前略、ハンターは衰退しました。
「そぉぉい!!」
小柄な体型に全く合っていない巨大な槌を振り回す一人の少女。
その武器はハンマーと呼ばれ、人御用達の打撃武器の一つ。
重量に任せた打撃が中心なので、相当の腕力が必要な筈ですが。それをこの少女は体格に似合わず軽々と振り回すのでした。
「ボルゥゥォッ?!」
振り回されたハンマーの先にあった冠の様な頭蓋が叩き割らられて地面に落ちるのを見れば、彼女が凄い腕力の持ち主だという事が伺えます。
あの華奢な身体のどこにそんな腕力が隠されているのか……。
「グルルォォォッ」
自らを主張する特徴を粉砕されて怒ったのか、かのモンスターは砕けた頭蓋の上からなにやら煙を出しながら私達を威嚇します。
身体に着いた泥をこれでもかと言うほどに地面にばら撒き、近寄る物は容赦しないぞと意思を敵に見せるのです。
獣竜種、土砂竜ボルボロス。それがそのモンスターの名前。
先程地面に落ちた冠の様な頭蓋が特徴の、獣竜種の中では比較的小さなモンスターです。特徴、無くしちゃってますが……。
「たぁっ!」
私も負けじとキレアジ皆無の片手剣をボルボロスに叩き付けますが、その甲殻より片手剣の方が削れている気がしてなりませんねこれ。
「グルルォ……」
「ア、アハハ……ソンナニオコラナイデー」
そんな言葉がモンスターに通じる訳も無く。ボルボロスはその強靭な足で私を踏み殺そうと、足を持ち上げます。
人はモンスターには勝てないのです。昔はどうだったか知りませんが、今はそうなんです。
「先輩!」
彼女の心配する声が聞こえます。ごめんなさい、もう人はダメなのですよ……トホホ。
ハンターは衰退しました。
それは遠い遠いはるか昔、荒々しくも眩しい時代。ハンターと呼ばれる人々はこの強大なモンスターに打ち勝ち、人類の繁栄に尽くしたと言い伝えられています。
しかし、今の人々にそんな力はありません。
いつからか、人々は弱々しくなり、ハンターという職業は無くなってしまったのです。
ならば、このモンスターとの戦いは何か?
残念ながら私も彼女もこの狩りの主役ではありません。
現代社会において我々人が人類の二文字を捧げた現人類。
「弾込め完了ミャー!」
アイルー。獣人族で一般的にネコと呼ばれる彼等こそが、この現代でこの世の理であるモンスターと戦う事が出来る現人類———主役なのです。
その証拠に。
「グルルォ……ッル!」
「喰らえミャ!!」
彼女の得物はボウガンではあり得ない程の量の弾丸をモンスターに叩き付けます。
「……これでっ」
彼の得物はボウガンではあり得ない距離からあり得ない威力の銃弾をモンスターに叩き付けます。
「グルルォォォオオオ……ッ」
ボロボロス———違った。ボルボロスは、断末魔の悲鳴を上げながらゆっくりと地面に横たわりました。
我々旧人類が扱う武器よりも、現人類アイルーさんの武器は強力です。
それこそ何度目かの攻防のうち、私や彼女がモンスターに与えたダメージは二割にも満たないでしょうから。
これは、こんな人類が衰退した世界で生きる私の———私達の物語。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……死ぬ」
順調でした。
「……確かに、死んでしまいますね。これは」
順調だったんです。
「なんでそんなに冷静なんですか先輩! 私達死んじゃうかもしれないんですよぉ?!」
クエストをクリアする———までは。
「騒いだら余計暑くなるだけですよ……? ただでさえ暑いんですから、ここは静かに冷静に逝きましょう」
「あの……諦めてませんか? 『いく』が昇天的な意味になってませんかぁ?!」
「キノセイデスヨ。ほら、お茶出しますから落ち着———アー、カラッポダー。オジイサン、サキニタツフコウヲオユルシクダサイ」
「しっかりしてください先輩! 私のお茶出しますから! ———あ、空っぽだ」
……アーメン。
「……ミャー」
「……にぁ」
ただ、カンカンに照り付ける太陽の下。遮る木々も無いこの砂の大地。
ドンドルマから遥か南にあるデデ砂漠。私達四人はここで獣竜種ボルボロスの狩りを行いました。
結果は大成功。危ない所も無く、怪我も無く、何もかも順調だったのです。
しかし、問題は狩りが終わった後でした。
「クーラードリンクって……どうやって作るんでしたっけぇ」
「……苦虫と氷結晶ですよ」
「……氷結晶なんて砂漠に無いよぉ」
当たり前です。嘆いても仕方がありません。
そう、私達はクーラードリンクを忘れたのでした!
