やんでれ×ユウナっ!   作:れろれーろ

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第七話

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんの金髪尻軽ビッチめ」

 

 

ちっと舌打ちを一つ。ぬるく残った酒の残り火に頭を痛ませながら、俺は自分の女運の悪さについて思索をしていた。

 

昨日の昼過ぎ。俺達はビサイド島からキーリカっていう島にいくための船に乗るためにビーチへと向かっていた。

 

天気は快晴。絶好の旅立ち日和の空の下。

 

そこにはユウナ様率いる愉快な仲間達と、ぞろぞろとペンギンの行進のごとく引っ付いて来た島中の人間達との、お互いの別れを惜しむ時間が流れていた。

 

「ユウナ様、いかないでー!」なんて大声で騒ぐガキンチョ達。

 

「ユ、ユウナ様。これは道中の安全を祈ったお守りです。どうか。。。あぁ!そんなお優しいお言葉を。。。ありがとうございます!」と咽び泣くお婆ちゃん達。

 

その人達一人一人に誠実に応対するユウナ様の目にはうっすら涙が浮かび、それを気丈な顔を浮かべてサポートするルー姉さんがいて、街の漁師達と拳を重ねあったりしているワッカの屈託無い笑顔がある訳だ。

 

そこは俺にとって完全にアウェイ。旅立ちを前にした笑いと涙と感動が支配している圧倒的アットホーム空間だった。

 

どこかでTVカメラでも回ってるんじゃねーのかって位、誰も彼もがセンチメンタルな思いを抱えた顔を浮かべる中で、その中で俺がしていた事とは?

 

 

 

それはそう。聞き込み調査だ。

 

 

 

俺が海に放り出された瞬間と、リュックが着水した時間はほとんど同時だ。

 

潮の流れがいかに乱れていても、俺がピサイド島に流されてきている以上はリュックも付近の岩場や浜に流れ着いてもなんらおかしくはない。

 

そう考えた俺は、島中の人間が一同に介するその場を借りてリュックの姿を見なかったかとどうかを尋ねて回ってたんだ。

 

念入りに一人一人、老若男女構わずに「全身ボディスーツ着た金髪の若い女が打ち上げられなかったか?」ってな。

 

そりゃーもう。散々だったわ。どいつもこいつも「なに言ってんだ?こいつ」みたいな顔しやがっていたよ。

 

いや、ね。俺も分かるよ?全身ボディスーツってなんだよ。なにそれエロいじゃん。それどこのイメクラ。って思うよね。そうだよね。俺も自分が逆の立場だったら通報していると思うよ?

 

でも事実そんな格好した女を探してるんだから仕方ないじゃんか!

 

そんな「シンの毒気がまだ・・・」なんて本気で頭の可哀想な人みたいな心配の仕方するのやめろよ!色んな障害を持った方にも優しいバリアフリーな世の中を一緒に目指していこうよ!マジでちょっと凹むんだよ!

 

 

 

 

チャリッ「レイズだ」

 

ええい、むさくるしい声だ。

 

 

 

 

____と、まぁ結局のところリュックの消息は分からずじまいに終わったって訳だ。

 

 

くそっ。あの金髪元気おしりっ子娘がぁ…人類の宝であるイケメンの手をここまで煩わしておいて、足取り一つ掴ませないってのはどういうことだってんだ。

 

だいたい、たかが初めて会ってから一週間も経ってねえような人間の為に命張ろうとしたって事自体がそもそも間違っているんだよ。

 

15の小娘がノリとテンションだけで、あんな大時化の海から人間一人抱え上げれる訳が無い、そうさっさと判断して俺なんか見捨てちまえば良かったんだ。

 

事実、飛び込んだ所で助けるどころか、一緒に遭難してるじゃねぇか。ったく、ほんとに無駄なことしてくれたもんだ。そういう情に流されましたっていう展開が俺は一番許嫌いなんだよ!

 

くそが!リュック!てめーはもうアーロンと同じく俺の中の絶対絶滅危惧種・要永久監視保護人物リストに登録だ!

 

これからは、外にでる時は首にリード付き。俺の半径5m以上は離れない事を条件にして、知らないおじさんと話さないように口にはギャグボール!

 

体調の不調を訴えたらすぐさま病院行きできる日当り良しの3LDKの室内飼いかつ三食玄米と納豆を食わせる三重苦の刑だコラ!今後は鍵つきのパンツ以外履けると思うなよ!

 

 

 

 

 

チャリッ「。。。」

 

 

 

いらだちのまま目の前に詰み上がったコインをさらに上乗せすると、

 

「ふはははははは!!いけねえなぁ?いけねえなぁ!ティーダ!勝負の最中に考え事なんかしてちゃ!」

 

下品な笑い声が耳元を貫いた。ちくしょう脳に響きやがる。なにがそんなに楽しんだこのティンポ頭。ちょっと右曲りなの何とかしろ。

 

「おらぁ!フルハウスだ!有り金全部吐き出しやがれ!!」

 

はははは!と高らかに笑い続けるワッカ。今までの負けが込んで鬱憤が溜まっていたのだろう、完全にアヘ顔だ。

 

真っ青の顔の上にギラギラ光らせた目を載せて、ワッカはもう待ちきれないとばかりに俺のコインへと手を伸ばしている。

 

金の掛かった勝負に負けている人間の哀れな姿って奴を晒し続けるワッカに、俺は哀れみの篭った視線を向けた。

 

まったく。まだゲームは終わっていないっていうのに。。。。なんて早漏野郎なんだ。

 

「さ、さーて、俺のコインをまずは返してもらうぜ・・・ふひひっ」

 

ガシッ!

 

俺のコインに触れようとしていたワッカの手を掴む。

 

「待ちな。まだ俺のレイズの権利が残っているぜ・・・」

 

もう既に勝負は着いたものだと思い込んでいたワッカのニヤニヤ顔が固まり、瞬時、時が止まる。

 

俺はゆっくりと手元のカードを床におろしていく。そこに圧倒的戦力を持ったカードの姿が徐々に現れていく。

 

「なん・・・だと・・・。お前・・・まさか!」

 

ワッカの表情がみるみる内に絶望の色へと染まっていく。嘘だろ、許してくれ、もうたくさんだ、そんな顔だ。

 

だが掛ける情けはない。俺のコインをそのイカ臭い手で荒そうとした亡者に、今、断罪の宣告をする。

 

「カードをオープンしちまったあんたに、拒否権はねぇぜ!全てのコインを賭けて勝負!フォーカードで俺の勝ちだ!」

 

バッと床の上に開いた俺のカードは色とりどりのキング。威厳をもった王の顔が愚者であるワッカを無表情に見つめていた。

 

「なん…だと…」

 

時が動きだし、その上にゆっくりとワッカの驚愕の表情を浮かべた顔面が沈み、その衝撃で垂れ流された鼻血が花のように広がっていく。けっ、汚ねえ花火だぜ。

 

 

 

