襲撃者から放たれた光を見て箒は足がすくみ動けなくなっていた。
そんな彼女を助けようと、守ろうとユニコーンも向かってくるが後一歩、間に合わない。
(私は、私は……こんなところで)
箒は無駄とわかっていても衝撃に耐えるために目を閉じた。
しかし––––
「……?」
箒は目を閉じていたがいつまでたっても衝撃が来ない。
不思議に思いゆっくりと目を開けた先にいたそれへと彼女は声を上げた。
「翼!!」
本来ならば間に合わなかったはずのユニコーンの背中が視界に写っていたのだ。
安堵と感謝と心配と謝罪が入り混じってあるため咄嗟に言葉が出せない。
それでもなおなにか言おうとしたところでその光景がフラッシュバックした。
「っ!?」
(思い、出した。あれは……)
「……チ、ガウ」
箒にある記憶が蘇るのに合わせてそんな声が聞こえたような気がした。
「つ、ばさ……?」
声をかけようとしたが、そこにはユニコーンは文字通り消えていた。
◇◇◇
「箒ぃ!!」
一夏は叫ぶ。
放送室に敵ISから放たれたビームが向かう。
ユニコーンも向かっているが間に合わない。そう誰もが思っていた。
「えっ!?」
セシリアは驚きの声を漏らした。その驚きも無理はない。
なぜならユニコーンが一瞬消えたかと思ったら放送室の前にいて箒を守っていたからだ。
瞬間加速も考えたがそれにしてもあまりにも速すぎる。
「あ、あいつ、いつの間に」
「翼、大丈夫か?」
「……」
一夏は聞いたが答えは返ってくることはなく、そのままユニコーンが消える。
その直後、敵ISが吹っ飛びアリーナの壁に勢いよくぶつかり、そこから土煙が上がった。
そして、さっきまで敵ISがいたところに拳を突き出したユニコーンが立っている。
明らかに普通ではない状況を察した鈴音が近付きながら声をかけた。
「翼、あんたどうしたのよ!」
「グガァァァァァァア!!」
しかし、まるでその声を打ち消し無視するかのようにユニコーンが吼えた。
反射的に耳を塞ぎたくなる咆哮は人のそれとは全く違い完全な獣であった。
その叫び声を上げた後、ユニコーンは吹っ飛んだ敵ISに突っ込む。その衝撃で消えかけていた土煙が再び舞う。
続けてその土煙がまっているところからバギンッ、ガギンッ、という音が鳴り響き始めた。
シルエット程度しか見えないが敵ISのパーツが辺りに散らばっていくことからユニコーンがそれを引きちぎり、砕き、潰していることはわかる。
「な、なんですの……」
セシリアがようやく声を発したところでユニコーンはゆっくりと土煙の中から現れた。
それはボロボロになり辛うじて原形を保っていた敵ISを投げ捨てるその姿は明らかに異常だった。
白かった装甲は黒い装甲に一部変色し、頭部では獣の口のようにフェイスアーマーは上下に開いていた。
カメラアイの色は緑から赤になり、その目は機械的な目ではなく完全に生物のそれへと変質していた。
また、全身の赤く光る装甲からは赤い粒子が炎のようにゆらゆらと出ている。
ユニコーンとと呼んでいいのかも怪しいそれはに対して一夏達は動けなかった。
少し動いただけで潰されると思った、いやそう確信できたからだ。
一夏達が固まっているなかユニコーンはゆっくりと中腰になり、右手の指を全て伸ばし手刀のようにするとセシリアの方へと向かって飛んだ。
「セシリア!」
一夏は硬直していた体をなんとか動かしセシリアにユニコーンの攻撃が当たる瞬間に割り込み攻撃を受け止めた。
「翼! 一体どうしたんだよ!
なんでセシリアを!」
「オレ、ハ……」
「翼?」
「チガウ、チガウ、チガウチガウ、オレハ、オレハアァァァァァアッ!!!」
狂ったように言うとユニコーンは一夏を蹴り飛ばした。
予想の数倍はあったその力に押された彼はアリーナの地面に叩きつけられ、雪片弐型もその手から溢れた。
「ガッ、ハァ!?」
「一夏!」
「一夏さん!」
衝撃に悶える一夏に対してユニコーンは飛びかかりながら手刀を突き出す。
(回避っ!間に合わねぇ!?)