アリマスヨネー、ヨクアルヨクアル。
クーラードリンクはとてもひんやりした飲み物で、苦虫の謎の成分により一定時間灼熱の暑さにも身体が耐えられるようになるという摩訶不思議なアイテムなのです。
人間は貧弱なので砂漠や火山等の地域ではこのアイテムは必須。使わなければ何もしてないのに体力を奪われ、しまいにはお亡くなりになってしまいます。
朝方から狩りを始めたその時はまだそこまで暑くなかったので気にせずにクエストを続行していたのが過ちでした。
ようするに私達はピンチなのです。
「もうダメなんですか?! 私達この砂に混ざっちゃうんですか?!」
「塵となって砂に混ざって漂うのも良いかもしれませんよ?」
「……正気に戻って下さい」
まぁ、慌てるのも分かるんですけどね。
私達、旧人類は衰退しました。この状況を打破する術を私達は持っていません。
クーラードリンク無しでベースキャンプにある気球に戻る事は困難です。ていうか無理です、途中で死にます。
「……お、落ち着くにぁ」
「そうだミャー。大丈夫、きちんと助けは読んであるミャ!」
そしてこの現人類。アイルーさん達は、こんなにモフモフに毛を生やしているのにも関わらずこの暑さだろうが逆に極寒だろうが耐えて見せるのです。
私達とは大違い。人類の座を託されたのも納得が行きます。
「どうしてご主人やピンクちゃんはそんなにモフいのに熱く無いんですか……」
「……人間さんも昔は平気だったハズにぁ」
そうですね。人も大昔は環境に適応し、生きていました。
しかし、我々は無駄に頭が良かったのです。
寒ければ火を焚きガソリンを燃やし、暑ければ水を撒き二酸化炭素を大気中にばら撒きました。
適応を履き違え、環境自体を変える事を知ってしまった我々は自らが適応する事を忘れてしまったのです。
人類、怠惰でした。
「……にぁ! 大丈夫にぁ、助けは呼んであるし、もう少しの辛抱にぁ!」
普段は静かな私のご主人。しかし、私達が滅入っているのを見て元気付けようとしてくれているのか声を張り上げて座っている私の膝にその肉球を乗せます。
あぁ……普段は触りたくても触れない幸せの肉球なのに、今はどうしてか暑苦しい。
爽やかな銀色の毛も、簡単にモフれる所まで近付いているのに———暑苦しい。
「そのもう少しで逝っちゃいそうです」
「…………にぁ」
人間は弱いのです。
「でもなんでクーラードリンクなんて忘れたミャー?」
唐突にそう聞いてくるピンクちゃん。ピンクな毛並みが可愛いのですが色合いもあってやはり今は見るだけで暑いです。
「クーラードリンクは忘れる物なのですよ……」
それは古代より受け継がれて来た習慣の様な物な気もします。
「忘れるっていうか、先輩がぁ……。ホットドリンクが無いと砂漠では生きていかないのですよ、って……出発前に言うからホットドリンクだけ持って来たって感じですよね」
うぐっ。
「あ、あの時は夜だった……ので」
私の知識では、夜はホットドリンクなんです。まさか珍しく夜に出発すると思ったら、到着が朝方になるなんて誰が想像出来たでしょう!
「夜になったらそのホットドリンク役に立つミャー! それまで頑張るミャ!」
「それまでに死んでしまいます……」
時刻はお昼丁度程でしょうか?
