慣れた日常
「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を行ってもらう。
織斑、岸原、オルコット。試しに飛んでみせろ」
4月下旬、翼達のクラスはグラウンドで授業を受けていた。
授業内容は先ほどの千冬の言葉通りISの基本飛行操作の実演である。
「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで1秒とかからないぞ」
急かされ翼達はそれぞれ意識を集中させた。
ISは一度フィッティングをしてしまえばアクセサリーの形状で待機できるようになり、操縦者はそれを保持し自由に展開することができる。
セシリアは左耳のイヤーカフス、翼は右腕のブレスレットだが、一夏は理由は不明だがそれらと異なりガントレットの形状を取っていた。
翼は約0.4秒ほどでユニコーンを展開、セシリアも無事に展開を完了させ、一夏の方も2人に少し遅れながらもISを展開を終えた。
ちなみにセシリアのブルー・ティアーズの翼との対戦で破壊されたビットはすべて修復が完了している。
「よし、飛べ」
言われて、翼、セシリアの行動は早かった。
急上昇し、他のクラスメイトや千冬の頭上で静止した。その動作に迷いや躊躇いはなく、流石は専用機持ちと言われる腕だ。
しかし、今回もまた一夏は少し遅れてそれらを終える。
「織斑、何をやっている。カタログスッペクでは白式のほうが上だぞ」
地上から一夏へと千冬の叱責の言葉が飛ぶ。
それに身を怯ませながらも彼はボヤいた。
「ってもさ。自分の前方に角錐をイメージって言ってもよくわからないんだよなぁ」
「一夏、イメージはたかがイメージだ。教科書より自分がやりやすい方法を探したほうがいいぞ」
翼からのアドバイスを受けるがいまいち実感ができない一夏は唸りながら首を傾げる。
そして自分が引っかかっていることをどうにか言語化して口を開いた。
「んー、でもまだ空を飛ぶイメージがあやふやでさ。って言うかなんで浮いてるんだ、これ」
一夏のその疑問は当然であろう。
白式には翼状の突起が背中に二対あるのだが、明らかに飛行機と同じ原理で飛んでいるわけがない。そもそも翼の向きとは関係無く飛べている。
加えて言えばユニコーンにはその翼自体がなく、背中にあるこじんまりとしたランドセル1つで白式同様の高速機動を取れていた。
「説明してもいいけど、なぁ」
苦笑いと共に翼は隣にいるセシリアに顔を向ける。
「ええ、長くなりますわね。反重力力翼と流動波干渉の話になりますから」
頭が混乱しそうな単語が飛び出し一夏はすぐさま首を振る。
「いい、説明はいらない」
「そう、残念ですわね。翼さん」
セシリアは微笑みながら翼に向けて言う。
その微笑みには皮肉も嫌味も含まれていない、本当にただ純粋に会話を楽しんでいる笑顔だ。
「ああ、そうだな」
翼は同じように笑いながら返す。
あの対戦以後セシリアはよく翼たちといるようになった。
誰かが一緒にいようと言い出したわけではない。彼女が自分の意思でいるようになっていたのだ。
(んー、あの時に謝ったからか?)
翼はチラッとセシリアを見る。
そのセシリアは一夏と少し笑いながら話していた。
(まぁ、いがみ合ってるより全然いいか)
これは彼が知ることではないがセシリアは翼たち、とではなく翼の近くにいることが多くなっている。
その心境をクラスメイトたちに察されているのだが、当の本人がそれを知るのは神のみぞ知ると言った感じだろう。
「織斑、岸原、オルコット、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ」
「了解です。それではお先に」
言って、すぐさまセシリアは地上に向かう。
なんの危なげもなく千冬からの指示を完全にこなしていた。
「流石、代表候補生。うまいな」
一夏が舌を巻くように言う隣で翼は徐々に降下していく。
「そうだな。んじゃ、一夏俺も先に行ってる」
軽く手を振った翼は一息に速度を上げて急降下。
地面から数センチのところで完全に停止すると主脚で地面に着地する。
「お上手ですわね」
なんの苦もなく課せられた課題をこなした翼へとセシリアは讃えるように拍手しながら言った。
「おりがと。セシリアも流石の腕だったよ。
さて、あいつの方は––––」
セシリアの礼を聞いて上に意識を向けた瞬間だった。
ギュンッ––––––ズドォォンッ!!
