一角獣を駆る少年の物語   作:諸葛ナイト

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間違えてこの話を先に投稿してしまった……
並び替えはしましたけど消すのも面倒なので連続投稿ということで……


枷と鎖と転校生

 ポチャン、ポチャン──

 

 水滴が水たまりに滴る音がその部屋には響いていた。

 その部屋にはそれ以外にたった一人の肩で息をする少年の呼吸音だけがあった。

 

 ポチャン、ポチャン──

 

 その不規則で、しかし、同じような音がその異常な部屋を支配していた。

 

 真っ赤な液体がいたるとこに飛び、真っ赤な水たまりがいたるところに作られ、真っ赤に染まった部屋で、真っ赤に染まった包丁を持ち、真っ赤に彩られた少年が1人、ただ立ち尽くしていた。

 

 その部屋は異臭に包まれていた。

 どこか生臭い血肉と鉄の匂い。

 それが少年の鼻腔を強く刺激していた。

 

 しかし、その少年は気付かぬうちにすでにその匂いに慣れてしまった。

 目の前には何かの3つの赤黒い塊。それらの所々から硬そうな白いなにかがみえている。

 

 部屋の中心にいた少年はその3つの中で一番大きな塊に近寄り手に持っている包丁を高く掲げると勢い良くその塊に振り下ろし、突き刺す。

 包丁の刃はすでに欠けておりろくに物は切れず、手は汚れ、腕は限界以上の力を出したせいで包丁を持つ手も滑りかけ力がうまく入らない。

 

 だが、それでも少年は何度もそれを振り下ろし続けていた。

 まるで目の前の地獄から逃げるように同じ動作を繰り返していた。

 包丁を振り下ろすたびに生々しい感触が手を伝い、腕を伝い、そして、全身を走る。

 

 そんな部屋の中でその包丁を突き刺し続ける少年の目は涙を浮かべ、口は三日月のように吊り上げられていた。

 

◇◇◇

 

「ッ!!」

 

 翼は見開くと掛け布団を吹き飛ばす勢いで飛び起きた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 息は全力で走った後のように荒く、汗で着ていたシャツがくっついて気持ち悪い。

 まだ起きたばかりだというのにその体は鉛のように重く倦怠感があった。

 

 夢を見た、それも考えうる限りで最悪な夢。

 

(なんで……なんで今更、あれからもう8年だぞ。最近は夢に見てなかったのに)

 

 這いずるようにベッドから離れて小さい冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して飲む。

 ひとまずはそれで喉を潤わせて気持ちも落ち着かせて時計を見る。

 

(まだ5時半か)

 

 起きるのには早く、二度寝をするのは少し躊躇われる時間。

 翼はこれ以上の睡眠を諦め、肩の力を抜くように大きく息を吐いた。

 

「時間あるし。シャワー……浴びるか」

 

 翼は倦怠感に包まれている体に鞭を打ち、ゆっくりと壁に手をつきながら洗面台へ向う。

 洗面台に入り服を脱いだ時、鏡に写るその顔は酷く憔悴しきっていた。

 

 しかし、その顔が憎たらしく感じた翼は強く睨みながら鏡を殴りつけ吐き捨てるように言った。

 

「クソッ!」

 

(ああ、そうだな。わかってる。 わかってるさ)

 

 助けられた。

 色々な人に助けられて今の自分はここにある。生きていられる。

 

 しかし、完全に救われることはない。

 

 あの出来事は原因はどうであれ忘れられるはずがない。いや、決して忘れてはならない。

 未だに枷として鎖として翼を縛り続けている。

 

「お前からは逃げられないのぐらい、もうわかってるんだよ」

 

 しかし、鏡に映るその目は先ほどと変わらず嘲るような視線を自分に向けていた。

 

◇◇◇

 

 翼は少し憂鬱な気分で教室の前にいた。

 本来なら休みたいのだがそんな事をしては彼らが心配してしまうのは目に見えている。

 

(あいつら、特に一夏は自分のことには疎いくせに他人には変なところで鋭そうだからな、悟らせないようにしないと……)

 

 翼は平静を装うために息を整えて教室の扉を開けた。

 

「おはよう、翼」

 

 すぐさま一夏の挨拶が飛び込んできた。

 違和感がないように気をつけながら表情と声音を使って返す。

 

