やんでれ×ユウナッ!
そのさん。
「ユウナー!」
遠くから、ワッカさんの声が聞こえる。
すごく大きな声で私の名前を呼んでいるみたいで、こんな村はずれの家の中まで響いて来ていた。
「ユウナ様…この婆めのお相手に付き合ってもらわなくてよいですぞ。」
「いえ、そんな」
「婆はユウナ様の邪魔をしとうございません…。どうかガードの御方達の元にお戻りください」
おばば様は、私の目の前で本当に申し訳なさそうなシワの流れを顔に作ってくれた。
その表情は明らかに寂しそうで、私はおばば様にこんな表情をさせるワッカさんに、筋違いと分かりつつも腹を立ててしまった。
「駄目ですよ。占いって途中で止めちゃうと災いを呼んじゃうんですよね?ユウナはちゃーんと覚えていますよ」
「ですが…」
「少しだけ。もう少しだけです。ね?」
私は自分にできる精一杯の笑顔を浮かべて、色鮮やかなオハジキを、おばば様の手に静かに握らせる。おばば様の手は昔触った時より冷たくなっている気がした。
「ユーウーナー!!」
島にやまびこする私の名前。このまま呼ばれ続けるのも少し恥ずかしい。
だけど、私はどうしても最後におばば様といたかった。
「女の子同士の秘密の占いをしていたって言えば、大丈夫なんですっ」
私はおばば様の膝元の地面に文様のように広がったオハジキを見つめて子供のようにガッツポーズをとってみた。
あれ?このポーズちょっと可愛い…かな?なんちゃって。
「……。」
じーっと思いを込めて見つめること数分。
「…分かりましたよユウナ様。婆は幸せ物です。」
おばば様はようやく笑顔を浮かべて、再度おはじきの示す星の位置を動かし出してくれた。
カチッ。カチッ。
と音を鳴らしてオハジキが弾かれるのを私はただじっと見つめた。
ありがとう、おばば様。
実はね。占いをしたかったのは、オババ様じゃなくて、本当は私の方だったんですよ?
だってね。わがままを言いたくなる位おばば様の占いはよく当たる上に、すっごく見てて楽しいんだもん。最後に…見ておきたかった私の大事な光景の一つなんだよ。
カチッ。
「…結果が出ましたぞ。ユウナ様」
「ど、どうだった?」
でも占いの結果自体は、緊張するよ。悪い目だったらどうしよう。
「新たな出会い。それが貴方を大きく変化させる。時期も近いようですが…星の感情の振れ幅を大きすぎて先が見えません。一体どう転ぶやら…」
おばば様はうーんと首をひねらせながら、星の予言をくれた。どうやら相当珍しい目が出たらしい。当たり…なのかな?成長の芽があるって事なら嬉しいな。
「旅は苦難の激しいものになり、貴方にとってその経験は血肉と変わります。気まぐれな風が吹き、惑う。きっと良いことばかりでは無いでしょう。ですが、ユウナ様」
「はい」
「ユウナ様は自分の心に正直になるべきです。これまでの様に村の皆に合わせる為に心を堅く閉ざされる必要は無い」
「え…?」
私が心を閉ざしている…?なにを言ってるの、おばば様。
「召喚獣はゆとりの無い心を嫌います。理性だけで整えられた狭い価値観の心は召喚獣にとっては住み辛いのです」
「自分を正だけの存在と思わず、清濁を合わせ持った人間だと自覚する。その上で事実を見つめ、一見間違ったように見える選択肢も受け入れる事です。
「それこそが曇り無き眼で物事を捉えるという事であり、心を磨く召喚士の旅の本質でございます。それをどうか努努お忘れ無いように」
「おばば様…」
「これが…婆の最後に送る言葉であります。」
おばば様は、一気にしゃべって疲れてしまったのだろうか。ベッドの方に歩いていってしまう。
