I remember you   作:春瑠雪

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片思い

 “またな、ユイ!”

 毎日そう自分に告げる日向のことを思い出す。その言葉を思い出すだけで胸が熱くなる。胸がきゅん、とときめくがそれと同時にチクリと痛む。ほっと息を漏らすとその息は熱かった。

 

 ---ずっと、一緒にいれたらどんなに嬉しいだろうか。恋人でなくとも、今のように毎日会いたい。

 

「...いつまでも...一緒だから、恋人のように」

 

 ぼそり、と呟いて、ペンを走らせる。そしてまた日向のことを思い出す。いつまでもって、どんな時も?どんな時も。あの、暑かった日の時でも。

 ぼっ、っと頬が紅潮する。また、あの日のことを思い出した。日向の顔があんなに近かったなんて、今までなかった。今までと言っても日向と出会ってまだ数か月しか経っていないが。

 

「いよっ!おはようさん」

「ふぇっ!?勝手に部屋に入って来るなぁ!」

「ぶっ...」

 

突如日向が自分の部屋に入ってきたので驚いてしまい、つい枕を声のする方へと投げ飛ばしてしまった。日向の顔面見事直撃だ。

 

「ったたた...」

「おおっと、ひなっち先輩じゃないですか!」

「...お前なぁ...どうして枕を狂気のごとく使うんだよ...」

「ひなっち先輩こそ、女の子の部屋に勝手に入るなんて犯罪ですよ?」

「わり、お前のこと女の子だと思ったことが...」

「なっ...こんな可愛い女の子が近くにいるというのに...先輩、コレですか?」

 

ちっげーよ!と言いながらいつもの指定席であるベッドの隣の椅子に日向が腰掛けた。そんな日向を横目で見やり、ちくりと胸が痛んだ。異性として見られていない。その現実がナイフのように胸を突き刺す。

 わかっている。ユイなんか、相手にされていないのなんか。

 だって、先輩にはゆりっぺ先輩がーーー

 

 くしゃり。

 

「なっ、いきなりなんですかっ」

 ユイは日向が触れた頭を触りながらそう言い、日向を見た。

「いや、その...さっきの枕の仕返しだ!」そう言い返す日向の顔は何故か複雑そうな顔をしていた。

 

「んで?お前何書いてんだよ」

「ああ、これですか。作詞です」

「ああ、作詞...ってはぁ!?作詞って...曲作れるのか!?」

 ぴらぴら、とユイが先ほどまでペンを走らせていた紙を見せると、日向は目を見開いた。そんなに驚くことだろうか。

「でも原曲があるのであたしは作曲しませんよ。先輩知ってますか、Girls Dead Monsterってバンド」

「が、Girls ...?」

「って知らないんですか!?ガルデモですよガルデモ!今話題の10代の女の子だけのバンドですよ!?あたしとそんなに歳が変わらないのに歌も曲もすっごくうまいんですよ!?中でもあたしが一番お気に入りの曲、Alchemyなんて...!ボーカル&ギターの人、岩沢さんっていうんですけどっ、その岩沢さんの世界観が」

「ちょっと待て、その話長くなるか?」

「ふえ?もちろんですよ?なんたって」

「あー、わかったわかった!で?そのガールズデーモンモイスチャー」

「Girls Dead Monster!」

「...と、その歌詞、どう関係があるんだよ?」

「ああ...えっとですね。このガルデモの5周年記念として、ファンのみんなから歌詞を募集してるんですよ。岩沢さんが作った曲の歌詞です」

「なるほどなぁ。ちょっと見てもいいか?」

「どうぞ。まだ途中ですけどっ」

 

 紙を日向に渡し、自分はスマホを操作してその岩沢が作曲した曲を流した。それに伴って、ここ1週間考えてきた歌詞を口ずさむ。

 そんなユイを日向は頬杖をして見ていた。

 

「っと、ここまでです」

 さっき書いた詩まで歌い、曲も止めた。

「どうですか?」

「いや、どうとか言われても、俺さっぱりわかんねぇんだが...」

「まぁそうですよねー。そもそも先輩ガルデモも知らなかったのに」

「でも、お前歌うまいじゃねぇか。この歌詞が通ってさ、で、ガルデモ...?が歌うだろ。それでお前もテレビかなんかに出ちまってさ、歌手としてデビューする。そういうやり方狙ってんのか?なんてなっ」

「そんなこと...思ってないです。それにユイね、この歌詞応募しないこと決めてるんだ」

 

ユイがそう告げると、日向の顔色が変わった。少しだけ、険しくなる。

やだなぁ、先輩。今すっごい面白い顔してますよー?