「ワ・・・ワッカさん。大丈夫?」

 

「これは・・・むごいわね」

 

 

 

二人の女の声。

 

 

横を見ると、俺とワッカが「やる事ねーからポーカーしようぜ!」とやりだしてから10分後。

 

いきなり部屋に上がり込んでくるなり終止無言で観客を務めていたルー姉さんとユウナ様が、溜め込んでいた息をふぅーっと吐き出していた。

 

たしか二人は船のブリッジで旅のルートの確認や、召還士の心構えやらなんやらとお堅い話をしていたはずだ。なのに早速こっちの部屋に来るってことはおおかた会話が持たなかったのだろう。

 

キーリカまでの道のりは半日ほど。船足で9時間ほどの道のりだ。

 

旅に出て1日目で既に暇を持て余している事実をプライドが認めれず「私たちも混ーぜて♡」の一言が言えない系女子二人が見守る中、命を削り合うような戦いをしている野郎二人という構図ができたというのが今の状況だ。

 

「ワッカさぁ。これじゃあ全然コイン足らないから、貸しにしておくよ」

 

死体と化したワッカに声を掛け、俺はカードを持ってさっさと立ち上がる。イカサマはバレない内に撤退するのが基本だ。

 

「す、すごいね。ルールー。さっきのがポーカーフェイスっていう技なんだよね。私だったら絶対表情に出しちゃってたよぉ」

 

「そうね。私でも読めたかどうか・・・。あんた強いわね・・・」

 

「まぁエースっすっから」

 

汚れた俺の魂にはユウナ様のピュアの視線が痛い上に、ルー姉さんの闘志にも火がつきそうな事を感知して俺は脱出を試みる。

 

これ以上はまずい。そんな予感だった。そしてこういう予感はたいてい・・・

 

「すごいねキミは・・・れ、練習したら私にもできるようになるのかな?」

 

よし、脱出だ。今すぐこの場をおひらきに_____ガシッ!「待ちなさい」

 

走りの初動をルー姉さんに掴まれてギギギと悲鳴をあげる俺の服。痛いっすよ、爪めっちゃ食い込んでますって姉さん。

 

「ユウナが。あんたと。カードゲームを。したいって。・・・そう言ってるんだけど?」

 

 

ぼそりと。

 

 

耳元に息を吹きかけるように呟くルー姉さんを背後においた俺にできる事は無かった

 

 

 

 

 

____と言うとでも思うっすか!?お断りっすよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナっ!

 

 

そのなな。

 

 

 

 

 

 

 

ざざーん。

 

 

 

 

 

波が、船体を大きくゆったりと揺らす。

 

波の音を聞きながら俺はとっくりと水を一くち口にふくんだ。そしてフゥと一息つく。

 

ついさきほど親の敵でも見るようなルー姉さんの熱視線を背中に浴びながらも

 

「ちょっと船酔いしちゃったみたいなんっすよ・・・」と鮮やかに船室から脱出を成し遂げてきた自分の美しい仕事っぷりに酔いながら、俺は甲板から海を見渡した。

 

 

今はこれ以上女がらみの厄介事を関わるのは良くない。

 

 

そう思って、俺は文字通りユウナ様達から逃げてきていたのだった。

 

 

 

この判断の基準としては昨夜の事件だ。俺は空をあおいで、昨夜の出来事の記憶を頭の中に走らせた。

 

ユウナ様を囲んで開かれていた酒の回し飲みの席。そこに焚かれていたお香。あれの中身には「ダックの葉」が混ぜられていた。

 

 

 

ダックの葉。

 

 

 

それはそのままの形ならほとんど無害だけど、乾燥させるといわゆる麻薬ってやつになるタイプの植物だ。

 

俺は、この葉を少し嫌な思い出がある位には知っていた。だから、焚かれた香から漂う匂いですぐにソレに気がついた。

 

こいつの症状は幻覚系のトリップを見せるっていう、どっちかって言うとダウナー系のブツで、ザナルカンドではもちろん違法の薬物だ。

 

事の顛末としては、あれの煙を吸わせてブリブリになった女の子を廻そうなんてアホな事を考える本物のアホ共が昨日あの酒の席にいたってだけの笑い話だ。

 

けど、それにユウナ様が見事に引っかかっちゃたから話がガラッと変わる。

 

俺が思うにユウナ様は真面目で。純粋で清純で。自分から悪い事をしようと考えない分、自分が悪い事される対象だとも考えないような無垢な女の子だ。

 

おおかた酒を飲むのも初めてで、抵抗もあっただだろうけど「村の人との最後の付き合い」なんていう生真面目な考えの元に、あの酒の席に参加していた様子だった。

 

だから体や精神に明らかな異常を感じても『祭りの熱気に浮かされてるだけだ』と、『少し酔いが回っているだけだ』と、自分の事情を後回しにして判断を伸ばしていた節があった。

 

でもそれがいけない。はっきり言って正常な判断じゃない。

 

普通に考えたら、大の男達が寄って集まって未成年の女に無理に一気飲みをやらせようとしてる状況がそもそもおかしいんだ。

 

村の慣習だかなんだか知らねぇけど、嫌な思いをしながらも我慢する必要性がどこにあるってんだ。どう考えても理はこっちにある。

 

それなのにユウナ様は断らない。自己を主張しない。

 

それはもはや最後の夜だからとか。村の人たちに対する恩返し、または性格の生真面目さどうこうっていう話じゃないんだ。

 

昨日のあれはただの臆病って言うんだ。

 

酒を服にぶちまけられて召還士の衣装に染み作ってたときは、あんな辛そうな顔してたじゃないか。

 

大切なユニフォームが汚されたら俺だったらキレてるね。嫌なら嫌って言えばいいんだよ。

 

抜け出す理由なんて「明日は大切な日だから」の一言で十分なんだから。

 

 

 

ザザーン。

 

「・・・っ」

 

 

 

まぁたしかにさ。年上のガタイの良い男達に囲まれて酒を強要されたら、普通の女の子でも断るのは難しいだろうさ。

 

だからこっちも助け舟をだして代わりに俺が酒飲んだ訳なんだけど。。。問題はそこからだよ。

 

どうしてあの状態でふらふらと一人で森の方に歩いて行っちゃうんすか!?

 

体調悪いときは誰かに看病してもらう。これが鉄則でしょうが。ガードなんていう便利な人たちがいるんだから、付き添いを頼もうっていう発想がなんで出てこないのよ!まったく。

 

ダックの葉の匂いに俺が気づいてたから良かったものの、俺があのまま気づかなかったら、それはもう本当に洒落にならない色んな事されてたんだからな!

