそうで––––

 

 翼は一人涙を流す。誰にも悟られないように声を押し殺しながらも涙を流し続けた。

 


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