「さあ。そろそろお行きなさい。旅の準備がまだでしょう。婆は少し眠ることにします。この老体の身で星の言葉を代弁するのは少し荷が重すぎたようですわ」
汗を額ににじませておばば様は不安気に、それでいて本当に満足そうに笑った。
「はあはあっ。ユウナッ!はあっ。ユウナっ!げほっ。どこだユウナーッ!ごほっ。でてきてくれユウナーッ!」
まるで私がどこかに誘拐されたような焦りぶりでワッカさんは町中を走っているみたいだ。正直、恥ずかしい。早く行かないと。
「おばば様、私じゃあ行ってきます。私…私っ!召喚士になりますっ!」
そう最後に行って、駆け出すように家を出る。その時____
「それでもね。婆はいつだってユウナちゃんの事、信じてるよ」
そんな優しい声が背中を押してくれた。
______________
「やっべ、たまんねえよ。何だよこの金属の質感。あぁん?汚れの下にそんなテラテラした体を隠してやがったのか。ん?そんなにびしょびしょに濡らしてほしいのか?ほれほれ」
そんな事を呟きながら、俺はひたすらに甲板にデッキブラシをかけていた。かれこれ三時間も。こんな事でも言ってなきゃやってられん。くそっ、リュックの話に無条件に乗りすぎた。こき使われるより監禁される方がマシかもしれん。
「まったくよー。なんだよシンの毒気って。すっかりイタイ人じゃないっすか俺ってば」
記憶を失ったイケメンブリッツヒーロー。
そう言えばザナルカンドの特産品であるハリフッドン映画の設定みたいで聞こえはいいかもしれんが、当人にとっちゃ厄介事でしかない。
あの大きな怪物ってのは「シン」っていう名前らしくて、近くに寄りすぎると毒気に犯される。症状は主に精神病の類らしく、ひどい時には植物人間みたいになるとか。
要はその設定を適用された俺は『記憶の混乱』という途方もない病名を申告された。っていう事だ。
この世界では俺の故郷であるザナルカンドは一千年もの昔にとっくに滅びていて、今は遺跡になっているってさ。こんちくしょうっ!いきなりそんな事言われても_____「どう、やってる?」
「ああ、ごめんな。リュック。飯はあとでいいんだ。ちょっとまだシンの毒気が残ってるみたいで食欲がないんだ。」
「そっか…せっかく私のお手製なんだけど、冷めちゃうね」
「本当?なら前言撤回。食べてもいいかな?リュックが作ってくれた物ならきっと体に優しいはずだろ?」
「べ、べつにそんな事ないよ。ありあわせを炒めただけだし。胃が荒れてるなら…」
「いいから。食べさせてよ。単純に今、俺が食べたいんだ」
「もう調子のいい奴だなぁ…。そこまで言うなら、どうぞっ」
「じゃあリュックのアレを、いただきます」
「なんか変な言い方しないでよっ!あー、馬鹿!」
「あははっ」
___とまあ、この程度の反応しか返せないぜ?まったく、シンの毒気って奴は困ったもんだぜ…。
ん?
ガン!「痛っ!」
「ワサナキミキゾソガ」
いきなり誰かに後ろから殴られた。
ここの奴ら荒っぽすぎるだろ。客人をもてなす文化はないんかね。
「トヤネマトモデウモハ?」
…ん?なに?この酸素ボンベ。なになに。そのジェスチャーは、これを付けて泳げと。うん、海を潜れと。下に何かあるから探索しろ。拾って取ってこいと。そう伝えたい訳ですか?なんか不穏な空気がビシバシするぜ…俺の勘がそう言ってる。
「トヤネマトモデウモハ!」
「えーと…」
なにも分からないフリしちゃ駄目かな…?
____________________
___と、まあ結局潜ることになったんだけどね。
頼まれたら断れない。困ってる人がいたらつい助けてしまう。…そんな性格を俺はしているんだよな。まったく…人情路線の俺も嫌いじゃないぜ?