 

 

「・・・はぁ」

 

 

まぁそんな訳で、俺から見てのユウナ様は見た目はイケてるけど、色々性格に難ありな女の子って訳だ。とゆうかぶっちゃけ、面倒くさい女のタイプだと思う。

 

召還士なんていう手を出したらマジで殺られる5秒前な特別な身分も相まって、過度な接触もとい表面的な会話以上の深入りは避けるべきだというのが俺の結論。

 

ただでさえ今はあの金髪元気ケツ娘の事でこっちは手一杯なんだ。

 

召還士ユウナ様に関しては、どうせルカまでの短い付き合いなんだからと割り切っていくのが最良と俺は見ていた。

 

今後のコネクション作りの糧になってくれたら嬉しいが、まぁ多くは望まない。

 

そう。判断は早いほうがいい。

 

こと女がらみの話では判断を先延ばしにして、なぁなぁで処理していく事が最も愚かな行為なのだから。

 

この辺の線引きができなければ俺のようなイケメンチャラ男はやっていけない。

 

リスク管理をしっかりやらないと背後からサックリとナイフで刺されかねん。現にそれで選手生命を奪われた奴が身近にいた。

 

今まで自ら修羅場という地雷を埋め込んでいっては、爆発させてきた経験の数々が今の俺を作っている。

 

人は歴史から学んでいくことで成長してきたのだ。俺もまたその人の理に乗っ取って、自分の身を守ろうじゃないか。

 

そう。これは現代の様々な要因によって生まれるストレス。

 

そこからなる殺伐とした関係の社会を生きのびる為の知恵。処世術なのだ!

 

俺は自分の割り出したビューティフルなまでの回答、今後の身の振り方の展望に満足し、深呼吸を一ついれる。

 

結論は、でた。もう俺は、迷わない!

 

空は俺の晴れやかな心を映し出したかのように、青くどこまでも澄んでいる。

 

その青さを見届けたことを確信して、曇り無い笑顔で俺は____

 

 

「あ、あの、酔い止めのお薬貰ってきたんだけど!」____

 

 

 

けれども、人間思うようにはいかないことも多いっすよねー!

 

 

 

 

 

 

「もしまだ気分が悪いなら医務室のほうに行かなくっちゃ。。。」

 

「いや、それには及ばないっすよユウナ様。もう大分気分が良くなったから」

 

NIKORIと。爽やかな笑みを一ついれてから、不安そうな顔を浮かべるユウナ様に目をやる。

 

手には紙に包まれた茶色い粉末が握られていて、その上のおっぱいが波のタイミングと一緒に揺れていた。揺れていたんだ。

 

「そっか、良かった。よくなってきたんだね」

 

パアッと屈託のない笑顔を咲かせるユウナ様に応えて「うっす!もちっすよ!」俺は腕に力を入れて、ぽこっと力こぶを出してみせる。どうだい、堅そうだろ。触ってみても…いいんだぜ。

 

「そういえばユウナ様は大丈夫?昨日大分飲まされてたでしょ?」

 

「う、うん。実はまだ頭がちょっと痛いんだ。ルールーが二日酔いだからお水たくさん飲んでおきなさいって」

 

「あー、そういう時はシジミのスープ飲むといいっすよ。こう、塩っ辛いくらいのやつ!」

 

「え?シジミ?」

 

「アミノ酸やらなんだかの成分が肝臓に良いらしいんすよ。テレビで観てこの前やってみたらマジで効いて、それからはヤミツキっすよ!」

 

「アミノ・・・酸?」

 

耳慣れない単語だったのだろうか。ユウナ様は首を傾げた。

 

「こっちではそういう成分とか検証されてないの?ビタミンとか、そういうの」

 

「う、うん。少なくとも私は聞いた事ないかな」

 

「ふーん」

 

ザナルカンドでは健康マニアの主婦のお昼の話題のネタの一つ。大分庶民的な知識だ。こっちではまだそういった技術は発達してないんかね。

 

「キミはいろんな事を知っているんだね・・・ザナルカンドではそういう事をみんなが知っているの?」

 

「まぁそうっすね。今のは常識レベルっすけど、ガキの頃はぼっちでいる事のほうが多かったっすから、よくテレビ見ててさ。雑学には結構自信あるんすよ」

 

思わず口を付きそうになった、母さんが死んでからは特に。っていう言葉だけは伏せることにした。親の話なんて口にも出したくなかったからだ。

 

「ふふっキミがテレビッ子って、なんか意外だな。ちょっと想像できないかも」

 

一瞬驚いたような表情を浮かべた後、ユウナ様はあははっと声を出して笑った。ことのほかユウナ様にはテレビの話題は反応が良かったみたいだ。

 

「実は私もね、ワッカさんに内緒で長老様のお家でテレビをよく一緒に見せてもらってたから気持ち、ちょっと分かるかも。お昼間の番組ってなんか平和だし、にぎやかで面白いよね」

 

「あー分かる!?俺も夜の番組より、あのぬるい感じが好きなんすよね!」

 

「うん。私、村ではちょっと浮いちゃってたから。みんなと遊んだりっていうのなかなかできなくて、そうやってテレビ見て過ごしたり、おばば様と占いとかおはじきしてもらってたんだ」

 

「へー。俺こそ想像できないっすね。昨日の感じじゃユウナ様は村の人気者だったって感じたからさ」

 

見送りに来た人達の反応をちらちら見ていた俺は、ユウナ様の事を村のアイドルみたいなものだったと思っていたが、どうやらちょっと違うようだ。

 

「年配の人や小さな子は平気なんだけどね。同世代の人達はあんまり好かれていなかったと思うな。召還士の娘だったり目の色が左右で違うって事でよく虐められてて・・・ほら・・・昨日の男の子達とか」

 

ユウナ様はそう声のボリュームを先細りさせながら、そう呟いた。

 

昨日の男達ってのは、あのユウナ様を廻そうとしてたアホ共の事だろう。襲われた恐怖がまだ残っているのだろうか。ユウナ様は肩をすくめて目を伏せた。

 

 

「あー、なるほどっす」

 

 

たしかに言われてみたら、こんな小さな村にこんだけ可愛い子がいたら、色々確執ができても当然かもしれない。

 

男からは取り合いというかお互い牽制しあっちゃうだろうし、女の子からしたらその雰囲気が面白くないもんで爪弾きにされたんだろう。

 

「私、気づかないままに、なんかしちゃってたのかな。今考えても何であんな事されたのか・・・分からないんだ」

 

島のある方向の海へ目をやりながら、ユウナ様は自分を責めるような口調でそう言った。

 

なるほど。酔い止めは口実で、この話をしたかったのか。

 

「私にもどこか悪かったところ、あるはずだよね。。。」

 

やり残し。やれなかった事がある。後悔がある。

 

島の方向に向けられたユウナ様の目は、そんな寂しそうな目だった。

 

 

今にも泣き出しそうなその姿がまるで小さなガキみたいで。だからだろうか___

 

 

 

「あ、ご、ごめんね!私ばっかり。その、つまらない話をしちゃって!おもしろくないよね___」クシャ…。

 

 

 

___俺は自然とユウナ様の肩へ手を回して髪をなでていた。

 

 

 

「お疲れさま。辛かったすよね」

 

 