太陽様は真上に降臨なさり、岩陰で休んでいたその岩陰も少しずつ小さくなっていきます。
———ここままでは確実に死ぬ。
「後輩ちゃん」
「……はい?」
私は隣に居る、苦楽を共にしてきた彼女に声を掛けました。
彼女とは学校時代からの中で、辛い時も悲しい時も一緒だった気がします。気がします。
「……」
「ど、どうしたんですか? 先輩……?」
黒くて綺麗な髪はあざとくツインテールに。小柄な割には主張が大胆な胸部は本当に同じ生物なのか疑いを持ちます。
私は小さく無い! この子が大きいだけです!!
「人間の七割は水分で出来ているらしいですよ」
「落ち着いて下さいお願いします」
丁重にお断りされました。———当たり前です。
「母乳出るんじゃ無いですか?」
「にゃ、にゃに言ってるんですか先輩! 戻って来て下さぁああい!!」
「言葉では嫌がっても……身体は正直だぜ? ほれほれぇ」
「ヤバイ……もうこの人ヤバイ……」
先輩の威厳ゼロでした。
暑くて気が狂いそうとは良く言った物です。本当に気が狂ってしまいました。
「……オトモさんがヤバイにぁ」
「……これは重症だミャ。……被害がこっちに来る前に見捨てて帰った方が良いかもミャー」
「「それは辞めて下さい!!」」
本当に死んでしまいます。
「冗談ミャ! きっとそろそろ救援も来るミャー」
救難信号は確かに送ったのですが、それを拾ってくれる優しいニャンターさんが通りかかっているとも限りません。
しかし、このままではどちらにせよ死あるのみなのは確実でした。あぁ……神様仏様アイルー様。
「……にぁ。噂をすれば……?」
唐突に砂を踏む足音の様な物が聞こえてきました。
本当に来た?! 私達は見放されて無かったのです。
と、とにかく水を。水を下さい。
「助けに来てくれてありが———」
最速お礼を言う為に立ち上がって、目線を足音の方に向けます。
目に入って来たのは、オレンジと緑のまだら模様の毛皮を着た……凄く牙の尖ったお人。
「ギャィッ!」
どう見ても人じゃありませんモンスターでした。種名はゲネポスと言います。
イーオスと同じ体格をしたその鳥竜種は強力な麻痺毒を有していて、その麻痺毒に侵された生き物は意識がある内に身体を食べられていくという地獄の様な体験をするのだとか。
何が言いたいかというと———危険です。
「ごめんなさい許して下さい何でもしますから!! 後輩ちゃんが!!」
「なんで私なんですかぁ?!」
「後輩ちゃんの方が美味しそうでしょ?!」
「先輩の方が多分私よりボリーミーですよぉ!」
「私は背が高いだけです! 後輩ちゃんのプリプリなそれを揉ませれば彼もきっと満足しますよ!」
「変態!! 痴漢!!」
「……暑さでこの二人どうにかしてるにぁ」
「とりあえず軽く掃除するミャー」
奥の方で余裕そうにアサルトライフルを構えるピンクちゃん。
なんて頼もしいのでしょう。
これで後輩ちゃんを生贄にしなくて済みます。
「———あれ」
「……にぁ?」
「弾切れミャ」
ユーアーデット?!
「嫌だぁぁ死にたくないぃいい!!」
「助けてお爺さぁぁああん!!」
「……にぁ」
瞬間、空気を切り裂く銃声が聞こえました。目に止まる訳も無いその銃弾はゲネポスの脳天を貫き絶命させます。
「ご主人流石です!」
「やりますねぇ!」
「……に、にぁ」
「やるミャ銀髪ぅ!」
皆に詰められ褒められるご主人。しかし、彼は人見知りが激しいので反応は思わしくありません。
もう少しフレンドリーで良いのですよー?