回避をしようにもまだ上半身を立て直したところであるのに加えて雪片弐型はすぐ届く距離にない。これでは攻撃を受け止めることもできない。
そこで一夏は少しでもダメージを減らそうと腕を交差し、防御態勢とる。
これから襲われるであろう衝撃と突然の状況に奥歯を噛み締める一夏。
そんな彼へと迫る手刀は彼の両腕を貫かんとするほどの鋭さがある。
突き出されたその手刀。それは白式の両腕を貫く直前、何かに撃ち抜かれた。
「今度はッ!?」
一夏は砲撃が来た上空へと視線を投げた。
その先にいたのは灰色のISだった。
ユニコーン同様に全身装甲をしているが手や二股に割れた足先、すねなどエッジが効いた部分にブレードを持つそれはゆっくりと地面に降りた。
頭部にあるバイザー型センサーが光を放つのと同時にそれぞれに通信が送られる。
「みんな、大丈夫?」
「えっ、楓さん?」
その灰色のISに乗っていたのは翼の母親である楓であった。
最初や時々話していたようなおとっとりとした感じは少し残っているが、声と雰囲気はまるで違う。
千冬に近いものを放っていた。
「は、はい。なんとか……」
「そう、良かった……」
雰囲気は違う楓だが、それでも浮かんでいる笑みはいつもの優しい、しかし掴みどころがないものだ。
「あれは、一体なんですか? それに翼は!」
「事情の説明は後、鈴音ちゃんはこれを使ってエネルギーの補給を」
そう言い楓は鈴音にデバイスを渡すしと視線を残りの一夏、セシリアへも向けた。
「みんなには悪いけど少し手伝ってもらうわよ。アレが攻撃してきたら回避に専念。いいわね?」
一夏、セシリア、鈴音は頷き答える。
彼女たちの先には撃ち抜かれた腕を自己修復で直したユニコーンが状況を伺っている。
生物的な目が獲物を見定めるかのように彼女たちを見る。
そして、獲物を決定したのか翼は、ユニコーンが狩りを始めた。
◇◇◇
時間は少し戻る。
翼が箒を守ろうと動き始めた時だった。
「なに!?」
源治が画面を驚いた顔で見ていた。その画面はユニコーンのステータスを映しているものだ。
「どうかしたの? 源治さん……ッ!?」
楓も源治が見ていた画面を見て両手で口を覆った。
彼女の表情にも驚愕が浮かんでいた。それは信じられないものを見ているようにも感じ取れるほどだった。
そんな2人に千冬は嫌な予感を感じ声をかける。
「どうした?」
「ユニコーンのコアリミッターが……お遊びで付いてるもんじゃない。本気で本当に外されないように封印したはずの部分まで」
源治がゆっくりと呟くように言った。
それは千冬の予感した嫌な予感、それ以上のものだった。
「どういうことだ!なぜ––––」
「それは俺のセリフだ!」
源治は机を力強く叩くと頭を抱えて自問自答を始める。
「くそっ!? なんでだ? リミッターは確かに正常に機能していた。
では、外部からの侵入? いや無理だ。できるわけがない。
では、内部からの解放? ありえない。翼が解除コードを知っているわけがない」
(なにがあった? なにが起こっている?
外部でもなく、内部でもないなら他に介入できるものは……いや、モノは!)