へ…?と顔をあげるユウナ様に合わせて、ユウナ様の頭から手を離す。シャンプーの良い匂いがふわっと漂った。

 

「自分の話をつまらない、なんて言っちゃダメっすよ。大丈夫。ちゃんと聞いてるっすから」

 

「え、あのあの、え?私今その頭に手を置かれて・・」

 

「ユウナ様は悪くないっすよ。大方ユウナ様が島で特別綺麗で可愛いから、それに嫉妬とか独占欲持ったりしたりしてた奴がやった事っすから、気にするだけ損っすよ」

 

顔を覗き込み、できるだけ優しく、言い聞かせるようにそう言ってあげる。昨日の今日だから仕方ないけど、今のユウナ様は見ていてどこか不安定で、危なっかしい。

 

「大丈夫。もうあんな怖い目なんかに合わないっすよ」

 

だからこれくらいの子供に言い聞かせるような感じの口調が好ましく思えた。ちなみにこういう仕草で女の子にあたるのはイケメン故にできる技だから素人にはおすすめしない。

 

 

「え、あのその!そうだ!私!本当は昨日のお礼言おうとここに来て____!

 

 

 

 

瞬間。

 

 

ザパーン!!!

 

 

船が大きく揺れた。

 

 

 

 

「シーーーーン!!!!」

 

 

 

____またかよっ!

 

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

ざばぁっ…ポタッ…ポタッ…

 

「・・・・」

 

海中から浮上して、背中に背負ったユウナ様を慎重に船のデッキに下ろすと、俺はそのままの足で歩き出す。

 

「ユウナ!」

 

「ユウナ!大丈夫か!」

 

遅れて海から船体に昇って駆け寄ってくるワッカと、必死な表情で海を覗き込んでたルー姉さん達にユウナ様を任せて、無言ですれ違うように船室へと向かう。正直、あまり余裕が無かった。

 

「けほっ!ごほっごほっ!私は、だ、大丈夫だからっ」

 

「そんなわけないでしょ!ほら背中見せて!」

 

「ティーダ!よくやった!あとで俺のケツ貸してやる!ユウナ!どこか打ってたり、擦りむいたりしてないよな!?な!?」

 

 

 

 

ポタッ…ポタッ…

 

 

 

 

むせてとてもじゃないが話せそうにないユウナ様を囲んで、やいのやいのと群がる群衆の間をするりと抜けていく。

 

靴の中に溜まった海水の感触に若干の不快さを感じつつ、俺はデッキから船内へ入る扉を体で押して入っていった。向かう先は医務室だ。自己判断としては、包帯と消毒液だけでとりあえずは足りそうだった。

 

 

「う…うぅ。頼むから、無事でいてくれ…」

 

 

廊下には男が一人うなだれていた。たしかこの人はワイヤーフックをシンに射出した人だ。

 

船の近くに突然浮上したシン。その進行方向にはキーリカ島があった。

 

この人がワイヤーフックをシンの尾ひれに射出して、シンの注意を引こうとして束の間。

 

俺たちはシンの邪魔者として判断されて、シンのこけらに襲われた。

 

こけら達をなんとか撃退したはいいけど、その間に繋がっていたフックは切れてしまって、シンはキーリカ島のある方向の海へと消えていく。今頃はもう島に到着しているだろう。

 

さらにシンは去り際に尾ヒレで一撃、船体をひっくり返すような衝撃とダメージを与えていっていた。被害は甚大。

 

船は破損しながら大きく揺れ、その拍子に船体に昇ってきた巨大な波にユウナ様は海へとさらわれたのだ。俺の、目の前で。

 

 

瞬間、俺は走っていた。

 

 

追って海に飛び込んた時にはもう、シンのこけらがユウナ様を襲っている真っ最中だった。ユウナ様は泳ぐ事ができないみたいで、状況的に俺がどうにかするしか無かった、

 

飛ぶような速度でユウナ様を魚の尖った触覚が襲う。その軌道に無理矢理割りこんだ俺の肩には風穴が空いたけど、持ってた剣を振り回してなんとか撃退。呆けていたユウナ様を抱えて浮上ってのが今の流れの顛末って訳だ。

 

 

 

ぽたっ…ポタッ…

 

「ほんと・・・何やってるんだか」

 

 

 

怪我をした肩を抑えていた手を離して、そっと手のひらを見る。血だらけだ。付着した自分の血は、妙にリアルで生臭いものに思えた。

 

 

キィ。

 

 

医務室への扉を押すと小さく軋むような音を立った。流れ込んでくる空気に混じる消毒液の匂いを見つけて、俺は足を進めた。医師は留守のようで、多分デッキのほうの怪我人に着いているのだろう。

 

適当にアルコール液を何本か掴み、備え付けの洗面台へ。

 

 

何故か先に手を洗いたかった。

 

 

俺は上着を脱いで一緒に洗面台にぶちこむと蛇口を捻った。

 

ジャー…。

 

赤い。紅い透明な液体が俺の手から、服から。ぬるりと触覚を刺激して流れ落ちて渦を巻く。

 

スポーツ選手やっていたら血なんか見慣れている。爪の接触や頭同士の衝突。いろんな理由で怪我をして俺達は医務室にやってくる。

 

ヒザを擦りむいた程度の笑う余裕のある時もあれば、目の上を切ってしまって心臓ばくばくの不安の状態で運ばれてくることもある。自分でも分かるほどの大きなクラッシュをした時なんて最悪だ。

 

怪我をした怪我をした怪我をしてしまった。症状は?後遺症は?復帰はいつ?これからも問題なくやっていけるのか。やっていけなかったらどうする。俺に他に何ができる?いや、なんでもできるさ。でもブリッツ以上の何かなんて。

 

 

そんなことばかり。

 

 

そんな言葉ばかりが頭に占めて、どうしようもなく怯えてしまう。そう、怖いんだ。不安で、孤独で。

 

 

ジャー、キュ…キュッ…。

 

「いっつ…!」

 

 

最後に一度怪我した肩を水に突っ込んで乱暴に洗う。そしてすぐさま消毒液を思いっきりぶっかけた。じわじわっとした痛みの不快感が肩口から胸のあたりまで広がってくる。

 

「いちちっ…いたいってば!この野郎!」

 

自分で自分に悪態をつきながら、消毒液のボトルの2本目の口をあけそのまま再度ふりかけてる俺は外から見たら相当なドMだが、後々膿んだりしないようにやはり、ここの行程はしっかりやっておかなければなるまい。

 

…ふーっ。…ふーっ。と強く息を吸い込んで細く吐き出す。

 

それを繰り返しながら、俺は自分の肩口に応急処置を施していく。傷口を洗い消毒をしてガーゼを三重にしてあて包帯をキツく縛る。

 

手慣れているとまではいかないが、素人にしては十分だろう。

 

包帯をきっちり巻いたら、あとは肉が塞がるのをじっと待つだけだ。包帯変えたりとかそういうのは、ここのベッドで寝てたら戻ってきた医者が勝手にやっておいてくれるだろう。