「……に゛ぁ?!」
「どうしたんですか? ご主人」
突然驚きの声を上げるご主人に釣られ、私は先程倒れたゲネポスの方に振り向きました。
「「「ギャィッ!!」」」
増えてました。
ここは砂漠。モンスターの住まう世界。狩場。
当たり前と言えば当たり前なのですが、勘弁して下さい。
「三体は無理にぁ……」
「逃げます?」
「逃げるミャ?」
「逃げましょう」
命あっての物種です。
「……にぁ」
そうと決まれば全力ダッシュ。暑くても体力が無くてもダッシュ。人間、死を前にすると限界なんて無いのです。
しかし、それが仇となりました。
私達が元気に走り回る物だから、ゲネポスから見ればただの生きの良い餌な訳です。
ゲネポスもイーオスと同じく群れを成すモンスター。その群れには親分が居たり居なかったり。
アニキ、アソコニイキノイイノガイヤスゼ!
「ギャィッ!! ギャィイイッ!」
ボス、呼ばれちゃいました。ドスゲネポスです。
普通のゲネポスと違って一回り大きな体格に自らを主張するトサカが特徴。
その威厳ある鳴き声に釣られるように周りのゲネポス達がみるみる集まって来て、気が付けば囲まれていました。
これは……オワッタ。
「あわわわわっ」
「や、ヤバイミャ……」
「お父さん……今、逝きます」
全員諦めモードでした。
「……にぁっ」
ただ一人を除いて。
「…………み、皆は……ボクが守るにぁ!」
小さな身体で私達の一歩前に出て、至近距離では不利でしかないライフルを構えるのです。
「ご、ご主人!」
「……オトモさんはボクの大切な人だ、こんな奴らに食べさせない……にぁっ!」
臆病で、モンスターが強くて遠距離からの戦いを好むご主人。
きっと過去に辛い思いをしたに違いない。それでもニャンターをやったいるのは、もう辛い思いをしたくないからなのでしょう。
なぜ分かるかって? ———私も同じだからですよ。
「ご主人……」
諦めるのはまだ早いかもしれません。
「良くぞ言ったニャン! 馬鹿弟子ぃ!!」
「……に゛ぁ?!」
「はい?!」
「ギャィッ?!」
緊張感漂うその場で、突然空から聞こえた声に私達はおろかゲネポス達も驚いて空に視線を移します。
その時には、もう遅かったのです。———ドスゲネポスからすれば。
視界に映るのは金色の装備。小さな身体のせいか一発でアイルーさんだと分かりました。
毛並みも金色。手に持った光剣はアイルーさん専用の武器。
熱の塊である光剣が、直上から降って来る『彼女』によってドスゲネポスの首に叩き付けられる。
そのまま格好良く地面に着地する彼女と共に、ドスゲネポスの頭も地面に落ちたのでした。
「お待たせニャーン。救助隊、到着ニャン」
「……し、師匠?!」
「お師匠さん?!」
「金狼?!」
「誰ですか!!」
彼女こそは、私のご主人の師匠にして五代目ギルドニャイトマスター候補の一人。
金狼の二つ名を持つ凄腕ニャンターさんなのです。ネコなのに、オオカミとは如何に。
「救難信号の煙を見て、まさかと思ったけどまさかだったニャン。いやぁ、丁度良く気球が通りかかってて良かったニャン」
「え、もしかしてお師匠さん……あの気球から飛び降りて来たんですか?」
お師匠さんの言葉に空を見上げてみれば、遥か上空に気球が見えました。お師匠さんはクエストの行きか帰りだったみたいで、たまたま通り掛かった……のでしょうか?
「そうだニャン」
「えーい、ご主人のお師匠さんは化け物か」
親方、空から女の子が。
「さーて、こいつらとっとと片付けて帰るニャン」
な、なんて頼もしいのでしょう。とても小さな背中が三倍くらい大きく見えます。
「ギィ、ギィ、ギャィッ」
「ギャィッ」
一方で、一瞬でボスを失い統率力の消え失せたゲネポス達はどうするどうしようとお互いで睨めっこを始めていました。
フフフ、貴方達は今から我等がお師匠様の力で料理されるのですよ。さぁ逃げなさい!
