I remember you   作:春瑠雪

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下の階のお兄さん②

今日は月に一回通院する日だ。その日は朝から遅くまでずっと病院。検査やらリハビリやらなどで一日が潰れてしまう。ユイは自分のことだし、どうせ家にいても暇なので一日病院ということに特に不満を持ってはいない。が、母はずっとユイに付きっ切りだ。楽しいわけがない。ユイにとって月に一回訪れるこの日が、母への罪悪感でたたまれない。

 

ユイ。

 

そんなことを考えていたユイを見てか、母は優しい笑顔を見せた。

 

「お母さんはユイが頑張っている姿が見たいだけなの。別に嫌とは思ってないわよ」

 

ーーー嘘だ。毎日娘の車椅子を押してあげるなんて、こんなお荷物なんてこの上ないだろう。自分のせいで、母の自由を奪っているのくらいわかっている。

 

だってー・・・そういって、口を閉じた。これを言っては母を傷つけることになる。

ちょうど待っていたエレベーターが来た。中へと押される。エレベーターの中にある鏡に写った自分たちの姿はどこか暗かった。

 

ーーーだって、こんなことしても治んないじゃん!

 

さっき飲み込んだ言葉と似たようなことを一度、過去に言ったことがある。あれは世間が中学生と呼ぶ年齢だったから、ほんの1、2年前のことだ。その頃は今よりも通院する回数が多く、ストレスを感じていた。頑張って、そう声をかける看護師にも当たった。

治らない、その言葉を口にした瞬間、母は涙を流した。ごめんね、と何度も謝られた。別に母が悪いわけではないし、謝ってほしかったわけでもない。だから正直母の涙を見たときは、言葉が出なくなった。

 

「待った待った!閉まるなエレベーター!」

 

ユイが暗い気持からいつもの明るい気持に切り替えようと思ったとき。突如ドタドタと慌ただしく走ってくる足音がした。母は慌てて「開く」ボタンを押した。

 

「おっ、俺の声が聞こえたか!?って、すいません!」

 

まさか中に人がいたとは思ってなかったのか、入ってきた人は頭を下げた。男の人だ。見た目は高校生くらいだろうか。

すると、その男の人はユイと母を交互に見て、あっ!っと声をあげた。

 

「上に住んでる人ですよね」

「あ、はい。先日頂いたケーキ、美味しかったです」

 

母と男がそんな会話しているのを見て、首をかしげる。それを見かねた母が「ほら、この前の・・・洗濯物の」といった。

そういわれてピンと来た。小さくふぇ!?と言って、肩が跳ねた。顔が赤くなるのも自分でもわかる。そんなユイを見て、待て待てと男が言った。

 

「あんなん不可抗力だっつの!んな意識されたらこっちだって嫌でも思い出すだろ!?あんな・・・」

「おっ思い出さないでくださいっ」

「ま、まぁ・・・あ、俺日向な。日向秀樹。知っての通り、お前の部屋の下の階に住んでるからな。んまぁ、気軽にひなっち!って呼んでくれ!」

「はぁ・・・私、ユイっていいます」

 

自分の名を彼、日向秀樹に告げると、ユイ・・・?と呼ばれた。見ると日向は首を傾げ、ユイのことをしげしげと見ていた。

 

「俺とお前、どこかで会ったことあるか?」

 

そう言われて、胸がずきんと痛んだ。

別に初対面の日向にどこかで会ったかと問われることに嫌悪感を抱いたわけではない。ただーーーその問いに傷ついたのだ。

 

会うってどこで?ユイ、ずっと寝たきりなのに?どうやって会うの?

 

「ユイ、寝たきりだから、会えないよ」できるだけ暗い雰囲気にならないように、笑顔を繕った。しかし、その笑顔が自分でも引きつり、無理に笑っていることがわかる。

 

 

「・・・わり・・・」

「いいよ、こんなの慣れてるもん」今度は苦笑だ。

 

エレベーターが止まり、一回に着いた。もうおそらく二度と日向秀樹というこの男を見ることはないんだろうな・・・そう思いながら、母に車椅子を押され、エレベーターから出た。

 

「んじゃな、ユイ」

「うん・・・えーっと、秀樹?」

「っちょ!」

 

ユイが彼の名前を呼ぶと、彼はオーバーにコケる真似をした。芸人の卵か、と思うくらい自然な動きだった。芸人に卵があるかは知らないが。

 

「ふぇ?どうしました?」

「い、いや・・・まさか下の名前で呼ばれるとは思わなかったからな・・・」

「あっ・・・馴れ馴れしかったですか?」

「そうじゃないけど・・・コンプレックスなんだよな・・・だからさ!気軽にひなっちって呼べよ!」

「じゃあ・・・ひなっち・・・先輩?」

「ひなっち先輩・・・?」

 

ひなっち先輩、と鸚鵡返しされた。何かこれもダメだっただろうか。

 

「なんか・・・すっげー今懐かしい感じがしたな・・・おう!よろしくな、ユイ!」

「は、はい!」

 

二度と会わないだろうけど、と心の中で思いながら、しかしこの時だけにはしたくないと思ったユイは、明るく、笑顔で応えた。




お母さんが空気になりましたね。
日向とユイについての詳しいことは次回書きたいと思います。
読んでくださった方、ありがとうございました!

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