 

傷もちゃんと見てみたら体感的な感触よりも浅かったみたいだし、これで一安心_____「あんた、なに…やってるのよ」

 

 

___ん?

 

 

声の出所は医務室の扉のそばからだった。開けっ放しにしていた引き戸の横でルー姉さんが、なにか信じられないようなものを見たような目をこっちを見ていた。

 

 

「なにを…考えているのよ。ねぇあんた」

 

 

ルー姉さんは一瞬そんな呆けていた表情から一転、いつものクールな不機嫌顔を取り戻し再度俺に対して、見たら分かるであろう質問事項を繰り返した。ルー姉さんにしては珍しい態度だ。

 

これは…俺がなにか悪いことをしたパターンかもしれない。

 

心なしかいつもの不機嫌顔も120%増しな気がする。

 

もしかしたら事情聴取ごっこ(プレイ)をしたいのかな?とかも思ったけど、そんな事言い出せる空気じゃない上に、それ以外の面白い返しも思いつかない。困った。

 

「ユウナを船室に戻してる間、あんたは気づいたらいないし。探そうと思って廊下に出たら床に血痕が続いてて…しかもそれ、奥に行くほど大きくなっていくしで…!あんたどういうつもりよ!」

 

え。なにそれ。ルー姉さんもしかして血が苦手とかそういう設定あったの。

 

むしろ魔女だったりそのゴシックファッションとか相まってそっち系の世界観のものが好きなもんだとてっきり。

 

ギャップがあって良いと思うけどガードやっててそれは不味いと思う。

 

モンスターとか最後は何故か消えちゃうけど、戦ってる間とかは血とかびしゃびしゃ出してるし、ガード自身も爪で引っ掻かれたら血は出ちゃうよ。

 

それともあれかな。船室を汚したら追加料金払わされてやばいとかそういった類いの…いやそれは無いな。もうシンに船ごとあらかた壊されてるし。

 

とゆうか、そもそもそれで叱られたらさすがに凹む。

 

俺結構がんばったはずなのに、鬼の所業だ。そいつはひでぇよとっつぁん!なもんだ。

 

 

 

キィッ…バタン!カツカツ…。「見せなさい」

 

 

え、何を?下半身っすか。

 

 

 

「いいから見せなさい!さっきユウナを助けてた時に怪我してるんでしょ!」

 

なんだそっちか。上半身裸の男にそんな主語を抜かした状態の事言わないでよ。期待しちゃうじゃん。

 

「う、うっす」

 

はらり、と。巻きかけの包帯を外して傷口を見せる。ちょっとグロい。

 

「…っ!この馬鹿っ!!」パシンッ!

 

いたいっ!殴られた。なんか理不尽に殴られてるよ俺!え?なにこれどういう状況?

 

「あんた、なんでこんなになってるのに早く言わないの!ほとんど穴空いてるじゃない!」

 

「え、いや穴まではいってないっすよ。撃たれたわけじゃないんすから、そんなたいした事じゃない」

 

「そういう問題じゃないでしょ!そういう問題じゃなくてあんたは…」

 

あんたは…の後に言葉は続かなかった。

 

今まで怒りの有頂天状態のルー姉さんは目をハッと一度見開いてから、ゆっくり呼吸を整えた。

 

 

そして最後にはぁ、と一度深い溜め息はいて。

 

 

 

「…」

 

 

 

「…」

 

 

 

沈黙。俺もどうしたら分からず、沈黙で返す。その状態が何秒か続いた。

 

「…怪我は大丈夫なの?」

 

「う、うっす!痛みも予想の範囲っすし、まぁこれくらいだったら、すぐ治るんじゃないかと思うっす」

 

「そう…。こっちに来て座りなさい。包帯。巻き直してあげるわ」

 

キィ…と、治療道具を片手に椅子をひいてゆっくりと座るルー姉さん。保険医っぽくてエロいと思った。

 

「あ、でも多分俺の方が包帯巻くのうまいっすよ。ブリッツ選手っすから」

 

「私だってガードよ。だいたい肩の怪我なんだからやり方知ってても片手でうまくできないでしょ…。いいから、黙って巻かれなさい」

 

ルー姉さんは俺を引っ張って座らせると、縛りが甘かったのか、もう血がにじんできた包帯を捨てると新しい包帯を出してきては巻きだした。なかなか堂に入った手つきだった。

 

「今、医師は他の船員を見て回ってるわ。シンのこけらが船の裏手にも出てたみたいでね。大きな怪我員もでてなかったみたいだから一通り落ち着いたら、戻ってくるでしょう」

 

「そうなんっすか」

 

「ユウナは、ちょっと溺れかけたせいで軽くパニックになってた。そのせいでちょっと大変だったんだけど…キマリの顔見たら安心したみたい。今は着替えて船室で休んでるわ、多分ワッカも一緒」

 

あー。まぁあの状況じゃあな。

 

短い時間とはいえあんな流れの速い濁った海で一人、海に残ったシンのこけらに襲われてたんだから、ちょっとびびっちまうのは仕方ない。

 

「怪我もほとんどしてなかったしね。ユウナがあの程度の状態で帰ってきてくれたのはあんたのお陰よ。ガードとして、ユウナの姉として、あんたに礼を言うわ」

 

ありがとう。と、ぽつりと言って、ルー姉さんは俺の方をじっと見た。

 

これは…このままご褒美の流れか!そうか、さっき医務室の扉を閉めたのはこういう意味だったのか。鍵をしていないのもまた一興っていう趣味ですか、ルー姉さんんんん。

 

 

「でも」キュッ!「いでっ!」

 

 

「さっきの一件のあんたは、気に入らないわ」

 

 

えええええええええ。ほええええええ。なんでえええええ。

 

 

「ほんとに…気に入らないわ。あんたにとっては、まぁワッカはブリッツの事もあるけど、そうじゃない私たちのことをなんだと思っているの」

 

「え、いや、召還士一行っていう意味とか意義とかまだ俺よく分かっていないんで、あれなんですけど。みんなの為に命はってシンなんていうあんな化け物と戦うなんて立派だと思ってるっすよ」

 

それは本当だ。ユウナ様の召還獣とかも見てすげーとも思ったけど、あの化け物と戦いに行く決心の材料としてはまだ貧弱で、それを埋める要因は気持ちだ。半端な覚悟ではやっていないだろう。

 

「…そう思ってくれるのは勿論嬉しいし、励みになるわ。けど、今話してるのは、そういう召還士とかガードとかっていう意味じゃなくて、私たちも一人の人間だっていう話よ」

 

ん?どういうことだ。

 

「たしかに、あんたにとっては私達はちょっと道が噛み合っただけの旅の連れ合いかもしれない。私たちにとってもシンの毒気の事には同情しても、私たちの旅は先を急ぐタチのものだから力になってあげれない。そんな関係よ」

 