「……っと、こいつは面倒だニャン」
なんて思っていると、場面はまた大きく変わろうとしていました。
世の中不幸は続く物です。
「キェェェェッ!!」
周りのゲネポス達を払いながら、一匹の飛竜がこの砂漠に舞い降りした。
逆立って生えた鋭い鱗、砂の色のそれは触れるだけで切り裂かれそう。
特質すべきは後ろ足の前後に二本ずつの爪。攻撃に特化していそうなその形状は物を掴むのに丁度良さげでした。
細身の身体にして、しっかりとした一対の翼は飛行能力にも長けているような気がします。
きっとゲネポスが寄ってたかっているので良い餌があると思って空から降りて来たのでしょう。
さて、このモンスターは何か。私、知りません。
「せ、セルレギオス……」
「知ってるんですか? 後輩ちゃんは」
「あのリオレウスと同等の飛行能力を持った飛竜ですよ……」
リオレウス……。
「し、師匠……」
「案ずるニャン。セルレギオス一匹くらいなら何とかするニャン。まぁ、ゲネポスは———」
「うぉぉぉぉおおおおおお?!?!」
「あいつに任せるニャン」
「今度は何?!」
次々と来客がある。デデ砂漠は人気のレストランですか。
お師匠さんの指差す方に視界をやれば———人が、落ちて来て居ました。断末魔の悲鳴を上げながら。
「お師匠さん、空から男の人が……」
「私のオトモニャン」
いや、アレ、死んじゃいますよ?!
しかし、聞いた事のある声。
「———ドブベェッハッ!!!」
そして、誰も彼を助けようとせず。また、不思議な石の力で落下速度も落ちず。
彼はそのまま落ちて来て、砂に埋まるのでした。南無阿弥陀。
「死んだミャ……」
「……に、にぁ」
「———ハッ、ネコの声……っ!!」
ご主人達が死体を確認しに行くと、彼は突然起き上がり奇跡の生還。そんなバカな。
しかし、私はその姿に見覚えがありました。
綺麗な長髪は銀色に光り、背負った武器は変わらず大剣。私を、後輩ちゃんを助けてくれたあの日と変わらない姿の彼。
助けてくれた彼。
お礼を言えなかった彼。
別れも言えなかった彼。
「バカやってる場合じゃにゃいニャーン」
「いやいやいや、気球から飛び降りるにゃーんって無理矢理落とされるよりバカな事が———」
「K———」
学校時代の、私の友人。
——斯く言う私も実は先日オトモを雇ってみたんだニャン。それはそれは凄腕のオトモでとても助かってるニャン。……まぁ、性格にちょっと難ありだけど。悪い奴じゃ無いニャン——
そんな彼女の言葉が頭を過ぎります。
「あなた……だったんですね」
「せ、先輩?! なんで生きてるんですか?!」
言葉が、出ない。
伝えたい事が、沢山ある。
謝らないといけない、お礼を言わなければいけない。
それなのに、言葉が出ない。
出るのは、涙。
「ぇ、お前らなんでこんな所に?! ん、てか……顔が汗だらけでヤバイ事になってんぞ。ほれ、クーラードリンク」
「な、っ、ぁ、顔がヤバイって、レディに言う台詞ですか?!」
デリカシーなさ過ぎでは?! それにこれは汗だけじゃなくて———あぁもうっ!!