何かが地面に落ちた。
「「「……」」」
千冬は呆れたようにため息をこぼすと地面に落ちた何かに向けて言う。
「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」
「……すみません」
地面に激突した一夏は姿勢制御して上昇、地面から離れた。
ISのシールドバリアのおかげで白式は傷どころか汚れ一つすらない。
そんな彼を見て千冬は「はぁ」と再び少し深めのため息をついた。
「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」
「は、はぁ」
「返事は、はい、だ」
「は、はいっ!」
「よし、でははじめろ」
一夏は意識を集中するために目を閉じる。
するとそれに応えるかのように手のひらから光が放出されていき、それが像を結び、それが形作られていく。
そして、その光が収まった頃には一夏の手には白式唯一の武装である近接用ブレード、雪片弐型が握られていた。
「遅い。0.5秒で出せるようになれ」
一夏は躊躇いながらもそれに返事を返した。
千冬は翼とセシリアの方を向いて言う。
「岸原、オルコット、武装を展開しろ」
「「はい」」
2人が答えると同時に一夏とは違い爆発的に光ると翼の右手にはビームマグナム、左前腕にはシールドが、セシリアの手にはスターライトmkⅢが展開されていた。
ただ––––
「岸原、さすがだな。現時点で異なる性質の武装を2つ同時に出せるのは立派だ。
だが、オルコット。そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。岸原のように動作なしで展開できるようにしろ」
翼は確かに特に構えを取らずに装備の展開ができていたがセシリアは左手を肩の高さまで上げて装備を展開していた。
「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるのに必要な––––」
「直せ。いいな」
千冬の有無を言わせぬ一睨みと鋭い言葉。
「……はい」
セシリアは渋々と言った感じで返事を返した。
「オルコット、近接用の武装の展開をしろ」
「えっ。あ、はっ、はいっ」
頭の中で文句でも言っていたのか返事の反応が少し遅れる。
セシリアはライフルを光の粒子に変換し、収納すると新たに近接用の武装を展開させようとする。
だが、その光は最初のようになかなか像を結ばずに空中をさまよっていた。
「くっ……」
「まだか?」
千冬に即され、セシリアは焦りの色をよりいっそう強くさせた。
「す、すぐです」
言うがいまだ光が像を結ぶ気配がない。
ただただ無様に空をさまよい続けている。
「ああ、もうっ! インターセプター!」
セシリアはヤケクソ気味に叫んだ。
それに呼応するように光は武器としてようやく構成された。
だが、この方法は初心者用の手段である。
これを使わなければ展開出来ないのはセシリアにとってはかなり屈辱的なことらしく、表情もかすかにだが歪んでいた。
「何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」
「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから問題ありませんわ!」
「ほう。岸原との対戦では簡単に懐を許していたように見えたが?」
「あ、あれは、その……」
セシリアは図星を突かれ口ごもる。
翼は他人事のようにその様子を見ていると、突然セシリアにキッと睨まれた。それと同時に
その表情には羞恥が現れており、わずかに頬が赤くなっていた。
『あなたのせいですわよ!』
ユニコーンは珍しい全身装甲型のIS。
当然顔も装甲で隠され見えていないはずだがセシリアには翼が他人事のように思っていたことがわかったようだ。
『なんでだよ』
『あ、あなたが、わたしくしに飛び込んでくるから』
『しょうがないだろ。ビームマグナムが当たらなかったしカートリッジももうなかったんだから』
ちなみに個人間秘匿回線を含めISの通信には宇宙での使用を前提としていた名残が残っており、思考による意思疎通が可能である。
そのためこの言い合いが起こっていることを千冬は察してはいるかもしれないが知らない。
『せ、責任をとっていただきますわ!』
『なんの責任だよ……』
翼が言ったところで授業終了のチャイムがなる。
「時間だな。今日はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」
一夏は「はぁ」とため息をついて箒の顔を見るが、顔そらされる。
翼との討論を終えたセシリアはすでになく、最後に1つの希望を持ち翼を縋るように見た。
「俺が手伝うと思ったか?」
ユニコーンの展開を解除し腕を組み堂々と答える翼。
「だよな~」
「はぁ」と一夏はため息をつくと諦めて土を取りに向かった。
◇◇◇
その日の夜、翼は欠伸をもらしながら散歩をしていた。
彼はあまり散歩はしないのだが気分が沈んだりするとよく気分転換に散歩をする。
外に出て外の空気を吸い、景色を見る。それだけで少しは気分が楽になる。ある人物から教えてもらったことだ。
(母さんと父さん、今日も来なかったなぁ。でもそろそろくるのは間違いないし、明日かなぁ)
「はぁ」
と少し深いため息をつく。
(それも心配だけど––––)
翼は立ち止まり上を向く。