ならもっと個人的な深い関係に…「でも、あんたは助けてくれたじゃない。ユウナを。昨日も、そして今日も」

 

「え、まぁ、なんとなく空気読んだと言うかなんというか」

 

「なによその空気読むって…まぁいいわ。とにかく召還士の意味も分かっていないあんたからしたら、ユウナはお偉いさん所の一人娘って位の認識なもんでしょ」

 

ぎくり、とするが話の本題はどうやらそこじゃないらしい。俺は真顔を貫いた。

 

「そんな状態でのあんたが、身を張ってユウナを守ってくれた事に対して、私たちが何にも思わないとか考えてるの」

 

…あー、そういうことか。

 

たぶん要するにルー姉さんは俺が一方的に借りのような物を作っている形になっているのに、俺がなんの要求も頼りもしないことに怒ってるんだろう。

 

「まだ出会って二日ばかりだけど、ユウナはもちろん。私とワッカ、キマリでさえもきっとあなたに恩を感じているわ」

 

「…っすか」

 

別にそんな気にしなくてもいいのに。とゆうかあまりされたくない。ルー姉さんはあまり人を見る才はないんだな。

 

俺は、そんな綺麗な理由で動いた訳じゃない。

 

ただ、たまたま状況的にそうなっただけなんだ。

 

今日のことだって、損をしたと思ってる。後悔をしている。

 

召還士だかなんだか知らないけど、助けることに命がけになれるような使命感なんて、俺にはないし、もうちょっと状況が悪かったら構わずケツまくって逃げる判断をしていたはずだ。

 

率直に言ってそうゆう奴には一回の感謝こそすれど、特別な感情なんか感じない方がいいと思う。

 

そんな事を考えたのが思わず顔に現れたのか、包帯を巻く手を一端止めて、ぎろっと俺をルー姉さんはにらんだ。いかんいかん、血が流れすぎてぼーっとするせいかな。表情が作れてない。

 

シュルッ…キュッ。

 

包帯が巻き終わる。あとはもうやる事はないはずだ。ベッドメイクはもう済んでいるとゆうか、だれも使ってなかったみたいで綺麗なものだ。疲れてる。もう早く寝てしまいたい。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

そう思ってるのに、ルー姉さんは椅子を立とうとしない。こちらをじろっと観察している。居心地がわるい。美人に見つめられるのは嬉しいが時と場合にもよる。今は違う。そんなまっすぐな目で見るのは、やめてほしい。

 

「今のあんたが何を感じてるか私にはそのポーカーフェイスは見抜けないけどね…」

 

ルー姉さんは視線を逸らさない。俺は目をそらせた。しまった、露骨に見えたかもしれない。くそ、馬鹿になってるな。

 

 

「ルカに着いたらそれでバイバイ、はいさよならって笑って言うような薄情者に私はなった覚えは無いわよ!」

 

 

バンッっとルー姉さんは医務室の扉を勢いよく閉めて出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ザザーン。

 

 

 

 

 

と波の音が聞こえる程度の静寂が戻ってきた。

 

 

「よく分かんないな」

 

 

俺は自分の怒られていた理由にさきほど予想をある程度つけてたが、もしかしたら違ったかもしれない。

 

だって、俺今日がんばったもん。なのにあそこまで怒られる理由はないはずだと思う。ルー姉さんは、きっと今日が女の子の日なんだ。

 

うん、とりえず、忘れよう。生理の女が理不尽なのはいつものことだ!くよくよしててもよくないぜ!

 

そうと決まればとベッドに潜り込む。結構新品っぽい匂いがして悪くない。自分の匂いをこすりつけるようにゴソゴソもぞもぞ、色んな体の部分のポジションを治して満足した俺はふぅーっと息を吐き出し、目を閉じる。

 

 

 

 

…ザザーン。

 

 

 

 

すー…ふー…。と深く、深呼吸するように息をすることだけを繰り返す。

 

普段していない、息をする、という意識をあえてする。集中する。これは思考から言葉を追い出したい時、なにも考えたくないか、考える必要のない時の儀式みたいなものだ。

 

こうすると、いつもならそのまま眠れるんだけど。

 

ジワッ…ジワッ。

 

なんだけど、呼吸をするたびに肩の傷は小さな悲鳴をあげて、あと一歩のところで眠りに入り込めない。

 

傷の感触はまるで火傷のようで。堅い地面の上でこけて、皮がべろっとなるくらいにヒザを擦りむいたときの痛みによく似ていた。

 

そして俺はこの痛みに似た感触をよく覚えていた。

 

「…」

 

ぼっちで練習して、こけて、泣いて、痛い思いして、帰ってきた時には同情を誘う相手はもういなくて、また泣いて。

 

ぐすぐす泣きべそかきながら広くなった部屋で一人。

 

背伸びしないと届かない高い所に置かれた薬品箱を漁ってたあの時。

 

 

 

 

そう___あれは雨の日だったな。

 

 

 

怪我して帰れば少しは心配してもらえるだろうとか、構ってもらえるだろうとか。

 

マザコンらしい今考えたら馬鹿らしい幼稚な考えだったけど、あのときの俺はその怪我=気を引けるっていう定理に縋りたがっていた。

 

 

母親が死んだ。その実感が無かったんだ。

 

 

だから心配してくれる奴なんか誰もいないのに、あえて怪我するような練習の仕方をしていた。雨の中でひたすらランニングしたりボール蹴ったり、とかまぁそんなんだ。

 

当然のように体が傷だらけの上に、熱まで出して家に帰る。でも。

 

ただいま。って言ってるのに、部屋は暗いし誰もいない。こんな辛い思いしているのに誰も僕を見てくれない。気にかけてくれない。なんで、なんで僕ばかり。

 

そんな溜め込んでいた不満が、唐突にはじけた。

 

 

 

 

気づいたら、走っていた。

 

 

堤防の向こう、その先はすぐ海だった。大雨で海はびゅうびゅうの轟々として、ざわめいていた。まわりには人っ子一人いやしなくて、周りの民家も窓どころか雨戸まで閉め切っていた。

 

そのせいか振り返った街はいつもより暗くて、ビビって戻るのも躊躇するような感じだった。俺は海をみつめる。

 

今日の海は危ない海だ。この海で溺れかけたら、きっと今度こそ僕を見てくれる。そんな、もはや脅迫めいた思い込みだった。それしかもう俺ができる事は無かったんだ。

 

決心は早かった。

 

俺は堤防の先の先へと走り出す。クラウチングスタートからのダッシュ。徒競走みたいに、勢いよく走り出した。

 

足の回転が上がり、後頭部に靴から舞い上がった泥が付着する。

 

雨は縦から横殴りに、無数の小さなトマトがぶつかって弾けるような感触に変わる。

 

もう、目は開けていなかった。

 

だんだんと視界が暗い海で埋め尽くされていくのが怖かった。それでも止まらない。ブレーキを踏めないように、全力で走り出したのだから。

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

小さくそんなことを呟いたと思う。

 