「命の水ですぅ」
「生き返ったミャ?」
「K……あなた生きて……」
あの時、私は自分を助けてくれた彼を見捨てて逃げた。
死んだと思っていたんです。私が見殺しにしたと思っていたんです。
何かを言わなくてはいけない。それなのに、ちゃんとした言葉が見付からない。
「まぁ……詳しい事は後で、だ。とりあえず状況は飲み込んだ。……マスター、俺はこいつらの相手をしていれば良いんだな?」
「飲み込みが良くて助かるニャン」
「んじゃ、終わったら結婚してくれ」
「ゲネポスに喰われろニャン」
「ツンデレなマスターも大好きだぜ!」
そう言うと彼は背負った大剣に手を添えながら前進。すかさず目の前のゲネポス一匹を屠ります。
「うわ……ネコ好き変態は健在」
「あれ、オトモさんが言ってた友人ミャ?」
「はい……。後輩ちゃんの言う通り異性のネコ好きなので、ピンクちゃんも気をつけて下さい」
「マジかミャ……」
そう、彼はネコに性的な意味でラブなド変態。誰が呼んだかあだ名はK。
「ギィッ!」
ボスに続き仲間を一匹失ったゲネポス達はどうやら方針を決めたようで。
彼等の方針は、目の前の餌にありつく。
生物って……単純。
「キェェェェッ!!」
一方で次々と来客の激しいこの場で今一番巨大な彼。セルレギオスはゲネポスの事も気にしないである一点を睨み付けていました。
「……やるニャン?」
その視線の先にはお師匠さんの姿。
本能的に一番危険な生物を見抜いたのでしょうか? あのリオレウスと肩を並べるとまで言われたモンスターは彼女を警戒して距離を開いていました。
「おらっ!」
そんな背後で大剣を振るう彼。セルレギオスという巨大な相手に眼もくれずにゲネポスを一匹屠ります。
お師匠さんを信頼しているのでしょう。で、なければあの恐ろしい相手に背を向けるなんて不可能です。
「こっちは心配するなっ。お前達はマスターの可憐な剣捌きを眼に刻めば良い!」
そう言いながらもう一匹。私だと三匹も居れば泣いて逃げる相手を物の数秒で片付ける彼。
「ほらほら、来いニャン」
そんな彼もまた、彼女に信頼されているのでしょう。彼女は彼女で、ゲネポス達には眼もくれませんでした。
ただ光剣のエネルギーを切り、いつでも抜けるようにその柄を握って構えています。
「……キェェェェッ!!」
先に動いたのはセルレギオスでした。なんと、気迫に押されたのか、逃亡———と見せかけて空を飛びお師匠さんを避けて私達の元へぇええ?!
「ミャ?!」
「ひぃ?!」
これは本日何度目かの大ピンチです。
「お前の相手はマスターだ!!」
しかし、そんな声と共に私達の目の前をゲネポスが飛んで行きました。
彼が斬り飛ばしたゲネポスなのですが、それがセルレギオスに当たってお師匠さんの方にセルレギオスを押し戻す。
「キェェェェッ!」
空中では如何に飛行能力が高かろうが受け身は取れません。勢い良く叩き付けられたゲネポスにセルレギオスも地面に降りるしか無く、再びお師匠さんの前に戻されます。
「流石だニャン。……さて、諦めるニャン!」
「キェェェェッ!!」
言葉が通じたのか、はたまた本能か。
セルレギオスはただでさえ逆立った鱗を立たせ、お師匠さんを威嚇します。その姿はまるで……あ、松ぼっくり。
「キェェェェッ!!!」
そして、身を震わせたかと思うと———なんと逆立ったその鱗を何個も飛ばして攻撃して来ました。なんて無茶苦茶な攻撃をするんですか?!
「ふニャン!!」
しかし、お師匠さんは光剣を抜くと飛んで来る鱗を全て叩き落としてしまいます。なんて剣捌き。
「キェェェェッ!!」
焦れったいと思ったのか、ついにセルレギオスは直接その巨体を持って小柄なお師匠さんに攻撃を仕掛けてきました。
上下二本ずつの爪がお師匠さんに詰め寄ります。
「甘いニャン!」
お師匠さんはそれを身を翻して回避。目標が小さいため、セルレギオスも簡単には相手を捕まえれません。
しかし、諦めるものかとセルレギオスは滑空しながらお師匠さんをその足で何度も狙います。
それでも全ての攻撃を交わすお師匠さん。余裕の表情ではありますが、一時も油断していないという気迫が伝わって来ます。
「ニャン!」
そして、隙を見計らいその光剣を迫ってくるセルレギオスの脚に叩き付けました。
「キルェェェッ?!」
あまりの激痛に空中でバランスを崩し、地面に倒れ伏すセルレギオス。その背後でゲネポス達が逃げ回る声も聞こえてきます。
「一丁上がり、ニャン」
倒れたセルレギオスの頭上に、切れ味という言葉では言い合わらせられない武器が振り下ろされました。
圧倒的。その一言につき尽きます。
体格上、絶対的な力の差があるアイルーが飛竜をここまで圧倒的に倒したのです。
昔、人々がハンターだった頃はこうだったのでしょうか。
でも今こそ分かります、彼等アイルーこそが現人類でありこの世の理と対峙する資格がある者だと。
「キェェエエエ……ッ!!!」
「静かに眠るニャン」
そして彼女こそが、ニャンターの中でもトップクラスの狩人であるという事を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
彼の話に寄れば。あの後学校は完全に燃え尽きたらしいです。
そう、旧人類最後の学校が無くなったあの日の出来事。
彼は最終的に瓦礫の中に隠れてあの二匹から逃れたのだとか。
そう話してくれた彼に、私は何も告げる事が出来ませんでした。
ありがとうとも、ごめんなさいも。
なぜかって?