今日は三日月のような月が浮かんでいた。雲もあまりないが星は周りが明るいせいであまり見えない。
しかし、月だけは綺麗に見えている。
(んー、あの感じなんだ? ユニコーンに乗る度に強くなってるような気がするんだよな)
しばらく三日月を見つめながら違和感の正体を考え込んでいたが、あまりにも抽象的で不確かなことが多い。
検査も自分で何度かしたが出る答えは全て異常なしだった。
(……ま、それは父さんと母さんに聞けばいいか)
翼が前方に意識を向け直した時だった。
「あっ、あんた岸原翼でしょ」
「ん?」
翼は突然声をかけられて振り向く。そこにはIS学園の制服を着ている生徒がいた。
特徴的なのは肩にかかるか、かからないかぐらいの髪。それは左右それぞれ高い位置で結ばれている。
顔は日本人と似ているが少し違う、鋭角的でもどこか艶やかさを感じさせる瞳は、中国人のそれであった。その少女はすこし不釣り合いな大きなボストンバッグを持っている。
その少女はクシャクシャになっている紙で示しながら問いかけた。
「えっと、本校舎一階総合事務受付ってどこ? 知ってたら案内してくれない?」
「ああ、別にいいが」
「ありがと、じゃあ早く行きましょ」
そう言い少女は歩き出した。
「そっちは反対だぞ」
「えっ!?」
少女は歩き始めた足を止め翼の方を向く。
「っていうか道分かんないのになんで俺より先に行くんだよ」
「う、うるさいわね! 早く案内しなさいよ!!」
羞恥で少し顔を赤くした少女の声が響いた。
◇◇◇
時は少し進み現在は翼が少女の目的地へ案内している。
「そういやさ」
「なによ」
「なんで俺の名前知ってるんだ?」
「はぁ!?」
翼の後ろを歩いていた少女は素っ頓狂な声を上げて立ち止まった。翼は振り返りながら声をかける。
「ん? なんだよ」
「あ、あんたテレビ見てないの? どこもあんたと一夏のことばっかり言ってたわよ」
それは本当のことで男性でISが使えるだけでも珍しいのに翼はIS開発者の息子、一夏は千冬の弟ということでかなりニュースで報じられていた。
現在はかなり落ち着いては来ているがまだ報道され続けることだろう。
しかし、最近はテレビを見る暇がなかった翼はそんなことがあっているなど知るよしもない。
「見てないな。そんな余裕も暇もなかったし。って、あれ? もしかして一夏とは知り合いなのか?」
「えっ、なんで?」
「さっき、名前で呼んだろ?」
目の前の少女は何の違和感も感じないほどにスムーズに一夏の名前を呼んでいた。翼にはそれがまるで旧友かのよう思えた。
「ああ、そんなことか。あいつとは幼馴染なのよ。まぁ、腐れ縁って言ってもいいわね」
「へぇ、そうなのか」
(幼馴染って箒だけじゃなかったのか)
「あっ、ついたあそこだ」
翼は指差しながら言う。指差す先の窓口には30代前後の女性がいた。
「ありがとう」
少女は礼を言いその場所へ少し駆け足で向かい、そこにいる受付の人と話を始めた。
少し距離があるためその会話の内容はわからなかったがどちらも時々翼のことをチラ見している。少女の顔には驚きのようなものが浮かんでいる。
しばらくすると会話が落ち着いたのか少女は翼の方に戻ってきた。
「あんた、クラス代表らしいじゃない」
「……だったらなんだ?」
唐突な質問に翼は首をかしげる。
確かにこの間の模擬戦の結果不本意ながらクラス代表を務めることになったのは事実。
そして、その事実はあっという間に学園中に広まった。だが目の前の少女はまるで知らなかったようだった。
(あ、さっき話してたのって俺のことか)
「ふーん」
ようやく合点がいった翼をよそに少女はじーっと翼を品定めするように見つめる。
その視線は足から頭、頭から足とそのながれを数度繰り返している。
「な、なんだよ」
翼がそれに耐え切れず疑問の声を漏らす。
しかし、少女はふっと含みを感じさせ微笑み言う。
「なんでもないわよ。じゃ、案内ありがとね」
少女はそうどこから意味深に言い学生寮のある方向へと向かった。
「なんだったんだ?」
(でも、なんか嫌な予感が……。ま、気のせいか)
翼はそう思いながら寮の方向へと向かう。
ちなみに本人に自覚はないがこういう時の翼の嫌な予感というものはよく当たる。
◇◇◇
「あー、疲れたぁ」
部屋に戻った翼はフラフラとした足取りで歩き、ベッドへ飛び込んだ。
あの謎の少女を案内した後、部屋でゆっくりしようとしたら一夏に捕まり食堂へ、そこでは岸原翼クラス代表就任パーティーが行われており、主賓である彼は無理矢理参加させられた。
すぐに帰ろうとしたのだが「主賓がすぐに帰ったらダメだろ」と一夏、セシリア、箒に止められ、結果最後まで参加していた。
あの女子達の様子だと今頃も各々の部屋で騒いでいるんだろうと翼は疲労した脳で思っていた。
(まったく、女子のあのパワーはどこから出てるんだ……)
もうこのまま休もうかなと思っているところでメールの着信音がする。
「ん、メールか」
端末を操作してメールフォルダを開く。メールは翼の父である源治からだった。
『翼へ。おそらく明日そっちに着く。それと、今回持ってくる装備データをパソコンに送るので確認しておくこと』
翼はそれを確認するとパソコンを起動、送られていた装備データを確認する。
(雷撃、電撃、松風、か。さすがIS開発者だな。どれも完璧に仕上げられてる)
パソコンで「ありがとう」と返信してその後、シャワーを浴びてベッドにいつも通りの眠りに入った。
そう、何一つ変わらない普通の、いつも通りの眠りに──