返ってこなかったその言葉が心の中で反響して、着地点のないまま小さくなってどこかに消える。

 

 

 

それが。我慢ならなかったんだ。

 

 

 

「…っ…!」

 

足音が早い。多い。頭の中が雨と足音だけになって、世界が妙にスローになっていく。

 

 

「…ッ…!」

 

 

ザアザア。ゴウゴウ。ザアザア。ゴウゴウ。ノイズのような音。それを振り切るように俺は走った。

 

 

「…ッダ…い…!」

 

 

一歩、二歩、三歩、どこまで数えただろうか、いつになったら自分の足は地面の感触か水の感触に変わるんだろう。

 

 

「ィーダ…っ!」

 

 

あと、何歩走ればいいのだろう。そう思って俺は薄目をあけた。

 

 

 

 

 

「あ…」

 

 

 

 

____なんだ____もう次の一歩で____。

 

 

 

 

 

慣性と、重力を感じる。

 

足場を無くした体はバランスを失い、宙へと放り投げだされるその時___

 

 

「ティーダッ!!」___誰かが俺の名前を呼んだ。

 

 

紅い外套。編み上げのブーツ。変なちょんまげ。腰に着いた時代がかった酒のとっくり。

 

雨に濡れた革手袋が、俺の腕を掴んで、持ち上げてた。

 

足場は無かった。下には海がある。でもそこに向かって落ちてもいない。

 

 

重力を感じる。

 

 

腕に、そして肩に。自分の体重を腕一本で支えられてるんだから当然だ。痛い。

 

「まったくっ…!こっちに来て早々手のかかる…!えぇい!ジェクトといいお前といい、お前ら一族は俺を走らせるのが本当に好きなようだな!」

 

どこから走ってきたのだろう。息を荒くした男が俺の目の前で怒った顔つきでこっちを見ていた。知らない人のはずだった。

 

「さっさと上がってこい。少しは甘くしてやろうかとも思ったが、ヤメだ!躾がなっていないようだから、この際みっちり説教してやるっ!来いっ!」

 

またさっきのスタートラインの位置まで戻されてから、ようやく下ろされた。再び地面に足が着いたけど、ストンと膝から崩れて、尻餅をつく。

 

「な、なんだ。どうした。ってお前痣だらけではないかぁ!なにがあった、まさか魔物に襲われでもしたのか!?」

 

俺の体をあちこち触りながら目を見開く紅い人。正直なにを言っているのかよく分からなかったけど、とにかくその紅い人は俺の顔を見て動揺しているみたいだった。

 

 

俺を、心配している、ようだった。

 

 

「くそっ医者が先か!いや、ここの地理をまだ把握しきっていない。ひとまずは家に!」

 

また足がふわっと一瞬宙に浮かび、今度は柔らかい感触に着地する。あっという間に俺は背中におぶらされれていた。

 

「熱もあるか…!おいっ!ティーダ!家への近道はあるか!」

 

どうやら家に帰るらしい。俺の家に。

 

「ええいっ!はっきりせん奴だな!もういい!来た道をそのまま戻るぞ!」

 

なんで。どうして。この人は必死なんだろう。俺に構ってくるのだろうか、知らない人のはずなのに。「どうして」

 

「む?なにか言ったか!いいから帰るぞ!それまでは黙っていろ!舌を噛むぞ!」

 

帰る?「なんで」

 

 

 

 

_____ハッ!___ハッ!__

 

 

 

 

おぶさった背中から体温の上昇を感じる。荒い息を出して走って。この人は俺を家に連れ帰ろうとしている。

 

この人が誰かは分からない。

 

なんで必死かは分からなかったけど。

 

 

 

 

 

いいから帰るぞ、という言葉が、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

記憶の淵に沈みだした頃にはもう眠りの世界へと船をこぎだしていた。とゆうか血がたりなくて貧血だ。意識が朦朧とする。

 

 

「…アーロン。なんで…なんだよ」

 

 

あんたはこれは俺の物語だと言った。俺にはその意味は分からないけど、とにかくこの世界に俺がくる事はあんたの予定調和な訳なんだろ?

 

 

「…俺、こんなに…怪我してるんだけど…」

 

 

ここはシンと、魔物に支配されているような世界でその中で俺が危ない目にあってるのも、あんたきっと分かってるんだろ?

 

 

「…ブリッツに支障がでちゃったら…どうするんだよ…」

 

 

怪我は、選手の大敵なんだぜ。あんたのヘッタくそな蹴りで飛んでいったボール拾うの誰だと思っているんだよ。

 

せっかくプロになるくらい上手くなったのに、またボール取れなくなったらどうするつもりだよ。

 

あんただって。酒場でTVに写った俺を指さして「あいつはワシが育てた」ってドヤ顔したいだろ?

 

 

「…だから…さっさと…助けにこいよ…」

 

 

 

そうだろ。なぁ、アーロン。

 

 

 

「…だから…」

 

 

 

だから、さっさと顔を見せろよ。

 

 

 

なぁ_____

 

 

 

 

 

 

_________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

船が、止まった。

 

 

 

バタバタとした音から察するにたぶん、ほんとにまさに今、キーリカ島に着いたところなんだろう。

 

そう思って、目を覚ました私が最初に目にしたのは二人の顔だった。

 

すっごく心配してくれているキマリとワッカさん。

 

キマリは、自分は泳ぐ事ができないから、海に飛び込んだけど私を助ける事ができなかった。って、まだ乾ききっていないオヒゲを揺らせて、何度も謝ってくれた。

 

ワッカさんも、私を助けようと水中に飛び込んでくれていたみたい。けど、シンが動いた後の海の流れが急すぎて身動きが取れなかった。俺の実力不足だ、すまねぇ。って、申し訳なさそうにそう私に言ってくれた。

 

「そんな。いいのに。私は無事だし、ほら、見て?私は元気だよ。だから二人とも顔を上げてよ、お願い」

 

もとはと言えば私がぼーっとしていたのが悪いの。

 

それなのに真剣に、何度も何度も頭を下げてくれている二人に、私の方が申し訳なくて。顔を上げてほしくて。私はちょっと勢いよくベッドから立ち上がってクルっとその場で一回転してみせた。

 

 

でも。

 

 

「いーや上げれねえよ。ガードとしてユウナを守れなかった。まだ旅が始まったばかりだと思って、俺の気が抜けてたんだ」

 

情けねぇ。そう言って、ワッカさんも、キマリも。いつまでも私に向かって頭を下げるばっかりだった。うぅ…これじゃ、本当に私のほうが申し訳ないよぉ。

 

 

「…あのとき、あの海の状況で自由に動けたのはアイツだけだった」

 

 

しばらくそうしていたら、ワッカさんが続けてぽつりと呟いた。「まったく、イルカみたいな野郎だな」

 

「あの流れの中で泳いで、戦闘して、船までユウナ抱えて昇ってって…。俺は…必死に沈まないようにモガくばっかりでよ」

 