「ああ、おはよう。セシリアと箒もおはよう」

 

 箒とセシリアからされた返事を受けながら翼は席に座り道具を準備し始めた。

 

「なぁ、翼」

 

「ん、なんだ? どっかわからないところでもあったか?」

 

 一夏は箒に基本的なことを教わり少し発展した応用のようなものを翼から教えてもらう、という方法で勉強している。

 彼の物覚えの早さも重なり、今では普通の生徒達とさほど変わらないほどには覚えさせることができていた。

 

 てっきりそんな日常となった会話をすることになると思っていた翼だったが、一夏は首を横に振った。

 

「いや、それは今のところは無いけど。そうじゃなくて……」

 

「転校生が来るらしい。翼は何か噂を聞いたか?」

 

「転校生? 珍しいなこんな時期にか」

 

 一夏の代わりにされた箒からの質問に翼は首を傾げた。

 

 このIS学園は転入条件がかなり厳しい。

 試験はもちろんだが国の推薦がないとまず試験を受けることさえ出来ない。

 そのため必然的に──

 

「なんでも中国の代表候補生らしい」

 

 ──各国の代表候補生、もしくは企業に所属している者となる。

 

「へぇ。中国の……」

 

「ん、代表候補生といえば」

 

 一夏は言いながらセシリアを見る。

 

「おそらく、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入でしょう」

 

 そう言いながら「ふふん」と誇らしげな表情をセシリアは浮かべていた。

 

 ブルー・ティアーズは未だ試作段階とは言え完成度は高い。

 たしかに他の国が多少なりとも焦りを覚えて何かしらのアクションを起こすのも不思議ではない。

 

(転校生。転校生……あれ、なんか忘れてるような)

 

 翼はなんとか思い出そうと頭をひねるがあの悪夢が全て吹き飛ばしたのか何も思い出せない。

 そんな彼に箒が声をかける。

 

「翼は気になるのか?」

 

「んー、そりゃちょっとはな」

 

「って言ってもさ。翼は転校生を気にしている余裕あるのか? 

 来月はクラス対抗戦だぞ」

 

 ちなみにクラス対抗戦とは読んでそのまま、クラスの代表者同士のリーグマッチだ。

 スタート時点での実力指標を作ることが目的で行われ、優勝賞品としては学食のデザートの半年フリーパスが贈呈されることになっている。

 

「あぁ、そういや来月か。ま、やるだけやってみるさ」

 

「やるだけでは困りますわ! 翼さんには勝っていただきませんと!」

 

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

「岸原くんが勝つとクラスみんなが幸せだよー」

 

 どこか他人事のように軽く言ってのけた翼へとセシリア、箒、クラスメイトの順で口々に言葉が飛ばされた。

 

 思っていなかった反応の多さに少したじろぎながらも彼は返す。

 

「そうは言ってもなぁ。俺も無敵じゃないから断言なんてできるわけないだろ?」

 

「まぁ、それはそうだけどさ。

 でも翼なら大丈夫じゃないか? それにほら、専用機持ちって今のところここと4組だけらしいし」

 

「その情報、古いよ」

 

 一夏の言葉への答えは教室内からではなく、入り口の方からだった。

 それぞれが一斉に振り向いたその場所には1人の小柄な少女が仁王立ちしている。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝なんてさせないから」

 

 彼女を見て大半の者は疑問符を浮かべていたが、2人だけは違った。

 

「鈴……? お前鈴か?」

 

「お前……昨日の」

 

 一夏と翼が同時にその少女を指差しながら言う。

 

「中国代表候補生、(ファン) 鈴音(リンイン)

 翼、今日はあんたに宣戦布告に来たってわけ」

 

 鈴音はそう言うとふっと小さく笑みを漏らす。

 しかし、どこか楽しそうな彼女に対して翼は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「えーっと、俺って凰さんにそんなこと言われることしたか?」

 

「別に。ただ今のところあんたが一番強そうだったから。

 そりゃあんたにも意識してもらうわなきゃならないでしょ?」

 

「そういうもんか……」

 

 挑発してきた理由を理解できた翼が頷き、そんな彼へとさらに続けようとした鈴音だったが唐突にその背後から声が飛ばされた。

 

「おい」

 

「なによ!?」

 