考えられる可能性、それに行き着いた源治は楓へと指示を飛ばす。
「楓、悪いが武御雷で出てくれ。俺はユニコーンにハッキングして遠隔でシステムを落とす」
「ええ、分かったわ」
楓は返事をして部屋から出た。
◇◇◇
そして現在に至る。
「ガアァァァァァァァアアッ!!」
ユニコーンは吼えて、楓に接近していく。
楓はIS用の近接用長刀である三日月を2本展開し構える。対するユニコーンは左右の手刀を振った。
それを三日月で受け止め、弾いていく。
「楓さん!!」
「大丈夫よ」
そういうが余裕はない。楓はフェイスアーマーの下で奥歯を噛みしめる。
(速いわね)
そう、攻撃がとにかく速い。
右の手刀を弾いたと思ったら左の手刀がくる。
それを弾いたら今度は右の手刀、次は左、さらに突きや蹴りなども混ぜてきてかなり攻撃が読みにくかった。
(でもっ! これなら)
武御雷の背中にあるサブアームが脇の下を通り、突撃砲の銃口を前方に構え19.5mm滑空砲を放つ。
ユニコーンは攻撃の途中であったため、回避が出来ずに直撃。連撃を受けないように一度距離を取ろうと後ろに下がる。
「うおおぉぉおおっ!!!」
それを追撃するように一夏が接近、雪片弐型を振るう。
ユニコーンはさらに後退、間髪入れずセシリアの攻撃がユニコーンに向かう。ビットとスターライトmarkⅢによる複数方向からの攻撃。
その攻撃もユニコーンは容易に躱す。
「くそっ! さっきのやつよりもさらに速いぞ!」
一夏は言い捨て、セシリアは何も言わないが唇を噛み締めた。
どちらも強い焦りの表情が浮かんでおり、そのせいで動きも少し悪くなっているように見える。
「みんな、落ち着いて」
「ですがっ!!」
事情は分からない。
しかし、翼の身が危険というのは本能でわかる。
大切な者が目の前で危険に晒されているというのに黙って見ていることなど彼女たちにはできない。
そんな鬼気迫る状況でユニコーンはスラリと立ちセシリアのビットを興味深そうに見つめ始めた。
まるでたまたま飛んでいた鳥を眺めるように。
かと思えばユニコーンは見つめていたビットに右手を伸ばす。
まるでたまたま飛んでいた鳥に手を触れるように。
「え?」
「まずい!」
ウィンドウに突如表示された文言を見て素っ頓狂な声を上げるのと楓が「しまった」と後悔するような顔を浮かべた頃には手遅れであった。
ユニコーンの生物的なツインアイが強く光を放ち、伸ばされた手が飛んでいた鳥を握り殺すように握りしめられた。
瞬間、4機のビットが反転、レーザー発射口は楓たちの方を向けられる。
「回避!!」
楓の叫びと同時、ビットからレーザーが放たれる。
「セシリア!?」
「あんた何やってんのよ!!」
一夏、鈴音から驚愕と疑問、怒りがない混ぜになった声が飛ばされた。
しかし、2人よりもセシリアの方が表情としては酷かった。起こったことに対処できていないようで焦り、戸惑い、疑問が混ざり混ざっている。
「ち、違いますわ! ビットの操作権にエラーが出てて私は今バットの操作をしていませんわ!
これは勝手に」
この現状とセシリアの言葉に楓は表情を険しくさせた。
(まさか、ビットの操縦権を無理矢理奪い取るなんて……アレが––––)
操縦権をセシリアから奪われたビット群はユニコーンの背面に回る。そこにはいつのまにか赤い粒子でビットホルダーが生まれていた。
それにビットがセットされた瞬間、青いビットが黒く変色、形状も刺々しいものへと変貌した。
変貌を終えたビット群はユニコーンのビットホルダーから離れ一夏と鈴音の方へと向かう。
ビット特有の複数方向からの同時攻撃。移動速度、連射速度が明らかに向上しているその攻撃を二人は紙一重ながらも回避する。
「セシリアちゃん!!」
「だ、ダメです! 操作権が取り返せません……!!」
「っ!しょうがないわね。セシリアちゃんはビットの迎撃を、でもそのときに新しいビットは出さないで。また奪われるわ」
セシリアは頷くとビットの迎撃に向かった。
3人を相手にしてもビットは攻撃を回避し、反撃を行っていた。しかし、そこには少しの余裕を感じる。
これならば反撃を行いビットを破壊することもできるだろう。
(3人かかってようやく、か……これはユニコーンの能力というよりも彼自身の能力ね)
楓は改めてユニコーンを見つめる。
それはビットの操作に集中しているのか動きは止まっている。
しかし、その顔、その目は楓を見つめて離さない。
楓は二本の三日月を握り直し構える。
「っ!!」
そして、一息に接近、三日月を振るう。
ユニコーンの手のひらから赤い粒子が溢れ、刀の形に収束、その刀で振るわれた三日月を受け止める。
「グルルッ」
獣のような声を漏らすユニコーンに楓は間髪入れず連撃を加える。
(下手に攻撃をさせたら私でも捌ききれない。なら、反撃をする隙を与えなければいい)
楓の連撃は異常な速さだった。動きに何一つの無駄がない。不規則で予想が難しい特殊機動を取る武御雷にユニコーンは攻撃を受け流す、それだけで精一杯になっていた。
楓は逆手持ちで剣を振るうとすぐに順手に持ち替え突き出す。
突き出された三日月をかわすため左に回避行動をとるユニコーン。しかし、武御雷の機動力、即応性の高さによりユニコーンより先にその回避先に辿り着き、三日月を横に振るう。
ユニコーンは赤い粒子で形成された刀でそれを受け止めた。
今度は武御雷の右足の蹴りが向かう。しかし、その蹴りもただの蹴りではない。その脛、足先にはカーボン製ブレードが付いており普通に蹴る、それだけでも十分な攻撃力を持つ。
だが、ユニコーンは回避行動を取ろうとしない。代わりに右の肩のアーマーが吹き飛びそこから赤い粒子が勢いよく放出された。
「ッ!!?」
楓がある予感を感じ足を引こうとするが遅かった。
武御雷の足は放出された粒子に完全に捕らえられ動かすことができない。その赤い粒子は徐々に形を整えていき腕のような形になった。
楓はその腕を振り解こうと足掻くがその腕の力は彼女の予想よりずっと強くなかなか離れない。
今度は左の肩アーマーが吹き飛び赤い粒子の腕が形成される。その腕は一直線に楓が左手に持っている三日月に向かい、掴んだ。
(まずいっ!!)