 

「何で...だよ?」

「だって、ユイ歩けないし立てないんだもん。もし本当に通っちゃったらどうするの?ガルデモの事務所に行って、実は車椅子の少女が書いてたんですーなんて、反応に困っちゃうよ。結局は自己満に陥っちゃうんだけどね、とりあえず書いてみて、ユイもガルデモみたいなことして、同じ人間なんだって感じたかったんだよね。変だよね、でも気持ちは収まらなくて」

「んなの...気にしねぇよ」

「アホだなぁひなっち先輩は。先輩は優しいから」

「しねぇよガルデモだって!!お前が好きなバンドなんだろ!?憧れてるバンドなんだろ!?なのにそんな人を見下す奴らなんだってお前は思ってんのかよ!!」

「...ガルデモは思わなくても、世間はよく思わないよ」

「んなの誰が決めた。ユイはユイだ。俺と同じ人間だ」

「そうやって」

 

キッ、と睨みつける。その瞳は悔しいことに濡れていたし、声も波を感じるくらい震えていた。

 

「そうやって、先輩は何でも許すから!!ユイは自分の立ち位置を見失ったの!!わかる?車椅子で外に出ると白い目で見られるの。わかる?ただ並んでるだけなのに邪魔だって言われるの。わかる?どうせ、治らなー...」

 

ぐっ、と口を噤む。これを言ってはだめだ。

 

「...何にもわかんないくせに、偉そうに言わないでよ、同じなんて。所詮先輩は何不自由ない大学生でしょ」

 

帰ってください。

 

どうせ泣いていることがバレているのはわかっているが、せめてもの抵抗で視線は窓を向けながら、そう告げた。

 

「ああ、俺にはお前の気持ちなんかわからねぇな。アホ故に風邪も引かない。けど、俺はお前の気持ちに近づきたい。知りたいんだ。そう思う権利くらいはあるはずだ」

「...それって、あたしが人の助けがなきゃ生きられないから、あたしを助けて偽善者ぶりたいんですか」

「所詮は偽善者かもな」

 

いよっと、といい日向は立ち上がった。そして歌詞が書かれた紙をユイに握らせる。

 

「ただな、好きなもんは追いかけていいと思うぜ。周りがどう言おうとも、お前が好きなら仕方ねぇ。中途半端に諦めきれないくらい熱中するのはいいことだ」

 

────それは、先輩への恋心もですか。

 

「あ、そうだ。忘れるところだったな」

 

部屋のドアノブを掴み、くるっと日向は顔を180°回した。

 

「────お前の書いた歌詞、俺は好きだぜ」

 

 

 

それだけを言い残し、彼はドアの向こうへ消えていった。

その静寂さが胸に染み、もともと溢れていた涙がさらに溢れ出した。

 

あたし、傷つけた。自分の身体のことを武器にして、たくさん酷いことを言った。

偽善者って何。先輩のどこが偽善者だ。どうして止まらなかった。どこかで笑って、冗談です、なんて言うタイミングくらいいくらでもあっただろうに。

 

そして一番ユイの胸に突き刺さったのは、どんなにユイが酷い言葉を浴びせても、日向はユイのことを見放さなかったことだ。

 

「ひなっち先輩...ごめんなさい...」

 

日向の優しさをこれ幸いとうまく漬け込んだ己が情けない。もう合わせる顔などない。

そして、どれだけ自分が彼の傍に立つことが、精神的にも、身体的にも不釣り合いなのか実感することができた。

 

 

『────またな、ユイ』

 

いつも別れ際に言われるその言葉が、なかった。

大丈夫、だよね。先輩はまた明日も笑って来るよ。昨日はごめんなって言って、きっと笑うんだ。

そうだ、明日先輩にガルデモの曲を聴かせよう。きっと、気に入るはずだ。そしたらまた笑って話せる。大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日はそう思って寝たが、日向は翌日姿を表さなかった。その次の日も。

日向が来ないことは、初めてだった。


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