 鈴音は後ろに勢いよく振り向く前に痛烈な出席簿の打撃が入る。

 入れたのはもちろん鬼教官こと織斑千冬だ。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

 相当いい角度かつ力でそれは入ったようで鈴音は頭を手で押さえ目を潤ませている。

 しかしそれに返されたのは容赦のない言葉だった。

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません」

 

 謝りながら鈴音はすごすごとドアから退いた。

 あからさまに変わったその態度から千冬に完全に怯えていることがわかる。

 

「またあとで来るからね。特に翼、逃げんじゃないわよ!」

 

「さっさと戻れ!」

 

「は、はい」

 

 鈴音は言うと2組へ逃げるように向かって行った。

 

「って言うかアイツ、ISの操縦者だったのか。初めて知った」

 

「あーあ、なんか変なことになっちゃったなぁ」

 

 それぞれ呟く2人に対し一夏には箒が、翼にはセシリアが詰め寄る。

 

「……一夏、今のは誰だ? 知り合いか?食えらく親しそうだったな?」

 

「つ、翼さん!? あの子とはどういう関係で──」

 

 それに続くようにクラスメイトから質問が翼と一夏に向けられる。

 

「席に着け、馬鹿ども」

 

 再び教室がざわつき始めたがそれは千冬の一声によって押さえ込まれた。

 生徒たち全員が席についたことを確認した千冬だったが、ふとその視線を翼に移す。

 

 疑問符を浮かべる彼へ向けられる千冬の目にはどこか哀れが浮かんでいた。

 

「……それでは、今日から新しい教師がこのクラスに入ることになった」

 

 千冬が言った瞬間──

 

「「「ええええっ!!?」」」

 

 クラスメイトのほとんどが驚きの声を上げた。

 その反応からして噂すらもなかったようだ。

 

「と、言っても授業はしないだろうがな。入ってくれ」

 

 千冬が言うと同時に教室の入り口が開けられ男性と女性が入ってきた。

 その人物を見てクラスのほとんどの人は固まった。いや、固まるしかなかった。

 

「それでは、自己紹介を」

 

 千冬の言葉で2人は一歩前へと進み出て口を開いた。

 

「岸原 源治だ。しばらくお世話になる。まぁ、男だけどあまり肩肘張らなくていいぞ」

 

「岸原 楓で~す。よろしくね~。

 あと、いつも翼がお世話になってるわね」

 

 どこか気が抜けるような間延びした声で言うと楓はフフッと優しく微笑む。

 

「「「……」」」

 

 クラスのほとんどが呆然としているなか源治は首をかしげる。

 なぜそんな反応を浮かべているのか理由が本当にわかっていないようだ。

 

「ん? どうしたんだみんな」

 

「そりゃIS作った人がいきなり教師です。よろしく、なんて言われたら誰でも驚くよ」

 

「と言っても千冬ちゃんが言ったように授業はほとんどしないわよ。訓練用のISは全て私達が調整するけど。

 ああ、そうそう専用機は見ないからその辺はよろしくね」

 

 クラス全員が放心している中でもお構いなしに2人は続けた。

 

「よし、じゃあ質問コーナーといこうか。

 誰でもいいぞ、答えられない質問は答えないけど」

 

 源治の言葉に「ISコアの作り方とかね」と楓が楽しそうに付け足す。

 

「はい」

 

 真っ先に手を挙げたのは翼だ。

 

「よし、では我らの愛する息子である翼くん」

 

 翼は源治に指され立ち上がり呆れたような視線を2人に向ける。

 

「なんでIS学園に来たの?」

 

「翼のISの装備を届けるついでにこの学園ってどんな感じなんだろうと思ったから」

 

 まともだ。少なくとも子を思う親ならば子どもが通っている学校について興味を持つのは当然のことだろう。

 

 しかし、翼にはわかる。自分の両親は普通ではない、ということを。

 そのため続けて投げかける。

 

「んで、建て前はその辺にして本音は?」

 

「「先生ってすごい面白そうだったから」」

 

 と2人がニコニコしながら答えるとちょうどよくチャイムが鳴った。

 

「む、もう時間か、じゃ早速ISの整備していますか」

 

「そうね。あっ翼は昼休みに職員室に来てね。バイバ〜イ」

 

 そう言うと2人は教室から出ていった。

 そして──

 

「「「…………」」」

 

 教室には沈黙が訪れ千冬のため息がかすかに響いた。

 


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