「(こっちこっち)」
リュックに水中で手招きされる。声については俺の脳内で補完した。
「(すぐ行く)」
そんなような事を言っているクールな顔面を作っといてから、俺は深海へと繋がるロープを伝っていく。
海中の透明度は低く、プランクトンの一種と思われる白の胞子がびゅんびゅんと舞っていた。
この悪天候だ。潮の流れは馬鹿みたいに速く、手慣れたダイバーならこの状況下で海に潜るのはのっぴきならない冗談みたいな事件がない限りは、まず諦める。頭の沸いたバカでもさすがに本能で躊躇するんじゃないだろうか。
「(…んっ。よっ。)」
そんな中をあえぎ声をあげながらモッタリポッタリとロープを掴んで進んでいくリュック。
その光景を俺は不届きな目で見つめた。
やはりリュックはどこからどう見ても、潮の流れに体が持って行かれないように頑張っていた。
その光景を俺はふとどきな目で更に追った。
彼女をここまで必死にさせる深海の「お宝」とは何なのか。俺はあのアルベド族という人らの言葉は分からないので、リュックが簡単に説明してくれた言葉の端々しか分からない。
しかし、まあ。「お宝」と聞いて俺も興味はないとは言わない。
「シークレットトレジャー」は映画館で見たし、毎年の年明けと夏休みに放送されるナショナルジオグラフィックの古代エジプトのファラオの宝を巡る話は、必ずブルーレイで録画する自称エジプトマニアにはどうしても、こういう「失われた宝」とか「隠された財宝」とかいうキーワードに条件反射でよだれを垂らしてしまう。
パブロフの犬のごとき反応で、グッズに金を落とすTVっ子である資本主義の豚野郎であるこの俺に、リアルにお宝探ししているバカ達の作戦に参加させられて、期待するな、という方が土台無理な話だ。
と、まあ、要するにとにかくシンの事とか色々あったけど
「今は考えたって仕方がないんだから」
という事だ。思うままに行動すればいい。
それに…別に税金払わないといけない世界に帰りたくないとか言う訳ではないが、こっちの世界にもブリッツボールがあって、世界の半分が女なら俺にとっちゃ、そんなに変わらない世界だ。
身寄りがいないっていう身分もこうゆう時は役に立つ。強いて言えばアーロンの行方が分からないという事が大きな違いだが、何となく、まあアイツもこっちの世界に来ているだろうと俺は楽観視していた。
「(あ、やだっ。わっ!)」
そんな長い長い深海への道を伝う単純作業によって発生する思考の海の中で、リュックがそんな声を上げた。(脳内補完)
ロープを離してしまったリュックは眼球すらも濁りそうな紺色、血液中のヘモグロビンのように轟々と走り回る海の胞子の嵐の中に飲み込まれていく。
「____っ!」
その瞬間に泳ぐ。泳ぐ。体を波打たせてイルカの動きを模倣して、強く疾く身体を潮の流れに這わせた。体の中に隠された海蛇の筋肉を表皮に変えて、俺はリュックを追いかける……って、なにやってんの俺!?
ヤベぇ!「これロープ切れたらお陀仏だ」って海入るとき思ってたじゃん!くだらない正義感に流されて何命かけちゃってるの!?熱血ですか!?俺は熱血漢ですか!?
「(くそ)」
もうしゃあない!ここまで来たなら行ったれ!
「(んがあああ!)」
ぐんぐんと距離を詰めて詰めてそして何とか小指を掴む。
「(我慢しろよ!)」
思いっきりの荒技に女の体がちぎれないか一瞬迷ったが、俺は一思いに小指を引っ張った。
「(きた!)」
胸板にリュックを抱えて勢いを殺さないまま進路を反転させる。潮の流れが変わって更に視界が悪くなっていた。ロープはどこだ!?ええい、あっちだったよな!
「(ビンゴ!)」ガシッ!
帰ってきた。帰ってこれた…。洒落にならんかった。ぶっちゃけオシッコちびったからリュックの背中にかかったと思う…えへへ。
「(あ……ありがとう)」
そうリュックは言った、ような気がした。俺としてはお礼を言われるより謝ってほしい。そういう趣向だからだ。
「(……。)」
リュックは俺の体から身を離してロープを掴み直すと、今度は俺の後ろについてくる形をとって進み出した。バイクのツーリングでも何でも先導する方が技術を求められる。そういう事なんだろう。俺達はまた進み出した。・・・いいね。本格的に宝探しっぽくなってきた。
「(見て…)」
しばらく歩くと突然リュックは俺の肩を叩き、真下を指差した。その先には大きな大きな深い影が口を開けていた。まさに捨てられた遺跡という感じの壮大な遺跡だ。
「(……。)」
「(……。)」
帰ろっか。
そう目線で言い合った後、二度三度泣きそうな顔を浮かべてから、俺達は遺跡に向かって進んでいった。
ああ…死にたくねぇなあ。