私も初めて見たくらい、ほんとうに悔しそうな顔で。ううん、これはきっと

 

「こんな場面で選手としてのスペックの差を思い知らされるなんて思わなかったよ」

 

ガードとしてじゃなくて、ブリッツ選手としてのワッカさんの顔なんだと思った。そんなワッカさんを見て、私は_____

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

そうだ。私は、いったい何を今もぼーっとしているんだろう。

 

 

「えっ、もう、やだ」

 

 

お礼。

 

お礼言わないと。ティーダ君。どうしよう、彼に、そう。私は彼に助けてもらったんだった。「ど、どうした、ユウナ」

 

「え、どうしよう。どうしよう」

 

まただ。昨日に続いてまた助けてもらっちゃった。昨日の事もまだちゃんとお礼できてないのに。どうしよう私、また迷惑かけちゃったよ。「お、おい」

 

「寺院への貢ぎ物をお礼に使っちゃうには、あんまりいい品物じゃないかもだし…ううん!そうじゃない、そうじゃないよ私!」

 

私のばかばか。まずは、口頭でのお礼だよね。あと、迷惑かけてごめんなさい、って謝らなきゃ。昨日の事もあるし、と、とにかくちゃんと顔見てお話しないと!「ユ、ユウナさーん?」

 

 

「ワッカさん!」「お、おう」「彼は!どこですか!」「か、彼ぇ?」「ティ、ティーダ君です!」「あぁ、あいつなら医務室に」

 

 

「え?」

 

「あいつなら、肩を怪我して今は医務室で寝てるはずだぞ。」

 

「怪我をしてるの!?」

 

「あぁ。まぁ命に関わるようなもんじゃねぇみてぇだ。大丈夫だよ」

 

「そうなんだ…よかった」

 

「あぁ俺もさっき見舞いにいったんだけどな…イビキかいてたし、せめてもの礼に俺のなけなしのヘソクリを枕元に置いてやる事しかできなかったぜ」

 

「…わ、わたしも!ちょっと行ってきます!」「お、おい!」タタっ…バタンっ!

 

 

 

 

船室から廊下にとびでる。

 

「えっと、こっちで合ってるよね」

 

たしかこの廊下を奥に行った方に医務室があったはずだ。船室がここから先三つにトイレがあって、その向かいの部屋がそうだったと思う。

 

ギィ…ギィ…と大きく音を立てて軋む床を踏んで、私は足を進める。けど、どうも足がおぼつかない。

 

貧血気味なのもあると思うけど、歩いていくうちに、どうやって声をかけたらいいのかとか、寝てるのに起こしちゃったら迷惑かな、とかそんな事を考えだしてしまってる私がいるのが原因だ。

 

「やっぱりルールーを探して一緒に行ってもらった方がいいかな…ううん、ダメ。私がちゃんと言わなくちゃ」

 

そう。とにかくちゃんと会って私からお礼をしないと。いろいろ考えちゃうのはそれからでいいはずだよね。ファイトッ、私っ。

 

 

ギィ…ギィ…。

 

 

あれこれ考えてるうちに、医務室の前にたどり着く私。この中に…彼がいるはずだ。

 

 

キィ…バタン。

 

 

 

「そ、そのまえに」

 

 

 

…ちょっとトイレで鏡を見ておこう。だらしない身だしなみだったら、きっと彼も良い思いをしないよね。

 

鏡の中の私はちょっとだけ寝癖がはねていた。私はなかなか強情なそれを水に濡らして慌てて抑える。

 

「よ、よし。なんとかこれで」

 

櫛がなかったから何度も手で髪を流して、とりあえず髪の毛は収まった。

 

だけどいつもの召還士の服じゃないのが心細い。まだ乾かしている最中のはずだから、今の私は荷物に持ってきた数少ない私服姿なのだ。

 

「ださいって思われないかな。ティ、ティーダ君はお洒落だし。お化粧は…ルールーがいないとできないし…」

 

こんなことならルールーにお化粧のやり方をちゃんと教わっておけばよかったかな…。いや、今更そんなことしてる場合じゃないよ。

 

「あぁ、でもでも…」「ユ、ユウナ、目が覚めたのね」

 

声がして振り返るとルールーが、ちょっとひきつった顔で私を見ていた。

 

「えっ?えっと、彼にお礼言わないといけなくて、私それで」「あぁ…そうゆうこと。…あいつなら今いないわよ」

 

ルールーは、なんだかちょっと気まずそうにしているように見えた。

 

「え、どうして…かな?」

 

ルールーは溜め息を吐きながら首を横に振る。「私の方が聞きたいわよ…さっき私、アイツにちょっとキツイ事言ったの。それを謝ろうとして今医務室行ったら、もぬけの殻よ」

 

怪我してるっていうのに、一体どこ行ったんだか。ルールーは困ったような、呆れたような顔でそう言った。

 

「そうなんだ…」

 

 

ほんとに、いったい、どこに行っちゃったんだろう。

 

 

「まぁ、とにかくいいわ。一人で動けるくらいにピンピンしてるって事でしょ。そのうち戻ってくるわよ」

 

「うん…そうだね」

 

「ユウナ。起きぬけに辛いだろうけど、キーリカ島に降りたら、いつものアレ。宜しくね。あいつにお礼を言うのは、その後でね。」

 

「うん…分かったよ、ルールー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______ぶくぶくっ___はっ!_____ぶくぶくっ___はっ!

 

 

 

 

どうして気づかなかったんだろう!

 

 

 

 

______ぶくぶくっ___はっ!_____ぶくぶくっ___はっ!___おいっ!____

 

 

 

 

 

これはたしかに偶然だけど、予想できる範疇の偶然だ。海流の関係を考えたら、それも当然といえば当然だ。

 

 

 

______ぶくぶくっ___はっ!___おいっ!____おいっ!おーい!___

 

 

 

 

キーリカ島とビサイト島は隣同士の島だ。

 

俺がビサイド島に流れ着いたんだ。あいつはあいつで別々のタイミングで別々の島に流れつくっていう事も十分可能性がある。

 

 

 

 

_____バシャッ!

 

 

 

 

海からぽつんと頭をだした、小さな小岩。

 

俺も泳ぎの勢いそのままにのりあげる。目に前に横たわる全身ボディースーツの金髪の女は、確かに…動いている!

 

 

 

 

_____ぺたっ___ぺたっ___おいっ!__起きろ!____

 

 

 

 

都合がいい話かもしれない。何万分の一の確立かもしれない。だけど。

 

 

 

_______おいっ!起きろって!_______

 

 

 

 

だけど、油断してた俺が助かって。助けようと必死こいたコイツが助からない。そんなの結末は間違っている。間違ってるんだ。

 

 

 

グイッ!_____起きろって!なぁ!______リュック______!!

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

「うぅ…もう…もっと早く見つけてよぉ…」

 

 

 

 

 

 

_______この結果は、当然なんだ_____。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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