楓はそう思うと左の三日月から手を離しその手で手刀を作る。
その指先にも脛と同じようにカーボン製ブレードが取り付けられている。
それを突き出すが今度はその左手はユニコーンの右手に掴まれた。
間髪入れず武御雷の二本のサブアームが展開。
そのサブアームに保持されている二丁の突撃砲から弾丸が放たれる。
「グルアァァアッ!!」
ユニコーンは叫ぶと掴んでいる武御雷の右足をさらに強く掴み地面に叩きつけた。
そして、地面に倒れている武御雷を押さえつけるように右足を乗せる。さらにユニコーンは粒子の腕で手刀を作るといつでも武御雷を貫けるように構える。
「楓さん!!」
一夏はそれを見て武御雷を助けようとするがビットの攻撃により阻まれる。
さらに追撃で放たれたレーザーを鈴音は双天牙月でそれを弾く。
「一夏!油断しないで!」
「くっ!ここから狙撃を––––」
しかし、セシリアの攻撃もビットにより妨害された。
赤い粒子の手刀、それが突き出される、その瞬間だった––––
「グッ!?」
ユニコーンが苦しみ出したかのように頭を押さえて低くうめき始めた。
「えっ!?」
それに驚いたのは全員、特に一夏たちよりも知っている楓は特に驚きをあらわにしていた。
(な、なに?ハッキングにはまだ時間が足りないはず……)
外部からの強制停止にはまだ少し時間が足りない。だが、ユニコーンは唐突に頭を抑え苦しみ出している。
ユニコーンは数歩、後ずさる。
その混乱はビットにも伝播しているのかビット群は明後日の方向にレーザーを放ち続けている。
「グ、グガァァァァァァァアッッ!!!」
今までで一番大きく吼えると同時にユニコーンの背中のバックパックが吹っ飛び、そこから真っ赤な粒子が勢いよく流出、それは徐々に大きな二対の鳥のような大翼になる。
(ま、さか、もう時間切れ?いえ、そんなはずは……)
楓はゆっくりと立ち上がりながら三日月を構える。
一夏たちはその光景を呆然と見ているしかない。
ユニコーンは長い槍を粒子で作り、それを両手で持ち自分自身に勢いよく刺した。その瞬間、赤い粒子が血刺した部分から放出される。それは血のように見えた。
その粒子の放出が終わる頃には赤い翼は消え黒くなっていた装甲色が元の白に戻っていった。
赤く光っていたAEBは色を失い機能停止を示すグレーになっている。
(まさか押さえつけたの?あの力を……)
ユニコーンが完全に白に戻るとゆっくりと仰向けに倒れた。
「翼っ!」
呼びかけながら駆け寄ることで見たユニコーンの被害は悲惨なものだった。
一部装甲は完全に無くなりその他の部分もヒビが入っていたりとしている。修復にはかなりの時間を要するだろう。
しかし、そんなことはどうでもいいという勢いでユニコーンの背面装甲を切り飛ばして翼を引きずり出した。
(よかった。四肢はちゃんとあるわね)
人知れず安堵の胸を撫で下ろし、すぐに声を張り上げた。
「救護室に早く!!」
ようやく終わった状況に一夏たちは慌てて行動を始めた。