「ぐふふ、可愛い男の子だなぁお前のご主人は!」
「に、に゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
このふざけた男にどうお礼を言って謝れば良いのか私には分かりません……。
「ご、ご主人が嫌がってるでしょ!!」
「そんな事無いよなぁ?!」
「……に゛ぁ」
完全に嫌がられてますよー。
私もアイルーさんは大好きです。人間の百倍は好きです。でも彼は……なんというか域が違います。
ていうか男の子でもイケるんですね。
「み、ミャ……怖いミャ……あの人怖いミャー……」
「ご、ご主人は私が守ります!」
「無駄だ……この俺のモフりから逃れられたネコは今の所マスターしか居ない」
「怖いミャぁぁ!!」
はぁ……私はこんな奴に……。
……でも、生きてて良かった。
「お師匠さんはどうして彼を雇ったんですか?」
「丁度オトモさんに大切な弟子を任せた時くらいニャン。野郎、街中でそこら中のネコをモフって襲ってたニャン」
その大切な弟子も今モフられてますよ。
「そこを成敗しようと対峙したら、中々手応えがあったから雇ってみたんだニャン。そしてら…………まさかあそこまでの変態だとは思わなかったニャン」
「気苦労……お察しします」
でも確かに彼は人間にしては手練れの方です。それは長年付き合って来たので分かってしまいます。
確かに彼は変態です、どうしようも無く。
だからあの学校での事を思い出すには抵抗があって、まだあの時の事は伝えられないかもしれない。
でも、彼は生きていてくれたから。またこうして助けてくれたから。
今日のお礼くらいは言っておきましょう。他の事は、まだ彼が生きている内に言えば良いのですから。
「ねぇ、K」
「お、懐かしいあだ名だな。何だ?」
「昨日は、助けてくれてありがとう」
生きていてくれて、ありがとう。
「ふ、全世界のネコをモフるまで俺は死なねーよ」
まったくこいつは……。
「に、に゛ぁ……」
そんな会話の中、突然何故かご主人が私と彼の間に入って威嚇し始めました。え? 何?! どうしたんですかご主人?!
「……に゛ぁ!」
「な、な、なんだ?! モフり過ぎた?!」
「どうしたんですかご主人?!」
なんて話が今日も平和にあったそうな。
人類の衰退したこの世界で、私達は今日も———生きてます。
「にゃにゃー、にやにやニャーン」
お師匠さんの浮かべる不敵な笑みが、何か引っ掛かるその日だったのでした。
お久しぶりです。同時更新の日なので、急ピッチでした……トホホ。
後輩ちゃんとK、多分この作品の主な登場人物はこれで全員かなって感じです。
後輩ちゃんの話し方が主人公と同じ感じでちょっとなぁってのは自分でも思ってしまっています、はい。
これでやる事はやったので、次回からはゆったーり進めていこうと思います。
お付き合い頂ければ、幸いです。
お気に入りも、もう少しで三十の大台。これも皆様のお陰ですありがとうございます。
もう一個の方の半分も書いてないの二倍ぐらいアルンデスヨネー。
こんな所で申し訳ないのですが、実はもう一作だけ作品を書こうと思いまして。
多分8日に更新予定です。宜しければそちらも是非><
でわ、これからも宜しくという事で。また来月お会い出来たら嬉しいです。